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飛竜の華  作者: 黒宮涼
哀を唄えば
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竜と人の感謝祭(1)

 帝都中心部にある噴水広場では、皇帝陛下から感謝祭の開催宣言が行われていた。宣言はテレビ中継によって全地域放送されている。陛下は帽子を深くかぶり、燕尾服を着ていた。集まった民衆たちの頭部が複数、テレビに映っていた。上空からの映像に切り替わる。数百はいるだろう人々が、映像ではなく生の皇帝陛下を一目見ようと躍起になっていた。

 宿の受付で電話を借り、一向に相手に繋がらないことにやきもきしながら、雲雀ひばりは視界の端に映るそれを見つめていた。雲雀は受話器を左手に持ち替える。右手に持った番号の書いてある紙をもう一度確認する。呼び出し音は聴こえるが、深山鶫みやまつぐみは電話に出ない。


「仕方ない、か」


 雲雀は息を吐いて、呟いた。

 これはもう、直接彼女に会いにいくしかない。

 雲雀はそう思った。昨日のチトセとルリの話。父が何をしようとしているのかも気になる。すべてを知るために、雲雀は一人で鶫に会いに行こうと決めた。


 感謝祭初日。一歩、街へ出ると前から後ろから押されるだろうこの人込みを窓から覗くとうんざりする。宿の待合室や受付すら混雑しているこの状況。思っていた以上のものだった。部屋は空いていないのに、尋ねてくる者もいるみたいだ。そういう人はどこへ行っても追い返されるのだろう。最終的には野宿でもするつもりなのだろうか。こういう時は、自分の肩書に感謝したくなる。野駒防衛大臣の息子。それだけで何人もの人間が気を使ってくれる。そのたびに雲雀は複雑な気分になった。

 雲雀は受話器を置いて、受付の人に礼を言う。一度部屋に戻ろうと、踵を返した時だった。


「よお。少年」


 聞き覚えのあるその声に振り向くと、帝国騎士団の紋章が目に入る。そこにいたのは、神楽坂葵かぐらざかあおいだった。彼は立場的に防衛大臣の息子に対してへりくだる必要があるはずなのに、そんなことお構いなしとでも言いたげに気軽に声をかけてきた。雲雀が神楽坂家の事情を大方知っているからなのか。元からそういう人間なのか。どちらにしろ雲雀にとって気は楽だった。


「葵さん。どうしたんですか」


 雲雀は驚いた顔をして言った。帝国騎士団ともなると祭り期間中は多忙だろう。


「いやあ。見回りもかねて顔を出しておこうと思ってな。娘らは部屋か?」


 葵は言いながら右手の人差し指を立てて上を示した。


「はい。午後から外に出る予定です」

「ああ。そのほうがいいかもなぁ。午前中は特に混むだろうし」


 葵は頭を掻く。それから、祭りの小冊子を見せてくる。


「開会式で騎士団の行列が歩くからな。人が集まる。ちなみに歩くのは隊長たちだけだから、俺は出ない。その代わり見回りしなきゃならんがね。今日は総動員だよ。警察も協力してくれているが、正直頼りないね」


 葵は肩をすくめた。雲雀は小冊子をまじまじと見る。ところどころ何か印がしてある。見回りの場所だろうか。


「あの。何かありましたか」

「とりあえずさ、部屋に案内してくれる?」


 雲雀の問いに、葵の顔は笑っていなかった。


   *


 あおいに言われるがまま雲雀ひばりは部屋に案内した。不安を覚えながらもすみれたちのいる部屋の扉を叩く。しばらくして出てきたのは月見つきみだった。


「何の用よ。あんたたち」


 月見は父親の顔を見るなり不機嫌になった。まだわだかまりが残っているのだろう。というより、どう接していいのかわからないのかもしれない。


「話があるって、葵さんが。今、大丈夫?」


 雲雀が尋ねると、月見は頷いた。


「丁度、ワカバとルリが例のリラックスルームとやらに行ってるところ。あたしとお姉ちゃんしかいないよ。入って」


 月見の許可が下りたので、雲雀と葵は部屋に足を踏み入れる。ワカバとルリがいると問題があるわけでもないが、雲雀は少しだけほっとしていた。二人には葵のことを軽く話したが、正直印象は良くない。ワカバはともかくルリがいると話がややこしくなりそうだった。


「お父さん。何をしに来たの」


 部屋に入るなり菫がそう言った。姉妹揃って同じような反応をしたことに、葵は苦い顔をする。それから肩をすくめて言った。


「デートのお誘いさ」


 葵がさらっと口にした言葉に、「デッ……」と雲雀は思わず反応しそうになる。両手で口を押えて、続きをどうぞと目で促す。雲雀は恥ずかしくなり、そのまま背にした扉にもたれかかった。


「もちろん冗談だけど、半分は本気だ。菫。月見。俺と一緒に来てほしい」


 葵の言葉に、菫と月見が目を丸くする。もちろん雲雀もだ。


「ちょっと待ってよ。どこへ連れて行くつもりなの」


 菫が怪訝な顔をして尋ねる。

 葵は真剣な表情でしばらく沈黙した後、こう言った。


「今朝。牢獄で爆発が起こった。混乱を防ぐためにこのことは騎士団や警察にしか知らせていない。新聞にも載っていないはずだ」

「牢獄で? そんな話。あたしたちにしていいの」


 月見は首をかしげて言った。確かにそうだ。情報漏洩とかにならないのだろうか。どちらにしろ、不安が雲雀の心をよぎる。自分たちの知らないところで、もう何かが起こっているらしい。


