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3話『出発しようとするレッタさん』



 鳩に塩振って焼いて食ったオレはひとまず満腹になった。

 しかしこれで飲料水とお肉の問題は無くなった。便利な術だぜ、まったく。

 ついでに塩でも出せればサバイバルに便利なんだけど。スマホで検索を掛けてそういう技が無いか調べてみる。


《聖法術LV6 塩化(フォビドゥン):対象を塩の柱に変える。その際の可否判定は互いの法力や呪耐性によって決まる》

 

 あー、あれね。旧約聖書でロトの嫁さんが塩の柱に変えられたやつ。

 そんな物騒な術使わせるなよ。いや、覚えられないんだけどさスキルポイント的に。


『その術は確率が人間同士に使うにしては非常に低確率になる上に、多くの精神点(MP)を消費するからあまり使われないな』

「お料理には?」

『何度も云うが、神の奇跡を借りた術で便利な生活の知恵に使おうという者は殆ど居ない。レベル6まで覚えるのはそれなりの位にある聖職者だから尚更だ』


 成る程ね。高位聖職者なら塩が欲しけりゃ買う方が簡単か。

 100m10秒で走れるようになったスポーツマンがわざわざ通勤にそのダッシュを使うかっていうとそりゃあ普通にチャリや電車を使うわな。或いは「鍛えれば100m10秒で走れるようになって凄く便利なのになんで皆やってないんだ?」とは誰も思わない。そんな感じ。


「さてと、夜も更けてまいりましたから明日に備えて寝たいところなんだが……めっちゃ痒い」

『シラミだろうな』

「参っちまうぜ。毎日洗礼シャワーでも浴びようか。とりあえず服がシラミの温床になってる気がする。洗おう」


 オレは着衣に手を掛けて一度深呼吸をした。


「もうこれは自分の体だから決して疚しい気持ちは無いんだぜ」


 そう宣言して修道着を脱いだ。服の下はキャミソールだかワンピースだかそんな感じの被る肌着と短パンみたいな下着を履いていて、オパイは丸出しだった。自分の体にオパイがあると、ニューハーフの手術をしちまったみたいで何ともやっちまった感がある。

