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8話『農村での生活が始まるレッタさん』

割りと話の進みがスローペースというか

中世農村の生活をお送りします




 目を覚ましたらベッドだった。

 わお。タバコを一服してからうちに帰ってワイフに言い訳しないとな。 

 と、一瞬オレの男だった記憶が行動させかけたがそんな浮気パターンじゃなさそうだ。大体、浮気なんてしたこと無いしなオレ。

 寝る前には家畜小屋の藁に飛び込んだ記憶はあるんだが、いつの間にベッドに移動してたんだ?

 おっと! スケベされるとスキル剥奪なんだっけ? オレは体を確認してみるが、異常は──


「うわお! スカートが破れてるじゃないの! こいつはコトだぜ!」

『お前が山を下る前に破いたのだろう』

「あっカイムちゃん。ねえねえこの状況なに?」

『司祭がお前の部屋ではなく家畜小屋で寝ていることに気づいて運んできたのだ。ちゃんと部屋は用意されていた』

「ルシ公! お前のことずっと信じていたのに! 裏切りやがって! 暗黒面に目覚めてやる!」

『信じるもクソも会っていきなり煽られて騙されただけだろう』


 まあそうなんだけど。

 昨日は問い詰めるのも追い込むのもボコるのも面倒でさっさと寝たかったんだよね。

 窓から外を見やると薄ぼんやりとした明かりが室内に入ってきている。狭い部屋にベッドと机がある、刑務所の独房みたいな場所だ。足元には白蛇のディビッドくんが丸くなって寝ていて、窓の外には白い鳩が止まっていた。


「ん? なんだこの曇りガラス。随分見えにくいな」


 窓に触れて確かめると、障子みたいな手応えだった。


『それは羊の腹膜を伸ばしたものだろう』

「わお」


 思わず指を引っ込める。腹の中の臓器を覆っているアレだ。確かに半透明の素材だけどよ。


『当然ながらこの時代、窓ガラスというのは貴重なものであり礼拝堂や都市のギルド会館、迎賓館などでしか使われていない。代わりに薄い羊皮紙や腹膜を貼る……のも中流以上のところだな』

「へえ。障子にしなよ障子。日本はこれぐらいの年代でも障子使ってただろ」

『西方に中国から製紙技術が伝わったのは8世紀以降だが中東あたりで技術情報が途絶えている。古くからあるパピルスは保存に優れない』


 ふーん。別に作るのにそこまで難しいってわけでもない代物で、かなり便利なのにな。

 むしろ羊皮紙の方が大変そうだぜ。

 

「いやしかし腹減ったな。昨日から晩飯も食わずに寝っぱなしだったし」

『人目のあるところで鳩や蛇を食うなよ』

「わかってるって。サバイバル状況ならまだしも、文明的な生活でそんなことするつもりはねえよ」


 オレは応えて、留置所のように狭い部屋から出た。にょろにょろとディビッドくんも付いてくる。随分懐かれちまったみたいだ。

 長屋のような宿坊は廊下と部屋が並んでいるだけの簡単な作りだ。


「何部屋もあるんだが、こんなに人が住んでるのかね」

『村の役場みたいなものだ。それに旅の巡礼者を泊める場所でもある』

 

 言いながら長屋の外に出ると、随分天気の良い日でお天道様が眩しかった。


「太陽の位置的にまだ早朝っぽいな。ん? ありゃ司祭サマじゃないか」

『守門の男と礼拝堂の鍵を開けているようだな。礼拝堂には高価な聖具が多いため、必ず夜は施錠されることになっている』

「おーい! おはようございます司祭! 朝ごはんまだでしょうか!」


 オレが陽気に話しかけると、JFKは振り返ってキョトンとした顔をした。


「おはようございますピエレッタ。しかし朝ごはん……? そんなもの、うちにはありませんが」

「え」


 嘘だろ……オレは分厚いパンにバターをべったり塗って食べるのを楽しみにしていたってのに。

 チクショウ、おめえの出番だエジソン! 電気会社を儲けさせる為に朝食を普及させてオーブントースターを売り込むんだ!


「聖餐の時刻でしたら12時になります」

「今は……6時ぐらいだよな。あと6時間……」


 オレはフラフラと宿舎の方へ戻っていった。


『古代のローマやギリシャでは一日三食だったのだがな、中世のこの時代では二食が普通だ』

「よくそれで腹が減らないな皆さんは」

『まあ……現実問題として労働者などは朝食や間食を取ることもあったのだが、そのような欲求を抑えることが宗教的に正しい行為だと教え込まれているので後ろめたかったようだな』

