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飛竜の華  作者: 黒宮涼
飛竜の華
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亀裂と再会(2)

 そんなわけで、雲雀ひばりとルリはすべての授業が終わった後、二人で五百号にある神楽坂古書店へ向かった。その道中、雲雀はあることを思い出し、少し寄り道をしていいかとルリに問いかけるとそれを承諾してくれたので、少し寄り道をすることになった。

 寄り道先は、雲雀が初めて華士はなしとチトセに出会った場所の近くにある、武器屋だった。


「わー。剣がたくさんあるよー」

「武器屋だからな」


 店内にはずらりと剣や槍、刀など、様々な長さ形をした武器が並んでいた。

 そう、雲雀はあの日。チトセと菫と出会った日。この店に来た帰りだったのだ。


「危ないから触るなよ」

「うん!」


 ルリが雲雀の言葉に頷く。雲雀はお目当ての物がまだ売れていないか見に来ただけなのだが、流石に毎回目移りしてしまう。だがそのどれもが、高額品だ。


「でも、いいの? こんなところに来て。武器を個人で手に入れるのは禁止されてるのに」


 ルリが素朴な疑問を雲雀にぶつけてくる。


「だからこそだよ。下見。学校を卒業した暁には、お目当ての剣を購入するのさ」

「卒業って、まだまだ先だよ。きっとお目当ての剣、売れちゃうよ」

「大丈夫だよ。そんなに繁盛してないみたいだし」


 おっと、一言余計だったか。

 そう思いながら雲雀は少し離れたところで短剣の手入れをしている店員を一瞥する。どうやら聞こえてないみたいで、こっちの方を見向きもしなかった。

 雲雀は一安心した。目当ての剣のある場所に行く。それは相変わらず壁に立てかけられていた。なんの変哲もない長剣なのだが、何故だか心が引かれるのだ。

 剣は持ち主を選ぶ。と、いつだったか誰かに聞いたので、きっとこれはそういうことなのだろうと思う。この剣は、雲雀に使われたがっている気がするのだ。

 今は金額には目を瞑ろう。すぐに買えるわけじゃない。

 最初は店員に取り置きしておいてくれと頼もうと思ったが、やはり卒業までの二年という期間は長い。二年の間、この商品を誰にも売らないでくれと頼むのは気が引けたので、結局頼むのを止めた。


