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18話『秘密の食事会だレッタさん』



 結婚式と収穫祭も終えて、冬が訪れた。

 最初の頃はクリスマスだのなんだのとお祝いしてご馳走が出てたんだが、すっかり貯蓄は乏しくなって村中節約モードに入ったぜ!

 イェイ!

 計画的に食えよな!?

 とは思うものの毎年のことなので、この時期は耐えるのが普通なんだそうだ。

 そしてオオ……可哀想なことに、教会で出るメシが一日一食になっちまった。春の謝肉祭までそれで行くらしい。農作業は無くなったとはいえ、毎日夕方六時のご飯だけで我慢しなければならない。


 我慢できなかった。仕方ないね。


 そんなわけで今日もオレはルシ公を連れて、川の近くにある水車小屋に行くわけだ。こっそりメシを食いにな。


「腹ペコファー……」

「おめえさんそんな調子で去年までどうしてたんだよ」

「わたしはシティ派のシスターだからこんな田舎の断食なんて参加してなかったファー! 都市では一年中、肉屋やパン屋が開いてて魚や野菜なんかも売ってるシファー」

「そういや派遣社員だったなルシ公」


 その割には碌に仕事もしていないように見えるけどよ。普通、侍祭の派遣ってもっと祭儀に参加できる聖職者が少ないところに行かされてこき使われるんじゃねえかな。

 ちなみにルシ公誘って行くのは、黙ってたらこいつがチクって面倒になりかねないのでつまみ食いの共犯にさせたわけだ。


「ちーす」


 挨拶をしながら水車小屋に入ると、男三人がオレらを出迎えた。


「ハハッ! ようこそボクの家へ!」

「お前の家じゃねーだろ」

「腹減ったもじゃ」


 つまみ食いのメンバーたちだ。楽師のミッキマー。粉挽きのセオドア(犬人)。牧人のリンカ(羊人)。


 粉挽きってのはこの水車小屋の管理人で、領主から雇われた職人だ。

 村人が脱穀とかの為に水車を使うのにはセオドアに金を払わないといけない。ついでに川で勝手に魚を取るのも取り締まれる。

 まあそんな役目だから、村人からは距離を置かれる嫌われ者だな。基本的によそ者が任命されるし。


 牧人はその名の通り、村の家畜を預かるやつだな。

 家畜を連れたまま遠い牧草地へ旅に出たりする。そんで冬前に戻ってきてお祭り騒ぎと保存食のお肉を提供して、春になったらまた家畜を連れて出ていく。

 こっちもよそ者が雇われて、数年で別の村に行く。


 当然ながらジプシーみたいな楽師ミッキマーもよそ者で、オレも春には旅に出るからつまりこの集まりは村の共同体の微妙に外に居る奴らなわけだ。

 だから皆がちょいと節約生活している中でメシを食ってもそこまでコミュニティ内の和を乱してる的な罪悪感は沸かないし、万が一見つかってうしろゆびさされ組になっても気にならない。

 謂わばアウトローチームだと思うと妙な連帯感と、コソコソ秘密基地で悪巧みしてるような楽しさがあるぜ。


「よし。今日もメシにしよう。いやあ、ミッキマーが鳩肉と交換で食料集めてきてくれて助かるわ」

「ハハッ! ボクも聖職者から延々鳩肉を渡されるのは初めてだよォ」

「最初はぎょっとしたけどな」

 

 セオドアが肩を竦めてそういった。

 鳩肉をミッキマーに渡すことで、ミッキマーは猟師やら村人とそれを物々交換して塩やら食材を持ってきてくれるわけだ。

 大きい町だと貨幣でやり取りしてるんだけどこういう村なら交換がメジャーだな。 

 

「しかし、鳩なんて食って大丈夫なのかって思うよな」

「なんでだ?」

「野鳥とかは貴族が食べるものだろ。貴族が食べるものを庶民が食ったら健康を害するから食うなって教わったぞ」

「ふぅん?」


 スマホから物知りカイムの解説が聞こえる。


『食材というのは基本的に空に近いものが尊く、貴族が食すものと決められていた。反対に地面の下に埋まっているニンニクや根菜などは庶民の食べるものだ』

「なんでまたそんなことに?」

『世界を構成するものは火・風・水・土の四要素だと信じられていて、その順に尊いはずというだけだな。特に科学的な理由は無いし、神や天使が押し付けた決まりでもなく人が決めたことだ。火の食材は伝説上の生き物や聖餅。風の食材は空高く飛ぶ鳥。水の食材は水鳥や魚。土は野菜類だが、高くに実る果物は高貴。そんなところだ』


