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飛竜の華  作者: 黒宮涼
飛竜の華
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その竜人、危険につき(2)

「はぁ?」


 そう声を上げたのは、竜ではなく雲雀のほうだった。人の好奇心を弄んどいて、終いにはそんなふうに誤魔化されたのだ。それは声も荒げる。

 女が少し驚いた顔をして雲雀の方を見る。


「あなたも知りたいんですか?」


 女の質問に、雲雀は大きく頷いた。


「そのために追いかけてきたんですよ」

「仕方がないですね」


 そう言ってから、女は右手に握り拳を作って「咲いて」と呟いた。

 それから女は右手の拳をゆっくりと開いた。するとそこには、一輪の真っ赤な薔薇が現れていた。雲雀と竜はその光景にもう一度目を丸くする。 


「これは、あなたにプレゼントです」


 そう言って女が雲雀の方に近づいてきて、その薔薇を手渡してきた。棘に刺されないように気を付けながらおそるおそる受け取る。


「あなたは……」

「私は、華士です」

「はなし?」


 雲雀は女の言葉を返す。


「聞いたことありませんか」

「ないです」


 雲雀は首を横に振った。聞きなれない言葉だった。

 拘束されて動けないが、竜も首を傾げたいようだった。


「そうですか。華士と言うのは、今みたいに体から花などの植物を生み出せる能力を持ち、なおかつその力を使う者のことなんです。これは魔法士さんたちみたいに外部から力を得るものではなく、血筋から来るものなんです。生まれつき植物に愛され、その力を与えられているのです」


 華士のざっくりとした説明に、つまり自家発電か。と、雲雀は変な解釈をした。

そんな力のある一族の話など聞いたことはなかったし、彼女の行動から察するに、元々裏社会で重宝されてきた職業らしい。

 ちなみに魔法士というのは、簡単に言ってしまえば竜人族と共に森に住んでいる妖精の持つ力を借りて魔法を使う職業だ。火、水、風、土。その四種類の不思議な力は様々な現象を起こす。例えば何もないところから火が出たりする。

 魔法士の中には治癒士と呼ばれる治癒魔法専門の魔法士がいて、その人たちは主に病院に勤めている。魔法士の大多数が治癒士として病院で働いているのが現状だが、その他の魔法士は闇世界で悪事を働いているという噂だ。政府はその存在を黙認している傾向にある。ただ、この魔法というのは誰にでも使えるものではない。才能のあるなしで、魔法が使えるか使えないかが分かれる。幼少のころに知能テストと共に魔法テストが実施され、その資質が試されるのだ。

 だから華士という存在はとても異質だ。

 何せ魔法を使うのに必要不可欠な妖精の力を借りずとも、その力が使えると言うのだから。 


「そうか」


 不意に、竜が口を開く。


「華士と呼ぶのは知らなかったが、植物に愛された人間の話を長に聞いたことがあった。植物に愛された故に力を使い過ぎると植物と一体化して死ぬらしいな。いいのか? こんな仕事をしていて」

「そうですか。私はいいのです。私は人のために力を尽くして、それで死ねたら本望ですから」


 華士のその一言は、とても重く感じた。それが彼女の決意みたいだった。生まれたときから自分の運命を悟ってしまったような、そんな寂しさが込められているのだろう。死を覚悟しながら仕事をやっているのかと思うと、雲雀は胸が痛んだ。


「ところで」

「はい?」


 竜に向かって華士が首を傾げる。


「この拘束を解いてくれないか」

「それは、あなたがもう逃げないと誓うのなら」


 華士の言葉に、竜はため息を吐いた。 


「わかった」


 答えるのを待つように、竜の体を包むように咲いていた花がしぼみ、茎が地面に戻っていった。まるで巻き戻し映像を見ているようだった。身体を解放された竜は、自ら人型に戻った。竜の姿から人型になるその光景は、何度見ても慣れないものだと思う。


「さっきの話なんだが。俺は本当に心当たりがないんだ。殺されたのはどんな奴だ?」


 改めて無実を主張する竜に、華士は再び上着のポケットに手を突っ込んで、今度は手配書ではなく小さな写真を取り出して、竜人に見せた。

 竜人はまじまじとそれを見つめる。


「この男……どこかで見たな」

「ではやはりあなたが……」

「だから違うって」


 華士は困った顔をしていた。

 雲雀も華士の持っている写真を覗いてみる。

 そこに映っていたのは、白衣を着た細身の男性だった。白衣を着る職業が頭の中で色々と思い浮かぶ。

 竜人は首を傾げながらその男のことを思い出そうとしているようだった。


「あ」


 必死に思い出そうとしていた竜人が突然声を上げる。


「思いだしましたか」

「こいつ、二日ぐらい前に見たな。確か、もう一人誰かと一緒に居たような気がする」

「それはどんな人物でしたか」


 華士は期待の眼差しを竜人に向けていた。


「確か、小太りの男だったような」

「なるほど。それにしても、何故あなたは街に出ていたんですか。先ほど、あなたは生まれも育ちも竜人族の村だと言っていましたよね。つまりそれ以前は村から出たことがなかったことになります。死体が発見されたのは、街中なんですよ」