「うし、じゃあそろそろ行くか」

「ん、もういいの。じゃあ行こうー」


 そう言って、雲雀たちは店を出る。

 それから少し歩いたところで、雲雀はある人物たちを見つけた。


「あれ、すみれさんとチトセ?」


 雲雀が見つけたのは、両手に食料を買い込んだ袋を持たされているチトセと、その隣で微笑む菫だった。近くの魚屋さんで、まだ何かを買おうとしているようだった。


「菫さーん。チトセー」


 雲雀は呼びかけてみる。


「んに?」


 ルリが雲雀を見て不思議そうに首を傾げた。


「おーい」


 雲雀の声に気付いたのか、菫とチトセがこっちを向く。


「ルリ、あの竜人……」


 雲雀が言いながらルリを見たら、ルリは二人を見て何故だか目を丸くしていた。


 雲雀はその姿に思わず首を傾げた。


「チーちゃん」


 ルリがぽつりとそう呟く。


「チー、ちゃん?」


 雲雀はルリの言葉に首を傾げながらチトセの顔を見る。チトセも何故だかこっちを見て目を丸くしているようだった。


「チーちゃーん!」


 ルリが突然そう叫んで、チトセの方に走って行く。


「ちょ、ルリ?」


 雲雀がルリを呼びとめる間もなく、ルリはチトセに向かって突進するようにして走っていった。


「おっわ」


 ルリがチトセに飛びついた。チトセはその衝撃で野菜の入った袋を地面に落としそうになるが、なんとか持ちこたえた。チトセの手が震えている。


「ル、リ?」


 チトセが驚いた顔をして、ルリの名を呼んだ。

 雲雀は急いでチトセたちのところに駆け寄る。菫もチトセの横でルリを見て目を丸くしていた。


「チーちゃん。久しぶり」


 ルリがチトセを見上げて言う。ルリはチトセの首に手をかけてぶら下がっている状態だった。二人の身長差はまるで子どもと大人を見ているようだ。


「ルリ。なんでここに」


 チトセは目を丸くしながらルリを見下げていた。


「ルリ。久しぶりって、どういうこと?」


 雲雀はルリに向かって聞いた。


「あのね、チーちゃんと私、従兄妹いとこなの」


 ルリは雲雀の顔を見て言った。


「従兄妹?」


 雲雀が言うと、チトセが雲雀の顔を見て睨んできた。


「なんでお前と、ルリが一緒にいるんだ」

「それは、俺がルリの相方だから」

「お前がルリの相方? 本当か」


 チトセは顔をしかめてルリに聞いた。


「うん。私は雲雀の相方なのだ!」


 そう言って、ルリは頷いてからチトセの体から離れた。浮いていた足が地面に着地。


「あの。私にもわかるように状況を説明していただけますか」


 菫が一人困った顔をしてそう言った。


   *


 竜人族は大きく分けて、三つの一族に分かれている。

 その一つがヒ一族。人族に対して最も好意的な一族だ。チトセの名前にもルリの名前にもヒが含まれている。ちなみにワカバもヒ一族だ。つまり三人は一応親戚にあたるわけだ。

 しかし、その大勢の親戚の中でチトセとルリが従兄妹同士だったという事実には驚きだ。確かに言われてみれば、顔が似ている。

 学校での雲雀ひばりの相方であるルリが、チトセの従兄妹だった。雲雀はそれを知らずにルリとチトセを引き合わせようとしていた。

 そんなことをすみれに説明すると、菫はてきぱきと買おうとしていた魚を買い、神楽坂古書店でゆっくり話をしようと言って、雲雀に買った魚を持たせた。

 魚を持った雲雀は、会っちゃいけない時に会っちゃったなぁと、苦い顔をした。都合良く荷物持ちにされたことを少しだけ根に持つ。

 下の店を閉め、全員で事務所に上がる。

 菫曰く、今日はもう閉店していたらしい。まあ、買い物してるぐらいだから店を閉めただろうことはわかる。月見は夕食の準備でもしているみたいだ。


「それにしてもすごい偶然ですね」


 菫が言う。


「本当、びっくりだよ。それにしても、チーちゃんって呼ばれてるとはね」


 雲雀は口角を上げながらチトセの方を見る。

 事務所のソファに二人を座らせて、雲雀と菫さんは二人の顔をまじまじと見ていた。

 雲雀はチトセたちが座っているソファの向かい側のソファの背後、背もたれの部分に自分の腕を軽く乗せていた。


「止めろ。お前に言われると腹が立つ」


 チトセが雲雀のことを睨んでくる。

 だが雲雀はそんなことでは怯まない。奴の弱みを握った気分だった。


「昔から呼んでるから慣れてるもんね。チーちゃん」

「でもルリぐらいのもんだ。そういうふうに呼んでるのは」


 そう言って、チトセはルリに向かって呆れた顔を見せる。

 その表情は、心なしかいつもより柔らかく見えた。親しいのだろう。チトセの顔が、ルリとの距離を物語っていた。


「なあ、ルリ」

「ん?」


 チトセの呼びかけに、ルリが首を傾げる。


「何で、竜騎士の学校なんかに?」

「え? 何でって……」


 チトセの質問に、ルリが少しだけ驚いた表情をする。

 そう言えば雲雀も、ルリにその理由を聞いたことはなかった。雲雀は憧れというものがあったが、大半も、ルリもそうなのだろうと勝手に思っていたのだ。


「だって、チーちゃんが……っ」


 ルリが言いかけて、言葉を詰まらせた。

 チトセが、ルリのことを睨んでいた。


「俺が、何? 俺の姿に憧れてとかぬかすんだったら、今すぐ村に帰れ」


 チトセの言葉に、俺と菫さんは首を傾げて、ルリは悲しそうな顔になった。

 どういうことだ? と雲雀は疑問に思うしかなかった。

 チトセがルリから顔を逸らして立ち上がる。


「村に帰って、平和に暮せ」

「チーちゃん」

「帰れ!」


 チトセが強く叫んだ。


「やっぱりチーちゃん、まだあの時のこと引きずってたんだね」


 ルリがチトセの背中に向かって言った。

 あの時のこと。と言うのはどの時のことだろうか。と雲雀は思っていた。

 もしかしたら、チトセが雲雀を拒絶している理由と関係していることなのだろうか。


「チーちゃんのせいじゃないよ」


 ルリが言う。

 チトセは何も答えなかった。

 ただ歯を食いしばって、何かに必死に耐えているようだった。


「あの時のチーちゃんがかっこよかったから。私もワカバもその姿を見て素敵だなって思ったんだよ。ワカバはわからないけど、チーちゃんみたいに飛びたいって思ったんだよ。自分もそうなりたいって思うことは悪いこと?」


 ルリは必死な顔をしていた。

 自分の気持ちをわかってもらいたい。ルリはきっとそう思っている。

 事情はわからないが、ルリの話を聞いている限り、昔はチトセも竜騎士の竜をやっていたのだろうか。


「チーちゃん」

「うるさい」


 ルリの呼びかけに、チトセはぽつりとそう言って、事務所の扉を強く閉じて出ていってしまった。衝撃で扉が震えていた。

 残された雲雀たちは、その場で立ち尽くすしかなかった。震えた扉を見つめながら、後でルリから事情を聞こうと思った。

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