都合のいい夢を楽しむようです
「生まれ変わったらモテモテ美少女に生まれて沢山遊んでやるっ!」
我ながら何てことを言っているのかと思わなくもない。が、まぁ酒のせいにしておこう。この場には自分の尊厳も含め少しくらい願望が漏れ出ても困る人はいない。それにこんなことを叫ぶことになったのはちゃんと理由が存在するのだ。
事の発端は飲みの場ではよくある恋バナだ。みんなが自分の経験を話すもんだから、返報性の原理という心理が働いて(私も何か話さねば…)とついつい喋ってしまった。
私、夏凪真緒にはその昔、所謂彼氏というものがいた。その過程の色々は省くが仲は良かったし、互いがちゃんと大切だと思ってるとわかるくらいには安定した関係性だった。(一方的にそう思っていた可能性も勿論あるが、それは今は置いておく。というか考えないようにしている)
だからこそあの終わり方は私にとってトラウマになっていた。
「突然学校に来なくなって。不安になって家行ったら、隣の家のおばさんに『引っ越したよ』って言われるし。電話かけても繋がらないし。先生に聞いても『個人の都合だから』の一点張りだし…意味わからなすぎるでしょ。私に何も言わず消えるなんてさぁ。何でなんだろ。」
その後女子校に入ったことがきっかけで拗らせ乙女ゲーマーに育っていき、3次元よりも2次元!と言うまでになってしまったのは、その場にいた人には説明せずとも周知されている。
「いやさ?初めての恋が行方不明エンドってなによ?ゲームもびっくりだよ?」
すぐにゲームで例えてしまうのは良くない癖だがゲーマーの頭なんてそんなものだ。現実は小説より奇なりなんてカッコいいことは言えない。
それはさておき事実として。簡単にいえば私は結構長い間この恋愛を引きずっているのだ。
これに対し友から言われたのは一言。
「いや、重いわ。」
……そして最初に戻る、と。
「わかってるよ、重いってことくらい!だから私はもっと気楽に恋愛を楽しみたいの!」
半ば自棄になってグラスを呷れば、そのグラスはすぐに空になる。残念なことにこれくらいの量じゃ酔ったと感じるほどではない。そりゃ強いと言われるお酒の缶を普通に3本空けるような家庭で育っているのだ。遺伝があまりにも強すぎる。
それでも酔いの回った場の空気に私も酔いつつ、女たちの話は続く。
「手ぇ繋ぐだけでドキドキ出来る関係がいい~」
「それが成り立つのは10代でしょ」
「うぅ…青春は…どこいったの……」
「そんなあんたにオススメなゲームあるけど?」
「幸せな恋愛したいよぉ」
「てか幸せって何よ。」
「衣食住の充実とか?」
「えっもしかして男いらないのでは?」
「確かに」
「今の時代、結婚が幸せだと思ったら大間違いでしょ」
「それなぁ」
誰の発言かもわからないくらい凄い勢いで話は進んでいった。恋愛から幸せの定義という哲学を考え出してしまう女子会特有の空気に身をおきながら、流れで思い出してしまった元カレのことをついつい考えてしまう。
「もう一度会えたら…そのときは…」
ーーーーー
「……………ん?」
おかしい。目が覚めて第一に思ったのはそれだった。
いつも寝ている自分のものより明らかに柔らかいベッド。見慣れない天井。少し視線を動かせば品のいい調度品。
「嘘でしょ…」
小さな呟きが宙に溶ける。確かに重いよりも軽い女の方が人生楽しそうだと言った。だからといって人間そんなにすぐ変われるものだろうか。いやいやいや?普通に考えてよ?あの女子会にいた誰かの部屋ではないか。そうだそうに違いない。それにしてもめちゃくちゃいい部屋住んでるな。私しかこの部屋にいないことを考えると他にも部屋があるだろう。衣食住の住の幸せは十二分に満たせてる。私もこんなところに住みたい。
(それにしても誰の家だろう…)
昨日のことを思い返してみる。電車に乗って、自分の家に帰ろうとしていたはずだ。最寄り駅まで同じ路線で帰ってたのは…
「は?」
起き上がった時、また違和感を覚えた。おかしい。混乱。おかしい。語彙力が全て飛んでいくくらいには理解出来ない。
(そんな馬鹿な…っ?!)
そんなわけないと全力で否定しつつ、近くにあった姿見の前に立つ。残念ながら真実のようだ。元々そんなに大きくはなかった身長が30cm程足りなくなっている。
(え、身体が縮んでるとかどこの組織の何の薬の実験台にされたわけ?…ってそんなことあるかーい!普通に暮らしてた一般人がそんな組織の目に留まるわけないじゃん。ってそうじゃなくて!これ誰?小学生に乗り移っちゃった??って思うまでもなく自分じゃないですか、若返ってるじゃないですかっ!?)
ぐるぐると自己ツッコミを繰り返す頭を整理して、私の脳は1つの結論を出す。
オッケー、理解した。
「これは夢だぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!」
どうせなるなら千年に1度の、いや1万年に1度の美少女の身体に乗り移らせてくれよぉ!夢なら出来るだろっ!って思ったのは心の中に留めておく。ついでに感覚がやけにリアルなのも考えないでおこう。
「マオお嬢様っ!」
突然第三者の声が飛び込んできて、反射的に身体が跳ねる。声と共に飛び込んできたメイドさんはこちらにお構い無く、小さくなった私の身体を抱き締めた。…ん、メイドさん?
