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19話『さよならレッタさん』




 村を突如襲撃してきた巨大な蛇公はまず、普通の魔物なら近づけもできないはずの礼拝堂をぶっ壊した。

 幸い、オレらが寝泊まりする司祭館は礼拝堂の隣の建物だったので寝ているところを建物ごと潰されるという危機は免れたのだが、何事かと全員外に飛び出して見たのが大木がうねるような太さの大蛇だった。

 もう見た目だけでヤバイと感じたね。鑑定したらそれこそ桁違いのステータスをしている。


「おいおいおい……あれってかなりマズくねえか?」

『早く逃げろ。あれは都市すら破壊するレベルの魔物だ。司教クラスの術者が居なくては話にならん。お前も絶対に勝てん。逃げろ』

「で、でもこれって神サマがオレに嫌がらせの如く送ってきた試練じゃねえの? じゃあ攻略の方法とか」

『今のプタヒルは試練を送れるほど世界に干渉ができない。それにこんなバカげたレベルの相手を送ってくるものか! いいから逃げろ! 領主か楽師から馬を奪って街道を走り、近くの大都市に避難するんだ!』


 カイムの緊迫した声にこっちも焦りを感じる。天使からしても想定外の事態らしい。つーか都市に逃げても都市を破壊するぐらいの魔物なんだろ!?

 

「ピエレッタ」

「なんでしょうか司祭サマ」

「ひとまず私とあなたであの魔物の囮と牽制をし、他の教会の者で村人らに避難を呼びかけましょう。勝てるとも分からないですが……」


 JFKは冷や汗をびっしりと顔に浮かべつつ、悲壮な決意をしている。

 

『馬鹿な。勝てるはずがない。自殺に付き合うようなものだ。逃げろピエレッタ』

「司祭サマ。一応確認するけどよ。あの怪獣のステータスはオレらの百倍ぐらいあって、天使サマも逃げることを推奨してるんだが……」

「でしょうね。こんな試練、聖ゲオルギウスでも連れてこなくては無理そうです……」


 しゅるしゅると洞窟の中を暴風が通るような鳴き声を上げていた大蛇は、鎌首をもたげて破壊した教会から、逃げずに自分を見上げている人間二人──オレとJFKを睨んだ。


「しかしこの暴れようでは、誰かが囮にならなければ村中が破壊されるでしょうから」

「[聖壁(ウォール)]!!」


 尻尾の一撃が鞭みたくオレらに叩きつけられる。オレは咄嗟に光の壁を張った。壁と尾が触れて一瞬の拮抗。そして自慢の盾は粉々に砕け散った。

 その前にギリギリ二人共回避に移っていたので尻尾の直撃は喰らわないが、地面にぶつかった巨大な質量が轟音を立てて衝撃波と砂煙を巻き上げる。あまりの勢いの強さに意識が飛びそうになる。


「司祭サマ! 相手の防御と魔力高すぎで、攻撃は多分全然通じねえから壁で嫌がらせ重点にしよう!」

「わかりました」


 左右に分かれて蛇の前後から挟むように走りつつオレはそう指示を出した。ついでにあの蛇、自動回復もスキルで持ってるから豆鉄砲はマジ意味がないわ。マグナムじゃ足りねえ。ロケラン持って来い。

 他に戦力になりそうなの居ないし! 助祭たちは聖術しか習得していない。侍祭のルシ公はとっとと逃げたみたいで姿が見えねえ。


『何をしている。早く逃げろと言っている!』

「他が全員逃げて後はオレだけってなったらオサラバさせて貰うよ!」


 オレは大蛇が動こうとした瞬間に進行方向に聖壁を展開させてやった。

 幾らこいつからすれば脆い壁でも、動きを邪魔されて苛立ったようにうごめく。尾っぽで勢いを付けてぶん殴ればすぐに破れるけど、最初から肌に密着してる壁は破りにくいだろ。

