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飛竜の華  作者: 黒宮涼
哀を唄えば
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祭りの始まり(2)

 日頃の疲れが取れたのか、すっきりした顔の竜人組を迎えに行った矢先のことだった。時刻は午後六時を回っていた。宿の従業員が数人集まって何やら深刻そうな話をしている。


「通り魔」とか「何人か怪我をした」とかそんな単語が聞こえてきて、雲雀ひばりは顔をしかめた。


「何かあったのかな」


 ルリが不安そうな顔をして言った。


「ちょっと外を見てくる」


 チトセがそう言ったので雲雀は慌ててそれを止める。


「待ってよ。チトセ。何があったかわからない状態で外に出るのは危険すぎる」

「安心しろ。少し刺されたくらいで俺は死なん」

「そういう問題じゃなくて」


 チトセの返答に、雲雀は頭を抱えたくなった。


 仕方なく従業員たちに話を聞いてみると、どうやら先ほど、街中で何人かが怪我をして病院に運ばれたらしい。突然のことでよくわかっていないが刃物のようなもので切られたらしく、切り口から同じ人がやったのではないかといわれていた。しかし犯人は誰も見ておらず、被害にあった人たちはみんな口々にこう言ったそうだ。


「風が吹いた」


 曰く、まるで魔法のような通り魔だったと。


 それを聞いて雲雀は背筋に冷たいものが走った。姿が見えないのなら、防ぎようがない。


「しばらく外へ出ないほうがいいかもしれない」


 雲雀は言う。家に帰った鶫は大丈夫だろうかと心配になったが、あの人に限っては大丈夫な気もする。それよりも。


「まぁ、仕方がない。祭りの前だしな。こういうこともある」


 チトセがいやに冷静にそう言った。


「お祭り、なくならないよね」


 ルリが不安そうな顔をする。雲雀もそれが心配だった。犯人の狙いは当然、それだろう。そして百年前の戦争の理由も、規模は違えど同じだったと予想できる。人と竜人が仲良くしていることが気に入らない者もいる。感謝祭中は一番派手な催し物をする予定の帝都が人も集まるし事件が起こりやすい。だから警察官たちが警備を強化している。よっぽどのことがあれば騎士団も動くだろう。


「……どうして皇帝は急に感謝祭をすることにしたのかしら」 


 ワカバの言葉に、雲雀は考えるしぐさをする。


「戦争からちょうど百年の節目の年だからと思っていたんだけど。違うのか」

「それなら、もっと前からやることを知らせていないとおかしいのよ。みんなが不思議がっていたけれど、やっぱり何かありそう」


「事件の匂いがしますね」


 そんなことを思っていると背後から覚えのある声が聞こえた。雲雀は驚いて振り向く。


すみれさん。どうしてここに」


 そこに立っていた彼女は、雲雀たちにほほ笑んでこう言った。


「外が騒がしかったので、月見に断って様子を見に来たのです」


 宿の従業員たちはいつの間にか散り散りになっていて、仕事を再開したようだった。外で何か事件があっても、彼らのやることは変わらないらしい。一時騒ぎはしても、外は外。自分たちには関係ないとでもいうように、いつもの作業に戻っていく。


 しかし雲雀たちはこの事件を放っておくわけにはいかなかった。雲雀は通り魔のことを菫に相談した。彼女の顔が見る見るうちに険しくなっていく。


「それは、困りましたね。姿の見えない犯人ですか。おそらくそんなことができるのは魔法にたけた人間か。あるいは」

「すごく足の速い竜人?」

「いてもおかしくありませんね」


 ルリの言葉に菫が頷く。彼女はもう頭の中で様々な可能性を探っているのだろう。


「菫さん。どうしますか」


 雲雀は菫に尋ねる。ルリとワカバ。そしてチトセも菫の答えを待つ。


「とりあえず、明日。黒田さんと合流してから動きましょう。黒田さんには私のほうから連絡しておきます」


 菫は真剣な表情で言った。


「まぁ、そうなるよな。おい、菫。一つ提案なんだが」


 珍しくチトセが意見を挟んだ。


「なんですか」


 菫は首をかしげる。


「明日、お前はここで待機していろ」


 チトセの言葉に、菫がさらに顔をしかめる。


「何故ですか。私も犯人を捜しますよ」


 チトセは菫の言葉に、深く息を吐いた。


「駄目だ。どこに犯人が潜んでいるかわからない。お前、雲雀を守ったときみたいに、街の人を全員守ろうとするだろう。お前に力を使わせるわけにはいかない」


 チトセの言ったことを。菫ならやりかねないと雲雀も思う。チトセは胸の前で両腕を組みながら、壁にもたれる。


「ですが。それでは、私以外の人がみんな犠牲になってしまいます」


 菫が言う。


「この建物の中に潜んでいる可能性だってあるんだぞ。いつ、どこで、誰が狙われるかもわからないこの状況で。犠牲もくそもあるか。とりあえず誰かがその犯人を捕まえれば、みんなが助かる。その誰かは誰でもいい。お前じゃなくてもいいってことだろ」


 雲雀はチトセの言い分に頷いた。気持ちは同じだった。


「菫さん。ここは俺たちに任せてくれませんか」


 雲雀が言うと菫はまだ不服そうな顔をしていたが、雲雀とチトセの顔。それから真剣な表情のルリとワカバを見てから観念したように言った。


「わかりました。あなたたちに任せます」


 雲雀とチトセは顔を見合わせる。それから互いに菫のほうを向いて「任せろ」とほとんど同時に口にした。


 ルリが声を出して笑った。菫とワカバも僅かに笑う。


「まねするな。恥ずかしいだろう」


 チトセが文句を言ったが、雲雀のほうも恥ずかしくて自分の口を右手でふさいだ。


「怪我しないでくださいね」


 菫さんがそういうので、雲雀は口から手を放し「はい」と返事をした。不安はあったが今は菫たちの笑顔を見られたのでそれでよかった。明日から忙しくなりそうだなと思いながら、雲雀も一緒にほほ笑んだ。



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