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6話『ダッシュで村に行くレッタさん』




 体調良好。本日晴天。試練を突破するには絶好の日だ。

 ゆっくりと朝に目覚めて腹ごしらえをして軽く休んでストレッチをして道具を準備し……まあ昼前ってところだな。

 

「作戦はこうだ。まず入口付近で連中がうんざりするまで蛇を殴る。あちこちに散らばったら一目散で道をダッシュする。脇道や森なんかから出てくる前に逃げ切る。噛まれたら都度治療する」

『大雑把すぎる……』

「安心しな。ステータス確認したら敏捷はイビルスネークより勝ってたから、走って逃げ切れねえってことはないと思う。これでもオレは昔は、エイリアンの犯罪者が猛ダッシュで逃げたら追いかけて、体力を認められメンインブラックにスカウトされそうなぐらい足の早い男だったしな」


 まあ、蛇が15でオレが16なんだけど。

 

「しかしこの敏捷ってどういう判定なんだろうな? 100m走の速さで決まるのか?」

『一応、瞬間的に出せる速さだと認識するのがいいだろう。敏捷が100のやつが常に敏捷10のやつの10倍の速さで動いているわけではない。大抵の敏捷が早い魔物でも、馬で逃げて数十メートル距離を離したら追いつけないだろう』


 なら蛇が飛びかかれる速度をギリギリチョップで迎撃できるってぐらいってことかな。オレは。


『ちなみに攻撃力は瞬間的に発揮できる最大の力で、防御力は肌の硬さではなくどれだけ攻撃に怯まず耐えられるかの数値だ。幾ら防御力が高かろうが皮膚が岩や鉱物になっていない魔物ならば刃物でどうにか刺さる』

「ま、どっちにしろ高けりゃヤバイんだろ。か弱い少女以上に雑魚な魔物なんてのもそうはいないさ。ともかくまともにゃあの数を相手にできねえから、走って逃げることにするぜ」

『しかし、転んだら死ぬぞ』

「なあに駅の構内とか楽しい登山とか、案外普通に生きてても転んだら死ぬ場面なんてのは多いもんさ。その度に人は試練を意識するか?」

  

 気楽に告げてやる。

 これで死ぬんだったら、まあ運がなかったんだろうよ。オレもピエレッタも。


「どうせ体も魂も死後のおまけモードさ。危険を避けるならそもそも聖地になんて行こうともしない方がいいことになるだろ」

『まあ……それはそうだが』

「だからせめて──上手く行くように祈る(・・)だけさ」


 そう呟くと何やらオートでスキルが発動した。

 ステータスのスキル欄を見ると[祈り]が発動中を示すように点滅している。

 効果がよくわからねえんで放置してたんだが、なんかポワワと体に光が灯った。薄ぼんやりと肌が光ってる気がする。


「なんだこりゃ」

『[祈り]スキルはMPを消費せずに術に近しい効果を発揮する能力だ』

「そりゃ死ぬほど便利なんじゃね?」

『ただし、本来の術の効果に比べて十分の一程度の微弱であり、ついでに発動する効果は選べずに何となくその時に役立ちそうなものが発動する。更には一日一回限定だ』

「なるほど、ノーリスクにはそれなりの微妙さがあるわけね」

『ちなみに今は聖武術LV4[守護(ディフェンド)]の効果が出たようだ。効果は微量だが、暫くは体が多少頑健になる』

「そいつは幸先が良いぜ」


 無いよりマシってのは大事な言葉なんだぜ。

 大体、噛まれた傷と毒をすぐ治療できるからといって痛いもんは痛いしな。ちっとぐらい頑丈になってくれれば怯まないで済む。


「さて! これまで世話になったお外の蛇ちゃん達とお別れして、村に戻りますかね」

『健闘を祈る』

「シャー」

「くるっぽー」


 なんかディビッドくんと逃げた白鳩も応援するように鳴いてきたので、オレは力こぶを作ってやる気をアピールした。腕細くて全然出ないけどな力こぶ。




 *******





 動物達も何故かオレに付いてきたので、白蛇白鳩と喋る鏡に前世が日本人男性だと思いこんでるシスターのパーティを結成したみたいだ。

 まず走りやすいように修道着のスカートに切れ込みを入れておいた。おしとやかな足運びじゃ速度も出ねえし転びやすい。

 相も変わらず入り口で蛇さんらがうんざりするまでボーラを振り回して倒す。

 うぞうぞと何処かへ逃げていったのを確認して、オレは洞窟の外に出てみた。

 さすがに洞窟の中に比べれば空気は爽やかで草木の匂いが風と共に吹き渡る場所だった。道を確認すると人二人が並んで歩くのが精一杯ぐらいの細道だ。

 