 司祭もそれに合わせて壁を展開。蛇を挟み込むように置いた。


『馬などを確保せねば逃走手段が失われていくぞ!』

「そんときゃヒッチハイクでもして逃げるさ。そんなことよりカイム! あの蛇野郎の弱点とか教えろよ!」


 時間を稼ぐにしろ、こんなトレマーズに出てくる地底怪獣みてえな化物相手に何の策もなく戦うとか無理だ。

 ウェスタンソングを聞かせると頭が爆発するとかそんな致命的なやつだとなおいい。

 少しばかり逡巡した様子でカイムは告げてくる。


『炎に弱い。聖なる炎だとより効果的だ。本来は法術レベル9の[聖炎(エデンズフレア)]を使える術者が居なければどうにもならん』

「他には?」

『蛇の肉体的特性として、視力が弱く熱を感知してくる。嗅覚は鋭いはずだ』

「サンキュー物知りカイム」


 よし。こういうときはさっさと方針を決めることが大事だ。燃やしちまおう。


「鳩さん出てきな!」


 数羽の鳩を召喚して命令を聞かせる。


「ひたすら蛇の顔の前で邪魔をしといてくれ! ナムアミダブツ!」


 割りと絶望的なミッションに三羽の鳩が向かう。その間にオレは暴れて振り回している尻尾を掻い潜って司祭館に戻った。

 オレの部屋に駆け込んで瓶を取る。そこには塗油で出した油を溜めておいたやつが入っている。

 こいつだけじゃ燃やすのに難がある。植物油って案外燃えにくいからな。本当はガソリンとかC4爆弾とかトム・クルーズとか欲しいところなんだけどよ。

 なので台所にも入って小麦粉の粉をゲット。一番燃えやすいのがこいつだ。


「木造家屋だったら建物に突っ込ませて家ごと燃やしてやるところなんだが、生憎とヨーロッパの農村にある建物は壁が土だからな……」 


 屋根は茅葺きが多いんだがな。壁は土に漆喰やら藁やらを混ぜた代物だ。

 これっぽっちの油じゃ大した効果は期待できねえ。ついでに油瓶の中に塩を叩き込んだ。塩は油に溶けねえけど、中に残るせいで油をぶっかけた際の粘着性がアップする。別に砂でもいいんだけどな。

 裏口から司祭館を飛び出す。同時に、なんかこう嫌な音が鳴って司祭館の屋根が爆ぜ散った。 

 臭い。息が詰まる悪臭に涙が溢れる。屋根から変な液体が滴り落ち、蒸気みたいなのが立ち上っている。


『毒だ! 急いで離れて解毒しろ!』

「おえっ」


 吐きそうになりながらも急いで離れる。そんで自分に解毒。

 涙を拭って蛇を睨むと、口から毒液を滴らせて司祭館の方を見ていた。ひょっとして離れた場所から毒液飛ばせるのかよ。

 恐らく顔の近くに居た鳩は立ち上る毒気だけで鉱山のカナリアみたく死んだだろう。来世ではブッダになれよ。

 そしてワオ。こっちへ顔を向けたぜ。

 オレは一目散に近くの林へ走り始めた。同時に、さっきまで居たところに高圧洗浄機で射出した水みたいな勢いで毒液が襲いかかる。風圧で若干拡散してるのもヤバイ。

 

「ピエレッタ!」


 JFKの叫びが聞こえる。やっぱりあの蛇オレを狙ってるって! 追いかけてくるもん!

 再び飛んできた毒液を聖壁で防ぐ。四方に拡散して嫌な毒気が漂ってきた。

 

「くっ……! 神よ……!」


 何度か向こうが光る。どうやらJFKが法撃を仕掛けているらしい。ダメージは殆ど無いが気を引こうと。


「危ねえって司祭サマ! 隠れて壁だけ出してな!」

「しかし……うっ」


 蛇がオレに向かって移動を始めた。大きく体を蛇行させて地面を這いずる巨大な怪物。ついでとばかりに、尻尾で司祭を吹き飛ばしやがった。

 死んでなけりゃいいが、とにかくオレに向かってくるから回復にもいけねえ。

 木々が立ち並ぶ林に入る。遮蔽物が多ければそれだけ毒液も届きにくいし、上手いこと樹木に体が絡まってくれねえかなとも思う。平地よりは体の可動範囲は減るだろう。

 ナラ林を転ばないようにダッシュで駆ける。こんなに走ったのは蛇の群れに襲われたとき以来だ。

 背後から木々をへし折る音が聞こえる。人の胴体程度の太さの木なら、頭を振り回すだけでへし折れるみたいだな。当然人間の胴体だって同じように破壊できるだろ。パワーショベルか何かかよ!

