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飛竜の華  作者: 黒宮涼
哀を唄えば
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森の誘惑(3)

 雲雀ひばりはワカバの体に集まってきた無数の光を綺麗だと思った。それが妖精だとすぐに気づいた。辺りは提灯が必要ないほどに光であふれていた。


「あたしたち、友だちを探しているの」


 光たちに向かってワカバは話しかけていた。彼女には見えているのだろうか。妖精の姿が。


「人間よ」

はなの子よ」

「友だちって誰のこと」

「竜の子は歓迎するわ」

「どうしてここにいるの」

「あなたどこから来たの」

「女王様に見つかる前に、早くここから去ったほうが……」

「そうよ。人間も華の子も出て行って」


 八方から幾つもの声が聞こえてくる。おそらくこれが、妖精たちの声だ。甲高いものや優しく響くものがその個性を伝えてくる。

 雲雀は華の子。という言葉が気になった。すみれのことだろう。彼女が普通の人間ではないことを、妖精たちはわかっているらしい。


「ねぇ。答えて。チトセ・ヒ・リイヤとルリ・ヒ・シイナはここの村にいるの? それに街にいた竜人たちも。あなたたち、何か知っているの」


 ワカバは一度に尋ねた。その大きな瞳は飛び回る光たちを追うように動く。


「知らない」

「知らなーい」

「あなたも村に来たら教えてあげる」

「なんたってお祭りだからね。楽しいよ」

「楽しいよー」

「久しぶりのお祭り。みんな集まって楽しい。するの」


 妖精たちは口々にそう言った。


「お祭りって、感謝祭のこと?」


 ワカバは尋ねる。


「何それ」

「そんな名前じゃないよ」


 妖精の予想外の言葉に、雲雀と菫は顔を見合わせた。


「妖精のお祭り」

「竜と妖精の。大事なお祭り」

「唄ったり、踊ったり」

「楽しい!」

「だから人間と華の子は出ていって。あなたはお祭りに参加するの」


 妖精の祭りとは、街で行われる祭りとは違うようだ。

 まずい。と雲雀は思った。妖精たちはワカバを連れて行こうとしている。


「お祭り、参加……」


 ワカバは呟いて、右足を一歩前に出す。雲雀はそれを見ると、急いで彼女の身体に飛びついた。ワカバの固い鱗が手に張り付く。わずかに温かさを感じた。


「ワカバ。しっかりしろ。祭りに参加しに来たわけじゃあないだろう」

「そうです。チトセとルリを探しに来たんです」


 菫もそう言ってワカバに駆け寄る。


「でも、二人も参加しているかもしれない。確かめることができれば」


 ワカバはそう言って雲雀を見る。


「そうよ。参加したら教えてあげる。だからお祭り、いこうよ」

「いこうよ、いこうよ」

「楽しい。お祭り」


 妖精たちは繰り返すように言って、雲雀たちの周りを踊るように飛び回った。


「うるせぇ。黙れ。ワカバは祭りには参加しないんだよ!」


 雲雀はたまらず妖精たちに向かって怒鳴り散らす。


「ひゃあ。怖い」

「人間、怖い」

「早く出ていけ」


 そんな風に言われても、雲雀は構わなかった。


「お前ら、街にいた竜人たちを森へ集めてるのか。答えろよ」

「答えない。人間の質問には答えない」


 雲雀の質問に、妖精はそう言った。


「無駄だわ。雲雀。あたしが行って確かめてくる」


 ワカバが言う。


「だから、一人で行ったら駄目だって」

「でも……っ」


 ワカバは苦しそうに呻く。雲雀が止めるので葛藤しているようだった。

 妖精たちは何を言っても聞いてくれない。雲雀は考えるしかなかった。どうしたら一番良いか。妖精たちの言うまま、ワカバを一人で妖精の祭りとやらに参加させるのは危険すぎる。戻ってこられない可能性があるからだ。チトセとルリが行方不明の状況で、ワカバまでいなくなってしまったらと思うと、胸が苦しくなる。