 盥があったのでその中に服と下着と頭巾を放り込み、食事でスープを湧かした小さい鍋に水を入れて焚き火で湯にして服の上から掛けることを繰り返し、お湯に服を浸け込む。


「シラミは熱湯に弱いってな」

『熱湯に強い生き物の方が稀だとは思うが』

「日本の熱湯コマーシャルってあれ実際のところマジ熱いの? 演技なの? 天使の知識でわからない?」

『それは機密ランクが高いから教えることができない』


 とりあえず薄くてすぐにシラミも死んだと思われる下着から取り出して絞って履くことにした。丸出しはいけねえからな。


「へくちっ」

『少しは乾かして履け』

「カイム的にサービスシーン?」

『現在は声だけにして見ていない』


 浸け込んでいる間に洗礼水で頭をまるで再洗礼派のようにじゃぶじゃぶと洗って、部屋にあった櫛で頭を漉く。櫛の目が細かいのはシラミ用だからだろう。


「櫛なんてろくすっぽ使ったことねえんだけどよ」

『何事も慣れと継続だ。シラミも毎日駆除されれば住み着かなくなるだろう』

「さすがに女の体だとボーズ頭にするのは気が引けるしな。熱いシャワーも浴びたいけど焚き火が面倒だな……ん? そう言えば召喚術って火を出すスキルがあったよな」

『LV5で火を召喚できる燭火召喚(サモントーチ)が使える』

「鳥と火を使えるってことは、チキン屋を開けそうだぜ」

『……お前はこう、教会の庭に居る鳩を捕まえて、祭壇のキャンドルサービスで焼いて食わせようとしてくるやつをどう思う?』

「悪魔の使いだな」


 オレは肩を竦めた。

 やはりこの洗礼の水飲んで呼び出した鳩を食っちまうのは、こっそりやるべきだな。

 中世ってことは妙な真似をしたら魔女狩りにでも合いそうだ。いや、ガッツを入れれば十字架に掛けられても洗礼ウォーターで消火できねえかな。試したくはないけど。


 盥のお湯に漬け込んだ修道着が若干色落ちして黒っぽい湯になっている。

 そいつを引っ張り上げて絞る。余計に色が薄れた気がする。心なしか灰色だ。まあ別にいいか。


「ハンガーハンガー……無いよね。ロープで吊るして干すか。煙で燻せば虫除けにならねえかな」

『気休めにはなるだろう』

「焚き火の近くに干しとこう。薪追加しねえと」


 薪っていうか落ちてた枝みたいなのだけどな。

 ぱちぱちと火が音を立てるのに、半裸のオレは当たりながら乾くのを待つ。


「着替えもねえとはこの姉ちゃん、着たきりスズメだったみたいだな。旅に出るなら着替えぐらい無いと大変だぜ」


 村で調達できるかな。出処不明の鳩肉とか売って金稼げたらいいんだけど。

 待ってる間暇だし今のうちに保存食でも作っとくかな。

 鳩をポンと出して解体し、洗礼水で洗って焚き火で燻す。

 続けてもう一匹──と、鳩を出した途端にオレは異様な眠気に襲われてきた。


「あらら」

『精神点切れだ。ステータスを確認してみろ』


 スマホの画面で自分のステータスを見ると、80あったMP……精神点だな、それが0になっていた。

 延々と水を出したり鳩を出したりしてたからか。


「ねっむー。うう、動けオレのボディ」


 干していた服を回収する。どうもMP切れすると酷く精神疲労が襲い掛かってくるようだ。

 すぐさま失神するほどじゃないけど、メチャクチャダルい。突然来るぜこれは。

 生乾きだが温かい服をモソモソと着込んで、オレはノミとシラミの温床になってそうな寝床を諦め石の壁に背を預けて眠ることにした。

 

「それでは就寝の時間になりました。お休みのメロディはビートルズで[Good Night]……ぐぅーっなぁーすぃーたぁーい♪……」

『……初日から大変だった』


 カイムの微妙な愚痴が聞こえた気がしたが、オレの瞼は閉ざされて頭は靄がかかったようになり、やがてぐっすり眠り始めた。

 




 *****





「起きろ起きろ! マス掻き止め! パンツ上げ!」

『……』

「ごめん。寝てた?」

『朝から開口一番にそんなセリフで天使を呼びつけるやつ初めて見た……』


 自然と翌朝に目が覚めたオレは、サービスでカイムにモーニングコールしてやった。

 あまり感謝はされなかったようだが、とにかく会話しながら朝飯の準備だ。


「今日の朝はチキンと豆のスープになります。またかよ! って感じだな」

『天の声担当しろって言われたときは、お前が困ったときだけ声を届けるだけの簡単な仕事と説明されたのに、通話使いっぱなしではないか……』

「大丈夫だって。ジャック・バウアーだってこんぐらい電話してたし」


 肩にスマホを挟んだまま鍋に鶏肉とエンドウ豆と洗礼ウォーターを入れて火に掛ける。

 ついでに石ころみたいなパンも入れて煮込んじまう。もうパンじゃなくて麦をくれよな。オートミールみたいにして食うから。

 多少チキンの出汁が聞いた塩味のスープを鍋のまま食う。


「うーん。この時代の人ってこんなもんしか食えなかったのか?」

『農村だから多少は貧しい。都市部の富裕層ならば手に入る食材の種類も増える。例えば肉ならば、豚・牛・鶏・鹿・ガチョウなどだな』

「鳩は?」

『……割りと高級食材ではある。中東では古くから養殖されていたが、ヨーロッパでは天然物を食材に使う。一匹あたりから取れる肉量が少ないために、値段も上がる』

「良いこと聞いちゃった」

『食材を出す術ではないのだが……』

「じゃあ野生の鳩なんてポンと出して何が目的なんだよこの術」

『……さあ?』

「知らねえのかよ!」

『調教して伝書鳩にするとか……』

「そういうの使うならレベル上げたところに、しっかり言うことを聞く鳩召喚があるだろ」

『……わかったわかった。それは食材を出す術だ。もうそれでいい。ただし人前で使うと顰蹙モノだから止めておけというだけだ』

「投げやがった……」

『私は聖術が得意な方でないから詳しくは知らん』

 

 まあ確かに、召喚術スキルを持つ尼さんが鳩肉直売してたら怪しいことこの上無いな。猟師だとかに売りつけるべきか。

 とにかく、腹ごしらえをしたら村へ行く準備だ。

 

『小さい地図を見るときは[地図(マップ)]と唱えろ』

「グーグル・マップ!」

『……』


 言うと、かなり簡略化された地図が浮かんだ。道と山と川、それに村だけが書かれている。現在地の洞窟が赤く光り、蛇行した細道を進めば街道沿いにある村に出られるようだ。


「便利だなこれ。誰でも使えるのか?」

『そもそも通鏡を持っているのが、聖職者か貴族か、聖職者から購入した富裕層ぐらいだがな。その自分の周囲を示す地図は持っていれば誰でも使える。世界地図は鑑定レベル10で使えるようになるが、既にレベル10に到達した者が壁画として複製したので、世界の形自体は見たことがある者が多い』

「ふーん。まあ、他人に伝えられるならそうするか」

『同様に、一時的に鏡を持たない村人に鏡を持たせて、司祭がそのステータスなどを記録する役目もある。戸籍のようなものだ。そして法力の才能がある者は教会が引き取ったりもする。ピエレッタもそのパターンだろう』

「そんで修行で山篭りさせてたらうっかりモチ食って死亡か。あれ? 常食してたにしてはモチは無かったなここの食料」

『特別な日のメニューだったのだろう』


 ま、とにかくこの洞窟を出て村までは細い道が通ってるみたいだ。インドの山奥とかギアナの高地で修行してないみたいで良かったぜほんと。

 こんな修道着で本格下山する羽目にならなくてよかったとは思うが、常識的に考えればこの洞窟にある祭壇だの食料だのは村から運ぶのだから、道ぐらい作るか。

 