 そこまでここの林は広くねえから逃げ続けるわけにもいかない。オレは振り向いて、迫ってくる大蛇の前に聖壁を五枚重ねて張った。

 一枚でも大熊の突撃を余裕で防げるやつが五枚だコンチクショウ。

 障子紙みたいに砕かれた。


「ファッキン! だが勢いは削げたぜ、蛇野郎!」


 続けて燭火召喚。出力最大でオレが手に取った枯れ枝が、聖火ランナーのガス松明めいた炎を吹き出す。

 

「山火事注意!」

 

 小麦粉の袋を撒き散らして周囲を燃えやすくし、オレは松明を放り投げた。ついでに燭火召喚を続けてそこらの枝数本も松明に変えて森に着火する。

 落葉樹である森は冬にもなって落ち葉が積もり、幾らか枯れ木も目立つ。農村の森ってのは勝手に木を切ったら斬首、皮を剥いだら腸を引き出されるというエゲツない罪になるもんだが、天災みたいなものだから仕方ねえ!

 一気に炎は燃え上がり、蛇も動揺したように周囲を見回す。熱感知機関が役に立たなくなっただろう。

 ついでに炎で気流が乱れ、ナラを燃やした独特の匂いがオレの体臭を隠す。隠せるといいなあ。


「法撃……!」


 蛇の背後から何発も光弾が飛んできて、蛇の周囲にある樹木の根本に直撃した。


「ジョン・エフ・ケネディ……!」


 泥だらけの司祭服で、多分片腕が折れてる感じに庇いながら追いかけてきたJFKが攻撃を仕掛けたらしい。

 法撃を打ち込まれた木が、蛇の方へと向かって倒れる。複数の大質量を落とされて蛇が一旦体を地面に押し付けられた。

 頭が下がった。今だ。


「おりゃあ!」


 油の一升ぐらい入った瓶をぶん投げて顔にべったりと付着させる。爆薬なら腹に飲み込ませて爆発させてもいいんだが、油だと酸素が無いと燃えねえからな。

 続けて松明もぶん投げてやる。顔が発火して、木々に押しつぶされた蛇は大声で叫んだ。


「聖なる油を聖なる燭火で灯してるんだから、多分聖なる火だろ! 司祭サマ! こっちだ!」


 オレが離れつつ呼びかけると、腕を抑えたJFKがこちらに来る。

 治癒を掛けてやり、ついでに洗礼でオレとJFKの頭から水を被る。火事の只中だからな。


「ピエレッタ。聖術をこんな……」

「いいから! 山火事に巻かれる前に逃げようぜ!」

 

 オレはJFKの手を引いて林から脱出しようと走り出す。すぐに畑に出れるはずだ。

 そうやって逃げようとしたら、顔面を燃やして大暴れしている大蛇が体を押さえつけてる木々をなぎ倒して、オレらへと尻尾を大きく振るった。やっべ壁出してる暇がねえ!

 その瞬間──突如地面から現れたのは、同じぐらい巨大な蛇だ。ただしその色は真っ白で、僅かに発光すらしている。そいつの体が大蛇の一撃を受け止めた。


『あれは……聖獣か!?』

「ひょっとしてディビッドくん!?」


 デカくなりすぎだろ!? この前までアオダイショウみたいだったのが、映画の『ラストアナコンダ』みたいなデカさになってやがる。

 

『原因不明でレベルが上がり続けているようだったが……』


 まったくだ。ルシ公について回っては噛み付いていたぐらいで、何かと戦っていたというわけでもなかったはずなのに。

 ディビッドくん(推定)はそのまま火事の最中である大暴れしている蛇に向かって突進していく。

 オレは援護することもできずに、ダッシュで林から抜けざるを得なかった。


「すまんディビッドくん! もしこんがり焼けてたら供養のために食うから!」

『蛇食わないってさっき言ってたばかりだろう』


 這々の体で林から畑に逃げ出す。

 後ろを振り向いて煙がもうもうと上がる林を見ながらオレは額の汗を拭う。


「やったか!?」

『やってない。今のうちに逃げろ』

「だよな。──あっミッキマー!」


 オレは視線の先に二頭曳きの馬車と、旅楽師のミッキマーが迎えに来ているのを見つけた。


「急いで! 早く逃げるよォ!」

「サンキュー! まさか助けに来てくれるなんてサイコーだぜ!」

「もォちろんだよ! ハハッ!」


 オレと司祭サマが馬車の荷台に飛び乗ると同時に、全身焦げ付いた大蛇が林から飛び出てきやがった。

 顔だけはオレの油攻撃が聞いているのか焼けただれて、余計に凶悪な顔面になってやがる。ディビットくんの姿はない。やられちまったか……!