 め、面倒くせえな。

 日本に居た頃は精々「イワシは下魚だから高貴な人は食わない」程度の話は聞いたことあるんだが、属性とか身分差とかよくわからん要素が絡んでいるのか。

 リンカがもじゃもじゃした語尾で付け加えて言う。


「新教が広まる前は普通にトリモチで鳩を取って食っていたもじゃ。後から神聖とか言われても困るもじゃ」

「だよなあ。いきなり前まで食ってたのが駄目とか言われてもな」

「……鍋回してるから後ろから抱きつかないで欲しいもじゃ」


 もじゃもじゃ言ってるリンカを後ろからモフる。だって羊人ってマジもふもふの羊毛が生えてるんだぜ。失礼ながら初めて見たときモフりたくて手をワキワキさせたね。

 なんだろうな。例えるならキグルミを着て頭だけ脱いだような感じの体型で、毛がもふもふすぎて着ている服もズボンとジャケットだけなのがリンカだ。顔は髪の毛ふわふわパーマな十代の少年に見えるけど種族的に童顔が多いだけらしい。背中からモフるわ。可愛い女の子ムーブでモフってるわけじゃなくて、例えオレの姿が前世のMHNGマッチョハンサムナイスガイな男でもモフる行動を取るわ。


 リンカがグルグル回している鍋では鳩肉と野菜を煮込んだスープに、挽いた大麦を入れたお粥が作られてる。

 なにせ村ではパンを焼くにも麦を脱穀するにも公共施設を利用しないといけねえ。そうすると秘密のつまみ食いなんてとてもできないので、こうして水車小屋で粉挽きのセオドアを誘ってやってる。

 食事の基本はパンだけど麦粥も案外にイケるもんだ。というか、パン焼き料金を払いたくねえ農民はこうしてお粥を食ってることもある。ちなみに個人宅では挽くための石臼は所持禁止だし、竈はあれどもパン焼き禁止だからな。税金回収システムよくできてるわ。


「でもお粥ばっかりで飽きたファー。もっとゴージャスな料理が食べたいファー」

「質素を美徳とする聖職者らしからぬすぎる……」

「神様は何も禁止なんかしてないファー♪」


 半眼でセオドアから見られつつも気にせず、バタバタと尻尾を動かして出されたメシを食うだけの生き物。それがルシ公だ。はっきり云って食い扶持の無駄なんだが、JFKにチクられても困る。


「安心しな、おめえら。オレが新メニュー引っさげて来たからよ」

「ハハッ! 一体なんだい? 今度は牛でも出すのかな?」

「牛出せたら便利そうだけどな。素材じゃなくて料理だな。まあ見てな」


 予備の小さい土鍋を出してオレはそこに手を翳す。


「[塗油(アノイント)]」


 そうすると、大さじ三杯ほどの油が手のひらから出てきた。

 聖術レベル6から使えるようになる、病人や臨終の際に塗ったくる聖なる油を出す術だ。別にオレの体から脂肪分が消費されて出てるわけじゃない。なんか手汗みたいで料理に使うのはちょっと抵抗あるけど、何事もやってやれだな。


「妖怪・手から油出すガールって感じだな」

『手を拭いてから通鏡(スルーグラス)を触ってくれ。頼むから』

「するー……ぐらす……?」

『もうスマホでいい』


 正式名称なんてトンと頭に思い浮かべもしないから一瞬悩んだぜ。

 連続使用してどんどん油を鍋に貯める。何に使うかって言うとこいつで揚げ物を作るのさ!

