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飛竜の華  作者: 黒宮涼
哀を唄えば
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孤独の軌跡(2)

「十四年前。月見は生まれたばかりの赤ん坊で、すみれもまだ八歳だった。俺は子どもたちを桔梗ききょうに任せて、一人で仕事をこなしていた。昼間は犯罪者を追い掛け回して、疲れて帰ってくると子どもたちの寝顔に癒されていた。そんなときに、総一郎がある依頼を持ってきた」


 あおいの話に、雲雀は思わず黒田を見る。彼から聞いたときは、濁していた部分だ。


「その依頼については僕が話そう」


 息を吐いて黒田が言った。

 話が長くなるからと、ソファに座ることにした。出入り口側に菫と月見が座り、向かって右側のソファに黒田と葵が座る。雲雀ひばりは窓の近くで背もたれのない四本足の丸椅子に座ることにした。ソファに座る場所がなかったのと、部外者である自分が堂々と混ざるのに気が引けたからだ。


「当時、僕の勤めている病院で治癒士が次々に襲われる事件が起きていてね。幸い軽い怪我だけ。最初は動物か何かだと思ったんだが、不可解なところがあった。それが起こるのは決まって夜。夜勤で働いている人だけが狙われていた。入院患者に聞いても、何も起こっていない。見ていないというのだ。幽霊のしわざじゃないかとか色々言われていたけれど、流石に僕も怖くてね。学生のころから友人だった葵に依頼したんだ」


 黒田は説明しながら、眼鏡の位置を直した。そして懐古するように続ける。


「ちなみに、桔梗とも仲が良くてね。学生時代はよく三人でつるんでいた。僕が治癒士を目指して魔法科に転入してからは疎遠になっていたけれど。葵と桔梗が結婚したと聞いたときは驚いたよ。二人は従妹同士だったんだから。その時は僕も華士の存在を知らなくてね。二人が仕事を始めたときに、初めて知ったんだ」

「そのときはまだ、俺も桔梗も総一郎に体のことは内緒にしていたんだ。変に心配をかけるのも嫌だったからだ」

「そのおかげで、大変なことになるんだけどな」


 葵の言葉に、黒田はそう言って肩をすくめた。


「総一郎の依頼で、俺は子守をしている桔梗を置いて、一人で夜の病院に赴いた。その日、総一郎は夜勤だった。俺は総一郎をおとりに使い犯人を捕まえるのに成功した。そいつの正体がおぬだと知らずにな」

「隠が? どうして」


 雲雀は思わずそう言って、椅子から腰を浮かせる。


「あ。そういえば、私もその時のことうっすらと覚えている。確かお母さんが嫌な予感がするって言って、私と眠っていた月見を残して家を出て行って――」


 何かを思い出したのか、菫が両手で口を押さえる。それから顔を俯かせて、肩を震わせた。


「お姉ちゃん?」


 月見が心配そうに隣に座っている菫の顔を覗き込む。

 雲雀は顔をしかめながら椅子に座り直した。

 葵は菫の様子を見てから、頷く。


「そうだ。その隠が人の型をしていたせいで、俺と総一郎はそれが異形のものだと気づかなかった。俺は隠のことを聞きかじってはいたが、実物を見たことがなかった。俺たち二人は、油断していた」


 葵は眉をひそめて、体を震わせていた。代わりに黒田が続ける。


「隠の体が液のように溶けて、拘束していた葵のつたを悠々とすり抜けた。そしてそのまま、僕たちを襲ってきた。止めるすべはなかった。隠は僕たちを動けなくして、殺そうとした。その時だった。僕たちは、桔梗に助けられた。桔梗は怒りに任せて隠と戦った。そして勝った。でも、その代償に――」


「植物化が始まった。そういう……こと……」


 詰まらせた黒田の言葉を、菫が口にした。菫は顔をゆっくりと上げる。


「ああ。桔梗の指の先からでた蔦が、花が、元に戻らなくなった。蔦を切ろうとすると、桔梗は痛いと泣き叫んだ。そこで僕たちは事の重大さに気づいたんだ」


 黒田は頷きながら言った。


「私、覚えている。夜中に帰ってきたお父さんとお母さんの暗い表情。そのときからしばらく、お母さんは手袋をはめていたの」


 菫は自分の手のひらを見つめていた。いつか彼女もそうなってしまうのだろうかと雲雀は思った。

 葵が口を開く。


「俺は自分のせいだと思ったよ。俺がもっと気を付けていれば、桔梗があんな目にあうこともなかったのにって。代わってやりたいと思った。俺も今すぐ同じになりたいと言ったら桔梗は首を横に振った。こんな力、なければいいのにと思った。こんな、呪われた力ならいらない。けれど、俺にはどうすることもできなかった。だからせめて植物化を止める方法を探そうと思って、神楽坂家にある華士に関連する書物を探した。祖母でも生きていたらよかったんだが、神楽坂家は短命の人が多くて、植物化について詳しいことを知っている人がいなかった。書物を探し回っていたその途中で偶然見つけたのが、あの地下室だった」