「やれ逃げろ!!」

「ハハッ! 行くよ皆! 踏破(ジャングル)走行クルーズ!」


 ミッキマーが竪琴を鳴らして合図をすると、馬たちが手綱も取っていないのに走り始めた。

 しっかり調教されているらしい馬は柔らかい畑や盛り上がったあぜ道も無理やり走り抜いて突破し、真っ直ぐに逃げ出す。荒れた道を走らせる際は馬の好きにやらせるのが一番なんだが、二頭ともしっかり荷馬車を引きつつ走ってくれるからありがたい。

 それを大蛇が追いかけ始めた。


「どっちに向かってるんだ!?」

「領主館の方だよォ! 村で一番頑丈な建物だから、壊されるまで時間が掛かるはず! その隙に脱出するよォ」

「うわああこいつ巻き込んで逃げる気だ!」

「もォちろんだよォ! ハハッ! 魔物からヒトを守るのも領主の仕事さ!」


 言いながら自動運転している馬車の上に立って、ミッキマーは弓を構えた。


「[速射(ラピッド)]! [破擲(インパクト)]! [貫通(スティング)]!」

 

 スキルが付与された矢が、追いかけてくる蛇に命中する。ミッキマーはこれでも弓術レベルが7もある。カイムに聞いたら、かなり腕の良い弓兵でそれぐらいらしい。

 だが蛇の鱗で覆われた皮膚に突き刺さったのは、[貫通]の効果がある矢のみ。

 ついでに鑑定したら、大蛇は火事のダメージでHPが1000ぐらい減っていたが弓のダメージは全然効いていなかった。ついでに自動回復でモリモリ傷が治っていきやがる。

 

「ハハッ! 無理だね!」

「[聖擲(ホーリーグレネード)]!」


 続けて司祭サマの放った光弾が蛇の顔面に当って爆発を巻き起こした。小さい家ぐらいだったら吹き飛ばせるんじゃねえかって威力だ。だが、わずかに怯んだだけで蛇は依然とこちらを追ってくる。


「く……この前から村人を呪ったりしてたらレベルが上がったからいけるかと思いましたが……」

「上がるなら9まで上がってくれ! そっちが効果高いから」

「そう言われましても……」


 すると蛇が再び叫びを上げる。同時に馬車が大きく揺れて横転した。

 オレらは叫び声を上げて荷台から放り出される。なんとか転がって受け身を取り、前方を確認すると馬が胴体に何匹も小さい──っていうか普通サイズの蛇に噛まれて、足を折って倒れていた。


『他の魔物を呼び寄せて進路上に展開させていたようだ……!』

「なんてこったい──うおおお!?」


 勢い良く突っ込んできた大蛇が、馬車にぶち当たり幌付きの荷台を完全に破壊する。


「ボクの馬車ウィリー号が!」

「危ねえってその名前! ってヤバイ絶体絶命……!」

『馬から蛇を引き離して治癒し、それに乗って逃げろ。急げ』

「それしたらミッキマーも司祭サマも死ぬだろ! クソッ破れかぶれで[祈り]を発動させて[聖炎]が出るのに任せるか!?」

『ダメだ。お前の法力値と相手の生命力から考えて、十分の一の威力では倒しきれない』

「もしもーし! 蛇野郎! ちょいとオレとお話しねえか!? アダムとイブに話しかけたぐらいだからお喋りできるんだろ!? アタシたち話し合う必要があると思うの!」


 ダメ元でトークを仕掛けてみるが、無理っぽい! 目が完全に理性飛んでるもん! アンドラスの呪いとやらで!


「馬を回復させてる暇も無さそうだぜ……うっぷ。げほっげほっ」


 ヤバイ。なんか吐き気と頭痛がしてメチャクチャ気分が悪い。口元を抑えると、鼻血だか吐血だかが僅かに手に付着してた。


「げ、解毒……!」


 一時的に回復するが、いつの間にか270度周囲を蛇の体が取り囲んでいる。そしてその体から蒸気のように、毒の煙が吹き出していた。

 

「う……」

「ハハッ……逃げてれば良かったかなァ?」


 他の二人もひたすら気分悪そうに膝を地面に付ける。マッズイ。蛇に睨まれた蛙状態だったのに、周辺に毒まで撒きやがって。

 

