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飛竜の華  作者: 黒宮涼
飛竜の華
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闇からの愚者(2)

 自分の手の形を変える魔法。そんなものあっただろうか。だが今のは間違いなく手の平が刃に変形していた。見間違いや幻覚などではない。現に、今もはっきりとその形が刃となり、それが腕へ繋がっているのだ。

 雲雀は震撼していた。


「主からは例の竜人と、華士。それから邪魔する者は全て殺せと命じられているものでね。我自身は、何者でもないのだよ。ただ、主の命に従うだけの、ただの道化だ」


 そう言って、道化は刃となった自身の右手を、口から出した長い舌で舐めた。


「竜人……。そうだ、チトセは?」


 雲雀は、道化の言葉でチトセのことを思い出し、割れた窓ガラスの向こう側を見た。外はいつの間にか日が落ちて、真っ暗になっていた。


「安心したまえ。奴はもう、もう一人の仲間と共に我が殺した」

「え……?」


 道化の言葉に、道化以外のその場にいた全員が目を丸くした。


「チーちゃんが? そんな、嘘」


 特にルリは、震えた声でそう呟いて後退りする。

 チトセは竜人だから、そう簡単には死なないはずだ。だが何だろうか。道化のこの勝ち誇ったような顔は。まさか本当に、チトセは奴に。否、奴らに殺されたと言うのか。道化はもう一人の仲間。と言った。ということは、道化みたいな奴が、もう一人いる。


「惑わされないでください!」


 突然、床に腰を抜かしたままこちらを見ていた菫が叫んだ。


「そいつは、私たちの心に付け込んでくるんです。だからそいつの言葉を鵜呑みにすると危険です」


 菫がそう言って、ゆっくりと立ち上がった。

 雲雀は、菫の言っている意味がよくわからなかった。ルリも何がなんだかわからないといった表情をする。

 菫は道化に向かって言う。


「あなた、おぬですね」

「ほお、ご名答だね。流石、華士さん」


 菫の言葉に、道化。否、隠が感心したようだった。

 雲雀はその言葉にまったく聞き覚えがなく、痛みで顔をしかめたまま首を傾げる。


「あなたの主はどこにいるのです。そして楠木拓海を、依頼主をどこへ匿っているのですか」


 菫は隠を睨むような顔で見据えていた。

 雲雀もルリも、ただじっと菫と隠の動向を見守るしかなかった。だけれど、このまま戦闘になってしまえば、菫を守れるのは雲雀ぐらいしかいない。チトセさえ生きていれば。チトセが菫を守ってくれてただろうに。

 ちくしょう。と雲雀は思った。

 この隠とやらの言うとおり、本当にチトセは死んでしまったのだろうか。それを確かめる時間は、今はない。


「我が、言うとお思いか。お主たちを殺せば、我は我の任を果たせる。それでよいのだ」


 隠が言ったか言わないかのところで、菫が雲雀たちを守るかように雲雀たちを背にして立った。菫は、雲雀たちを守ろうとしているようだった。


「菫、さん」


 雲雀の肩から流れている血は、もう随分になっていた。

 痛いのか熱いのかよくわからない。額から汗が噴き出していた。

 ルリは終始不安げな表情で、こちらを見ている。


「私が時間を稼ぎます。その間に、二人は逃げてください。そして、早く肩の手当てをしてください。そのままでは出血多量で死んでしまう」


 菫は、雲雀たちに背を向けたままそう言った。


「菫さん、駄目です。力を使ったら」


 震える声で雲雀は言う。息まで荒くなってきた。そのうち、立つことさえできなくなるだろうか。なら、その前に。


「いいのです。こんな時だからこそ。この力を役立てないと、意味がありません。私には、雲雀の怪我を治す力はないのです。雲雀たちを守る力しか、ないのです」


 悲しそうに言う菫の言葉を聞いてから、雲雀は菫の細い小さな肩に、自分の左肩の血のついた右手を乗せて、それを後ろへ押して菫の前に出た。


「雲雀?」


 菫が雲雀の行動に、目を丸くしたのがわかった。


「菫さん。何か剣のようなものは、ありませんか? 出来れば、片手で持てる軽いものがいいですね」


 雲雀は隠を見据えたまま、背後にいる菫に向かって言った。


「そ、そんなもの。ないですよ。雲雀、何故?」


 尚も目を丸くしながら、菫が言う。


「何故って。菫さんは、力を使いたくないんでしょう。チトセもいないし、今この場で菫さんと、ルリを守れるのは、俺しか、いないんです。だから」


 震える声で、震える体で、雲雀は言った。


 だから守るのだと。


「イッヒッヒッヒ。そんな体で、丸腰で、我と戦おうとなど。貴君。なかなか度胸があるじゃないか。気に入ったぞ」


 隠が笑いながら言う。


 死ぬのは、嫌だ。だけど、自分たちだけ助かって菫を失うのは、もっと嫌だ。嫌だと思う。菫は月見のために生きようとしている。そんな菫を守って、菫のささやかな願いを叶えてやりたいと雲雀は思う。


