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失われた青春を取り戻すのです

「しゅう、くん」


血液が沸騰したかのように熱い。当時のことは正直言って曖昧なことが多いのだが、その姿を見た途端何故だか彼だと思えた。いや、曖昧な記憶だからこそ美化された思い出の中の姿で目の前に現れたのかもしれないが。


成宮修斗。私の元カレが。私に恋愛のトラウマを植え付けた人が。…私がもう一度会いたいと願った人がそこにいる。


「本当に修くんなの?」

「シュウ…?」


(くぅぅっ!!尊いっ!)


きょとんとした顔が最高に可愛い。可愛いという形容詞を使ってしまうのがおばさんみと語彙力がオタクなのが些か残念だが、残念思考を止めるよりも心の声が漏れないようにするのとついつい拝みそうになる身体を強ばらせるので精一杯である。


「そんな呼び方されたことないからびっくりしちゃった」


彼は恥ずかしそうに、しかし嬉しそうにこちらに向かって笑顔を向けてくれる。


…先に言っておこう。私は断じてショタコンではない。確かに少年誌の皆がいつのまにか年下になっていて、現実で愛してしまったら犯罪みがある人が推しになってしまってもショタコンではない。何なら私は永遠の推しの歳マイナス一歳だから、推しは先輩だ。


一瞬でそんなことを考える。こんなところでオタク特有の早口を披露するなんて思いもしなかった。オタクは心の声も早口なのか。そんなことよりもこんな機会、目覚めてしまえば2度とないかもしれない。会話せねば。


「あの、あのね…」


「お嬢様ぁ~」


2人の世界を壊すようにエリーが走ってきた。息が切れているところを見るとかなり走っていたのだろう。エリーが何事にも真剣で、誰からも愛されるタイプの人間なのはわかっている。数日しか関わってない私だって好きだ。わかっているが、空気を読んでくれ。今じゃないでしょ。


「はぁ…探したんですよ。暫く寝ていたのですから無理してはいけません…」


ごもっとも。怪我して気を失ってた女児が数日後に走り回ってるなんて正気の沙汰ではない。だがもう一度言おう。今じゃない。


「折角修くんと話せると思ったのに…」

「あら、シュードベルク様のことは覚えてらしたんですか?」


私のことは覚えてないのに…としょんぼりするエリーは無視しておこう。シュードベルク?と首を傾げると、彼はどうしたの?と同じく首を傾げる。


「ごめんなさい、私記憶喪失になっちゃったみたいなの。」


都合がいい言葉を使えば、えっ、と小さく驚きと悲しみが混ざったような声をあげた。くっ、良心が痛むぜ…夢で良心が痛む経験をしたことある人なんて殆どいないのではないか。


「それじゃあ僕のこと覚えてないんだね…」

「う、うん…」


どうやら今までの反応からしても修くんではないらしい。期待させないでよと思わなくもないが、容姿も瓜二つだし名前もシュウという音が入っているし、私の中では9割方本人だ。残りの1割と思って、そういう設定と受け入れておこう。


覚えてないことを肯定したらシュンと残念そうにしている様子に可愛さと申し訳なさを半々くらいに感じてしまう。あ、そうだ。


「これからシュウくんって呼んでもいい…?今までのことはわからないけれど、これから仲良くなれたらなって。」

「!…うん、勿論。」


心からの笑顔とはまさにこんな顔のこと。王子様のような見た人を魅了する笑顔。

あぁ、やっぱり彼の笑った顔が好きみたい。胸が甘くときめくのを感じる。


「そういえばマオはいつから学園に戻ってくるの?」

「うーん、どうだろう。お母さんたち許してくれるかなぁ。」


そもそも夢の中まで勉強したくないからもう暫く休んでいたい気もする。というかそちらの気持ちの方が大きい。お母さんなんて建前だ。


「一緒に授業受けるの楽しみだなぁ」


(…一緒に?授業を??受ける????)



唐突に与えられた情報を繰り返して数秒。言葉の意味を理解するのにそれだけの時間がかかるくらい、私…というか一部の人にとっては特殊な状況…。そう。


(女子校出身者に失われた青春エピソード来たぁぁぁ!!)


