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飛竜の華  作者: 黒宮涼
哀を唄えば
34/60

予期せぬ際会(3)

「おっと。それはこちらの台詞だ」


 突然、そんな声が聞こえてきてその場にいた全員が驚いた。


「何? 他にも誰かいるのか」


 魔法士の首が左右に動く。声の主を探しているようだ。

 月見に視線を向けられて、雲雀ひばりは首を横に振る。誰だ。そしてどこにいる。


「どこ見てる。上だ」


 上から。建物の上から何かが伸びていくのが見えた。


「よっと」


 そしてその人物が屋根から飛び降りて着地する。建物を挟んで階段が斜めになっているので、高さはそんなにない。だから降りられたのだろう。男の人だった。騎士団の紋章が鎧にはいっている。


「悪いが、拘束させてもらうよ」


 男は言った。


「ふん、やれるものならやってみるといい」


 魔法士はそう言って鼻で笑う。よほど自信があるらしい。


「ちょっと借りるよ」


 騎士団の男は身体から何かを伸ばしていった。先ほどのは見間違いではない。雲雀は目を丸くした。警察官の持っている先ほどの手錠を伸ばした細長いもので二周ぐらい巻いて、そのまま軽々と持ち上げて自分の手元に戻すとそれを手で持った。

 警察官二人は唖然としていた。雲雀と月見の二人も別の意味で言葉を失っていた。あれは魔法? いや、違う。あれと同じものを見たことがある。


「お前は何? その力、魔法じゃないよね」


 魔法士が首を傾げた。


「後でゆっくり聞かせてやるよ」


 騎士はそう言って何かを。いや、植物のつたを魔法士に向けて何本も伸ばした。針のように鋭い先端。蔦はあっという間に魔法士の両手両足に絡まった。蔦から黄色い花が一定の間隔をあけて何個も咲き誇る。魔法士の両手の平の指は一本一本に蔦が絡まる。そして真ん中に大輪の花が咲いた。


「なっ。何だ。花が!」


 騎士はゆっくりと動揺する魔法士に近づいた。


「それはお嬢さんにプレゼント。そしてもう一つ」


 動けない魔法士の両手に、騎士は手錠をかける。これで彼女は魔法が使えなくなった。


「こ、これは。お前っ。私をどうする気だ」

「どうするって、決まっているじゃないか。ねぇ。この子、騎士団のほうで引き取っていいよね」


 騎士の男は警察官の二人に確認をとる。そのつもりで割って入ってきたのだろう。結果的に助かったが。


「ど、どうぞ。こちらとしては、不本意ですが。そちらのご意向には逆らえません」


 警察はあくまで民の安全を守る組織であり、騎士団は国を守る組織だ。上下関係ははっきりしていた。騎士団が動いたということは、この魔法士にはよほどの問題があったということ。


「で、では。私たちはこれで失礼します」

「はい。ご苦労さま」


 騎士と挨拶を交わすと、警察官二人は逃げるように階段を下りて行った。


「さて。君にはしばらくの間、眠ってもらうとしよう」


 騎士はすぐに魔法士に向き直り、そう言って右手の親指と中指を使って音を鳴らす。すると蔦から咲いたすべての花が勝手に揺れて、花粉を飛ばす。


「冗談じゃない。私がこれで諦めると思うのか。絶対にお前たちの、思い、通りには――」


 魔法士は抵抗していたが、眠りに落ちていった。花粉に眠る作用があったらしい。雲雀と月見はただ立ち尽くしたままそのさまを見ていた。


「いやあ。君たちがここを見つけてくれなかったら捕まえられなかったよ。ありがとう」


 唖然とする雲雀たちをよそに、騎士の男はにこやかにそういう。


「いいえ。あ、あの。あなたはもしかして、華士はなし。ですか」


 雲雀は疑問を口にする。

 騎士は蔦を伸ばしたまま、雲雀のほうを見てこう言った。


「ほう。驚いた。知っているのか。君は何者なのかな」


 騎士は真剣な表情で雲雀を見てくる。どう答えようかと思っていると、突然月見の声がした。


「お父さん」


「え?」


 これには、雲雀も驚いた。騎士とほぼ同時に、自分より下の段にいた月見のほうを見る。


「もしかして、お父さんなの」


 目を見張るようにして、月見がじっと騎士の男の顔を見ていた。


「君は、すみれ、じゃない。よな」


 彼は呟くようにそう言った。


「それ、お姉ちゃんの名前。やっぱり、お父さんなの。写真だけど、見たことあるもの」

「ということは、もしかして、月見か?」


 騎士の言葉に、月見は頷いた。雲雀は予想外の事態に、困惑するしかなかった。どうやら本当に菫と月見の父親らしい。名前は黒田から聞いていた。神楽坂葵かぐらざかあおい。目の前の騎士が彼だった。


「そうだよ。神楽坂月見だよ」


 月見は震えているようだった。


「大きくなったな。最後に見たのは、こんなにちっちゃかったもんな」


 葵はそう言いながら、両手で赤ん坊のころの月見の大きさを再現する。


「当たり前だよ。あたしもう十四歳になったんだよ」

「そうか。もうそんな年齢になるのか。すると菫は二十二歳か。あの子も大きくなっているんだろうな」


 感慨深い面持ちで、葵は言った。

 十四年ぶりの再会は、葵にとって嬉しいことなのだろう。


「お父さん。どうして」

「ん?」

「どうして今になって現れるのよ。あたしとお姉ちゃんがどれだけつらい思いしたかわかっているの」

「月見……」


 月見の言葉で、葵の表情が一瞬暗くなる。


「この十四年間。どこで何をしていたのよ!」


 月見の叫び声が辺りに響いた。それは月見が。菫が。ずっと問いたかった言葉だろう。十四年間心の奥深くにしまい続けた言葉。それを今ようやく口にしたのだろう。月見は震える体を押さえるように、右手で左腕を掴んだ。そして葵から目を逸らす。


「……悪かった」


 葵は絞り出すように謝罪を口にした。


「月見」 

「触らないで」


 頭でも撫でようとしたのだろう。葵が伸ばした右手を、月見は振り払う。


「すまない」


 葵は悲しそうな顔をした。


 雲雀はこの状況を見守りながら、考えていた。神楽坂家のこと。この再会が果たして良いことなのか悪いことなのか。どうして葵が、帝国騎士団の紋章を背負っているのか。雲雀はその理由を知りたかった。黒田に送られてきていた手紙に書いてあった秘密に、関係があることなのだろうか。

 再び霧が辺りを包みだしたことに気づいて、雲雀の思考は断ち切られる。

 微妙な空気の中、ひとまずここを離れようと雲雀は提案した。


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