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飛竜の華  作者: 黒宮涼
飛竜の華
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希望の華(2)

「ひばりいいいいいいいいいいいいいぃぃぃ!!!」


 突然、視界が反転した。

 チトセの叫び声が聞こえた。何が起こっているのか、雲雀ひばりにはわからなかった。

 ただ、空が見えた。真っ青な空が。

 それから、チトセが雲雀に向かって急降下してくるのが見えて、自分が今どんな状況なのかを知る。

 落ちていた。雲雀は、落ちていたのだ。

 驚愕した。雲雀は今までチトセの記憶を、幻覚を見ていたのだ。その幻覚から、まさかこんな形で解放されるとは思ってもみなかったが、紛れもなくそれは事実のようだった。

 言葉が出てこなかった。虚しさを感じた。

 雲雀は、チトセにまた心に深い傷を負わせてしまうのではないかと思って悲しくなった。

 自分は死ぬ。誰にも助けられることなく、チトセの目の前で。チトセは、間に合わない。

 雲雀を助けられない。雲雀は、死ぬ。こんな最後って、ない。


   *


雲雀ひばり!」


 すみれの声が聞こえて、雲雀は何かに自分の体が優しく包まれるのがわかった。そう、例えるなら菫の事務所にあるあのソファの感触。落ちるまでが全部夢で、幻覚だったのではないのかと思うぐらい、それを現実に感じたが、それはあのソファとはまったく別物だった。


「はぁ、はぁ」


 雲雀は冷や汗をかいて、息を荒げていた。

 心臓の鼓動が速くて、落ち着かせるのに少しの時間を有した。


「菫」


 チトセが雲雀から少し離れたところで制止し、菫の名を呼んだ。

 雲雀はそれで、菫が助けてくれたのだと理解する。菫が、華士の力を使って助けてくれたのだと。

 雲雀を包んだのは、花たちだ。色とりどりの、花。

 雲雀の体はゆっくりと地面に下ろされた。しばらく、地面に寝転がったまま茫然としていた。


「菫、さん」


 雲雀の視界に、菫の姿が映る。

 額に汗をかいて、菫は優しく微笑んでいた。

 菫は雲雀の頭部を抱きかかえるようにして座り、雲雀の目を見て、こう言う。


「お疲れ様でした。雲雀」

「菫さん……」


 雲雀はその顔を見て、顔をしかめた。


「なんで」


 その言葉しか、雲雀の口からは出てこなかった。


「雲雀が落ちるのを見て、いてもたってもいられなくて。力を使わずにはいられませんでした。チトセでは間に合いませんでしたし。私だったら多少の遠距離でも、茎を伸ばせばいくらでも届きますから」


 確かに、菫の言うとおりだ。

 雲雀を助けられるのは菫しかいなかっただろう。

 だけれど、それでも、菫に力を使わせてしまったことに、雲雀は申し訳なく思う。


「菫さん。俺。また菫さんに迷惑かけて、すみませんでした」

「謝らないでください。謝られるより、お礼を言われる方が、私は嬉しいんですよ」


 菫の言葉に、雲雀はなんだか泣きそうになるのを堪えた。


「はい、すみません。ありがとうございます」


 雲雀がそう言うのを待っていたかのように、菫は微笑みながら、その場に倒れた。


「菫さん!」

「菫!」


 雲雀は勢いで体を起して、倒れている菫を見た。

 チトセも急いで地面に降りてきて着地した。菫の顔に心配そうに竜の顔を近づける。

 菫はゆっくりと目を開けて、か細い声でこう言った。


「そんな顔しないでください。私は平気ですから。少し休めば、また元通りに。これくらいでは、体にそんなに影響はありませんから」

「菫。お前は、バカだな。本当に」


 チトセが低い声で言った。


「そんなこと、知っていますよ。私は、チトセと雲雀を両方守りたかったんです。守られてばかりでも、それはそれでいいのですけれど。でも、いざという時のための私です。だから、後悔なんてしません」