「なるほど。オレも凄く後ろめたい思いをするぜ」


 長屋に戻ったオレは台所の検討を付けて中に入る。だけれど食料を減らしてしまったらバレることは間違いない。

 塩だけちょっぴり貰って部屋に戻る。


「なあカイム……ジャパニーズ郷土料理の鳥刺しって知ってるか?」

『よせ! 生の鳥肉には雑菌が多いぞ! しかも野生の鳩で! 腹を壊して死にたいのか!』

「大丈夫だって。洗礼された水で洗えばそこはかとなく清められるはずさぁ……!」

『落ち着いて考えろ! これから毎朝生の鳥肉を食うつもりか!? 結構つらそうだぞそれは!』

「……確かに」


 カイムの焦った声で正気に戻った。

 朝目が覚めて寝ぼけ眼で食卓に並んでいるのが生肉っていうと朝からテンション下がるのは間違いがないな。

 普通の魚の刺身だってモーニングセットで出してるところはあんまり無いだろうよ。


「じゃあオレは毎朝腹ペコかよ!」

『飽食の時代じゃないんだ。特にこの時代ではコミュニティに於いて食事は集団で行う傾向が強いため、一人だけ特別に何かを食うということが推奨されない』

「仕方ねえ。すぐにはバレねえ朝飯を用意する方法がねえからな。暫く我慢するか」


 オレは部屋で洗礼ウォーターを木製のカップに入れて、塩を舐めて水を飲んだ。空きっ腹に染みるぜ。




 *******




 さて、それから教会での朝の生活になるわけだけど。


 まずは礼拝堂で教会に暮らす皆揃ってお祈りタイム。八人ばっかりここで暮らす人は居るらしい。

 そこにはあの昨日騙してくれたルシ公も居たけれど、なんかオレより具合悪そうな顔をしていた。


『司祭の話だと夕食を抜きにされたようだ。お前を騙した罪で』


 カイムの声が響くが、誰も反応はしない。天の声スキルを持っていないと聞こえないってのは、まるでオレが幻聴持ちみたいだな。

 水を鱈腹飲んできてよかった。腹の虫でもなりそうだぜ。

 しかしお祈りねえ。まずオレってばこの世界の神様についてよく知らねえのでお祈りも全然できないわけだけど。


 続いて掃除。礼拝堂をキレイキレイに磨き上げる。

 十字架が正面には掛けられてそこにはジョニーデップみたいな男が磔にされてる。その下にはマリア様の像。左右には多分聖人を祀った像が置かれていて、装飾のある柱が囲んでいた。

 手前に香炉や洗礼盆、聖油盆に聖櫃がある。この場合の聖櫃ってのはあの有名なやつじゃなくて、中に聖体……まあパンを入れておく簡易的なやつだな。

 なんで妙に詳しくわかるかというと、気になったら鑑定してみれば解説が見れるからだ。


「ファーッ! 司祭さまァー! ピエレッタのやつが通鏡見てサボってるシファー!」

「てめえうるせえよルシ公! ごほん。実は天使サマが話しかけてきたので掃除の途中ですが通話を切るわけにもいかず……」

「なるほど、それは仕方がないですね。シスター・ルシなんとか。人の欠点ばかり探そうとして自らが疎かになっていませんか?」

「えっ違っ今別にあいつ天使と会話してなかっ」

「一緒に居ると気になるというのならば、シスター・ルシなんとかはトイレを掃除してきなさい」

「ファー!?」


 涙目で蛇女は司祭館のトイレを掃除しに行った。ちなみにここのトイレは住人の数だけあるみたいで無駄に多い。朝に一発お花を摘みにに行ったら、超狭いロッカーみたいな個室が並んでいた。

 ただしそこでオレは嫌そうな顔をした司祭サマに止められて、女性用トイレに行くようにと指示された。

 一応男子用女子用がわけられていて、この教会だと女子はオレとルシ公の二人だけだ。

 女子のトイレは壺だったけどNE! せめて猫砂でも入れてくれねえかな! 

 カイムに野ションしてもいいか聞いたら『外で用を足すのは決闘沙汰になるレベルで非常識な行為だ』と怒られちまった。まあつまり、見られねえようにやれってこと?

 ともかくあれだけあるトイレを掃除するのは大変だろうよ。当然ながら水洗式じゃないし。便器の下に入れてる槽を取り出して糞便を集めて捨てに行くんだと思うが。



 ともあれ礼拝堂のお掃除が終わったらミサだ。

 教会の鐘が鳴って村人が集まって来ていた。なんとなく視線は、ニュービーであるオレに集中している気がする。

 正面に立ったJFKの厳かな声が皆に響く。そう言うとまるで大統領演説だな。オレその世代じゃないけど。


「父と子と精霊の御名によって」

「祈ります」


 彼の言葉に続いて、村人が一斉に唱えた。

 さてそっから坊さんの退屈な話が始めるわけだが、ひょっとしてこれ毎日やってるの?