「うぅ…お目覚めになって良かったです…もう無茶はやめてくださいませ…うっ…!」
私の知るメイドのイメージとはかけ離れているなぁ、と酸素の足りなくどうでもいいことしか考えられなくなるくらい感情が顕になった熱いハグを受けてしまった。美女のハグ。感じるのは現実でも夢でも私には存在しない柔らかさ。よきかなよきかな。息が止まるの以外は。
それにしてもお嬢様て。普段の私がロングスカートのメイドさんがいる店によく行っていたからその影響だろうか。なかなか都合がいい夢だ。都合のいいついでに彼女の名前がわかればいいのだが、生憎それは出来ないらしい。重要なところで都合が悪い。
「あの…失礼ですがどちら様でしょうか?」
開放された私は感極まってる彼女を刺激しすぎないようになるべく静かに聞く。しかしその一言で彼女はショックなんて生ぬるいくらい絶望した表情を浮かべた。え、これ私のせい?私が悪い??
「お嬢様…まさかショックで記憶を…?!」
お、それ使えるかもしれない。今後わからないことがあれば、記憶喪失でーす!って言えばどうにかなりそうだし。
「そうみたい。記憶喪失になっちゃったのかも。」
都合のいいことには乗っておく。折角の夢なんだから楽しませてもらおう。
ーーーーー
貿易都市アーケイン。
立地のよさと自由貿易が認められている場所であることから商業都市として拡大した街。
それが私、夏凪真緒改めマオの住む街の名だ。マオ改め私は目覚める(つまり夢が始まる)数日前に家の2階から落ちて意識を失っていたらしい。幸い落ちた場所が植え込みだったから良かったものの数日の間、目を覚まさなかったそうだ。しかし目覚めてしまえばこっちのもの。今だってこうして街を探索している。
それにしても凄い。石造りの建物が高々とそびえ立っている。身長が縮んだせいもありその迫力たるや。RPGだって人並みにはやっていた人間だから興奮しないわけがない。語彙力も小学生に戻ったかのように「楽しい!」「凄い!」「綺麗!」と単純な言葉を繰り返していた。
「すっかり元気になられて良かったです。」
隣で私のガイドになっているのが我が家のメイド、エミリア。通称エリー。私の家は別に貴族ってわけではない。というかアーケインには貴族の概念はない。それでも裕福な家は存在するし、メイドや執事という職業も珍しいものではないらしい。
そうそう珍しくない職業といえば。
「あれがギルドね!」
ゲームでは見慣れたギルド及び冒険者も存在する。この世界では武器と魔法が流通している。まあ魔法といっても料理の時に火を起こすとか光を灯すとか地味…サポート系のものが多くどちらかというと冒険向けではないので、様々な武器の方が魔物には有効とされている。それでも魔法って言葉でワクワクしちゃうよね。
ギルドでは冒険者の登録やクエストの受注が行えるらしい。そこら辺は説明さ存じ上げておりますという感じだった。現実的に考えるなら怪我とかが怖いけれど、夢ならば冒険者になるのもいいかもしれない。まぁそれまで夢が続けばの話だけど。
町探索をしているうちにどんどん日は落ちていくが、気がつかないふりをしてまだまだ探索を続ける。
「エリーあれは?」
「あれは学園でございますね。お嬢様も初等部に通っているのですよ。事故の後はお休みになっておりますが…」
学園!いい響きじゃないか。青春の予感!
「ちょっとだけ見てみたい!」
エリーの返事も待たず、学園に向かって駆け出した。
「お嬢様、お待ちくださいっ!」
焦ったエリーの声は聞こえないことにしておこう。うん。
ーーーーー
「うーん、迷った!」
そりゃ初めて来た場所に何も考えず飛び込めばそうなるのは小学生でもわかる。しかもいつもより目線が低いから、それがより迷いやすさに繋がっている。おまけに体力も小学生だ。広い学園を駆け回るうちに疲れてしまった。あ、ここでの「体力も小学生」というのは一気に疲れが来て眠くなるあの感じ。歳を取れば直線的に減るけど、幼い内は体力が放物線的に減っているような気がする。さっきまで疲れなんて感じてなかったのに。心はそこそこ歳を取ってしまってるのが何だか悲しい。が、悲しむよりも楽をしたがるのが大人だ。
「こういう時ってパッと移動とか出来ないのかな?魔法だってあるんだし」
そう思った途端、身体の中の何かが反応したような感覚になる。何と例えればいいのだろうか。血が沸き上がる感じ?血というかこれは…。直感でこの感覚の正体を掴み、自身が魔法を使えることを察する。
(もしかして瞬間移動出来ちゃうのでは…)
そうこれは夢だ。強くイメージすれば出来る気がする!謎の確信を持って試そうとしたその時だった。
「マオ?」
澄んだ声が耳に届き、今までの思考が止まる。そして。
「良かった、元気そうで」
振り返って見えたのは優しく微笑んだ男の子。息をのむ。時が止まる。心臓の音だけが響く。魔力が込み上げてくる感覚とは違う、本当に血が沸き上がる感じ。身体は震え、目頭が熱くなる。自分でもここまで心が揺さぶられるなんて思いもしなかった。夢の中でもいいから会いたい。その思いが具現化したのかもしれない。
「しゅう、くん…」
その声に込められた心は一体何なのか。
自分でもわからないまま、私は彼の名を呼んだ。