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飛竜の華  作者: 黒宮涼
哀を唄えば
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古い約束(2)

 雲雀ひばりには夢があった。竜に乗って大空を自由に飛ぶこと。そして――。いつか父に、この景色を見せること。


「父上。顔を上げてください」


 雲雀は目の前に広がる青空を見ながら、後ろに座っている父に声をかけた。

 黒田とつぐみとルリ。そして心配する執事長と別れて、雲雀と父はチトセの背に乗り、すみれを救出するために空を飛び、城へ向かっている。


「これは――」


 父が驚いたような声を上げる。


「ねぇ。すごいでしょう。俺は、この空が好きなんです」


 祭りばやしが聞こえる。眼下には人々の群れ。それを見て雲雀は思わず微笑んだ。

 父が雲雀の腰に回していた手に力を入れる。


「雲雀。お前は、本当に竜騎士になりたいのか」


「なりたいんじゃなくて、なるんです。最初はただ空への憧れで、竜騎士になるのも覚悟が足りなかったんじゃないかって自分で思います。でも友人たちと出会って、大切な人たちを守るために本気で竜騎士になりたいって強く思うようになった。だからなります。チトセに見合うような立派な竜騎士に。そうしたらきっと、母上も。許してくれますよね」

「そうだな」


 父がぽつりとそう言ったのを、雲雀はしっかりと聞いた。風の音でかき消されそうなくらい小さな声だったけれど、雲雀は聞き逃さなかった。父が認めてくれたようで嬉しくて、雲雀は泣きそうになった。


「けっ。俺に見合うようになるにはあと百年必要だろ」


 チトセが余計な一言を入れる。雲雀は頬を膨らませて思わず反論する。


「うるさいなぁ。頑張れば卒業するころには立派な竜騎士になってるよ」

「ま、せいぜい頑張れよ。それより、城が見えてきた」


 チトセが大きな瞳をぎょろりと動かす。視線の先には皇帝陛下の住む大きな城があった。

 ここに菫がいるはずだった。


「門の前に着地するぞ」


 チトセがそう言って翼を上下に動かし着地の準備をし始める。


「ちょっと待て。なんだあの煙は」


 父が突然そう言ったので、雲雀は視線の先を見る。

 確かに城の一部から、黒い煙が上がっていた。


「チトセ。城の周りを飛んでくれ」


 雲雀は急いでチトセにそう言った。


「ああ。嫌な予感がする」


 チトセはそう返事をして、城の上空を大きく旋回するように飛んだ。一周し終える前に、黒い煙とは別の場所が、大きな音を立てて爆発した。外壁が崩壊していく。


「菫!」


 チトセが叫んだ。今度はどこかへ向かって真っすぐに飛行する。雲雀は驚いて、チトセの手綱を引っ張る。


「どうしたんだ。チトセ」

「見つけたんだよ。菫を。窓が開いている。そのまま突っ込む。しっかり捕まってろ!」


 チトセの叫びに、焦りが伝わってくる。


「そのまま乗り込むなら、私は必要なかったのではないかね」


 父が不機嫌そうに言う。


「知るか。緊急事態なんだ。あんたもしっかり息子に捕まってな。人間を振り落とすのはもう二度とごめんなんでな」


 チトセの視線の先に一体何があるのか、雲雀と父にはわからなかった。身を乗り出さないと見えないからだ。チトセの言葉の意味を父は知らないが、雲雀は知っている。だから手綱をしっかりと握り直す。

 雲雀は、目をつぶらないように前を見た。だんだんと近づいてくるのは、大きな開き窓。その先に、雲雀は菫の姿をようやくとらえると、目を見開いた。

 チトセは手すりを飛び越えて、赤い絨毯の敷いてある部屋の中へ滑るように着地した。


「菫さん!」


 雲雀は叫ぶと急いでチトセから飛び降りた。

 何がどうなっているのか、雲雀にはさっぱりわからなかった。菫は、壁にはり付けられるような状態だった。幾つもの蔦や茎が絡まり、菫の体を壁に固定していた。そしてその傍らには、白いワンピースを着た、髪の短い少女が驚いた顔をして立っていた。


「チトセ……。雲雀……?」


 菫は意識が朦朧もうろうとしているようだった。


「何を、しているんです」


 雲雀は呟くような小さな声で、疑問を口にした。


「城の爆発は、あなたたちの仕業?」


 少女は何か、勘違いをした様子だった。

 雲雀は首を横に振る。


「違います。俺たちも爆発を見て、ここへ来ました。それより、菫さんに何をしようとしていたんですか」

「なるほど。この子を助けに来たのね。でもこの状況で、爆発があなたたちの仕業ではないと、私が信じると思う?」


 指摘されて、雲雀は顔をしかめる。

 確かに彼女の言う通り、このタイミングで現れては疑われても仕方がないのかもしれない。


「それでも、俺たちは菫さんを助けに来ました。彼女を今すぐ、解放してください」


 菫のほうを一瞥する。菫の体を捕えているのは植物だ。こんなことができるのは、華士しかいない。だから信じがたいが、恐らくこの目の前の少女は、皇族だ。


「いやよ。邪魔をしないで。あと少しなの。彼女が私に同調さえしてくれれば、力を受け取れる」


 言っている意味が、雲雀にはわからなかった。


「力を受け取れるってなんだよ。あんた、何を言っているんだ」


 いつの間にか人の姿になっていたチトセが、雲雀の隣に立っていた。その数歩後ろでは、父が頭を抱えている。


「君は皇族の方に、敬意というものがないのかね。私に対してもそうだが」

「てめぇは黙ってろ!」


 怒鳴るような叫びに、父は肩をすくめる。


「勇ましいわね。羨ましい。竜人さん。あなたにとっても、この子は大切なのね」


 少女は哀しそうに言って、菫の頬を触る。少し伸びた爪が、菫の肌を傷つける。そこから流れたのは真っ赤な血ではなく、白色が混じった血だった。


「やめ、て……」


 菫さんが、か細い声でそう言った。


「どうしてよ。ねぇ。どうして? あなたには助けに来てくれる人がいるのに、私にはいないの。どれだけ叫んでも、あの人には届かない」

「菫から離れろ!」


 チトセが叫んで、菫のもとへ走った。それに気づくと、少女はチトセのほうを向き、叫んだ。


「いやあぁぁ。こないで!」


 その瞬間、少女の体から無数の蔦が飛び出した。それはチトセの腹を勢いよく貫く。


「チトセ」


 雲雀は目を見開いて、その名を呼んだ。わかっていたはずだ。チトセが飛び出していくことぐらい、予想できたはずなのに。雲雀は止めなかった。


「この、ぐらいで。死ねるなら。とっくの昔に、俺は、死んでいる」


 チトセは体から引き抜こうと、蔦を握る。


「あ……。私、なんてこと」


 少女は絶望したような顔をして頭を抱えた。

 蔦はゆっくりとチトセの体から引き抜かれた。血がべっとりとついている。

 少女はそのまま崩れ落ちるように床に腰を下ろした。


「ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい……。許して。許して。こんなつもりじゃなかったの。スバル。スバル。助けて……」


 子どものように、少女は泣きじゃくっていた。


 雲雀は呆然と、ただその光景を見ているしかなかった。

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