 華士が疑問を口にする。確かにそうだ。


「俺が街に出ていたのは、仕事を探していたんだ」

「そうですか」


 言い難そうに竜が言うのに対し、華士はすんなり受け入れた。それから華士は少しだけ考える仕草をしてから言った。


「仕事を探しているのなら、私の古本屋で働きませんか。丁度、人出が足りなくて困っていたんです」


 華士が竜人に向かって微笑んだ。


「遠慮しとく」


 竜人はその笑顔を見て即答した。

 いや、これは雲雀でも遠慮したくなるかもしれない。何か裏があるのが見え見えだからだ。


「何故ですか? 時給は弾みますよ」

「金の問題じゃない。あんたの企みの問題だ」

「何も企んでいませんよ。ただ、本当に人手が足りないんです。それに……あなただって困るんじゃないですか。仕事がないと。いいんですよ? あなたが仕事を断るのなら、私はあなたを警察に連れていってお金にしますから」

「それ、脅しじゃないですかっ」


 雲雀は我慢できずに華士に突っ込みをいれる。

 華士の怖いぐらいの笑顔に、竜人は渋い顔をしていた。


「これは、あなたの身の潔白を証明するためのチャンスなのですよ。あなたが古本屋で働くことによって、あなたは私の手伝いをすることになるのです。つまり、裏の仕事にも協力してもらうことができる。どうです? 私に協力して、一緒に真犯人を捜しませんか」


 それは竜人にとって思ってもみない申し出だったのだろう。竜人は口角を上げて言った。


「犯人を捜せば俺の無実が証明できるなら、いくらでもあんたに協力するよ」


 そうして、二人は手を組むことになった。

 その瞬間を、雲雀は間近で見ることになった。これはチャンスだと思った。雲雀は気持ちが抑えられなくなる。


「お、俺も何か手伝います!」


 雲雀はその一言をついに発する。


「俺、実は竜騎士になりたいんです。だから何かお役に立てるかもしれないし」


 雲雀の発言に華士も竜人も驚いている様子だった。雲雀は興奮しながら竜人に向かって言葉を続ける。


「だから、あの。俺の竜になってくれませんか」


 雲雀は以前から、竜騎士というものに憧れを抱いていた。

 だから騎士になれる学校でマイナーとも言われている竜騎士科に入った。けれどそこでの勉強は厳しいものだった。何よりも実技で相方に宛がわれる竜は中型の竜なのだ。先ほども言ったが、雲雀は大型の竜に乗って大空をかっこよく舞うのが夢なのだ。

 しばらく沈黙が流れた。それから竜人は口を開いて雲雀に向かって言った。


「お前に俺は乗りこなせないよ」


 雲雀はその言葉に、嘆息を漏らしたくなった。だが諦めきれなかった。これは雲雀の悪い癖である。だが時にはいい癖になるはずだった。


「そんなことわからないじゃないですか。俺、頑張ります。こう見えて、実技は得意なんです」

「だから、どんなに頑張っても俺はお前を乗せる気はないし、お前が俺を乗りこなせるとは思えない」


 切り捨てるように竜人が言う。

 雲雀は竜人の態度に一筋縄ではいかないような気がしたが、決して諦めるものかと思う。こんな時は自分の欲望を満たさないと気が済まない性格で良かったとさえ思う。

 華士がまた何かを考える仕草をみせている。


「人手は何人あっても助かるので、私は手伝ってくれるという人は大歓迎ですよ」

「本当に?」


 雲雀は華士の言葉に顔を綻ばせる。


「ガキなんか足手纏いになるだけだぞ」


 竜人がきつい口調で華士に向かって言う。雲雀はその言葉に少し頬を膨らませる。


「足手纏いにならないように頑張りますから、手伝わせて下さい」


 そう言って、雲雀は華士に向かって頭を下げた。華士を味方に付ければ、竜人にだって勝てると思った。


「よし、じゃあ二人ともついてきてください」


 華士がそう言って、偉そうに腰の右と左に両手を乗せていた。

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