 いや、前世で敬虔な一神教信者だったとはいえ毎日ミサはしなかったぜ。だって聖職者側じゃなかったしな。でも今のオレ聖職者だわ。

 しかし村人も参加で毎朝か。それが普通なんだろうな。

 よし。諦めよう。仕事だと思って。

 

 JFKの話を聞いて時々的確なタイミングで祈りの合いの手を入れる。

 お歌も歌った。聖歌なんてクリスマスの時期に流れてた[主は来ませり]ぐらいしか知らないぜ。あとコマーシャルで流れてた[アメイジング・グレイス]。後者は奴隷商人が作詞者なんだけどな。

 それから司祭サマの聖書のお話があった。どれかのエピソードを皆に教えるわけね。

 この日はたまたま、救世主がご婦人の腹に宿る話だった。有名なやつだ。


「──六か月目に、天使レオナルドは、ナザレというガリラヤの町に神から遣わされた。ダビデ家のヨセフという人のいいなずけであるおとめのところに遣わされたのである。そのおとめの名はマリアといった。 天使は、彼女のところに来て言った。「おめでとう、恵まれた方。プタヒルがあなたと共におられる──」


 んん?

 微妙に固有名詞が違うというか。違和感がある。


『お前の世界を参考にして、異なる神が作った世界故に神と天使はそちらの唯一神教とは異なる名を持つ』


 首を傾げかけたオレに気付いてか、カイムの解説が聞こえた。


『この世界の唯一絶対の創造神の名をプタヒルという。違うのは、みだりに人が名を唱えても問題が無いこともだな』

 

 プタヒルねえ。聞いたことが無いな。当然か。他所の世界の神様なんだからな。

 んー……しかし内緒だが、直接会ったわけでもねえし、オレが信仰してた神様をパクってるってのもどうかと……

 まあ、今は考えても仕方ねえことだな。それでおまんま食わにゃならんわけで。


「それと最後に、洞窟での隠棲修行を終えて本日より新たな皆の友として、神の信徒にして修道女として教会で暮らすようになったピエレッタを紹介しましょう。昨日、癒やしの秘跡を行い魔物との試練を助けたことでもご存知でしょう」


 オレは何やら呼ばれた感じの雰囲気になったので、皆の前に立って村人を見回す。一部にはなんかこう、目を潤ませてオレに熱い視線を送ってきているやつも居て表に出さないけど少しビビる。


『癒やしの術を受けたからな。神の癒やしを直接的に貰うことができる農民は殆ど居ない。怪我をしても差し出せる財産も無く彼らは諦めるのみだった。それを惜しげもなく振る舞ったのだから、期待されているのだろう』


 そんなこと言われても。

 オレは「こほん」と咳払いをして、なるたけお澄まし顔で告げる。


「皆様の頭上に神の愛と祝福が訪れますように。アーメンオーメンカンフーメン」


 適当にオレの好きなジョン・ウー映画のタイトルを唱えた。

 言うと同時にオートで祈りスキルが発動しやがった。オレの術レベル関係なく、勝手に何かしらの術が威力弱めで出る。

 何か光の粉みたいなのが礼拝堂中に降り注いで、皆にどよめきが走った。

 

『自動発動したのは聖医術レベル7[聖癒(エクスヒール)]……範囲回復術だな』

「いきなり回復して悪影響とかねえかな。ヒーリングファクターが付いたミュータントになってエックスメーンとか」

『無い』


 命なんて勝手に発動する方が悪い。屁みたいなもんか。

 しかしまあ、村民の方々からすれば出会い頭に惜しげもなく回復の術を振る舞ってくれた感じで……ええと、現代で言うならビール掛けとかシャンパンタワー奢ってくれたとかそんな感じ? とにかく感激しているみたいだ。

 カイムの解説だと、回復の術なんて大金払わないとやってくれない貴重な神の奇跡そうだからな。


 ええ、勿論ミサが終わった後で司祭サマから気軽に術を施すなと説教されましたよ。魔物戦なら別に良いんだそうだが。


「神から授かった力を濫用するというのは、神の権威そのものを低くしてしまう危険性があるのですよ。

 多くの信仰と回心を持たない癒やしは次第に単なる便利屋の技術へと変わってしまうのです。

 人が傷を癒やすには、うなだれて全てを投げ出し神の慈悲にすがる姿勢を失ってはいけないのです」


 とのことだ。古代シリアの将軍ナアマンが預言者エリシャに頼み病気を治して貰ったエピソードも込みで延々語られた。

 ナアマンはどんな困難でも乗り越えるので病気を治して欲しいと頼んだ。エリシャは自分の無力を知り神に縋って沐浴をしろと命じた。大事なのは、人の力ではなく神の慈悲で癒やされるということだと。

 JFKが去っていってからオレは噛み砕いた内容を確認した。

 

「つまりこういうことだな。やるならこっそりやって口止めし対価も貰っとけ。オーケイ理解」

『まあいいんじゃないかバレなければもう』


 カイムの言葉は妙に投げやりだった。

 


奇跡垂れ流すウーマンになってるレッタさん

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