 鍋を火に掛けて油を温める。そして用意されてた鳩肉を使う。


「セオドア。小麦粉をくれ」

「あいよ。何をするつもりなんだ?」

「揚げるんだよ。フライ。テンプーラ。カツレツ。知らねえ?」

「知らん」

「聞いたことないもじゃ」

「ヘンテコなの作ってもわたしは食べないファー?」

「知らないのかよ……」


 微妙な反応だった。もっとチキンフライだ! ヒャッホー! 今夜はクリスマスだね!ぐらい喜ぶかと思ったのに。鶏肉じゃなくて鳩肉だけど。


『油で揚げる料理がこの時代はまだ殆ど無い。その上に本などの知識伝達手段も乏しいため常識というのは小さく固まる』

「マジかよ。日本だったら奈良時代にだって揚げパンぐらいあったのによ」

『それも中国の文化だがな』


 ま、とにかく食ったことが無いなら初めて食わせりゃいいんだ。誰だって初めてチキンフライを食べる瞬間ってのは訪れるのさ。

 潰したニンニクと塩をまぶした肉をよく揉んでやり、小麦粉をまぶす。フライというかカツというか唐揚げというかなんだろうなこれ。あんまりリョーリってのは得意じゃねえから揚げ物の種類の違いはわかんねえや。食えりゃいいんだよ。

 下準備を終えた肉を熱した油の中に投入。衣に色が付いていき、旨そうな音が聞こえる。


「しかし聖なる油でやっていいものなんだろうか……」

「病人に塗るやつもじゃ……」

「ダイジョブだって。成分的にはただの油だから。天使サマだって食べて食べて~って云ってるぜ?」

『言ってない。捏造するな』


 しかし白鳩サマはいかにもチキンを食わせろとばかりに天井近くの梁に止まってこっちを見てる。

 

「……そういやルシ公。ディビッドくんどうしたんだ? ひょっとして食っちまった?」

「食うかー! 冬眠したから教会裏の林に埋めて来たファー!」

「埋めて大丈夫なのかよ……っていうか冬眠するのかよ」


 最近見ないと思ったら。

 とにかくそろそろフライもいい頃合いだ。木の枝で作った箸で拾い上げて油を切る。 

 ちなみにこの村っていうか時代、フォークとかスプーンとか無いからオレ的にお箸で食事を取りたいぐらいなんだけど、教会では集団での食事だからそうもいかない。スプーン無いからスープとか味噌汁みたいに器に口つけて飲むんだぜ。後はパンで拭うとかそんな感じで。

 具材も細かく刻まれてるスープならまだしも、お粥も一気飲みだから軽く困る。なので、箸を持ってきてそれで食うことにしていた。神様は何も禁止なんかしてない。

 

「ほーらジューシーなフライの出来上がりだ。どやあああああ」

「……」

「……」

「反応悪いなあ。あっ鳩サマ」


 鳩が一個咥えて飛んでいった。肉食のあいつは共食いも気にしない。


「ルシ公! 食ってみろよ! 旨いぞー」

「はあああ? そんな怪しげな料理ルシちゃん食べたくないんですけどー? まずはピエレッタが毒味してみるシファー」

「うるせえ! オレのフライが食えねえってのかこのチキン野郎! マクフライ!」

「こっちに寄せるなファー! 自分で味見してからにしろファー!」


 グイグイとフライを口元に寄せる嫌がって暴れる。ええい、叩き落されたらもったいない!

 しかし折角喜び勇んで作ったんだ。オレ以外のやつにも食わせたい。そしてさすがピエレッタサマ略してさすレッタ、フライ博士だ!と褒め称えられフライの聖人として崇められるんだ。名前はザ・フライ。あれ? なんかハエっぽくなったぞ。


 とにかく、ルシ公に食わせるためにオレはフライを半分口に含んで噛み締めてみた。

 おお、鳩の蛋白な肉に油がじゅわっと染み込んで、塩ガーリック味がよく効いて旨いじゃないか! いつでも世界恐慌が来てもサンダースおじさんみたくチキンを売って儲けられるぜ!

 そしてオレは半分口からフライを出したまま、ルシ公の両手を掴んで迫る。この口移しアタックが相手の抵抗を妨害できて、かつ箸よりもしっかりフライをキープできる手段なんだ!

