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飛竜の華  作者: 黒宮涼
飛竜の華
18/60

そして世界は終末の前(1)

 ワカバ・ヒ・シンカがいなくなったと聞いたのは、休みが明けたその日のことだった。

 昨夜までは確かに彼女は部屋にいたらしい。

 だが、翌朝。つまり今朝。寮の同室であるルリが起きた時にはもうすでに、その姿は部屋になかったらしい。

 ルリは先日からワカバとぎくしゃくしていたせいもあってか、かなりのショックを受けたみたいだった。

 そして、ワカバが無断無許可で深夜に寮から出ていったのではないかと、寮ではちょっとした問題になっていた。

 しかし、あのワカバが規則を破るようなことをするとは、雲雀ひばりたちはどうしても思えなかった。ワカバは真面目で、大人しい子だ。規則を破って怒られるようなバカなことはしないだろう。


「ワカバ、どこいっちゃったの……?」


 ルリが泣きそうな顔でそう呟いた。

 先生たちはとりあえずワカバの捜索をするつもりらしい。

 何人かの先生が駆り出されて、残った先生たちで授業をすることとなった。

 そんな状況で、授業に身が入るわけがなかった。生徒たちは授業中もワカバの話題で持ちきりだった。

 雲雀と蓮太も、ワカバのことを考えるしかなかった。

 試験勉強などしている場合じゃない。

 雲雀は、とりあえず今日の授業や訓練が終わった頃に、それでもまだワカバが見つからなければ、菫にワカバの捜索を頼んでみようかと思っていた。

 竜人族のワカバは、失踪したのではないか。

 そんな話題が竜人族クラスや人族クラスの生徒の間で囁かれた。だがその噂は、そこへ飛び込んできた衝撃的な事件によってかき消されてしまう。

 突然、学校内の非常警報が鳴った。

 雲雀たちは驚いた。さらに教室が騒がしくなる。


「何?」

「何が起こったの?」


 そこへ一人の生徒が「ねえ、あれ、何?」と言って窓の外を指でさした。

 みんなが窓に群がる。

 授業をしていた先生までもが窓に視線を奪われていた。

 雲雀たちはみんな思い思いに外を見て、そこにあった光景に、目を丸くした。


「何だ……。あれ」


 雲雀は思わず呟いた。

 それは真っ白い楕円形の巨大な球体だった。それが空を悠然と浮遊しているのだ。

 すでに都市から派遣されたと思われる竜騎士たちが球体の様子を窺っているのか、その姿が教室の窓から小さく見えた。

 しばらくすると、その竜騎士たちを対抗するかのように、球体の周りに何かが出現した。

 校内放送が入る。


『緊急事態が発生しました。上空に謎の生物出現。政府はそれを私たちに害をなすものと判断。危険なので生徒たちは直ちにその場にいる指導員の指示に従って、寮で待機してください。繰り返します……』


 校内放送で告げられたのは、窓から見たそれが危険なものだという事実だった。

 一回目の注意勧告に、教室内は騒然となった。

 これは、ワカバ失踪どころの騒ぎではない。

 不安の声が上がり、二回目を繰り返し言い終わる前に、生徒たちは血相を変えて教室から出て行こうとする。


「みんな、落ち着いて。順番に!」


 授業をしていた先生が必死に言うが、順番など守る生徒がいるはずもなく。


「この街は終わりですわ……」


 不意に、雲雀の隣で窓の外を落ち着いた顔でじっと見つめていたクラスメイトの女子が呟いた。雲雀はその子の姿を横眼で見る。いつの間に隣にいたのだろうか。それは、実技試験で雲雀と対戦した十二番の女の子。深山鶫みやまつぐみだった。


「みんな、あれに心を喰われて死ぬのですわ」


 彼女は言う。


「お前……。あれが何なのか知っているのか」


 雲雀は鶫に向かって尋ねる。実技試験の時の嫌な思い出が蘇るが、今はそんなことを気にしている場合ではない。

 鶫は雲雀の顔を見て言う。


「いいえ。知りませんわ」


 それは明らかに、何かを知っている顔だった。


「あれはなんだ。この街の終わりってなんだ」


 雲雀は鶫の発した気になる言葉を言ってから、ふと気付いた。

 彼女は先ほどそれの他になんと言った?

 あれに心を喰われて死ぬ?


「まさか」


 雲雀の思考は、あるものに辿り着いた。

 雲雀は目を丸くしながら鶫を見ていた。


「あなたこそ、何か知っているようですわね」


 鶫は雲雀の表情を見て言う。

 雲雀はもう一度外に目を向ける。球体の周りでは、何かと竜騎士が戦いを始めていた。

 おぬ――。

 あれは、もしかして隠なのか?