「出かけるには持ち物……ナイフと水筒とパンぐらいだな。っていうか水筒ってこれヒョウタンなんだけど」


 ナイフは鳥の解体にも使った何やら宗教的模様が描かれた鉄ナイフだ。

 確認するように十字マークの入ったヒョウタンを持ち上げて揺らした。中でチャプチャプ水の音がする。


『この時代のヨーロッパでは珍しくない。ヒョウタンはアフリカ原産で世界中に広まった植物だ』

「へー。水を抜いて、この中に洗礼!っと」

 

 ヒョウタンの口へと洗礼水を注ぎ込む。なお、朝起きた際にステータスを確認したらMPは完全回復していた。小まめに確認すると、洗礼一発でMP消費5ってところだな。思い返せば昨日はほんの夜の数時間で使い切っちまったから、少しは日中節約しないとな。

 しっかりヒョウタンに水がいっぱいになった事を確認し、オレは一口水を飲んで霧のように吐き出した。


「こりゃ水だぁー!」

『……?』

「酔拳! ブッボッバババッ」

『……?』

「オタク、ちょっとは映画を見た方がいいぜ」

『そんなこと言われても』


 疑問符を浮かべたニャンコちゃんの姿が浮かんでくるようだぜ。

 

「この世界、ハリウッドは無いけど香港だけで映画産業いけるんだろうか。遥か未来のことながら心配だぜ」

『一応、新大陸発見ぐらいの時代になれば信者数の増加で創造神の力が増してアメリカ大陸を世界に追加できる予定だ。元々完全に地球を再現できるほどここの創造神は全能ではなかったからな』

「ネイティブの原住民らはどうなってんだそれ」

『それも含めてあとで作るようだが』

「oh……」


 ともあれヒョウタンには肩に掛けるヒモも付いていたので装着。

 何となく修道服にヒョウタン水筒を掛けてルンルン♪って感じだ。手にはナイフだけどな。

 華奢な乙女が治安の悪い外を出かけるにはナイフ持ってても心配だけどよ。オレの前世で知ってる司祭なんかグロッグ拳銃を持ってたぞ。 


「まあいいか。とにかく、外の世界へGOだ!」

『魔物や野盗に気をつけろよ』

「マモノ? おいおい、ひょっとしてこの世界、そこら中にクリーチャーモンスターが居るってのか? ショットガン無いの?」

『まあ……人里近くは狩られてるから少ないが、居ないことはない。そしてショットガンは無い』

「ナチスは?」

『ナチスは居ない』


 なら気をつけるべきは鮫とゾンビだな。こいつらは何処の世界にでも居そうだ。

 とりあえず確認で持ってる物を鑑定してみる。


《守り刀:聖人を象った聖職者の守り刀。対悪霊》


《修道服:下級聖職者の身につける衣装。頭巾かベールも共に装着する》


《ベール:頭を隠す道具。女修道士はこれを身につける》


《ヒョウタン水筒:熟して中身を取り出したヒョウタンを乾燥させ、薬剤で表面を保護したもの》


《木靴:木製の靴。皮で止めてあり、山歩き用に底が厚い》


 あっやべ。頭につけるベールをオパイに巻いたままだよオレ。

 何か代わりのやつあるかな……ノーブラはそれはそれで気になるんだよな。

 

「仕方ねえ。祭壇に使ってる布をパクっていくか」

『もう何も言うまい』

「ちょっと着替えるから天使サマ見ないでよ」

『通信を切るぞ』


 ぶつりとスマホが沈黙した。とりあえず頭からすっぽり修道服を脱ぐ。ポンチョみたいだ。ベールを外し、代わりの布を胸に巻く。さすが祭壇の布だけあって質がいい感じだぜ。

 簡略な作りのベールを適当に巻いて、手鏡で確認するとまあなんとか見た目は普通のシスターって感じだな。


「もしもし! 着替え終わったぜ!」

『特に用もないのに呼び出される天の声とはいったい……』

「気にすんなって。いやほら、今は話し相手も居ないから四六時中通話状態だけど、人が居る時はあんまり話せないだろ。スマホで会話してたら失礼だしな」

『切に願う』


 まあでも事情知っててなんでも解説してくれる相手って大事よね。ちょくちょく電話で確認したい。そもそもこの世界のことよく知らねえんだからな。

 そして準備を終えたオレは片手にスマホ、片手にナイフを持って洞窟の入り口へと向かった。

 昨日ここに出現したときから入り口が見える程度の場所にあったが出るのは初めてだぜ。お天道様が恋しい。


「洞窟を出たらそこは────」


 そんなことを呟きながら外に一歩踏み出そうとして。

 周りを見回してオレは頷いた。


「蛇だらけだった」

『……なんでだ』


 なんか入り口がヤバイぐらいの量の蛇に囲まれてた。こいつはコトだぜ。

 





田村レッタさんが好きな映画ジャンル

・木曜洋画劇場や金曜ロードショーの常連

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