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飛竜の華  作者: 黒宮涼
飛竜の華
19/60

そして世界は終末の前(2)

 雲雀ひばりたちは逃げ惑う群衆の中を掻きわけ、こっそりと学校を抜け出した。

 街に出てもそれは変わらなかった。街は混乱した人々で溢れていた。そして皆、一様に空を見上げるのだ。

 雲雀たちは手を繋いでいた。この人ごみの中で、はぐれてしまわないように。雲雀が先頭を歩き、片方の手でルリと手を繋ぎ、ルリのもう片方の手は、蓮太と繋がれている。

 この街にこんなに人がいたのかと思うほど、街には人が溢れていた。その中に時折竜人の姿も混ざっていたのは言うまでもないが。


「こんなんじゃ、ワカバを探せないよお」


 ルリが雲雀の後ろでそう言う。


「大丈夫! きっと、見つかる!」


 雲雀はなんの根拠もない言葉を叫んだ。

 やっとの思いで神楽坂古書店に辿り着くと、雲雀たちは店の中に入った。

 チトセが勘定台で椅子に座って呑気に居眠りをしていた。


「チトセ」


 雲雀はチトセを揺り起そうとするが、チトセは起きる気配がない。


「おい、チトセ。大変なんだ。起きてくれ。チトセ。チーちゃん」


 雲雀が勢い余ってチトセをあだ名で呼ぶと「うるさいな。だから、お前にそうやって呼ばれると気持ち悪いんだよ」と言って目を開けたと思ったら、その目で思いきり睨まれた。


「緊急事態なんだよ!」


 雲雀は構わず叫ぶ。


「だからって、ぎゃーぎゃー言うな。まったく。すみれといい、お前といい。さっきからなんなんだ」


 チトセがうっとおしそうに言う。


「そうだ、菫さんは?」


 チトセの言葉に、雲雀は聞く。


「菫はさっきから、黒田ってやつと電話してるよ」


 チトセはそう言って上を指した。事務所のほうだ。


「チーちゃん。あのね、チーちゃん」


 ルリが雲雀を押しのけてチトセに顔を近づける。


「ワカバが、いなくなっちゃった。チーちゃん、助けて。ワカバを一緒に捜して」


 一生懸命に心配そうな顔をして、ルリはチトセをじっと見つめていた。

 チトセもそんなルリを、少し驚いた顔をして見つめ返していた。


「なあ、お前が言ってたのってこの竜人?」


 蓮太が雲雀にそう耳打ちしてきたので、雲雀は頷いた。


「ああ。チトセ、ルリの従兄妹らしいんだよ。で、ワカバのことも知ってるらしい」

「そうなのか」


 そう言って、蓮太がチトセの方を向く。


「俺からも、お願いします。俺は浜鴫蓮太、ワカバの現、相方です」


 蓮太は真剣な表情で、チトセに向かってそう言った。

 チトセが蓮太のことを一瞥した。

 それから細く長い嘆息をして、チトセは言った。


「余計な奴が増えたか」


 雲雀たちは、菫のいる事務所へと上がった。


「じゃあ、もうすでに被害が?」


 扉を開けると、菫が電話口でそう言った。

 菫は雲雀たちの姿を確認すると、少しだけ頭を下げた。

 部屋には、雲雀と蓮太とルリとチトセ。そして黒田と電話をしている菫がいた。


「黒田さん。今からこちらに来られますか」


 菫は、黒田までこの場に呼ぶようだった。


「では、待っています」


 そう言って、菫は電話を切った。

 それから雲雀たちの方を見る。


「大変なことになりましたね。とりあえず皆さん、ソファに座ってください」


 雲雀たちは菫に言われた通り、いつものソファに座る。

 菫は仕事机の前に置いてある椅子に座って、今日は片付いていた机の上に両肘をついて両手の指を何本か互いに絡ませた。


「どうしてここへ来たんですか?」


 菫は真剣な顔つきで雲雀たちに向かって聞いた。


「ワカバが。俺たちの大切な友人がいなくなっったんです。それで、菫さんに助言をしてもらおうと思って。俺たちじゃ、どこを探せばいいのかとか分からなくて。ワカバの性格だったら、絶対に自分からいなくなるなんてことないんです。だから、多分何かがあって」