 先日見たものとはまったく別物だが、何かを知っていそうな鶫の言う心を喰われるというのは、人間の心を媒体にするもの。と似ている。

 まさかこんな時にその知識が役に立つとは思っていなかった。

 鶫は隠の事を知っている? 彼女は裏世界を知っているのか。


「おい」


 蓮太の低い声が聞こえたので、雲雀は思わず振り向いた。

 見ると、蓮太が鶫を睨みつけて立っていた。


「お前、ワカバをどこに隠した」

「は?」


 雲雀は一瞬、蓮太が何を言っているのかわからなくて首を傾げた。

 鶫が顔をしかめる。


「もしかしてあなた、私を疑っているんですの。一体何の根拠で?」

「見たんだよ」

「何をですか」

「俺は知っている」

「だから、何をですか?」


 蓮太たちの会話に、雲雀は首を傾げるしかなかった。

 蓮太は一体何を見て知っているのだろうか。


「お前がワカバと何かを言い合いしているところを、見た」

「ああ。確かに言い合いしましたわ」


 雲雀は鶫の言葉に、顔をしかめた。

 人見知りのワカバが、鶫と会話をした。それだけで不可解なことだ。

 しかし、何か知っていたなら何故、蓮太は雲雀たちに黙っていたのだろう。


「でも、それが何か? それでワカバさんを私がどうにかしたとでも。私はワカバさんがいなくなったことにはなんの関係もありませんし、知りませんわ」

「じゃあ、なんの言い合いをしていたんだ」


 蓮太の質問に、鶫は少しだけ考えるようなしぐさをしてから言った。


「私はただ、ワカバさんに頼まれごとをしてそれを実行しただけですわ。でも、私たちが少し頼まれたことに対してやり過ぎてしまったらしくて。それで、文句を言われましたわ。多分、あなたはその現場を見たのではないかしら。でも、その分じゃ、話してる内容は聞こえていないみたいで安心しましたわ」


 そう言って、鶫は最後に雲雀を一瞥した。


「どういうことだ?」


 雲雀たちは、鶫の言葉に顔をしかめるしかなかった。


「おーい、お前たちも早く避難しないか」


 いつの間にやら、教室に残っていたのは雲雀と蓮太と鶫の三人だけになっていたらしく、先生にそう避難を促された。

 鶫にはまだ聞きたいことがあったが、雲雀たちはそのまま、渋々寮に避難することにした。


   *


雲雀ひばり。蓮太」


 雲雀たちが校舎から出てくるのを待っていたのか、出入口のところでルリが声をかけてきた。


「ルリ。まだ寮に入っていなかったのか」


 雲雀は驚いてルリに言う。


「うん。雲雀たちを待っていたの。それに、どうせ寮の入り口も混み合っていてなかなか入れないし」


 ルリは雲雀の言葉に頷いてそう言った。

 校舎の出入り口でさえ、多少人は少なくなったがまだ混雑しているのだ。仕方がないと言えば仕方がなかった。


「あのね。二人とも聞いて。私の我儘に付き合ってほしいの。ワカバを、一緒に捜してほしいの」


 ルリが必死な顔をしてそう言った。


「ルリ……」


 雲雀はルリの気持ちもわからないでもないが、それはこの混乱に生じてワカバを捜索するために寮には戻らずに学校の外に出るということだった。規則を破ることになる。


「俺は良い提案だと思う」


 蓮太が言った。


「蓮太まで」


 雲雀は蓮太の方を見る。


「こんな時に何を考えてるんだって言われるかもしれないけど、どうせ世界が終わるなら、俺は相方や仲のいい友人たちと一緒がいい」


 蓮太はそう言って、雲雀たちに向かって微笑んだ。


 雲雀は呆れた顔で少し息を吐いた。


「世界が終るなんて大げさな。まったくお前ら、俺が断るとでも思ってるのか」

「思ってないから言ったの」


 そう言って、蓮太が雲雀の肩に腕をかけた。


「どうする? 当てもなく捜すわけにもいかないだろう」


 蓮太はルリを一瞥する。


「なあ、その前にさ。お前はどうして言わなかったんだ?」

「何を?」


 雲雀の質問に、蓮太が首を傾げた。


「さっきの話だよ。ワカバとあの子が言い合いしてたって話。心当たりあったんじゃないか」

「ああ。その話。だってそれ、昼飯の後に見たんだよ。だから、あの時はまだ心当たりはまったくなかった」

「そうなのか」

「ああ」


 蓮太が頷いた。

 雲雀は疑問を解消したところで、蓮太の質問を改めて考えてみる。

 蓮太の言う通り、当てもなく捜すわけにもいかないが、そんなものあるはずない。

 こういう時、頼りになるのは。


「空から捜せば、見つかるかな」


 不意にルリがそんなことを言う。

 この状況で、空から捜すとは無謀すぎることを言う。危険が高まる。


「ルリちゃん。空から捜しても建物の中にいたら見つからないし、今は危ないから止めた方がいいよ」


 蓮太が正論を言う。


「じゃあ、どうするの」


 ルリが顔をしかめた。

 雲雀は思いついたことを言おうと、片手を上げる。


「知り合いに、助言を貰いに行こう」

「は?」


 雲雀の肩に腕を乗せたままの蓮太が、雲雀のすぐ横で頭を傾ける。


「裏の仕事してるんだ。それに、空のあれがなんなのかも、あの人ならわかるはずだ」


 雲雀はそう言って、空を見上げた。

 ワカバのことも心配だが、この街のことも心配だ。けれどあの人なら。すみれなら何とかしてくれるのではないかと、雲雀はそう思っていた。

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