 神楽坂家にある地下室。店も何十年も前からあったのだろう。


「あれは、もともと貴重な本を閉まっている書庫だったものだ。僕と葵でその本をすべて地下から出して、調べた」


 黒田が言う。


「そして俺は見つけたんだ。神楽坂家のある秘密を」

「秘密?」


 葵の言葉に、菫が首を傾げた。


「その秘密が、お父さんが家を出た理由なのね」


 月見の言葉に、葵は静かに頷いた。


「神楽坂の家系図が出てきたんだ。元は皇帝の一族だったらしい。神楽坂は分家だったんだ。鳥肌が立ったよ。こんなものを隠していたのかって驚いた。それと同時に俺は気づいた。現、皇帝陛下もこの呪われた華の力を持っているんじゃないかってね。お城の書庫になら俺の知りたいことがあるんじゃないかと思った。呪いを解く方法があるんじゃないかと思った。俺は家系図をもったまま家を飛び出した。それが十四年前のことだ」


 葵の話に、その場にいた全員が目を丸くしていた。それはすごく重大な秘密だった。その真実を葵は独りで抱えていたのだ。今までずっと。この場で話すまで。


「それで結局、方法は見つかったの」


 月見が葵に尋ねた。葵は深く息を吐いた。その表情は明るいものではない。


「俺は家を出た後、この帝都へ来た。城へ行ったら門前払いだよ。当たり前だ。突然やってきて皇帝に会わせろ。俺は皇帝の親戚だ。なんて、信じてもらえるわけがない。警備の者に家系図を見せたが、偽物だと罵られ、追い払われた。考えなしに突っ込むのはダメだと悟ったよ」


 話しながらその失敗を笑う葵。雲雀は身につまされる。


「何とか城に潜り込めないかと、色々方法を考えた。その結果がこれさ」


 葵はそう言って、鎧の右上部に刻まれた紋章を指した。


「最初の一年は金が必要だったから、家を借りて仕事をしながら学校探し。二、三年は騎士学校で勉強をした」


 葵は言いながら左手の指を広げ、親指から順番に折り曲げていく。


「四年目に帝国騎士団に入ったが、皇帝陛下には会えないまま時間だけが過ぎていった。帝国騎士団は、全部で十部隊あってな。それぞれの担当地域が決められているんだ。功績を上げると昇進がある。俺は十年かけて第一部隊まで這い上がった。そこまできてやっと、陛下に拝謁できる機会がきた。


 俺は隙を見て陛下にそれとなく尋ねたよ。植物に愛された一族の話をね。俺はその力を失うことはできるかと問いを投げかけた。そうしたら陛下は知らない。とはぐらかした。俺は落胆したよ。城の書庫にも入れてもらって調べたが、華の力についての文献は見つからなかった」


 そこまで説明して、葵は深く長い溜息をついた。葵は十四年間、たった独りで頑張っていたのに。何の成果も得られなかったのだ。それは酷く悲しいことだった。


「俺は何のために頑張ってきたのかわからなくなった。ここまできて、家に帰れるわけがない。桔梗になんて言ったらいいのかわからない。娘たちにも……。それからしばらくして伊良に巨大な隠が現れたと聞いて、俺は焦った。部隊長に掛け合ったけれど俺は応援に行くことはできなかった。だからこうして娘たちの無事が確認できたことはよかったと思う」


 葵は菫と月見のほうに、安心したような表情を向ける。


「葵さん。さっき、あと少しで真実にたどりつけると言っていたような気がするけれど、今の話ではとてもそうは思えないんですけれど」


 雲雀はふとした疑問を投げつける。葵の話では、十四年かけたが振り出しに戻ったとしか思えなかった。けれど先ほど確かに、葵は「普通の体に戻れるかもしれない」と口にした。


「そのことなんだが。陛下が伊良市の事件を聞いてしばらくしてからだったか。急に呼び出されてな。俺の目的を聞かれた。俺の出身が伊良だったことに何か思ったんだろう。俺は正直に全部話したよ。家系図も見せた。そうしたら、陛下の顔色が変わった。何か知っているのは明白だった。だからもう一度聞いた。この呪いを解く方法を知っているのかと。一族に伝わる秘密を教えるには条件があると陛下はおっしゃった。それがこの感謝祭で、何らかの功績をあげることだった。百年ぶりの感謝祭だ。何か起こるに決まっている。そこで俺は条件を満たし、一族に伝わる秘密とやらを陛下から聞くんだ。だからもう少しなんだ。感謝祭で功績をあげれば俺の努力は報われる。桔梗を救ってやれるんだ」


 決意したように葵は言った。もしかしたらという期待が伝わってくる。雲雀は葵を見ながら思っていた。本当にうまくいくのだろうかと。


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