「菫さん、どうしたら」


 雲雀は眉をひそめながら、菫に助けを求めた。


「妖精さんたち。そのお祭りに、私たちは参加できないのでしょうか」


 菫は少し考えるしぐさをしてから言った。

 雲雀はその手があったか。と思い、何度も大きく頷いた。


「華の子が、何か言っている」

「駄目だよ。お祭りには妖精と竜の子しか参加できない」

「そうよ。華の子も人間も参加できない」


 妖精たちは雲雀と菫の周りを回転するように飛び、「出ていけ」と何度も言ってくる。その声は次第に大きくなり、雲雀は両手で耳をふさいだ。


「や、やめろ」


 声が、耳鳴りのように頭の中に響く。雲雀は顔をしかめながらワカバの体を背にして、その場に座り込む。菫も眉をひそめて、提灯を持ったままもう片方の手で耳をふさいでいた。


「騒がしいのう」


 不意に別の誰かの声が聞こえてきたので、雲雀は顔を上げる。

 どこからともなく、ひと際大きな光が現れた。その声に、その光に、妖精たちの大きな声がぴたりと止んだ。


「なんぞ騒がしいと思ったら、客人ではないか」


 その眩い大きな光はゆっくりと人の形をとり、やがて仄かに光るだけになった。背丈は菫と同じぐらいの、美麗な女の人に変わっていったのだ。


「女王様」

「ごめんなさい。女王様」

「だってこいつらが」

「すみません。人間と華の子は、今すぐ森から追い出しますので」 


 妖精たちは焦るように言った。

 女王と呼ばれた女は「よい」と一言発すると、近づいてきて、ワカバの身体に手を触れる。ワカバは怯えた様子で頭を下げた。

 雲雀は耳を押さえていた手を放し、ゆっくりと立ち上がる。


「女王様? あんた、妖精の女王なのか」


 雲雀は尋ねる。


「口の利き方に気をつけよ、人間」


 睨まれるが、雲雀はここで怯んではいられないと思った。女王ならばまともに話ができるだろう。

 雲雀は咳払いして姿勢を正した。大臣の息子として振舞ってきた礼儀を思い出し、女王に向かって深く頭を下げる。


「失礼しました。女王様。自分は野駒雲雀のごまひばりと申します。友人を探してここまで来ました」

「ほう。友人とな」

「はい。チトセ・ヒ・リイヤとルリ・ヒ・シイナという竜人たちです。お祭りがあるとそこの妖精たちに聞きましたが、二人は祭りに参加しているのですか」

「そち、今。竜のことを友人と申したか」

「はい」


 雲雀が頷くと、妖精女王は嘲笑う。


「笑わせるな。人間風情が。気高き竜と友になどなれるものか」


 威圧感が雲雀を襲う。思わず目を閉じる。次に目を開けたとき、目の前には菫と、片翼を広げたワカバがいた。


「お言葉ですが、女王様。彼らは大事な友人です。傷つけることはいくら女王様でも許しません」


 ワカバが雲雀と菫をかばってそう言ったのがわかる。あれだけ妖精を怖がっていたワカバがここまで言ったことに、雲雀は目を丸くした。


「どういうつもりかのう。竜の子よ。わらわたちを裏切るのか」


 妖精女王の視線は、ワカバに向けられていた。


「そんなつもりはございません。ですが、彼らは闇に落ちた自分を助けてくれた恩人でもあります。大切な人間たちです」


 そう言ったワカバの声は震えが混じっていた。雲雀はワカバがそんな風に思っていてくれたことがただ嬉しかった。


「戯言を。よもや竜が人間をかばうなど、再び見ることになろうとは」


 妖精女王は悔しそうな表情でそう言い、胸の前に手を広げた。女王の体が赤く燃え上がるように光り始める。これから何が起こるのかはわからなかったが、彼女を怒らせてしまったことは理解できた。


「わらわに逆らう竜など、目ざわりだ。消えてしまえ」


   *


 竜の咆哮ほうこうに、鼓膜を震わせた。次いで、突風に立っていられなくなり、雲雀ひばりはその場に尻もちをつきそうになった。寸前ですみれが手を差し伸べてくれたので、雲雀はそれに捕まり、なんとか体制を立て直す。