「ダメだろうな。――だけど、これがただの爆発じゃないからお前たちに協力してほしいんだ。華士であるお前たちにしか頼めないことだ」

「どういうこと?」


 月見が口を開きかけたのを妨害するように、菫が葵に向かって即座に尋ねた。

 月見が華士ではないことを、葵には言っていない。菫の行動を見るに、言うつもりがないようだった。彼女が何を思ってそうしているのか雲雀は知らない。だから雲雀も葵に伝えるつもりはない。


「爆発した牢には、例の通り魔の魔法士が入っていた。三人いた看守は二人重症。一人は行方不明になった。まだ確定したわけではないが、帝国騎士団はおぬが出現したと見ている」

「隠が? よりにもよって感謝祭初日の、こんな時に」


 菫は葵の話を聞いて、眉をひそめる。


「こんな時だからこそだろう。皇帝陛下は隠を恐れて、少しでも鍵を持つ可能性のある犯罪者を隔離するよう命じられた。だが、甘かったようだな。結局、こうなってしまった。元から防ぎようがなかったのか。それとも……」


 葵は目を伏せて、嘆息した。


「お父さん。まさかとは思うけれど、牢に入れられていた他の犯罪者たちはどうなったの」


 菫が考えるしぐさをしながら、葵に問う。雲雀もそれは気になった。

 帝都のはずれには大きな牢獄がある。各地で最も罪の重い犯罪者を集めた場所だ。数百人は収監されていると雲雀も聞いたことがある。


「地下牢だったから、爆発には巻き込まれていない。まぁ。どちらにしてもいずれは全員死刑が決まっているからな。――時期が早まるのは確実だが」


 葵は頭を掻きながら言った。

 本来ならば死刑宣告と執行の間に期間が設けられ、決まった日時で刑を執行するものだが、陛下の命令とあらば規則など関係なくなるのだろう。

 難儀な話だ。伊良市に隠が現れて以来、皇帝陛下のおかしさは国民全員が感じていることと思う。この急遽行われることになった感謝祭がいい例だろう。この祭りを純粋に楽しむことができる人間なんているのだろうかと疑いたくなる。


「それで、二人とも協力してくれるよな」


 葵が改めて期待の眼差しを向けて言う。

 菫と月見は困った様子で、顔を見合わせていた。それから月見は雲雀に視線を送ってくる。午後から祭りに行く約束をしているので、雲雀たちに遠慮しているのだろう。


「葵さん。見回りついでに一緒にお祭りに行きたいだけですよね」


 素直に言わないので、雲雀は葵に助け舟を出す。先ほどから彼がそわそわしているのを雲雀は気づいていた。わざわざ宿まで誘いに来るということは、葵も娘たちと本気で親交を深めたいのかもしれないと雲雀は思った。


「雲雀くん。痛いところつかないでよ」


 苦い顔をして葵が雲雀のほうを見た。


「隠のことを言わないと、二人が一緒に行ってくれないと思ったんですよね。なんというか、葵さんってとことん不器用な人ですね」


 雲雀はそう言って嘆息した。


「言わないでくれよ。本当に反省しているんだから」


 図星だったのか、葵はため息をついた。

 雲雀と葵のやり取りを見ていた月見が、微かに笑う。


「――わかった。行ってもいいよ」

「月見?」


 月見の返事に、菫が驚いたような声を出す。


「お父さんだって色々あるけど、考えているんだよね。あたしたちのこと。それがわかれば十分よ。お姉ちゃんと違ってあたしにはお父さんの記憶はない。だからあたしは、これからお父さんのこと知っていくの。そのために、一緒に行くんだから」


 月見は父親としっかり向き合おうとしている。それが伝わってきて、雲雀は胸を打たれた。自分の父親のことを、雲雀はどれだけ知っているだろうか。理解しているのだろうか。

 雲雀は自分の拳にぐっと力を入れる。それはおそらく月見にも菫にも、葵にさえも気づかれなかったと思う。やはり父との関係がこのままでいいはずはない。


「菫さんも行ったほうがいいですよ。いい機会じゃないですか。親子仲が良いのはいいことです。うちみたいになったら大変ですし」


 自虐になったが、雲雀は気にせず菫の背中を押す言葉を発した。


「ですが。約束が」


 菫が困った顔を雲雀に向ける。


「気にしないでください。俺の方から事情を説明しておきますよ。きっとわかってくれますって」

「お姉ちゃんが行かなくても、あたし行くよ?」


 月見が首をかしげて言う。迷いはなさそうだった。


「うん、まあ。月見だけでも構わないが」


 葵がそう言った瞬間だった。


「行く!」


 気が変わったのか、菫は勢いよくそう言った。なんだか必死な顔をしている。雲雀には菫が何かを警戒しているかのように思えた。菫はまだ、父親のことを許せないのだろうか。


「じゃあ、決まりだな。二人ともありがとう。下にいるから、準備ができたら来てくれ」


 葵はそう言い残して、部屋を出ていった。


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