『ピエレッタ! このままでは死ぬぞ!』

「わかってるよ。どうすっかな……」


 村人を助ける為に囮になり、オレを助けに追いかけてきてくれたジェフカ。

 よそ者だからとっとと逃げてりゃ良かったのに、わざわざ馬車で迎えに来てくれたミッキマー。

 こいつら犠牲にして逃げたら駄目だろ。

 解毒の効果が切れてオレにも再び毒煙が襲いかかる。咳をする度に血が手に付着した。


「シスタ────!!」


 遠くから叫びが聞こえ、蛇に矢が当たった。顔を上げて見ると、領主が僅かな手勢を連れて、ついでに猟師や村人が各々武装してこちらへ向かっている。

 年若い領主の息子、フォードが必死な顔で弓を構えてるのが見えた。


「ダメだ。幾ら居ても、この蛇に勝てるわけがねえ。犠牲が増えるだけだ……まずったな。オレを狙ってるんだったら、一人で逃げるべきだったかも」

『いや……アンドラスの呪いがあったから、最低でも村を破壊しつくすまで呪いは消えない』

「そうかよ。クソ……万事休すか」

 

 スマホの奥で歯ぎしりが聞こえた……気がした。


『馬鹿な。こんなところで死ぬな……! 諦めるな……!』

「そうは言うがな……難しいだろ」

『ピエレッタから命を継いだのだろう! 不本意でもなんでも、生きるために動け!』


 オレだってなんとか出来るもんならそうするさ。フォースの力に目覚めるとか。古臭いカントリーミュージックを聞かせたら蛇公の頭が破裂するとか。合衆国が核を使ってくれるとか。

 だけどな、オレにだって限界があるのさ。誰にだってあるだろう。もう毒のせいで目は霞むわ足はふらつくわで、相当ヤバイんだ。

 死んじまうのも初めてじゃない。まあ精々、以前とは違って神様に祈って死にはしないな。結局ここの神様のことは信用できなかったからな。さよならグッバイさ。願わくば来世でブッダになれますように。 


『俺は……ピエレッタからお前を頼むと言われたんだ。約束を守らせてくれ』


 まるでカイムの方が祈るみてえな声だった。


『俺を信じろ。俺はお前を助けたい。神も悪魔も関係ない。俺を信じてくれているなら、俺の名を呼べ……!』


 何を指示しているか、よくわからなかったけど。

 オレは両手を組んで、神頼みならぬ天使頼みに祈った。神様はクソだが、カイムは良いやつだったからな。



「助けてカイム」



 光がオレの体を包んだ。




 ********




「任せろ……!」



 声がすぐ近くから聞こえた。光の粒子が集まり、一瞬輝いたかと思うとオレの目の前に一人の男が立っていた。

 背中に真っ黒い鳥の翼が片方だけ生えていて、オレに向けた金色の目は猫のように瞳孔が細い。

 金属鎧を動きやすそうに身に着けていて、手には細いが硬そうな長剣を持っている。羽飾りをつけている髪の毛は黒色で、そこから飛び出た耳が木の葉みたいな長い形をしている。

 男は蛇に向き直り、剣を向けて告げた。


「我が名はカイム。年を経た蛇よ。貴様の行動を試練ではなく暴走と認定し、執行者権限で滅する」


 カイムか!? こいつ!

 羽根の生えた耳の長いニャンコじゃなかったのか! メタルバンドでもやってそうなあんちゃんじゃないか!

 オレの個人的などうでもいい驚愕を尻目に、事態は進行する。


「まずはピエレッタから離れろ。『大地よ、隆起せよ』」


 カイムが厳かにそう唱えると、まるで地面がその命令を聞いたかのように蛇の真下にある部分だけ盛り上がって遠くへ押し出した。

 確か聞いた話だと、カイムは土や川とも会話ができるって……それで自然物に言うことを聞かせてるのか?


