祭りの始まり(1)
帝都の駅は大勢の人であふれていた。それというのも先月の終わりに突然、皇帝陛下からお触れがあった。感謝祭を百年ぶりに行うというのだ。国中が人と竜に感謝する祭りらしく、百年前の戦争以来ずっと行われていなかった。正しくは、行えなかったらしいが。八月の最後。祭りは一週間開催される予定だ。
最近は日に日に暑さが増すばかりで、うんざりしていた者たちは大いに盛り上がった。早速街中が準備に取り掛かっていた。
「雲雀坊ちゃま。本当によろしかったのですか」
「うん。どうせなら、近くで見たいしね」
雲雀は、深山鶫と共に帝都駅にいた。父に会いに行くという約束を果たすためであったが、ついでに感謝祭を楽しもうという腹積もりだった。
「いえ。それはいいのですが。旦那様も感謝祭の影響でいつも以上にお忙しいそうですし。会えないかもしれませんわ」
「その時は、ただ祭りに参加しに来ただけになるけど。それはそれでいいよ。また別の時でいいし」
雲雀はそう言いながら、後ろを振り向く。
「いやぁ、それにしても。本当に人が多いや」
「こんなお祭り、竜人族でもない限り、生まれて初めてですし。急でしたからね。仕方ないですわ」
「百年前もこんな感じだったのか? チトセ。ルリ。ワカバ」
感謝祭の経験者であるはずの竜人たちに尋ねてみる。すると雲雀と鶫の後ろを歩いていたチトセと、はぐれないようにと手をつないでいたルリとワカバは揃って首を横に振った。
「感謝祭が始まってすぐ戦争も始まったから、それどころじゃなかった」
「そうだよ。楽しみにしてたのに、潰されたんだよ。ああ。もう。思い出したら悲しくなってきた」
「ルリ」
ルリが眉をひそめて言うと、ワカバが心配そうにルリの顔を覗き込んだ。
「ねぇ。早く宿に行こうよ。あたし、休みたい」
さらにその後ろから、そんな声が聞こえてくる。月見が疲れた顔をしながら歩いていた。隣で菫が笑っている。
「まだついたばかりなのに。もう。月見。乗り物に弱いんだから」
菫の言うとおりだった。月見は列車の中で終始具合が悪そうにしていたのだ。
「大丈夫か。月見ちゃん」
そんな月見と今朝初対面だった蓮太が心配そうにしている。
雲雀たちの謹慎が解けたのが数日前。こうして帝都行きが決まったのも同じころだった。提案したのは雲雀である。鶫に相談すると、列車と宿の手配をやってくれた。両方ともほとんど埋まっていたのだが、さすがに大臣の名前を出したら無理矢理空けてくれた。少々申し訳ない気持ちになりながら、雲雀たちは帝都へやってきたのである。
「しっかし、戦争で半壊してた帝都が見事に元通りになってるな」
「チトセたちって、帝都の森に住んでいたのか?」
チトセが懐かしそうに言うので雲雀は尋ねてみる。
「いや。その隣。ここからそう遠くない。飛んだときに上から帝都を少し見た」
伊良市から帝都枇杷まで列車で約一時間。帝都近郊の森に住んでいたのなら、直線距離を飛んだとしてそれより数分は速く伊良に着く。やっぱり列車より飛んできたほうが早かったんじゃ……。と思いながら雲雀はよこしまな考えを振り払うように首を横に振った。
駅から出て、雲雀たちは宿へ向かった。街は祭りの準備が進められていて、建物の外壁に飾り付けが始められていた。道端にはお祈り用の葉っぱが皿に盛られている。
「そういえば、黒田さんは明日の何時に来るんだっけ」
雲雀は不意に思い出して、鶫に問う。
「黒田さんはですね。ちょっと待ってください」
そう言って、鶫が紙を肩にかけていた鞄から取り出す。風で黒い髪の毛と着ている水色のワンピースのスカートが揺れていた。こうしてみると、本当に普通の女の子だった。彼女があの守護騎士団の副団長だという事実が未だに信じられない。実力は目の当たりにしたが、それでも雲雀の中では普通の女の子だった。何故、父は守護騎士団を作ったのだろうか。もし会えたなら聞いてみようと思っていた。
「明日の十一時の列車ですわ」
「わかった。ありがとう」
雲雀はその情報を頭に入れる。感謝祭のある一週間前からは国全体が休日となっており学校は休校。また仕事は自由出勤となっているらしいのだが、黒田はまだやらなければならないことがあるからと、雲雀たちとは一日ずらして帝都に来る予定だった。菫は何も言わないが、おそらく黒田の用事は地下室のことだと思う。菫と月見の母親を、黒田は延命のために治療していると聞いた。留守にする前に一度診ておきたかったのだろう。
母親をのこして帝都に行くことに対して、菫は最初、あまり乗り気ではなかった。しかし当の本人がいいと言ったので、行くことに決めたのだそうだ。
しばらく歩くと、宿が見えてきた。一泊いくらなんだろうとか、そんなことを考えたくないほど高級そうな建物だった。高い塀に囲まれていて、警備は厳重。入り口に人が立っていた。
「ようこそお越しくださいました」
案内人の男が雲雀に向かってほほ笑む。雲雀もそれに返すと、彼は恐縮ですとばかりに頭を下げた。荷物を預けてから館内を案内してくれると言うのでついていくと「こちら、竜人専用のリラックスルームです」と紹介された馬鹿でかい部屋の中では竜が何頭か翼を広げて休んでいた。ルリとチトセがそれを見ながら唾を飲んだのがわかった。
「ねぇねぇ。雲雀。これ、本当に使っていいの」
ルリが興奮した様子で雲雀の右腕を掴んでくる。
「いいってさ。あとで迎えに来るから入ってみたら? チトセとワカバも」
雲雀はそう言ってチトセとワカバに目配せする。
「俺は別に」
チトセが両腕を胸の前で組んで雲雀から目を逸らす。彼のいつもの癖だ。本当は使いたいに決まっている。
「ルリがやるなら、あたしも」
ワカバのほうはそう言って、ルリの隣にくっついている。
「チーちゃんも、行こう」
ルリが目を輝かせてチトセの腕を引っ張っていったので、結局竜人組は専用のリラックスルームとやらに入っていった。雲雀は笑う。残りの面子は寝泊りする部屋に行くことにした。部屋割りは男三人。女四人となっている。鶫は帝都に家族が待っているので寝泊りは家でするそうだ。
「祭りは三日後ですが、もし何かあればお呼びください。雲雀坊ちゃま。すぐに駆け付けますので」
ちょっと過保護じゃないかなと思いながら、雲雀は鶫の言葉に頷く。
「わかった。何もないといいけど」
雲雀はそう切に願う。