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飛竜の華  作者: 黒宮涼
哀を唄えば
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古い約束(1)

 森で大きな爆発が起こった。雲雀ひばりはその方向に視線を送る。

 森の木々に留まっていたであろう鳥たちが、逃げ場を探して一斉に空に舞い上がる。

 始まったのだ。と雲雀は思った。どういう状況か詳しいことはわからないが、あおいや蓮太たちがおぬとまみえたことだけは確かだろう。隠使いを上手く捕まえられると良いのだが。


「今のは、なんだ。お前たちの仕業か」


 爆発音に対してあまり動揺していないことを感じたのか、父の日雀ひがらが驚いた声を出す。


「だったらどうします」


 否定などするつもりはない。雲雀は父と視線を合わせると、その顔をじっと見つめた。

 森で何が起きているのかわからない執事長とつぐみは、不安そうな顔をしているだろう。

 しばらくして、父は持ったままの銃と鶫の顔を交互に見た。それから深く息を吐いた。


「手を回し済みときたか。してやられたな。目的はなんだ」


 父は言いながら、銃を持っていた手を下ろした。何かを諦めたように見えた。

 その場にいた全員が安堵しただろう。雲雀も一瞬だけ喜びの感情が湧き上がってくるが、心を落ち着かせる。ここに来る前に、黒田に交渉には油断は禁物。と釘を刺されたのだ。雲雀は咳払いする。


「父上にお願いがあります。つばめつぐみを解放してあげてください。もう苦しませないでください。それから――」


 そこまでは予想できた願いだろう。しかし、雲雀は言葉を続ける。


「それから?」


 父は眉をひそめた。


「俺たちの大切な友人が、皇城に連れていかれました。彼女を助けるために、あなたの力が必要なんです。だから協力してください。お願いします」


 雲雀はそう言って、父に向かって頭を下げた。


「燕と鶫の件は、努力しよう。言っておくが、お前の言い分を認めたわけではないぞ。そしてもう一つの願いだが。それは私に何の得がある」


 父の言葉に、素直じゃないなと思いながら雲雀は頭を上げる。


「ああ? すみれを助けるのに、損も得もあるかよ」

「チトセくん。落ち着こう」


 文句を言おうとしたチトセを、黒田が抑える。


「菫とは、神楽坂菫かぐらざかすみれのことか。確か華士だったはずだな」


 雲雀の身辺を調べていたはずだから菫のことも知っていて当然だったが、何か含みを感じる。


「はい。菫さんは、俺たちの大切な人です」

「ふむ。協力してもいいが、条件がある」

「条件?」


 父の言葉に、雲雀は首を傾げた。


「ああ。神楽坂菫を、我が守護騎士団に迎え入れる。それが条件だ」


 懐に銃をしまいながら、父が言った。


「それは――」


 雲雀が返事をしようとした時だった。


「断る」


 先にチトセがその言葉を発した。

 まったく同じことを言おうとしていたことに、雲雀は驚いてチトセのほうを見る。


「あんたは菫の力を欲しいんだろうが。あれは、簡単に利用していいものじゃない」

「チトセの言う通りです。父上の下で働くのは、きっと菫さんも望まない」


 彼女には彼女らしくいてほしい。と雲雀は思っている。


「なら、私がお前たちに協力することもなくなるがそれでいいな」


 父は真剣な顔で、そう言った。

 雲雀は黒田に視線を送る。黒田は後は任せろと言わんばかりに、雲雀に向かって頷いた。


「お待ちください。野駒大臣。私たちには交渉材料がもう一つあります。これを見てください」


 黒田は言いながら、胸ポケットから黒くて小さな玉のようなものを取り出した。

 父が顔をしかめる。


「知っていますか。最近は、小型の機械の開発が進んでいるんですよ。なんでも小型にしたがる。電話もカメラも。何故でしょうね。魔法があるのに、化学も医療も進歩し続けている」


 黒田は、父の顔を真っすぐに見つめて言った。


「それは、魔法が誰でも使えるものではないからじゃないか。竜人族が万人に受け入れられているわけではないのと同じだ。魔法を動力として使うことを良しとしない者たちがいる」


 父の言葉に、黒田は頷く。


「そうです。魔法は火や水や風や土を生み出すことができますが、万能ではない。私は治癒士を生業なりわいとしていますが、表面上の傷は癒せても内面の、心の傷は癒せない。ですので、医療が発展するのは大歓迎なんですよ」

「今の話と、それとは何の関係がある」


 父の疑問に、黒田は答えた。


「これ、小型のカメラです。ちなみに最初から録画していました。ちゃんと映像も音声も撮れています。私の言っていることの意味、わかりますよね」


 にこりと笑う黒田に、父は目を見開いていた。

 雲雀はカメラのことを聞いてはいたが、実物を見たことはなかった。こんなに小さいものなのに、本当に撮れるのかと驚いたくらいだ。


「試しにこれ、再生してみましょう。こちらも小型の再生機器なので、画像は少し荒いですが」


 黒田は言って、今度はズボンのポケットから薄い板のような機械を取り出した。それと小型カメラをケーブル線で繋いで、何かのスイッチを押した。

 黒田は右手に小型カメラ。左手に再生機器を全員に見えるように持っていた。

 画面には読み込み中の文字が表示された。それから数秒して映像が再生される。


『おい、もういいだろう』


 父の声がする。音声も映像も、しっかりとそこに映し出されていた。


「この映像、雑誌社に売ったらいくらになりますかね」


 黒田はそう言って微笑んだ。

 野駒日雀大臣にとってこれは、完全なる脅しであった。黒田が自信満々に「協力させる」と言っていた意味を雲雀は理解する。


「そんなもの、圧力でどうとでもなること、君は理解しているのかね」

「もちろん。でも、安心は出来ませんよ。私がこれを持っている限り。この映像を全国民に見せることができる。電波ジャックって聞いたことありませんか」


 黒田総一郎は恐ろしい男だと、雲雀は思った。雑誌社に映像を売ったところで潰されると予想していた。

 テレビの電波を乗っ取ることで、映像を直接拡散すると言うのだ。そんなこと、本当にできるのかとも思うが、できるのだろう。黒田が嘘を言っているようには見えないからだ。

 父はため息をついた。


「……わかった。協力しなかったら、私が損をするのだな。まったく。君のような策略家も是非うちにほしいくらいだ」

「お褒めに預かり光栄です。でも。お断りします。私は今の仕事に誇りを持っておりますので」


 黒田が頭を下げる。


「では、時間が無いので早速、乗ってもらいましょうか」

「? 何に」


 父が首を傾げる。


「俺にだ」


 待っていたと言わんばかりに、チトセが竜の姿に変身した。

 父は呆気に取られる。


「鶫ちゃんはこっちね!」


 緊張から解放されても、ずっと地面に座ったままだった鶫に向かって、ルリが手を伸ばす。


「どういうことですか」

「チトセ、雲雀。野駒大臣には、城へ向かってもらう。残りは森へ加勢に行こうとしようじゃないか」



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