「できればもうちょい大きい道だと左右の草むらの蛇を気にしないでよかったんだがな。まあ嘆いてても道が広くなるわけでなし、行くぜ!」


 オレは颯爽と山を下るべく駆け出した。

 ──山中の草むらが動いたかのようなざわめきが聞こえたが、振り向かない。


 道はゴツゴツとした岩と木の根っこが露出した地面で、足を取られないようにそれら固いものを踏みつけて飛び跳ねるように進む。後ろにはディビッドくんがにょろにょろと付いてきていて、頭上の数メートル上には白鳩がバサバサ飛んでいた。


 走り始めてすぐに気づいたことは、今履いているのがナイキのシューズじゃねえってことだな。

 削り出した木と硬い皮でサンダルみたいに上部を覆った靴は決して飛んだり跳ねたりするのに適しているわけじゃねえやな。

 せめて全部が獣の皮をなめした靴だったらもうちょい動きやすかったんだが。早々と少女の細いおみ足が痛がり始めているぜ。

 もし誰かが異世界だか過去だかに連れて行かれることになった場合は、断固としてナイキのシューズを持ち込むことをオススメする。ついでにナイキの株もたっぷり買いに走っとけ。アップルとグーグルも。


 続けてもう一つ。立ち止まるわけにも行かない理由は、走りながらでも道の左右からイビルスネークさんらが姿を現し続けてるのが見えてるからだ。

 

「どんだけ広範囲に分布してるんだよ! うおっと!」


 木の枝から降ってきたのか急に噛み付いてきた蛇を腕で防いで払い落とす。

 噛みつかれた傷にすぐさま解毒。祈りのおかげか、痛みはそれほどではない。解毒さえしとけば傷口も精々子猫に噛まれたようなもんだ。治癒分のMPが浮いた。

 ついでに息切れした体に回復を使って走る気力を上げながらそっと後ろを向く。

 そうすると蛇の濁流みたいな群れが二十メートルぐらい離れて付いてきているのが見えた。


「魔物多すぎじゃないの。ひょっとして蛇使いでも居る? レッドスネークカモン!」

 

 くっそ靴脱いで走りてえ。だがインディアンの言葉にもこうある。『白人というやつらは、靴がないと野山を走れない』。まったくその通りだ。こんな柔っちいお肌だと、モノの百メートルも走るうちに足裏が傷だらけになって血が吹き出るだろうよ。

 通話状態で手に持ったままのスマホに叫ぶ。


「カイムカイムカイムカイム! 神様に試練の発注数間違ってるって報告しとけ!」

『いいから逃げろ。最低限、村の教会に逃げ込めば魔物は入れない』

「でもそれってこれだけの群れを村に引き入れるってことじゃねーの!?」

『他人の心配をしている場合か』


 しゃあねえだろ! 誰が好き好んでゾンビパニックやシャークパニックムービーの、我が身可愛さに被害を拡大させまくる馬鹿な女役をやりたいと思うよ!?

 だがこのまま走り続けては希望がまったく見えねえ。村以外にはちょっとした小川と街道があるぐらいで、小川ぐらいじゃ止まらねえだろうし、街道に気前よく馬でも居れば拝借して逃げるんだがそんな高級品が放置されてるとも思えねえ。

 

「ええい、こうなりゃ蛇呼!」


 オレは背後に向けてクサリヘビをポンポン呼び出す。言うことを聞かないし魔物ですら無い野生動物は、襲い来る蛇の群れに飲まれてすぐに見えなくなる。当然ながら蛇の勢いは留まらない。