「お前はそこで回復していろ」


 多分オレにそう言ったカイムは大蛇を追いかけるように飛び立ち、誰も居ない畑の真ん中で戦い始めた。

 その戦いはまるで、誘導ミサイルが延々と大蛇に突き刺さっているみたいだった。高速で飛行するカイムが接近しては切りつけ、血しぶきが飛び散って切り抜けていく。そこから旋回してまた剣でぶっ刺していく。

 蛇の方もやられっぱなしではなく、頭を狙われないように毒液を霧状にして吹き出し、カイムの進行方向を狙っているみたいだ。だがカイムは剣から炎やら衝撃波やら飛ばして霧を吹き飛ばし、胴体をずたずたに引き裂いていく。

 自動回復で傷を無理やり治しているみたいだけど、鑑定するとどんどん蛇のHPが減っていく。カイムの方は隠蔽スキルが入ってるせいかステータスは見えなかったけど、スキルは見えた。



スキル

剣術LV15

鑑定LV10

言語LV10

万象命令LV3

聖武術LV10

武芸百般LV10

隠蔽LV5

万能耐性LV10


《万象命令:あらゆる存在に命令を下し動かすことができる特殊なスキル。持つ者は限られ、上昇しない》

《武芸百般:様々な武器を使いこなすスキル。多種の武器に関する知識、そして訓練する日々の努力でのみ上昇する》

《万能耐性:天使の持つ耐性スキル。自らが受ける毒・呪い・スキル威力を軽減する》


 

「カイム強……ごほっげほっ」


 クソ……なんだ? 解毒も治癒もしたのにメチャクチャ体が痛え。

 つばに血が混じっている。心臓が締め付けられるみたいで、寒気も感じた。

 

『大丈夫か。すぐに終わらせる』


 スマホからカイムの声が聞こえてきた。遠くを見ると、戦いながら片手でスマホを持っているようだった。ながら戦闘禁止!


『天剣発動──ハルパス。剣を借りるぞ』


 カイムがそう呟くと、やつの持っている細剣が急に刀身が黒くて縁が真っ赤な大剣に変化した。剣の周りから蜃気楼がこっからでも見えるぐらい、熱を放っているようだ。

 

天剣(セレスタ)。剣術レベル15のスキル。一時的に守護天使の剣を使用できるようになる》


《天剣ハルパス。天使ハルパスの持つ剣。振るうと地獄の劫火を転移させ、城塞すら焼き尽くす炎を投射する》


 別の天使が持ってる剣を取り寄せたのか。っていうか危ねえなそれ!

 カイムは再び地面を隆起させて、蛇公を空に持ち上げた。そして真下に回って赤黒い剣を振るう。

 空に炎の山が出来たかと思った。ここまで熱風が届く巨大な炎の塊が、蛇の体を消滅させる。あんなもん横方向に使ったら、村には柱一本残らないだろう。

 都市崩壊級の魔物。年を経た蛇は天使によってあっさりと退治された。

 

「こんなことなら……げほっげほっ……早いところ助けてくれりゃあぁ……?」

 

 なんだ? 視界がぐるっと回った気がした。

 力が入らない。息が苦しい。地面が近づく。

 

 ああ、オレぶっ倒れてるんだ。ひょっとしたら死ぬかな。ナムアミダブツ。





 *******





 ハロー! ピエレッタちゃんだよ! キャワキャワ!

 

 そんなことを思いながらベッドからもそりと上体を起こすと、領主の使用人娘が驚いたような様子で、すぐに司祭と領主を呼んでくると出ていった。

 

「うえー……気持ち悪。なんだこれ」

『目覚めたか』

「ハァイ、カイム。なんだ、戻っちまったのか?」

『私が出ていると体に負担が掛かる』

「一体全体、なんだってんだ?」


 ベッドの脇に置かれたスマホから聞こえるカイムの声にオレは疑問を投げかける。傷は治して解毒もしたはずなのに、やたら調子が悪かった。


『……祈りのスキルによって召喚術レベル10、[神降(コールゴッド)]が発動した』

「あれ? そいつは確か神様を呼ぶ代わりにおっ死ぬやつじゃなかったか?」

『そうだ。だが祈りで発動するのは十分の一の効果──さしずめ[天使降(フォールグリゴリ)]といったところか。神ではなく天使を呼び出すに留まったが……対価としてお前の命を十分の一削った』

「ふーん」

『……全ステータスが十分の一低下。寿命も十分の一減った。もし次に使えばまたその時点から今度は十分の二が減り──十回目には確実に死ぬことになるだろう』


 一回目ごとに十分の一ずつ減るんじゃなくて、二回目は十分の二、三回目は十分の三って減る分が多くなっていくわけか。

 確認してみると、ステータスがこんなもんになってた。


LV12

HP45

MP252 

腕力10

法力397

体力21

敏捷20


 スキルとかに変化はないけど、ビミョーに減ってるな。

 しかし次からはより多くごっそり減っていくことになるわけだ。寿命も含めて。まるで宇宙飛行士になって大量の放射線を浴びたような、目には見えないけど色々危ないですよって言われてる感じがする。