 今の咆哮は、ワカバのものではなかった。


「な、なんだ?」


 雲雀は首をかしげる。


「わかりません。上を見てください」


 菫が言うので、雲雀はそれにならって空を見上げる。枝葉の隙間から何かが見えた。鋭い大きな爪が、地上に降りてくる。小枝が音を立てて折れて、多くの葉が落ちてきた。


「二人ともふせてて」


 ワカバがそう言って、雲雀たちの頭上で両翼を広げた。おかげで痛い思いをせずに済んだが、何が起こったのかまったくわからなかった。


「わー。降ってくるー」

「逃げろ、逃げろー」


 妖精たちの叫び声が聞こえた。

 しばらくして、大きな地響きがなったと思うと覚えのある声が聞こえてきた。


「ごめんね。ワカバ。痛くして!」


 それは一日半ぶりに聞く彼女の声。


「手間をかけたな」


 そしてもう一つ、そっけないがどこか気遣いのある彼の声。


「ルリ。チトセ」


 ワカバは安堵したように彼らの名を呼んだ。

 雲雀と菫は、ワカバの翼で作られた空間で顔を見合わせた。やはりチトセとルリは、森にいたらしい。理由はわからないが、丁度よく助けに来てくれたのは確かだ。妖精女王を怒らせてしまったこの状況を打破できるかもしれないと、雲雀は思った。


「何のつもりか。おぬしら」


 ワカバの重なっていた両翼が扉のようにゆっくり開いて、まず目に飛び込んできたのは眉を吊り上げそう言った妖精女王と、それを見下ろす巨大な竜の姿をしたチトセ。そしてその背に乗っている人型のルリだった。


「それはこちらの台詞だ。俺たちの大事な友人たちに何をしようとしていた」


 チトセは低く呻る。


「そうよ。ワカバを消すなんて、絶対に許さないんだから」


 ルリはチトセに乗ったまま、頷いていた。普段と変わらない二人には、聞きたいことが山ほどあった。そんな態度で言ったら、余計に怒るだけなのではと雲雀は心配になった。


「そろいもそろって、勝手なことを」


 妖精女王はため息を漏らす。


「勝手なのはそちらだ。妖精女王。俺たちはあんたの駒じゃない。いつまでも思い通りに動かせるとは思わないことだ」


 チトセははっきりとそう言って、翼を広げた。


「雲雀、こっちに乗って。菫はワカバに。逃げるよ!」


 ルリが叫ぶように言いながら、雲雀に向かって右手を伸ばしてきた。雲雀は唾をのむと、言われたとおりにチトセの体によじ登り、ルリの手を取った。

 その間、妖精女王は何もせずにただ黙って雲雀たちを見ていた。先ほど広げた手を下ろしていたので、これ以上何かをする気はないらしい。


「首にしがみついて」


 菫もワカバの背に乗ったようだった。ワカバに言われて菫はぎこちない動きで、彼女の太く長くなった固い首に両手を回していた。雲雀もルリに促されて、チトセの首に両手を回してしがみついた。ルリは羽だけを背中に生やして、落ちても自分で飛べるようにしていた。そして、チトセとワカバが飛び立とうとした時だった。


「ま、待て。また行ってしまうのか。人の世界に。何が楽しいというのだ。人と同じ時間を生きることが。どれほど愚かなことか。わかっておるのか」


 妖精女王は眉をひそめながらそう言った。彼女は最後まで否定し続けるのだろうか。


「愚かなんかじゃないよ。例え短くても大切な時間だから」


 ルリははっきりとそう口にした。雲雀にだってわかっている。人間と竜人の寿命は違いすぎる。竜人は千年。いや。二千年だって生きることができるらしい。対して人間は長生きしても百歳ぐらいだ。どんなに頑張っても人間には限界がある。一緒には生きることはできても、死ぬことはできない。置いて行かれた竜人たちはきっと、寂しい思いをするのだろう。哀しい思いをするのだろう。妖精たちが人間を嫌うのも、もしかしたら同じ理由なのかもしれない。


「妖精女王様。最後に一つだけ。あたしたちは別にあなたたちを裏切ろうとは思っていません。ただ、竜人も妖精も人間もみんなが仲良くなれるそんな世界を、望んでいるだけです」


 ワカバはそう言って、先に飛び立った。続けてチトセが飛び立つ。


「そんなもの。どこにもありはしない」


 妖精女王がそう言って哀しそうに笑うのを、雲雀は見た。

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