家族(2)
「……っ」
鶫は声にならない悲鳴を上げた。
雲雀は鶫のほうを見る。突き付けられた銃に、彼女は怯えているようだった。
「私が許可しない限り、雲雀には会わないと約束したはずだ。それを破ったのはつまり、大事な妹がどうなろうと知らないということだ。どうやら、執事長。あなたにも責任があるようだがな」
「そ、それは」
指摘されて、執事長が眉をひそめる。雲雀たちが来るまで執事長が足止めをしていたこともとっくに気づいていたのだろう。
「父上。いいのですか。鶫を撃てば隠の媒体がいなくなりますよ」
「構わんさ。変わりはいる」
父の言葉に、雲雀は燕の姿を思い浮かべる。
「どこまで外道なんだ。あんたは」
雲雀はそう言って、父を睨んだ。
父は雲雀が自分を放さないよう。妨害されないよう、雲雀の左腕を銃を持っている手とは別の手で掴んだ。雲雀は右手でそれを離そうとするが、強い力で離れない。身動きが取れなくなってしまった。
「鶫ちゃん」
鶫のすぐそばにいたルリが、鶫の体に覆いかぶさるようにして抱きつく。
「鶫。ルリ」
雲雀は呟きながら、黒田とチトセに視線を送る。二人は動かなかった。一歩でも動いたら、すぐにでも銃口から弾が発射される。それがわかっていたからだ。このままではかばったルリも巻き添えになる。それだけは嫌だった。
空気が張り詰めていた。生暖かい風が吹いて、森の木々が葉を揺らし、その音がここまで聴こえてきていた。
「そこをどけ。竜人族の娘よ」
父がルリに向かって言う。ルリは必死に首を横に振った。
「やだ。ダメ。どかない」
ルリの腕に力が入る。絶対に離さないとでも言いたげだった。
「ルリ。離してください。あなたまで巻き込むわけには……」
鶫は言うが、ルリがあまりにも力強く抱きしめているので抵抗できないでいた。
「じゃあ、鶫ちゃんは死んだっていいっていうの。そんなのダメだよ。私、嫌なの。鶫ちゃんは私が怖くて飛べないって思ってた時、大丈夫って言って飛ばせてくれた。私、本当に感謝しているの。あれから私、鶫ちゃんのこと大好きだもん」
ルリの言葉に、雲雀は眉をひそめた。彼女が何の話をしているのかわからなかったからだ。
「ルリ……。でも、あれは。もとはと言えば私がルリに怪我をさせてしまったから。申し訳ないと思って」
鶫がルリに向かってそう言った。そこで雲雀は二人の会話に心当たりがあることに気が付いた。きっと、実技試験のときの怪我を指している。怖くて飛べないなんて思っていたのか。そんなこと、ルリは一言も相談してくれなかった。風船勝負の時、鶫はそれをわかっていたうえでルリと組んだっていうのか。
「それでも。それでもっ。嬉しかったから。鶫ちゃん、本当はこんなにも優しいんだって思った。だからもう、泣いてほしくない。怖い思いしてほしくない。今度は私が、鶫ちゃんを守りたいの」
ルリの想いは、雲雀の胸に響いた。雲雀は力を抜いて、父を掴んでいた両手をゆっくりと離した。
「どうした。もう抵抗はしないのか」
父はそんな雲雀を見て言った。銃口は相変わらず鶫とルリに向けられていた。
「あなたにとって燕と鶫は、利用する以外に価値のないものですか。家族。ではないのですか」
雲雀は、父に問いかけた。もしそうならどんなに哀しいことだろうと思った。
「家族? 笑わせるな。血の繋がりなんて一切ない。そんな者らを家族だと」
自嘲気味に父は言う。
やはり。と雲雀は思った。父は燕と鶫とは血が繋がっていない。なら、燕の言う半分血が繋がっているのは母の方。雲雀は理解して、それから息を吐いた。
「父上。あなたに鶫は撃てませんよ」
雲雀は父に向かって言った。父は目を丸くする。
「何故、そう思う」
「母上が死んで。あなたは燕と鶫との繋がりがなくなるのを恐れた。だから二人を脅して、無理矢理にでも繋がりを持とうとした。口では違うというけれど、家族だと思っていたから。違いますか」
雲雀は父に問いかけた。それ以外に父が二人に固執する理由が見当たらなかった。隠の媒体に利用するのも、自分への言い訳だ。
「お前は何を言っている。家族などと思ってなど、いない。私は鶫を撃てる」