「どんどん来やがれ!」


 十匹以上蛇を生み出して背後にぶん投げる。

 同種の魔物という意志が統一され気味な流れに反してクサリヘビは野生動物であるので、オレと同じく「え!? なんなんこの蛇の群れ!?」みたいな反応で飲み込まれ。

 突然現れたクサリヘビに対してイビルスネークは絡みついて蛇玉を作る。そして後ろから続いているイビルスネークもそれに巻き込まれるので、少しだけ全体の動きが遅くなった感じはする。

 そして蛇を出していた本当の目的は、


「よし! 土壇場で召喚レベルアップ! [鳩召喚(サモンバード)]!」


 召喚術LV3の、忠実な鳩のしもべを呼び出す術を使用。そこらから襲ってきた蛇の首をナイフで切って、その切り口を筆代わりにハンカチへと血文字を書く。

 言語スキルのお陰でこのあたり人が読める文字が達筆に書けた。それも走りながらだ。前世ではクルマを運転しながらケータイで通話をして片手でメモを取るとかそういうこともやってたのが活かされる。


『蛇魔物 大量 襲撃 今すぐ 避難を』

 

 そう書いたハンカチを鳩に持たせて、


「こいつを教会の神父に届けてくれ! 全速力だ!」


 そう言って先行させた。鳩は大急ぎで村へと向かって飛び立っていく。

 

『村には教会以外にもマナーハウスと呼ばれる多目的集会所があり、災害時などはそこに避難できるようになっている』

「そこに逃げ込んでくれてりゃ助かるんだが!」


 所詮蛇は蛇だ。体の構造上、体当たりなんて真似はできねえ。隙間のない頑丈な建物に篭もればイナフなはず。

 一時しのぎだがそれしか方法は見当たらねえ。逃げ切れないかという希望もあるが、確かアフリカだかアラビアだかに居る毒蛇は得物を三日も追跡するというぜ。そりゃ無理だ。


「オレが何をしたってんだこの蛇公! こんなことならタライに自分の血でも貯めて集団にぶっかけてどんどんホワスネ化させてやりゃよかったぜ!」

『まるでデュラハンだな……』


 まああんだけ善落ちさせるにはオレの血液どれぐらい必要なんだって話なんだが。

 蛇の多さはイメージ的に25mプールの底にウジャウジャいる感じの量だ。さすがに深さまでみっしりとは言わないけどよ。

 マップ的にそろそろ村が近づいてくる。そうすると、村に送った鳩が戻ってきた。


「どうだった!? おっ手紙ちゃん」


 足にハンカチを結び付けられていた。オレの使ったやつの再利用だ。墨でそこにはこう書かれていた。


『ノープロブレム』


 問題ナシってか!? じゃあ、このままオレも村に避難させて貰おう! 


「できれば火炎放射器とか迎撃用の準備してくれてると助かるんだがな! もしくは超強い州軍だ! おお、我らの合衆国よ永遠なれ!」

『無い』

回復(リムーブ)してピエレッタ選手ラストスパートを掛ける!」


 回復のスキルを発動させる。人は何十秒も全力疾走できるような体はしていないのだけれど、こいつを使うと萎えた足や激しい動悸をすーっと爽やかに沈めてくれる。

 逆に体に悪そうな気がしないでもないぜ。

 マップを確認するともうそろそろ村にたどり着く。

 畑が見えてきた。遠くには高い建物があって、その屋根に十字架が付いている。教会だ。

 

「よっしゃ見えた────ってえええ!?」


 畑を抜けて村に近づくと、神父と村人の方々がオレをお出迎えするように村の外に勢揃いしてやがった。

 危ねえだろ! 避難してろや!


「蛇が来るって連絡したのにあの坊主……!?」

『いや、待て。あの神父は術の使い手だ。そのまま進め』

「クソっ! マジで大丈夫かよ!?」


 カイムの指示に従ってオレはイビルスネークを引き連れたまま神父の方向へ走り抜けた。

 すれ違いざまに、中年で痩せた神父の声が聞こえた。


「[聖壁(ウォール)]」


 スキルを発動させたらしい。背後で何か肉が潰れるような音がして、オレは息を切らせて立ち止まり振り返る。

 すると蛇の濁流を防ぐように、薄ぼんやりとした光の広い壁が展開されて蛇らを押しとどめたようだった。

 あれは名前からして、聖法術LV2のスキルだ。壁を作り出す防御の術。

 グロテクスな肉塊のようになった蛇の塊が壁に押し付けられている。


「[法撃(フォース)]」

 

