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飛竜の華  作者: 黒宮涼
飛竜の華
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闇からの愚者(1)

「ん、大丈夫です。店の外で座り込んでいます」


 何が大丈夫なんですかとか、それは歩道を歩く人に迷惑何じゃないですかと色々言いたかったが、雲雀ひばりはとりあえずそれは止めておいた。

 雲雀はソファに座ってルリと向き合っていた。窓の外を見ていたすみれも、雲雀の隣に座った。チトセは事務所を出て行った後、店にも居づらくてとりあえず外で物思いにふけっているのだろう。

 目の前にある低いテーブルには、菫が気を聞かせて淹れてくれた緑茶が三人分並んでいた。雲雀はその一つを手にとって、一口飲んだ。


「チトセに、何があったんですか」


 菫がそう話を切り出すまで、そんなに時間はかからなかった。


「今から、百年ぐらい前の話かな。多分。そのぐらいだと思う。その頃、ちょっとした戦争が起こって。その時に、私たちの村も被害にあった。森が焼かれ、別の場所への移住も余儀なくされた。街へ働きに出ている竜人たちは戦争に駆り出されていたし、実質私たちの村を守るものが無かったの。彼らは私たちの村ではなく、国そのものを守っていたから。だから、村は村に残っている自分たちで守るしかなかったの」


 ルリは話しながら、少しだけ身震いしていた。当時のことを思い出すと、怖いのだろう。

 共歴きょうれき千九百年。三の月。

 この国は他国との戦争を開始した。主戦場となっていたのはここからそう遠くない場所だった。恐らくその時にルリたちの昔住んでいた村は伊良いら都市に移住してきたのだろう。この都市の森には元々ヒ一族の一部が住んでいたので、馴染むのにはそれほどかからなかったはずだ。

 主戦場となった場所は、今はもう復興しているが、大半が巨大霊園になっている。

 戦争で何もかもが破壊されたのだ。仕方のないことだろう。


「伊良に移住する前。私たちに注意勧告をしに来てくれた学生たちがいたの。その土地にも騎士の学校があって。そこの生徒たちだった。その土地の人たちは、私たちのことを見殺しにしようとしていたの。村には子どもや老竜、あとチーちゃんみたいに人間の街とは無縁に暮していた竜もいた。人間と関わらずに生きている竜人はいらないって、その土地の人間たちは思っていたのね。それを、わざわざ知らせに来てくれたのが心の優しい騎士学校の学生たちだった」


 それは、酷い話だった。竜人を毛嫌いしている人間が、この伊良にもいないとは言い切れないし、種族が違うので分かりあえない人間がいても仕方が無い話なのだが、酷い話だった。


「チーちゃんはその時に、村を守り、移住の準備にかかる時間を学生たちと一緒に稼いでくれたの」

「一緒に?」


 雲雀が聞くと、ルリは頷いた。


「うん。チーちゃんだけじゃないよ。村に残っていた大型竜たちは全員。村が焼かれないように、向かってくる火竜と衝突したりしてた」


 火竜。カ一族のことか、と雲雀は思った。

 ルリたちヒ一族は飛竜だ。今ルリが言った敵国に住居を構えているカ一族が火竜。火を吐く竜の一族だ。ちなみにあと一つはス一族。水竜で、水を吐く竜だ。水竜たちも他の国に住居を構えている。火竜とは違う国だ。


「チーちゃんはその時に学生の一人を背中に乗せて一緒に戦ったの。すごくかっこよかった。私とワカバは下からその姿を見てたの。すごいね、すごいねって。かっこいいねって。あんな風に、空を飛んで、村を守りたいねって」


 ルリが懐かしい思い出を語るように、目を輝かせていた。


「へえ」


 雲雀は思わず感心した。


 あのチトセが、誰かを守るために戦った。その事実は、ますます雲雀の心を高ぶらせた。


「……でも」


 不意に、ルリの表情がまた暗くなる。


「チーちゃんの背中に乗っていた学生は、チーちゃんの背中から落ちて、死んじゃった。その後にチーちゃんも敵に切られて……。次にチーちゃんが目を覚ましたのは、移住後の藁布団の上だった。チーちゃんは、学生が死んだことに対して酷くショックを受けてたみたいだった。自分のせいだって思ったみたいだった。でも、仕方ないんだよ。チーちゃんはちゃんとした訓練を受けてたわけじゃないし。あの子だって、あんなに大きな竜に乗ったのは初めてだっただろうし」


 ルリは悲しそうな顔をした。


「そういう、ことだったのか」


 雲雀は、何も知らないでチトセに自分の竜になってほしいと告げたことに、少しだけ後悔した。今思うと、無神経な発言だった。それは雲雀を背中に乗せる気は起きないだろう。それが例え戦争のあった時代の、百年も前の出来事とはいえ。