 菫はそう言って、チトセの顎に手で触れた。


「チトセ。あなたは、素晴らしい飛竜です。背に乗せた竜騎士のことを一番に考える。素晴らしい飛竜。私は、あなたを称えたい。誇りに思います」

「菫。お前も、最高の華士だ」


 チトセはそう言って、目を閉じた。

 菫はチトセから手を離し、そして眠った。

 雲雀は少しだけ安堵して、それから空を見上げてみる。

 隠は跡形もなく消えていたので、元の次元に戻ったのだと思った。

 それは雲雀たちが奮闘したからなのかはわからないが、とりあえずは事態を収拾したようだった。終わったのだ。全部。


「チトセ。あのさ」


 おぬの中でのことを聞こうと声をかけると、チトセは雲雀と目を合わせたくないのか空を見上げた。


「もしかして昔、菫さんに会ったことがあるのか」


 そう尋ねると、チトセは空を見たまま答えた。


「隠の中で何を見たのか知らないが、俺は何も覚えていない」

「嘘だ。覚えているだろ。忘れたふりをしているだけだ」


 妖精に言われたから、妖精の言いなりになっているから。だからなのだろう。と、雲雀は言いたかった。けれどここは森の中。どこで聞いているかわからない。妖精は人間には見えない。姿を隠しているのだ。


「菫も何も覚えていないようだった。十七年前のことだ。忘れていてもおかしくない」

「菫さんに本当のこと、言わなくていいのか」


 雲雀は視線をチトセから、静かに眠っている菫に移す。


「いいんだ。だからお前も、菫には何も言うな」


 チトセの瞳が、雲雀に向けられる。チトセがそれを望むなら、雲雀はもう何も言えない。チトセにはチトセの事情がある。それだけはわかるから。


「わかった」


 雲雀はそう言って、チトセに向かって頷いた。


   *


 チトセが竜人の姿に戻り、すみれをお姫様だっこして、雲雀ひばりと一緒に歩いて黒田たちのところに戻ったのは、それから数分後のことだった。

 雲雀が落ちたのはまだぎりぎり森の中で、それほど遠く離れたところにはいなかったのだ。


「雲雀! チーちゃん!」


 目の前に現れた雲雀たちを見て、ルリが声を上げる。


「菫ちゃん!」


 黒田が苦い顔をして菫を見つめた。


「力を使ったのか」

「はい、俺たちを助けるために」


 雲雀は黒田の言葉にそう答えた。


「仕方ないな。倒れるぐらい使うとは。とにかく、みんな無事でよかった。ありがとう。感謝するよ。どうやら、全部終わったらしいしな」

「あ、はい」


 雲雀は黒田の言葉に頷いた。


「雲雀ー! 無事でよかった!」


 ルリがそう言って、突然雲雀に抱きついてくる。


「おわっ」


 雲雀は思わずよろけた。

 それから微笑んで、「よかったな」とルリに向かって言った。

 しかし、ルリが雲雀に抱きついてからこの横から感じる殺気はなんだろうか。

 雲雀は殺気の主を苦い顔で一瞥する。

 チトセに睨まれている。怖い。

 蓮太とワカバが安堵した表情でこっちを見ていた。


「そうだ。黒田さん。おぬ使いはどうするんです?」


 雲雀は、紐で拘束されたままの隠使いを見てから、黒田に聞いてみる。


「ああ。警察に連れて行くよ。後はそっちに任せる。凄い騒ぎを起こしたんだからな。ただではすまんだろう」


 そう言って黒田は苦笑いした。


「そうですか」


 まあ、兎にも角にも、これですべて終わったのだ。

 この街は終わらないし、きっと数日後には何事もなかったかのように平和な日常が戻ってくるのだろう。

 だがその前に訪れるだろう先生からのお叱りを受ける自分の姿を想像して、雲雀は憂鬱になった。

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