「あの蛇公と戦った分のレベルアップとか無いのか」

『人ではなく天使が倒したからな。試練にはならん』

「残念。ま、使わないと死ぬところだったからな。助かったぜカイム」


 あのままだと残り寿命どころの話じゃなかったした。オレは笑顔でスマホに話しかけた。


「皆を守れた。オレ自身を守れた。おめえさんは大した天使サマだ。マジでありがとうな。信頼してるぜ、相棒」

『……ああ。まったく。お前というやつは。さっさと逃げていれば良かったものを……こんなに心配で目が離せん相棒が居て良いものか』

「ハハハ、オレとお前の仲だろう?」

『どんな仲だ。本当にこいつは……』


 何となくスマホの向こうで頭を抱えているカイムの姿が浮かんで、オレは腹を抱えて笑った。

 病室に駆け込んできた皆が、オレがイカれちまったのかと心配するほどにな。





 *****




 そしてそれから。

 オレは毒で汚染された土地に解毒を掛けて回った。村中は天使が降臨して怪獣をぶっ倒したことで話題はもちきり。ここにモニュメントを建てようって話まで出てて、カイムが嫌そうに呻いていた。 

 幸い犠牲者は出ずに、ミッキマーの馬だけがお亡くなりになられたけど領主の計らいで用意してくれた。村を襲った魔物と戦った褒美だな。オレから頼んだこともあったけど。教会の金で馬車も直してくれたぜ。

 あと騒動が終えてからルシ公が出てきたけど、


「なんか朝起きたら司祭館も礼拝堂も壊れてたファー」


 とのこと。毒液で半分ぐらいぶっ壊れた司祭館でまだ寝てたらしい。バカか。

 焼けた森からは残念ながらディビッドくんの骨も見つからなかった……成仏しろよ。


 あのデカイ蛇野郎に関しては、カイムが呪ってたアンドラスさんとやらに問い合わせたところ、


「一々呪いや加護なんか与える相手の確認なんかするかボケ!! 殺すぞ!!」


 ってキレられたそうだ。元から短気で喧嘩っ早く話にならないのがデフォな天使さんらしく、カイムも面倒そうにしていた。

 アンドラスの呪いという状態異常にかかっていた相手なので、何者かが差し向けたのは間違いがないとカイムは云う。

 そしてそんな真似が出来るのは天使の誰かしか居ない。しかし天使同士も派閥やら何やらあって一枚岩じゃないので、動機も不明で容疑者も絞り込めないんだと。

 またそのうち仕掛けてくるかもしれねえから注意しとかねえとな。


 村人の協力で教会を建て直し、ドタバタと過ごしていると復活祭もやってきた。それが終えたらオレは出発の日だ。

 復活祭ではオレとルシ公が頑張って作ったワインが初めて提供されたんだが、


「美味すぎるー!!」

 

 なんか飲んだやつ皆、ヤクでもキメたかのような反応だった。そういや作るとき適当に祝福掛けまくった気がする。それで旨くなったのかもしれん。

 領主も扱いに困るほどの最上級美酒になったみたいだが、ま、出ていく村に少しでも貢献していけるものがあってよかったぜ。

 ただ飲んだルシ公がラリって公衆の面前で服を脱ぎだしたせいでシスターストリップに興奮した村の皆さんが危うく卒倒しかけた。

 ついでに酔っ払ってオレの服まで脱がせようと絡んできたもんで皆さんは何故か財産を差し出そうとしはじめた。なんでやねん。つーかなんだルシ公。ひょっとしてズーレーっ気があるんじゃないのあの女。怖いわワタクシ。レズとか引くわ。

 なおブチ切れたJFK司祭によって危うく村人全員が聖炎で焼き尽くされかけたのはご愛嬌。激しい怒りでスキルレベルアップしてやがった。蛇戦のときに使えるようになっといてくれよな。ルシ公とオレも正座で説教された。


