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飛竜の華  作者: 黒宮涼
哀を唄えば
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早朝 牢獄にて

 神楽坂葵かぐらざかあおいは焦っていた。というのも早朝から騒ぎがあったからだ。誰を責められるものでもない。ないが、監視に穴があったことも事実だ。

 本日未明。帝都枇杷牢獄ていとびわろうごくにて。謎の爆発事故が発生。原因は不明。看守二人重症。現在病院でこん睡状態のため、事情は聞けず。

 投獄されていた魔法士が一名。行方不明。


「なんで、こんなことに」


 焼け溶けた鉄格子を見て、葵は絶句する。行方不明になった魔法士は、昨日捕まえた女だ。無差別に人を襲っていたそうだ。特に竜人と一緒にいる人間を片っ端から狙ったと証言も取れた。本来なら警察の仕事だが、今回ばかりは皇帝陛下の命令で帝国騎士団が動くことになった。感謝祭直前というだけが理由ではない。起こるかもしれない最悪の事件を未然に防ぐためであった。

 伊良いら市の巨大隠きょだいおぬ事件。あれのあとから皇帝陛下はおかしくなったと、団員たちは噂している。葵も変には思っている。けれど、隠を恐ろしいと思うこと自体は普通のことだ。人間はあれを恐れる。何故ならあれは、人間たちが抱える闇の一部だからだ。以前、直接見て戦った葵にはわかる。あれは危険だ。


「神楽坂隊員。これはもしかして例の?」


 その声に我に返った葵は、振り向く。見ると帝国騎士団一番隊隊長が全身に鎧をまとったまま胸の前で腕を組んで立っていた。


「はい。おそらくは。それしか考えられません。彼女は手錠をしていましたし、魔法が使えるはずはないですから」


 だから爆発するような魔法が使えるとは思えない。と葵は言った。

 手錠は魔力を一切通さない。黒くて光沢のある鉱物でできている。星の石と呼ばれている。その数はあまり多くなく、とある場所でしか採れない。その場所は国の最高機密にもなっている。一番隊隊長ですら知らないのだ。葵が知りえる情報ではない。

 魔力を遮断してしまう理由はまだ解明できていないらしいが、そういうものとして受け入れるしかない。利用できるものは何でも利用する。人間はそうしてきた。


「冷静に判断しろ。問題は、どちら側なのかだ」


 言われて、葵は頷いた。隊長も考えている様子だ。

 どちら側なのか。つまりは、隠の鍵をもらった側なのか、鍵を使われた側なのか。どちらにしても最悪の事態だ。皇帝陛下にどう報告すべきか。


「……おい。そういえば、ここの看守は二人だったか」


 隊長が周囲を見回しながら言う。


「え。ああ。三人――」


 葵は答えてから気が付いた。病院に行ったと報告を受けたのは二人だったはずだ。では、もう一人はどこに。


「神楽坂。行方不明者の一覧に看守も一人追加しておけ」


 隊長の言葉に、葵は目を丸くした。頭を抱えたくなる。盲点だった。まさか看守までいなくなるとは。


「はい。隊長。念のため、他にも行方不明になった者がいないか調べます」

「ああ。任せた。それと全隊員に連絡を回せ。厳戒態勢だ。何かあったらすぐに知らせろ」

「はい」


 葵は強く返事をした。このまま何も起こらないでほしいという甘い考えはとうの昔に捨てている。何か起こる前提で行動しなければならない。それが国を預かる騎士としての心構えだ。


「あと。神楽坂。こんなときに働かせてすまんな。家族に久しぶりに会えたんだろう」


 隊長の言葉に、葵は昨夜酒の席でその話をこぼしてしてしまったことを思い出して恥ずかしくなる。


「いえ。隊長。それは皆、同じです。大丈夫ですよ。この任務が終われば一度里帰りするために、休暇をもらいますから。たっぷりとね」


 葵はそう言って微かにほほ笑む。

 家族。娘のすみれと月見。十四年ぶりの再会。昨日は夢のようだった。親友の黒田総一郎にも会えた。妻の様子も少しだけど彼に聞いた。妻の桔梗ききょうの植物化はやはり何をしても止まらないらしい。

 嬉しいのが半分、哀しいのが半分。――正直、こんなときに再会などしたくなかった。あと少し。あともう少し待っていてくれたならば、どんなにかよかっただろう。まだ何も成し遂げられていない自分の姿を、家族に見られたくなかったと思うのは贅沢な悩みなのだろうか。葵はそんなことを考えながら、数年前に妻子を亡くしている隊長の背中をじっと見つめた。



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