「これ以上は、苦しまずに殺してあげるよ」

「お節介だな」


 雲雀は隠の言葉に笑ってそう答えた。

 雲雀は、やっと理解したのだ。

 誰かを守りたい気持ち。それがあれば最強だってこと。


   *


 窓の外から、突然轟音が聞こえた。


「何?」


 おぬが思わず窓の方に振り向いた。

 何が起こったのか、隠にもわからない予想外の事態だったのか。

 次に羽音が聞こえて、割れた窓の外に人影が見えた。

 雲雀ひばりたちはその姿に目を丸くする。


「チーちゃん!」


 ルリが少し嬉しそうに声を上げる。

 皮膚が緑色の鱗になり、角と羽根と尻尾を生やしたチトセが、そこにいたのだ。


「何だと。確かに殺したはず」


 隠が驚愕した表情をして言った。


「あれぐらいで、俺が死ぬわけないだろう」


 あれぐらい。とは、具体的にどんなことをされたのか、知りたくもなかった。

 チトセは額から血を流し、左胸からも血を流していた。心臓を抉られたのだろうか。想像しただけで吐き気がした。


「雲雀。よくやった。お前はもういいぞ」


 チトセが部屋の中に着地すると、雲雀を見て言った。

 雲雀はその言葉に安堵し、その場に崩れ落ちるようにして座り込んだ。


「はぁ……。生きてたのか」


 雲雀はぽつりと呟いて、右手で左肩をもう一度押さえた。こうしていれば少しだけ、痛みが和らぐ気がするのだ。


「雲雀」


 すみれとルリが心配そうな顔をして、二人とも雲雀に合わせるようにその場に座り込む。


「大丈夫」


 雲雀はそう言って、菫の顔とルリの顔を交互に見た。


「雲雀、ありがとう」


 菫がそう言って、泣きそうな顔をした。


「我の仲間。仲間はどうした」


 思い出したように、隠がチトセに向かって言う。


「ああ、あんたの仲間は眠ってもらったよ」

「そんな、バカな」

「そんなバカな話があるんだよ」

「そんなものはない!」


 そう叫んで、隠はチトセに刃を向けた。

 チトセは隠の刃のついた右腕を掴み、素早くねじ伏せ、床に叩きつけた。


「ヒっ」


 短く声を上げる。

 チトセは隠の頭部を床に押し付け、体の上に自分の体重を乗せた。


「教えてもらおうか。誰に命じられた」

「わ、我は何も知らぬ」


 チトセのどすの利いた声に、隠が怯えながら言う。


「知らないわけがないだろう」

「知らぬのだ」


 隠は口を割らなかった。

 雲雀はそろそろ本気でヤバかった。瞼が重いし、意識が飛びそうだ。

 床に広がった血は、もう致死量を超えている気がして、雲雀ははついに体から力が抜けて倒れそうになる。それを受け止めたのは菫だった。


「雲雀!」


 菫が雲雀の名前を叫ぶ。

 菫の腕の中は、とてもいい匂いがした。そう、例えるならいつも太陽に向かって咲く花の匂い。あの花、何て名前だったっけ。

 雲雀はやがて混沌の世界へと落ちていく。

 体が石のように重く感じた。

 そして思い出すのだ。

 そう、それは雲雀の母が好きだった花だ。


 あの日、雲雀は母にその花を渡した。家の庭園の花壇に咲いていた大きな花だった。雲雀はそれを一生懸命に引っ張り、根っこごと抜いた。

 それを渡したら母は凄い笑顔で喜んでくれて。「頑張ったね、よくやったね」って、雲雀の頭を撫でて褒めてくれた。

 雲雀は後で庭師に散々怒られたけれど、それでもすごく嬉しかったのを覚えている。

 雲雀はどこか懐かしい心地よい腕の中で、今は会うことも叶わない母親の記憶を辿っていた。ああ、もしかしたらこれが死ぬ直前に見る走馬灯ってやつなのかもしれないと思いながら、雲雀は次に光を見るまで、眠り続けた。

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