そう、女子校で育ってしまった人間にとって、異性との学園生活は特殊極まりないのである。

同じ学舎で同じ授業を受ける。隣の席でたまたま目があっちゃったり。消しゴム拾ってもらったり。体育ではカッコいい姿を見ちゃったり。放課後は一緒に勉強なんてしちゃったり。(なお現実でそんなこと起こるかは置いておく)


「行く!すぐにでも行く!!」


その日の夜。両親にもう完治したから学校行かせてアピールをすることになるのは言うまでもない。




ーーーーー




「うぉぉぉっ!」


テンションがあがるとどっかのアトラクションで求められるような掛け声が自然に出るものだ。昨日は夕方だったこともあり、全容が見えていなかったが、晴天の下で見る学園は想像以上に迫力がある。敷地面積凄い。上にも大きい。初等部から高等部まであるということだが、これは何回迷うことになるのか。

テンションが上がったついでに跳び跳ねてみるとチェック柄の可愛いスカートがふわりと浮かぶ。セーラー服しか着たこと無かった身としてブレザーは嬉しい。しかも制服の可愛さ目当てで入るくらいには私の好みに合っている。


「よ、久しぶり!」

「え、祐?」


またしても、だ。私はこの顔を知っている。親が知り合いでとかなんとかで幼稚園の頃からの幼馴染み、浅井祐希。修くんと祐。こうみると私、略して呼びがちだな。


「ユウって誰だよ。あ、そういえばお前、記憶失くしたんだってな~」

「え、なんで知ってるの?」

「シュードベルクから聞いた!にしても死にかけてたのに、もうこんな元気なのかよ。記憶なくなるくらいで済んでよかったな」


相変わらずのポジティブさである。このポジティブさは彼の魅力であるんだろうけど、記憶喪失をそれくらいと言えてしまうのは流石大物である。


「おはよう。マオ、ユーリ」

「!シュウくん。」


そこまでの思考は全てリセットして、シュウくんの方に向く。あぁ、良いぞ…何故現実でこんなに楽しめなかったのか軽く後悔の念を抱くが今がいいので取り敢えず良しとしよう。そうしよう。


「ん?シュードベルク、お前、変わったあだ名で呼ばれてるんだな。あ、もしかしてさっきのユウっていうのが俺のあだ名?」


ユーリという名前らしいからユウって呼んでも違和感ないよね。


「そうそう、ユウって呼んでいいよね」


断定形で半ば強引なようだが、現実ではいつもこんな感じなので気にしない。もうこのやり取り何回目って感じだし。そういえば最近会ってないなぁ。夢から覚めたら久しぶりに連絡とってみるか。


「別にいいぜ。そうだ、シュードベルク!俺もシュウって呼んでいいか?」

「………いいけど」

「じゃあこれからシュウって呼ぼ!」


楽しそうなユウとは対照的に、シュウくんが少し眉を潜めた気がする。どんどんと歩いていくユウの後ろで、シュウくんに声をかけた。


「ねぇ。もしかしてシュウって呼ばれるの嫌だった?」

「嫌というか…マオにだ」

「おーい!お前ら早くしろよ」


「え、今なんて…」


前からかけられたユウの声でシュウくんの声が掻き消される。


(今の言葉聞き逃したら駄目なやつじゃない?)


こういうときの勘は大体正しい。乙女ゲームのヒロイン、大切な言葉ばっかり聞き逃して耳悪くない?って思ってたけど謝ります。あれは環境が悪かったのだ、仕方ないと今なら受け入れられる。もやもやした気持ちを抱えつつ、教室に向かうのだった。




ーーーーー




さて、説明が面倒になった私が「記憶を失ってるのでご理解ください!」とHRで宣言してから一時間。


この時間は屋外で魔法の演出を行うらしい。知識なしで出来るのかと思わなくもないが、昨日もなんか出来そうだったしなんとかなるのでは?と楽観視しておく。



「今回は魔法のコントロールの精度を上げる練習よ。あの的に当てるように調節してね」


的まではおよそ15m。他の子は一体どれくらい出来るものなのかと見定めていたが、そこまで操れる人は少ないみたい。その中でもしっかり的に当てているシュウくんとユウは流石というべきであろう。 


さて私の番。


詠唱という概念には慣れている。某漫画の難しい漢字が沢山含まれた禁断とされている魔法の完全詠唱でさえ出来てしまうくらいなのだ。オタクの無駄な…興味のあるところで記憶容量を使ってしまう癖を嘗めてもらったら困る。というわけで先程他の子が唱えていた火の詠唱を真似してみる。


「あれ…?」


うん、全く反応しない。自分的にも手応え0である。


「マオさんは魔力値も高いし…今までは使えてたはずだけど、記憶障害の副作用かしら…?」


先生は不思議そうにしているが、私には理由がわかった。魔法が使えない理由、それはこの詠唱に馴染みがないからだ。

この世界の人々はこの詠唱はこの魔法というイメージが息づいている。だからこそ詠唱を唱えれば魔法が使えるが、私には如何せんそのイメージがない。むしろ難解な横文字に頭を抱えるくらいだ。


逆にだ。イメージさえしっかりしていれば詠唱なんて要らないのではないか?と仮説を立てる。詳しい仕組みは知らないが、火の起こし方とかなら何となくわかるから試してみよう。


火を起こすときは…摩擦を起こして火花を起こして…それを火種に移して酸素を送り込む感じ?大幅には間違ってないはず。

小学生たちよ。知識はこういう時に役立つぞ。まさか夢の中で必要だとは思わなかったが。


(えぇっと…こんな感じ…?)


