とある守護騎士の追憶
大きな柱が何本も立っている廊下を忙しく歩く野駒日雀防衛大臣の後ろを、守護騎士団の団長、深山燕が歩いていた。野駒大臣はいつになく予定が詰まっていた。それに加えて先日の騒動だ。野駒大臣の実の息子である野駒雲雀が、伊良市を襲った化け物退治に大活躍したという記事の掲載をとめたのがお気に召さないらしい。
心身ともに疲労は限界のはずだった。
「旦那様。そんなに急がなくても次の会議にはまだ時間があります」
助言をすると、「うるさい」と怒り口調で返された。
「一体誰のおかげでここにいられると思っているのだ。お前の妹のせいで、私は今、最悪の気分だ」
そう、守護騎士団副団長の深山鶫は、燕の妹だった。孤児だけで構成された守護騎士団の中で唯一の本物の兄妹だった。守護騎士団は野駒大臣が拾った親のいない捨てられた子どもたちだけで結成された。決してその存在は公にはならない。表の仕事もやらない。どんな汚い命令でもこなす集団だった。
「鶫は。妹は正しい判断をしたと思います。あのままあの記事を出していたら、大臣の名にも傷がつきます」
そう言うと、野駒大臣は足をとめた。燕のほうに振り返る。
「ふっ。そうだな。だが、英雄の父親にはなれた。もっと動きやすくなったというに。あの小娘は」
野駒大臣は口角を上げた。
なんと言われようと、鶫は正しいと燕は信じていた。一番近くで野駒大臣の息子を見ていた鶫の判断が、間違っているはずがない。
「ならどうして、鶫をあの学校に行かせたのですか。雲雀坊ちゃんの監視なら、この私でもよかったのではないでしょうか」
燕は言いながら、自分の右手を胸に当てる。冷たくて固い鎧の感触がした。
「あの娘の未熟さはお前も知っておろう。大方、今回も情に流されたに違いない。実力は申し分ないが、あの子は優しすぎるのだ」
それが彼女の良いところだ。と燕は思ったが言えなかった。
「旦那様のお考えがあってのことなんですね」
燕は野駒大臣から目をそらす。
「私は、無駄なことはしない。それに比べて兄のお前は優秀だ。私の傍に置いておくのは当然のことだ。そうだろう」
「そう、ですね」
歯切れの悪い返事をしてしまうが、野駒大臣はそんなこと気にも留めずに再び歩き出す。燕はそんな野駒大臣の後姿を見ながら、ひろわれた日のことを思い返していた。あれは寒い冬の日だった。ぼろぼろの母の姿を、燕は今でも覚えている。何度も謝る母をたしなめるまだ先代から大臣の座を引き継ぐ前の野駒日雀。あの頃はまだ、彼はこうではなかった気がする。燕は赤ん坊の鶫をただ抱きしめることしかできなかった。
「どうした。早く次の会議室へ行くぞ」
立ち止まっていると、野駒大臣が振り向いてそう言う。
「はい。すみません。今行きます」
燕は昔の記憶を胸の奥へとしまい込んで、再び歩き出す。今はまだ、動く時ではないのだと思う。彼の本当の目的が何であれ、今はまだ、その思想に従うしかないのだ。
願わくば、鶫だけはそれに気づかないでいてくれれば。