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飛竜の華  作者: 黒宮涼
哀を唄えば
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祭りの始まり(3)

「……で。なんであたしとあんたが一緒に行動することになったわけ」


 翌日。不服そうな表情の月見つきみと一緒に、雲雀ひばりは真昼の帝都を歩いていた。どうしてこの組み合わせになったかと言えば話は数分前にさかのぼる。

 まず駅で黒田と無事に合流した雲雀たちは、宿の待機組と犯人捜索組に分かれた。待機組はすみれと黒田の二人。捜索組は蓮太、ワカバ、ルリ、チトセ、雲雀。そして菫の推薦があった月見の六人だった。月見本人は嫌がったが、菫には逆らえなかったようで、渋々捜索組に入ったのだ。

 月見を捜索組に入れることを雲雀は不安に思ったが、菫は「大丈夫」とはっきりと口にした。月見は面倒くさそうに頭を掻いていた。

 四方しほうに分かれて探したほうが見つかる確率が増えること。万が一の危険を考えると複数で行動したほうがいいこと。それらを考慮して二人組で行動するというのは黒田の提案だった。組み合わせは任せるといわれたので、雲雀はいざというときの戦力的なことを考えて月見はチトセと組み、蓮太と自分はいつも通りの組み合わせでいいかなと思っていたのだが。

 チトセが「一人で十分だ」なんて言い出したのが問題だった。チトセが一人で勝手に歩き出したのでルリがそれを追いかけて行ってしまったのだ。止める間もなかった。おいおい。と雲雀は頭を抱えた。ルリとしては連れ戻そうという気でいたのだと思う。自分でないとチトセを言い含められないと思ったのだろう。

 しかし、祭りの前の帝都だ。とにかく人が多い。みんな、波のように流れに乗って歩いている。チトセとルリの両名は、その波にあっという間に飲み込まれてしまった。仕方がないので蓮太とワカバ。雲雀と月見という組み合わせで犯人を捜索することになったのだ。


「ルリはチトセと一緒なら、まあ心配はないけど。連絡が取れないのは困ったよな」


 捜索組には、小型の無線機が黒田から渡されていた。それを分けたのは雲雀である。チトセと月見組にしようと思い月見の方に無線機を渡していた。つまり今、雲雀たちの手元には無線機が二つある。 

 チトセとルリはどこへ行ったかわからない。蓮太とワカバが東通り。雲雀と月見が西通りを捜索する。という連絡を待機組にしたが案の定、菫と黒田の呆れた声が返ってきた。


『仕方ないですね。とりあえず雲雀たちは予定通り犯人の捜索をお願いします。ついでにチトセたちを見つけたら、無線機を渡してくださいね』

「犯人と、あの二人も探さないといけないの? 竜人族ってなんで馬鹿ばっかりなの」


 無線を切った後、月見が嘆息を漏らしながらそう言った。


「えっと……。そんなことないと思うんだけど」


 一概いちがいには言えないので、雲雀は困った顔をしてそう呟く。


「そう? まぁ。竜人にも色々いるってことよね」


 何故偉そうに言うのかわからないが、納得してくれたならそれでよかった。

 しかし昨日の通り魔事件で出歩く人が減るかと思っていたが、昨日と同じぐらいに人が多い。屋台の準備をしているおじさんや、遠くから帝都に来る人が駅から流れている。すでにされている飾りつけを見に来る人もいるみたいで、祭りの前から祭り状態だった。

 雲雀は隣を歩いている月見を一瞥する。ルリだったらこういう時、きっとはぐれないように手でも繋ごうとか言うのだろうなと思う。雲雀には無理な話だった。それから、無線機が二つあってよかったと思った。互いに持っていればはぐれても問題はない。


 そんなことを歩きながら考えていた時だった。


「きゃあ。泥棒よ。誰か捕まえて!」


 女の人の悲鳴が聞こえて、雲雀はとっさに声のしたほうを見た。人ごみの中をかき分けて人間の男がこちらに向かってくるのが見える。慌てた様子で、右手にその男には不釣り合いな女物の鞄を抱えて持っている。おそらくその向こうで悲鳴の主はお怒りだろう。


「泥棒?」


 雲雀は首をかしげて、それからこちらに向かってくる犯人を捕まえようと身構えた。


「雲雀、ちょっとどいて」


 隣でそんな声が聞こえて、雲雀の肩に片手が置かれた。


「はあっ」


 月見は掛け声とともに、片足を振り上げる。


「……え?」


 雲雀は視線の先の光景に唖然とする。

 月見の右足が。泥棒の腹部に直撃していた。


「ぶふっ」


 泥棒は腹から声を漏らし、無残にも路にあおむけになって倒れこんだ。完全に目を回しているようだった。


「ふぅ」


 月見は一仕事終えた後みたいに額の汗を手で拭う。


「あ、あぁぁ。月見さん……」


 雲雀はそんな月見を見て恐怖を覚えた。菫が月見は大丈夫と言っていた理由を垣間見たらしい。


「ん。こいつ、警察連れていこう」

「あ、はい」


 月見の一言に、雲雀は頷いた。

 遅れて被害者の女性がやってきたので鞄を返し、そのまま気絶した泥棒を近くにいた警察に引き渡した。被害者女性は月見に向かって何度も頭を下げていた。

 この泥棒は通り魔とは関係ないらしく、ただ月見の恐ろしい一面を見てしまっただけとなった。いつぞやに菫さんが言っていた「月見は強いんですよ」という言葉が頭の中を繰り返している。


「ちょっと。なんで急に離れて歩こうとしているのよ」


 通り魔の捜索に戻るが、雲雀は月見との距離感が掴めないでいる。気づかれたのか、月見が雲雀の右肩を掴んでくる。


「いやぁ。なんかさっきのが尾を引いていると言いますか」


 雲雀は思わず丁寧にしゃべってしまう。


「仕方ないじゃない。泥棒をあのまま見過ごせなかったのよ」

「いや。確か月見さん。普通の女の子として生きたいっていってませんでしたか」

「え? 普通でしょう? 何を言っているの」


 月見は首をかしげる。

 大人の男の人を、蹴りで卒倒させる女の子が普通のはずがない。と雲雀は思ったが、月見が普通と信じているみたいなので言えなかった。恐ろしくて言えない。

 それからしばらく街の見回りを二人でしたが、結局、通り魔の犯人の手がかりを何も掴めないまま時間だけが過ぎていった。

 日が暮れ始めたころ、黒田から戻って来いとの連絡があった。宿に戻ると、すでに蓮太とワカバがいた。菫と黒田を含め、男子の部屋に集まっていた。


「チトセとルリは?」


 雲雀は黒田に尋ねる。 


「まだ戻っていないよ。会わなかったかい?」

「会ってないんだけど。蓮太とワカバも?」


 雲雀の言葉に、蓮太とワカバが同時に頷く。


「本当に、どこ行ったんだよ。あの二人。まさか通り魔にやられてないよな」


 雲雀は言いながら、顔をしかめた。


「チトセとルリに限ってそれはないと思うわ」


 ワカバが首を横に振った。

 雲雀もそう信じたかった。せめて、夜になる前にチトセとルリが無事に帰ってきてくれれば。と思いながら、雲雀は窓の外を見る。部屋は四階なので、景色はよかった。窓に近づいて下を見ると、まだ人の波がそこにあった。


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