指を火打石に見立てて、その側に火が移る火種、その回りに酸素を配置するイメージを固める。イメージを進めるにつれ指先に熱…もとい魔力が集まってくるのを感じた。これは出来るな…と確信しつつ指をパチッと鳴らせば、指先からボォッと火がついた。


「おおっ…っ!」

「えっ…?!」


先生の驚きの声が聞こえた気がする。出来ると思ってはいたが思いの外大きい。その火の勢いに素で驚いてしまった。勿論、自らの手から火が出るという興奮もあるのだが。


(これ、魔力のコントロール出来てないな…)


このまま手を前に押し出すような動きでもすれば的に向かって火を放てるだろう。しかし威力がちっとも調節出来ない。コンロのつまみを回すイメージで魔力のボリュームを調節しようと試みたが、違うらしい。このまま的に当ててはまずい気がする。過信しているわけではないが、的以外も被害が出そうだ。


(よし、それなら)


火を保ったまま、的までの見えない導火線をイメージする。そしてその導火線に点火するように火を動かした。


そこからは瞬きの早さだった。一瞬だけレーザーガンみたいに線が現れた後、的が燃えたのだ。一応説明しておくと導火線を伝って的の真ん中に火が触れたと思うとそのまま的ごと燃え上がったのだが見えている人は殆んどいないだろう。手で銃を象っておけばもっとかっこよかったと思ったのはここだけの話。


自分の魔力が外部まで影響できるのかはわからなかったが、どうやら出来るみたいだ。これってかなり便利では?動かなくても物をとるとかも可能だろう。ものぐさな発想しか出来ないのは私らしい。


「そんな…詠唱破棄魔法なんて…マオさん、後で来てくださいっ!」

(え、なんかまずいことした?!)


後々知ったのだが、詠唱破棄で魔法を発動させることは一部の人にしか出来ないらしい。そうなら先に言ってくれと思ったが、もう遅い。

…その後、研究熱心な先生に気に入られるのは言うまでもない。




ーーーーー





次は剣の授業だった。前に知った通り、この世界での戦闘は武器を使ったものが中心らしい。だから剣は魔物を倒すには必須スキルだが…正直さっきの魔法を見ると十分戦えそう。


そのことを二人に聞いてみると、


「確かに武器を使うよりも強い魔道士もいるけど…」

「そこまで魔力が高いやつは稀だからな」

「マオならもしかしたら倒せるかもね。」


どうやら限られているらしい。なるほどね。私の魔力がどれ程のものなのか知らないが二人が言うならそうなのだろう。大人しく剣の授業を受けることにする。


この授業は模擬戦形式。模擬戦といっても本物の剣を使うのは危険ではないのかと思うが、その方がより実践に近いからとのこと。魔法よりも剣や他の武器の方が求められるレヘルが高いらしい。それだけ武器の方が需要があるのか…。


「きゃっ!」


…うん、感覚でどうにかできるくらいの才能はこちらにはないみたい。剣は勿論他の武器も扱える気がしない。銃とかなら扱えそうだけど、あいにくそんな武器はないらしい。…魔法を極めた方がマオにとっては懸命な判断な気がする。


早々に負けて隅に寄れば、シュウくんたちの模擬戦の様子が見える。どうやらシュウくんもユウも剣の方が魔法より得意らしい。生き生きとしている。


(というか現時点で負けてるの私だけでは…)


他のグループが模擬戦を行っているが、実力が均衡しているもの同士が組んでいるらしい。決着がつきそうなのは…


(おっ、あっちの子が勝ったな)


一方の剣がもう一方の剣に弾かれる。そして弾かれて舞い上がった剣は…


「危ないっ!」


そこからは身体が勝手に動いていた。シュウくんめがけて落下してくる。考えている余裕なんてない。いつの間に私の身体はシュウくんと剣の間に滑り込んでいた。


「なっ、マオ?!」


「っう…!くうっ……」


痛い。


痛い痛い熱い痛い。


喉の奥からは苦しさを訴えるような声が漏れ出る。それもそうだ。落下速度を伴った剣が左肩甲骨の辺りを貫いたのだから。


「マオ…っ!」

「マオッ!」


叫ぶような声が色々なところから聞こえるが、それどころじゃない。このまま痛みで死んでしまうのではないか。そう思わせる程の痛みが背中から伝わる。目尻から生理的に流れ出た涙が熱いのか冷たいのかもわからない。



(何これ夢じゃなかったの…?!)



嫌な予感。当たってほしくない予感。でもこういうときの予感も大体当たる。




(これは…夢じゃない…?)




嫌な汗が流れているのは痛みのせいか、予感のせいか。そんなことどうでもいいくらい意識は朦朧としている。





(いやVR説…も……)


それを最後に、私は意識を手離した。

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