 続けて発動するのは聖法術LV1の基礎的な遠距離攻撃術。神父の正面の空間から、光るゴムマリのような球体が蛇の塊に突っ込んでいって着弾すると爆弾のように弾け飛んだ。

 更に数発神父は法撃を打ち込むと、蛇は一塊の状態から散らばり、あちこちの壁の範囲外から村の方へ各々向かおうとしてきてるみたいだ。

 修道服の上に灰色がかった黒衣のマントをすっぽりと被った神父は腰の引けた村人たちに呼びかける。


「さあ皆さん。神の試練が訪れました。邪悪なる蛇を倒しましょう」


 村人の手には鉄製の鍬などが持たれていて、顔つきはなんというか悲壮な決意が見え隠れしてる。こう、ゾンビ映画の後半でゾンビに立ち向かうことを決めて武器を取ったばかりの一般人みたいな。

 じりじりとそれぞれ近づいてくる蛇を睨みながら、勇気を振り絞るように呟いている。


「殺されても天国行き……」

「やらないと今年の冬が……」

「ひと思いに殺して……不具のまま生きていくのは嫌だ……」


 めっちゃ魔物と戦うの怖がって震えてらっしゃる。

 相手はたかがちょっと積極的に襲い掛かってくる蛇だ。オレでも勝てる。だけど蛇にビビってたら噛まれて死んじまうかもしれない。それに数がメチャクチャ多いので注意も必要だ。

 まだ百匹以上は軽く居る毒蛇相手に、どうもこの援軍は頼り無さそうだった。

 すると神父が手を彼らに伸ばした。


「恐れることはありませんよ皆さん。神が試練を望んでおられるからです。[聖威(ウォークライ)]」


 こいつは聖法術LV3の術だ。効果は確か──

 思い出す前に村人共が雄叫びを上げ始めた! なんだこれ!?


「チェェェェェイ!!」

「よか試練じゃッッッ!! 逃げてはならんッッッ!! 隣のもんが死んでも悲しんではならんッッッ!!」

「各々、一人五匹以上魔物を仕留めねばならんッッ!! できぬ場合は地獄(いんへるの)じゃッッッ!!」

「チェストオオオオ!!」

遺物(ひえもん)、取り申したッッ!! 天国(ぱらいそ)行きじゃッッッ!!」


 凄い勢いで村人共は蛇の群れに突っ込んでいって叩き始めた。足元を蛇が噛み付こうがお構いなしに鍬を振り下ろして仕留め、毒牙を戦利品としてもぎ取っている。

 まるで薩摩隼人だぜ。一体全体、どうしたっていうんだ。


『[聖威]……戦意高揚の効果がある術だな。ここまで発狂レベルに高揚するのは珍しいが』

「んなことより防御がおろそかで、蛇に噛まれまくってるやつも出てるぜ! ちょいと助けてくる!」


 幾ら超強気で、大人の男程度の力があれば一撃で倒せる魔物だからといって手は2つに武器は1つだ。一匹を殺しているうちに他の蛇に噛まれる。

 ディビッドは巻き込まれないようにそそくさと神父の近くに逃げていた。神父も、聖獣は殺せば呪われるのを知っているからすぐ近くに居ても何もしない。というか、術を使ってから何もしないで見守っている。

 

「キエエエエ!!」

「おっさん! ケツが血だらけだぜ! 治癒と解毒発動!」

「おお、シスターどん! かたじけなか!」

「微妙に方言も出てないか……ってそれどころじゃねえな! 次だ次!」


 数十人は居る村人と蛇の群れが戦闘している中で、オレはちょろちょろと動き回って回復を掛けまくる。そうしないと何人かは大怪我するぜ。幾ら蛇の毒が死なない程度だからって、手足の一本でも使い物にならなくなったら厳しいだろ。

 それにしても村人を魔物の群れに突っ込ませるなんてあの神父……一体何を考えてやがる。

 オレはちらりと奴さんの方を見ると、なんか立ったままおモチを食べていた。食いしん坊か。




レッタさんの異世界などに行くのにオススメの特典:ナイキのシューズ

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