 雲雀は眉をひそめながら、菫に事情を説明した。

 すると、菫の顔つきが少しだけ変わったような気がした。


「ワカバ……。どこいっちゃったの?」


 ルリが呟いた。

 菫は目を細めていた。そしてこう言った。


「おそらく。そのワカバさんが、おぬの媒体にされたのでしょうね」


 その意味をすぐに理解した雲雀とチトセは、その事実に驚愕した。


「ちょ、いくらなんでもそれはっ。ワカバが? 何で?」


 雲雀は思いきり顔をしかめた。


「ワカバが、媒体だと?」


 チトセも同様の反応を示した。


「何。隠ってこないだの奴?」

「なんの話? 意味がわからないんだけど」


 何も知らないルリと蓮太は、首を傾げていた。


「雲雀。少しも疑いませんでしたか?」


 菫が俺の目を見て言う。


「はい」


 雲雀は、菫に向かって頷いた。

 確かに、可能性がなかったわけではない。だが雲雀は、そんなこと気付きたくもなかった。ワカバが隠使いにさらわれて、心が隠の媒体にされてしまったなんて。

 すぐにそこの繋がりに気付かなかったのは、ワカバ捜索を優先して考えていたからだろう。だが外のあれが隠だとわかった時に気付いたとしても、雲雀たちにはどうすることもできないし、どちらにしろここに来ることになっただろう。


「でもあれ、球体じゃないですか。前の奴は人型でしたよね」


 雲雀は菫に向かって言う。

 あれが隠だということにいまいちピンとこないのは、おそらくそれが原因なのだ。


「そうですね。人型のもいれば、球体など細かい形を持たないのもいるのでしょうね。私たちもまだよくわかっていないので何とも言えません。未知の生物なのですよ」


 菫は顔をしかめて言った。


「なあ、雲雀?」


 不安げな面持ちで、雲雀のことを見てくる蓮太。

 雲雀は、なんと説明したらいいのかわからなくて困ってしまった。


「空に浮いているあれの原因に、ワカバさんが関わっている可能性があります。あれは人の心の闇を媒体にして実体化する生き物です。ワカバさんはおそらく、あれをワカバさんから出した犯人に、誘拐されてどこかに監禁されています。ワカバさんを助けるには、まず犯人を捕らえるしかありません」


 菫は雲雀の代わりに、ルリと蓮太にそう説明した。


「あの変なのはワカバの心の闇で生まれたってことか? そんな」


 菫の話を理解した蓮太はそう言って、顔をしかめた。


「ワカバは、どこに監禁されているの。ねえ、菫。ワカバは今苦しんでるの。怯えてるの。 ワカバの心が、あの化け物を動かしてるの?」


 ルリの言い分は、どこか間違っているようで的を射ていたらしい。

 あの隠は、ワカバの心の闇、そのものだと菫は言った。だからワカバがあれを動かしていると言っても、いいのかもしれないと。

 だがあれは、ワカバの命令では動かない。

 隠使いを説得して鍵を閉めさせなければ、あの隠はあのまま。そして、あの隠の何が一番危険なのか。菫は教えてくれた。


「先ほど、黒田さんとも話していたのですが、あの隠、人や竜人の心を喰うんです。もう慨に、被害が出ているそうです。街は混乱しています。このままだと、街中の人や竜人の心が喰われて、この街はただ動くだけの心のない人や竜人しかいなくなります。そうなったら、どうなると思います?」


 最悪の事態だった。

 機械人形のような人や竜人しかいなくなるのだ。

 ただ与えられた目的通りに、毎日動く人や竜人。個人などない。つまらない日常。つまらないなどという感情さえも感じない毎日。

 そんなの。どう考えても面白くないし楽しくないし、街としては終わったも同然だ。そもそも心を失ったら家庭も家族も成り立たないんじゃないか?

 鶫の言っていた通り、このままだとやがてこの街は終わる。

 雲雀たちの世界も、終末を迎えるのだ。

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