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飛竜の華  作者: 黒宮涼
哀を唄えば
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胸騒ぎの夜(1)

 冷たくて心地よい夜風に当たりながら、二頭の竜が森の上空を旋回するように飛んでいた。その背に乗っている雲雀ひばりは、始めて見る竜人族の村に感動していた。村には木の小屋が何軒も建っていて、人間たちの祭りと同じように飾り付けられていた。村の中央には小ぶりだがしっかりしたやぐらも建っている。


「本当に、祭りなんだ」


 雲雀が呟くと、ルリが「うん」と返事をした。


「空からなら、結界の影響も受けないみたいだな」


 チトセが言った。


「見てみて。あっちが私たちの村があった場所だよ」


 ルリが言いながら、帝都の森の村から大きな湖を挟んだ向う側を指す。湖から向うは斜面が急になっており、山になっていた。その頂に村が見える。灯りもついているようだ。これにはチトセもルリもワカバも驚いた様子だった。百年の間に、山頂の村まで竜人が戻っているということなのだろうか。


「誰が復興してくれたのか気になるが、そうか。戻ろうと思えばいつでも戻れるんだな」

「チトセ。戻りたいのか」


 雲雀はチトセに向かって問う。


「……いや。今は、他にやることができたからな。俺は戻らない」


 しばらくの沈黙の後、チトセはそう言ってワカバの背にしがみついているすみれに視線をやった。雲雀は、チトセが戻らない理由をなんとなく察した。菫を守ると約束したあの日。もしかしたらあの日以前から、チトセの心は決まっていたのかもしれない。


「なぁ、チトセ。菫さんをここへ連れてきたこと、怒っているか」

「別に。お前がそのほうがいいと判断したんだろう。今さらだ。菫がどう思おうが、約束を果たすだけだ」


 約束。何より大事な約束を、菫は思い出しただろうか。人間と竜人が約束をするのにどんな大事な意味があるのかはわからない。果たされない可能性はある。チトセがもし村から出てこなかったら。菫が植物になっていたら。もう二度と会えなかったかもしれない。そう考えると、あの再会は奇跡のようなものだったのかもしれない。チトセにとっては指名手配犯に間違えられて追われるという、最悪の再会の仕方だっただろうけれど。


「そろそろ降りるぞ」


 チトセがそう言って帝都の森の入り口まで飛び、それから着地する。竜の姿のまま街中に降りるわけにはいかなかったからだ。

 雲雀はチトセの背から。菫はワカバの背から地面へと降りた。足場がないので飛び降りたといってもいい。ルリは自分の羽を使ってゆっくりと地面へ足をつけていた。チトセとワカバは人型に変身する。体が伸縮自在で羨ましい。


「ごめんね。助けに行くのが遅くなって」


 ルリが眉根を寄せながら、雲雀と菫を見た。どうしてそんなことを言うのか。それならば、こちらも謝らなければならない。雲雀がそう思って口を開きかけたときだった。


 菫が突然、ルリとその隣にいたチトセを飛びつくように抱きしめた。


「す、菫? 苦しい」


 ルリが息苦しそうにそう言う。それもそのはず、菫が抱きついた場所がルリの顔面と、チトセの腰より少し上ぐらいだったからだ。二人同時に抱きしめるには、身長差がありすぎた。


「おい。お前なぁ」


 チトセは困り顔で、菫の頭を見下ろしていた。


「お二人が無事で、本当によかったです。ごめんなさい。もう少し早く迎えに行ければよかったです」


 身体を震わせる菫を、雲雀とワカバは見つめた。どうしようもなかったことは、菫だってわかっているはずだ。それでもそう思わずにはいられなかったのだろう。もう少し早く森に入っていればと。


「菫。雲雀。それからワカバ。大事な話があるんだが。宿に戻ってからでいいか。他の者にも聞いてほしいんだ」


 不意に、チトセが真剣な顔をしてそう言った。おそらくは昨日、ルリとチトセの身に何が起こったのかという話だろう。雲雀は気を引き締めながら「うん」と言って頷いた。まずは黒田たちに二人が見つかったことを連絡しよう。きっと心配している。


   *



 部屋に四つ敷かれた布団の上で、チトセとルリは正座していた。させられていたというのが正しいが。させた当人は二人の前で腕組をして仁王立ちしていた。ひとしきり小言を二人に浴びせたのは月見だ。彼女は帰ってきた二人を見るや否やこう言ったのだ。