「なら、何故。守護騎士団など作ったのです。母上を愛していたのでしょう。だから、母上を殺したも同然の俺を遠ざけ。燕と鶫を縛った。結局あなたは、家族を求めていたんだ」
「黙れ!」
父の叫びと共に、小さな銃声がなった。恐らく改造銃だったのだろう。ほとんど音がならないようになっているらしい。
雲雀は顔を強張らせた。弾は、雲雀のすぐ足元の地面にめり込んでいたのだ。つまり、父は実の息子を撃とうとしたということ。
「旦那様。落ち着いてください」
執事長が言う。
「次は、外さずに撃つ」
そしてまた銃口を鶫とルリに向ける。
それが父の答えなのか。と思った。わざと外したとはいえ、雲雀を撃とうとした事実は変わらない。雲雀の言ったことが図星だったのだろう。
「自分の思い通りにならないものは、すべて切り捨てるんですか。今のあなたを見たら、母上は悲しむでしょうね」
「雲雀。お前が燕からどこまで聞いたかは知らんが。勘違いするな。私は家族などどうでもいい。ただ私は目的が果たせればそれでいい。国が変われば。それで」
「なら、他に方法はないのですか。誰も傷つかなくていい方法を探せばいいじゃないですか。父上も傷つかなくていい方法を。そんな優しい。方法を」
「そんなものありはしない」
父はきっぱりとそう言い放つ。
「どうしてそう言い切れるのですか」
雲雀は尋ねた。
「お前は何も知らないから。そんな甘いことが言えるんだ」
「だったら教えてくださいよ。俺はもう、小さなガキじゃないんですから」
雲雀は知りたかった。父の本当の気持ちを。本当の目的を。父の口から聞きたかった。聞くべきだと思った。
父は、はっとしたように雲雀を見る。それでも銃を構えたまま、父はゆっくりと話し出した。
「――お前の母親は、スの竜一族が治める大陸の国から逃げ出してきた難民だった。でも彼女はそれを隠してこの国で生きた。そしてある男と出会い、子どもを作った。それが燕だ」
初めて聞く話だった。スの一族。何故、母がこの国へ来たのか雲雀には心当たりがあった。必死に記憶を掘り起こす。スの国では人間が奴隷として扱われていたはずだ。
歴史では、竜人であるカの一族は人間を滅ぼし、スの一族は人間を奴隷化した。百年前の戦争が起こったときは両国における人間の扱いで揉めたのが理由らしい。そこにこの国が竜人と人間の共存をうたっていたのだから、気にくわないのは当たり前だったのかもしれない。結果的にこの国は戦争に巻き込まれた。
「だが彼女の幸せは長く続かなかった。ある時、男に自分がスの国の元奴隷だということがばれてしまった。男はことの重大さに耐え切れずに彼女と、その子どもを捨てた。その時、彼女のお腹の中にはもう一人の子どもがいた。それが鶫だ。彼女は鶫を一人で産んだ。そしてその数か月後、私と出会った」
一目ぼれだったと父は言った。あとのことは雲雀にだってわかる。父は母を娶り、そして雲雀が生まれたのだろう。つまり本当に父と燕と鶫は血が繋がっておらず、雲雀は母親だけが同じ異父兄弟ということだった。
「そのことをずっと俺に黙っていたのは、どうしてです」
雲雀は問う。
「知られたくなかったのだ。お前に余計な重荷を背負わせたくなかった。この国では難民を受け入れる制度がない。保護する制度がない。私は何度も城に出向いては、皇帝陛下につくるように頼み込んだ。だが、陛下は一向に動かなかった。それもそのはずだ。百年前の戦争以来、他大陸との関係が最悪だからだ。修復する気がない。国は衰退する一方。このままではダメだと私は考えた」
「その結果が、これなのですか」
「ああ。私はこの国を根底から、つくり変えようと思っている。そのために利用できるものはすべて利用する。家族も、竜人も、妖精も、隠さえも利用する。政治の実権さえ奪えればそれでもいい。やっと……。やっとだ。これでやっとあいつとの約束が果たせる。だからお願いだ。雲雀。これ以上私の邪魔をしないでくれ」
父の目から、涙が流れ落ちたような気がした。母が生きていた頃からの悲願だったのだろう。すべては母のためだというわけか。
「それでも。あなたのやり方は間違っています」
雲雀がそう言った瞬間だった。
森のある方角から、大きな爆発音が聞こえた。