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飛竜の華  作者: 黒宮涼
哀を唄えば
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森の誘惑(1)


 ワカバが森に行くと言い出したのは、その日の夕方のことだった。

 神楽坂葵かぐらざかあおいは感謝祭が終わったら一度家に帰ることを約束してくれた。葵は連絡先を紙に書いて帰っていった。

 蓮太とワカバが肩を落として宿に帰ってきたのはそのあとだった。チトセとルリは見つからず、手がかりさえもつかめなかったらしい。通り魔が捕まったことは無線機で知らせていた。

 宿泊部屋の椅子の上で、ワカバは両足を両腕で抱え込むようにして座っている。ため息が漏れた。


「チトセとルリが失踪して、まる一日経ちましたが。雲雀ひばりの情報では、捕まった魔法士も知らないと答えたらしいですね。他の誰かに捕らえられている線もありますが、やはりワカバさんの提案通り、森の奥を探してみるしかありませんね」


 椅子の横に立ったまま、すみれが考えるしぐさをしながらそう言った。


「森の入口のほうは今日、蓮太と一緒に探したの」


 ワカバが言う。


「俺たち人族は、奥の方には行けないから。ワカバ一人で向かわせることになるのが少し心配だけど。仕方ないよな」


 ワカバの向かい側の椅子に座っていた蓮太が、そう言って頭を掻いた。

 雲雀は不安に思った。森の奥と聞くと、あのときの幻影が頭の中をよぎる。雲雀は一か月ほど前の出来事を思い出していた。巨大な隠の中で見た。あれはおそらくチトセの記憶。


「どうにかして、俺たちも奥にいけないかな」


 雲雀は眉をひそめながら言った。難しいことはわかっている。基本的に人族は森の奥に立ち入ってはいけないという規則があるのだ。許されるのは皇帝陛下や一部の人間だけらしい。もし破ればそれ相応の罰がくだる。ゆえに、子どものころから大人たちに、森の奥にはお化けがいるから近づいてはダメ。など言い聞かせられている。雲雀にも覚えがある。

 竜人族であるワカバには関係のない話だ。けれど、どうしても彼女を一人で森の奥へ行かせるのは嫌だった。彼女まで帰ってこなくなる気がしたのだ。


「それは無理よ」


 ワカバが呟くように言った。


「どうして。俺の父親に頼めばもしかしたら許しが出るかもしれないだろう」


 雲雀の父は防衛大臣だ。理由を話したら協力してくれるかもしれない。そう思って言った言葉だった。

 ワカバは首を横に振る。


「絶対に入れてもらえないわ」

「何で断言できるんだ」


 雲雀は顔をしかめた。ワカバは。いや、竜人たちは何かを隠している。そんな気がしてならない。森には何か秘密でもあるのだろうか。


「それは……」


 口籠くちごもるワカバに、蓮太が心配そうな顔を向けていた。


「僕もその理由を知りたいな。仕事柄、興味本位で森に入った人間を何人か見たことがある。心を壊して病院に来るんだ。森の奥には絶対にたどり着けない。何日も森をさまよったあげく、幻聴がするようになるんだと」


 雲雀の後ろで壁にもたれて立っていた黒田が、口をはさんできた。そんな話は初めて聞いたので雲雀は驚いた。振り向いて黒田を一瞥すると、すぐにワカバに視線を戻した。


「森には、あたしたち竜人族の他に妖精族が住んでいるの。それは知っているでしょう。決して姿を見せようとしないけれど、声やその存在は感じ取れるの。妖精たちは人間嫌いだから、森の奥には絶対に入れないよう魔法で結界をはっている。だからどんなに頑張っても迷うだけよ」


 妖精の力であればそんなことも可能なのか、と雲雀は半ば感心した。森全体が、妖精によって守られているのだ。


「なるほどね。幻聴ってのは妖精の声か。人間を嫌っているのは、やっぱり僕たちが魔法を使っているのが気に喰わないのかな。昔の文献を読んでも、そこらへんは曖昧に書かれているものばかりでね。竜人族の者も、妖精についてはあまり語りたがらない。君もそうなんだろう」