「二人ともそこに座りなさい」


 素直に座るしかなかった。チトセとルリは勝手な行動をしたことを謝罪し、月見の小言が始まればルリは雲雀ひばりに視線を送り、助けを求めてきた。


「二人とも、あたしたちがどれだけ心配していたかわかっているの」


 月見はそう言って怒っていた。気持ちはわかるがこれでは話が進まないと思い、雲雀は肩をすくめた。


「それくらいにしておけ。月見。二人のおかげで俺たちが無事に帰ってこられたのも事実だろ」


 雲雀はそう言って月見を諭す。


「そうだけど。そもそも二人がさっさと帰ってきていればこんなことにはっ」

「月見。声が大きい」


 声を荒げた月見に向かって、すみれが口元で人差し指を立てる。夜も遅い時間帯だった。大きな声を出せば他の客の迷惑になる。月見は菫を見ると口をつぐんだ。黒田と菫は窓際の椅子にそれぞれ座っていた。布団の上で胡坐をかいて座っていた蓮太は、あくびをかみ殺していた。その隣に膝を抱えてワカバが座っている。

 ルリとチトセに向かい合うような形で、雲雀は胡坐をかいて座った。その隣に座るように月見を促す。彼女は大人しく従ってくれた。


「チトセ。ルリ。昨日、何があったか話してくれないか」


 雲雀の言葉に、チトセが嘆息する。


「そもそもこいつが追いかけてこなければ、上手くいっていたんだ」

「私はチーちゃんが一人でどっかに行っちゃうと思って、引きとめようとしただけだもん」


 チトセに指されて、ルリは頬を膨らました。


「まったく、ルリちゃんらしいというかなんというか」


 蓮太が頭を掻きながら言った。


「上手くいっていた。ってのは、なんのことだ」


 雲雀はチトセに向かって尋ねる。


「通り魔の犯人は捕まったんだろう。今さら話すことでもない」


 チトセがそっけなく答えるが、ルリは勝手に話し出す。


「それがね。チーちゃんが言うには、犯人は竜人たちと仲良くしている人間を狙っていたんじゃないかって。だからね――もがっ」


 チトセがルリの口を片手で塞いだ。


「おい、ルリ。余計なことを言うな」


 チトセの困った顔を見るのは新鮮だった。雲雀は思わず笑いそうになる。


「なるほど。俺たちをおとりにしようとしていたわけか」

「ねぇ。ひどいでしょう」


 ルリはチトセの手を口からはがすとそう言った。

 らしいといえばらしい行動だった。確かに襲われたのは人間だけで、竜人が襲われたという話は聞いていない。犯人の言い分を聞いてみないことにはわからないが、おそらくチトセの憶測はあっているだろう。


「犯人が現れたらすぐ動けるようにしておきたかっただけだ。追いかけてきたルリとはぐれるといけないから、仕方なく一緒に行動することにしたがな」

「みんなを見失っちゃって、大変だったんだよ。怒られるし」


 補足するようにルリは言った。


「で、まぁ。ここからが本題なんだが」


 そう言って、チトセは先ほどまでの正座を崩し、胡坐をかいた。

 雲雀は思わず唾をのむ。チトセが部屋に全員を集めてまで話しておきたかったこと。雲雀には想像がつかない。どういう経緯で森の奥へ行ったのか。それがようやくわかるというのだ。

 チトセの真剣な物言いに、ルリは押し黙る。その表情は硬い。


「俺とルリが二人でいるところに、ある人物が声をかけてきた。そいつのことを俺たちはまったく警戒していなかった。何故ならそいつは知り合いで、ましてや帝都への列車に一緒に乗ってきた奴だったからだ」


 チトセの言葉に、雲雀は目を丸くした。


「え? それって……」


深山鶫みやまつぐみ野駒のごま防衛大臣直属の守護騎士団。副団長様だよ」


 チトセはそう言って、雲雀の目を真っすぐに見据えてきた。わけがわからず、雲雀は身を乗り出すようにチトセに言った。


「お前たちが昨日、宿に戻ってこられなかったことと、深山さんが関係あるっていうのか」

「なかったら、名前を出すかよ。記事の一件で味方だと錯覚してただろうが。俺たちも油断していた。あの娘はあくまでも野駒大臣の部下だ。信用するべきじゃない」


 チトセははっきりとそう言った。

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