 春が来てオレが出発する日は皆が見送りに来た。

 村人総出、領主にそこの使用人も全員やってきて、中には泣いてオレの出発を惜しむやつも居た。

 移動はミッキマーの馬車でいく。オレとしても知ってる仲だし、弓の名手だから安心だしな。


「いつまでも居てくれて構いませんのに……」

「そう言ってくれてありがとよ。でも行くことに決めたんだ。だから皆、元気でな!」

「シスター……」

「フォードの坊っちゃんも、いい領主になりなよ。それじゃあな!」


 名残惜しくなりそうだから、オレはさっさと手を振って別れることにした。

 ジェフカ司祭とも顔を合わせて、二人して頷いた。親代わりの司祭も旅の無事を祈ってくれてる。言わないでも何となくわかるさ。

 居心地の悪くない、良い村だったけどオレには行く目的があるからな。

 ミッキマーの新造された馬車に乗り込んで、オレは手を振りながら村から街道を進んで離れていく。


『……本当に良かったのか? 別に数年留まってもいいのだぞ』

「ああ。いいのさ。それにオレだって旅は好きだしな。オタクの神様の指令もちゃんとやるさ。ま、観光旅行ついでにな」

『……』


 何か考え込むように黙ったカイムだが、オレは荷台に置かれている竪琴を手に取った。


「ミッキマー! 借りるぜ。オレがヒットなナンバーを飛ばしてやるよ」

「ハハッ! 是非お願いするよォ」

「それじゃあ一曲、シンデレラから『ジプシーロード』!」


 オレはじゃかじゃか適当にかき鳴らして、ソウルなミュージックを歌い始める。



「一晩中クルマを走らせて 堂々巡りをするのさ♪


 ohジプシーロード 進んでも 故郷には戻れない♪


 光を探して 夜通し走るだけさ♪


 ahジプシーロード 進んでも 故郷には帰れない♪

 

 でも大丈夫だと信じて 前に行くだけなのさ──♪」



 ──そうして、オレたちの旅が始まった。


 さてこれからどうなることやら。


 世の中一寸先は闇、ただしお先真っ暗でも進んじまう足を止めねえのが大事なもんなのさ。


 それがどこの世界のどの時代だってな。






















 ******









「蛇を……カイムが倒したか……あの糞真面目なお節介め……だが次は……何度も過干渉はできまい……既に手は打っている……」




「だが……何か……妙な……違和感が……」












 ******





「よっしそろそろメシにしようぜミッキマー! 自由な時間にメシが食える幸せ!」

「お腹すいたファー」

「ってルシ公! 何処から湧きやがった!」


 馬車の奥から布を被って隠れていたルシ公が出てきてメシを要求してきやがった。

 こいつはプンスカと憤ったような仕草を見せて当然のように主張する。


「あんなクソ田舎に居続けるなんて嫌ファー! どさくさで馬車に潜り込んでたファー! ご飯を寄越すファー」

「無駄飯ぐらいが付いてきやがって……ってあれ? ディビッドくんも居るのかよ。なんかちんまりとしてるけど」


 ルシ公と一緒に出てきた白蛇は、冬眠前に見ていたときとサイズは変わっていない。


「何言ってるファー。もとからこの蛇は普通サイズファー」


 じゃあ、あの時助けてくれた白い大蛇は何だったんだ?

 オレは首をひねりつつ、次の町への旅程にはルシ公にディビッドくんを連れ、後は幌の上に白い鳩が乗って進んでいくことになったのであった。


『騒がしいやつがついてきたな…』

「ま、旅は道連れってな。それよりチキンフライでも食おうぜ。カイムにも出てる間に食わせてやりたかったぜ。オレの得意料理をな」


 少しだけ賑やかになりつつ、オレらの旅は続く。







「あっつ!!」


『ガタゴト揺れる馬車で揚げ物をするな』

第一部完! 

二部[アミアン崩壊戦線]の開始までしばしお待ちを。今度は中世都市編です


カイム召喚抜きで蛇野郎を倒す方法

・まず序盤の雑魚蛇無限湧きスポットでスキルレベルを稼ぎましょう

・そこで聖法術LV9の聖炎か祓魔術LV9の聖霊を覚える

・聖法術ならアイムの加護で火力アップ、祓魔術ならガープの加護で術威力アップを取る

・聖法術の場合は解毒用に聖医術も習得が推奨。祓魔術は治癒解毒使えるのでオススメ

・馬など逃げながら撃ちこむ用の移動手段を確保する。オロバスの加護で呼び出したオロバスに乗って逃げれば確実


パターン2

・ルシなんとかさんを無理やり巻き込むとなんか大丈夫になるかもしれない

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