 黒田の言葉に、ワカバは口をつぐんだ。

 妖精の力。魔法の源であるそれは森から風に乗って大気中に散布される。妖精からは絶えず力があふれ出ているらしく、人間たちはそれを借りて魔法を使っている。妖精側がそれをどう思っているかなど知る由もない。古の約束と関係することなのではないかと研究者はみていると雲雀は本で読んだことを思い出してみる。


「……竜人族は、妖精族が怖いのよ」


 しばらくの沈黙の後、ワカバは声を絞り出した。


「逆らえないってこと?」


 雲雀はチトセと妖精の会話に思い当たる。ワカバは静かに頷いた。


「生まれたときからそうなの。本能的なものだと思う。長は気にすることはないって言っていたけれど」

「それで。ワカバは一人で森に行くって言うんだ。帰れなくなるかもしれないのに」


 雲雀の言葉に、ワカバはもう一度頷く。


「それでも行くよ。だって、大切な友だちが困っているかもしれないから」


 今度は決意したような目を雲雀に向けて。

 雲雀は深く長い息をゆっくりと吐いた。


「――わかった。俺も一緒に行くよ」


 雲雀の言葉に、その場にいた全員が目を丸くした。


「ちょっと、あんた。今の話。しっかり聞いていたの」


 菫の隣にいた月見が怪訝な顔をして言ってくる。

 雲雀は頷いた。


「うん。要するに、妖精に結界を解いてもらえばいいんだろう」

「本気で、言っているの」


 一番驚いた顔をしているワカバが言った。


「俺は本気だ。それに、行けるのは俺だけじゃない。菫さん。もしかして昔、森の奥に迷い込んだことありませんか」


 雲雀は、菫に向かってそう質問した。答えは知っているつもりだが、菫はそれを覚えていない可能性がある。幼いころの記憶など、忘れていることがほとんどだろう。

 案の定、菫は首をかしげていた。


「黒田さん。心当たりは?」


 ならば、と雲雀は黒田のほうを向く。


「うーん。そういえば葵がいなくなる何年か前だったか。菫ちゃんが迷子になってな。森から出てきたんで。すごく心配したのを覚えているよ。でも、菫ちゃんは何で森にいたのか覚えていないって」

「それは恐らく、覚えていないんじゃなくって。妖精に記憶を消されたんじゃないですか」

「ど、どういうことですか。わかるように説明してください」


 菫は混乱しているようだった。勘の良い彼女のことだ。通常時ならすぐに雲雀の言いたいことがわかるはずだった。彼女が覚えていれば話は早かったのにと、雲雀は落胆する。


「いいですか。菫さん。黒田さんの話では、森の奥に入ろうとした人はみんなそのときの記憶を持ったまま出てきているんです。でもあなたは昔、森で迷子になったことを覚えていない。森の奥に入ってしまったせいで妖精にそのときの記憶を消されてしまった。そう考えればどうでしょう」


「おいおい。雲雀くん。それだと、菫ちゃんが結界を通れないと説明がつかないぞ」


 黒田は眉をひそめた。


「忘れたんですか。一部の人間は森の奥に入れるんですよ」

「まさか、菫ちゃんがその一部の人間だって言うんじゃあ」

「正しくは、菫さんと月見がですね。ここまで言えばわかりますよね」


 それでもわからないのは、ワカバと蓮太だけだろう。後で説明しよう。彼女らには知る権利があるはずだ。

 雲雀は、菫の目を真っすぐに見た。


「皇帝の、一族。だから――」


 菫の呟くような声に、雲雀は頷いた。


「一緒に行きましょう。菫さん」


 チトセのことは言っていないから大丈夫だよなと思いながら、雲雀は力強くそう言った。

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