「チーちゃんのせいじゃないのに」


 ルリが言った。

 チトセは、自分の背中に人間を乗せる際、責任を感じたのだ。背中に人間を乗せるからには、責任をおう必要がある。それは当然のことだ。人の命を預かるのと同義だ。それはルリもわかっているのだろう。

 だが、チトセは余りにも自分を責めていた。気持ちを次へ持っていくことができないでいる。そういうことだろう。

 チトセは過去のことを吹っ切れていない。百年も。苦しんでいた。


「あの、そういえば聞いていなかったんだけど。どうしてチーちゃんがここで働いているの? チーちゃんが街に出るなんて、初めてだと思うけど」


 ルリが素朴な疑問を菫に投げつける。


「ああ、それは。チトセが働くところを探していたみたいでしたので、よろしかったらここで働きませんかって。そういえばどうして急に街に出てくる気になったのでしょうか」


 菫がそう言って、さらなる疑問を浮上させる。


「ずっと村にいたんだよな? 生まれてから一度も街に出たことが無いって」

「うん」


 雲雀の質問にルリが頷く。


「ルリもその理由は知らないのか」

「うん」


 ルリはもう一度頷いた。


「何かあったのでしょうか……」


 菫がそう言って考え込むようなしぐさをした時だった。

 窓ガラスに何かが当たるような音がした気がして、菫も雲雀も、ルリも窓の方を見た。

 それを見た瞬間。雲雀たちは全員、驚愕した。

 窓に何かが、否、誰かがへばりついていたのだ。

 まるで重力を無視したように、その人物は窓に両手を張り付けて、こちらの様子をうかがっているようだった。


「イヒヒッ」


 そいつは気味の悪い笑い声を上げた。


 雲雀たちは全員、そいつの顔を凝視したまま一歩も動けなくなって、一言も発せなかった。文字通り、驚いて固まっていたのだ。


「イッヒッヒッヒ」


 そいつは再び気味の悪い笑い声を上げると、両手に力を込めたのか、そいつの両手部分から窓にひびが入っていき、やがて窓ガラスは無残にも、割れてしまった。

 やはりそいつは重力を全く無視してそこに浮いているようだった。背中に羽根が生えているわけでもないのに何故浮いていられるのか疑問だったが、そいつが魔法士ならば話は別だ。


「これはこれは。皆さんお揃いで。本日はお日柄もよく。じゃなかった。こんばんは。こんばんは」


 その、道化みたいなメイクを施した顔をしたそいつは、そう言って丁寧にお辞儀してきた。


「これは、ご丁寧に。ですが、まずは窓を割ったことに対するお詫びを言ってくださるともっとよかったですね」


 そう言ったのは菫だった。彼女は立ち上がって、そいつを睨みつけた。

 雲雀とルリも震える手足で立ち上がり、菫の横に並んでそいつを見た。


「おー。それは失敬、失敬。玄関から入るのが煩わしかったものでね」

「そうですか」


 菫は裏のある笑顔をそいつに向けていた。流石に裏の仕事をやっているせいかこういう空気には慣れているらしく、酷く落ち着いた様子だった。


「ところでね。華士はなしはここにおられるか」


 そいつが聞く。


「華士は私です」


 菫が答える。


「おお、そうかい、そうかい。お前さんか。それなら話は早い」


 そう言って、そいつは突然菫の目の前に瞬間移動。したように見えた。

 菫が目を丸くする。


「お前さんには、死んでもらおう」

「!」


 その瞬間、雲雀はヤバイと思いとっさに菫を突き飛ばす。


「きゃっ」


 菫は雲雀に突き飛ばされて、小さく悲鳴を上げて床に尻もちをついた。

 雲雀には見えていたのだ。そいつの手が、鋭い刃のように変形した瞬間を。雲雀は道化が菫の心臓を刺そうとしたときを狙って彼女を突き飛ばしたのだ。そして、その行き場をなくした刃は、見事に雲雀の左肩を貫通していた。


「ぐっ」


 雲雀は痛みで歯を食いしばる。


「あらら。これはこれは。邪魔をされましたか」


 そう言ってから、道化は雲雀の左肩から刃を抜く。その瞬間、待っていたかのように血が噴き出す。

 雲雀は思わず左肩を右手で押さえた。


「雲雀!」


 心配そうな顔をして、ルリが雲雀の背中にそっと手を触れながら顔を覗き込む。


「仕方ありませんねえ」


 雲雀はそいつの顔を睨みつけた。


「お前、何者なんだ」




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