 MHNGなオレがやったら完全にセクハラレイパー扱いだけどな。まあなんというか、ルシ公相手には雑な扱いをしてもいいみたいなオレの中で決まってるみたいな。扱いとしてはレディじゃなくて聞き分けのない犬っころだ。


「もーごー」

「ふぁー!! なんで口に咥えたまま迫ってくるシファー! 目がマジだよ! ちょっと待つファー!! 食べるから! 食べるから──人が見てるのー!!」

『なんだこの状況』

「尊い……!」


 そんなことを呟いたミッキマーが何故か魂が抜けたような安らかな顔で倒れた。

 セオドアが「よかッッ……」とか呟いてごつい顔つきになって真剣に見ていたり、リンカが顔を赤くして両手で隠し、指の間から見てたりしているが。どうやら皆さんオレの強硬手段に驚いているようだな。

 だが人にはチキンフライの旨さを伝道しないといけない義務がある! だからこそサンダースおじさんは自分の店で大儲けするんじゃなくて、フランチャイズで作り方を教えて回ったのさ! 多分。


「もらよっ」

「熱っっ」


 ひょいと首を動かしてルシ公の口に咥えていたフライを放り込んでやる。


「ピエレッタのつばがついててばっちい気がするシファー……」

「そんなこと気にするタマかよ。お前さん、こないだオレの飲みかけのスープ奪って飲んでただろ」

「ファー……ん? でも味は美味しいファー! お肉を噛みしめると油が染み出して、外はカリッとしてるシファー!」

「だろー? ふふんオレ様ちゃん自慢の料理だぜ! さあさあ、二人も食ってみなよ!」


 オレがセオドアとリンカに勧めると、一瞬二人は目配せをしあってから何故か口を開いて構えた。


「……いや、口移しはしないからな?」


 二人は倒れ伏した。むせび泣く声が水車小屋に響く。


「そんなにして欲しかったのかよ!? ほらせめて箸で食わせてやるから!」

「生きててよかった……!」

「改宗してよかったもじゃ……!」

「ハハッ君たち!」


 そんな二人の両肩をミッキマーがガシりと掴んで、肩越しになんか悪い顔をしている。


「男が出て来るんじゃねえよ美しい女同士の園によ……馬車(エレクトリカル)引き回し(パレード)してやろうか……」

「ひぃっ」

「あばばばばば」

「ハハッ! 普通に自分の手で食べようね! おォいしィ!」

「そ、そうか。そりゃ良かった」

「ネズミーの仲間たちにも食べさせたいぐらいだよォ! ペットのグーフィーとか!」

「ヤバイ発言は止せ! ペットがそれかよ!」


 そうして皆がフライをパクパクと食べてくれたので、調子よくオレはこっそり用意してた蛇肉もフライにして出した。


「なんか変わった揚げ物になったファー」

「旨い旨い」

「油のとりすぎで毛がテカテカしてきたもじゃ」

「ハハハッこれは鳩肉じゃないよね? なんだい?」

「蛇の肉」


 全員お通夜モード到来! そんなに駄目かよ!


『アレほど人前に出すなと……』


 カイムの呆れたような声が聞こえた。



 まあとりあえずフライも食い終えて、ガッカリした皆になんで蛇が駄目なのか聞いてみた。


「いや、だって蛇は悪魔の使いだし……なあ、シスター」

「エデンの園には今でも悪い蛇が封じ込められているシファー」

「ハハッ! ボクらにとっては家畜や馬が蛇に噛まれたら大変だから忌避感があるのかもね!」


 などと言うが、羊人のリンカは暗い声で言う。


「うちら羊人のお伽噺では、この世界を悪い蛇がぐるりと取り囲んでいるもじゃ。それは全ての蛇の親玉で、蛇を殺したりすると呪いを掛けてくるもじゃ」

『ウロボロスの伝説か。この世界を取り囲む機構の一種が蛇に例えられている』

「もしそれが本当なら、オレなんてきっとヤバイ呪いを受けちまうだろうなあ」


 オレは最後の蛇フライを口に放り込んで、呑気にそう言った。






 *******






 数日後。


 村に、クソデカイ(ファッキンビッグ)蛇の魔物が攻めてきた。




種族:年を経た(オールド)(サーペント)(中)

分類:蛇型魔物

レベル127

HP:4205

MP:790

攻撃力:3106

防御力:856

魔力:630

敏捷:239


スキル

自己回復LV9

毒攻撃LV8

魔物統率LV5

聖域壊し

アンドラスの呪い



《魔物統率。下級の魔物を支配下におくスキル》


《聖域壊し。教会などの魔物が近寄れない聖域を無効化するスキル》


《アンドラスの呪い。天使アンドラスによって破壊衝動を付与された状態》



 そんな奴が明け方に現れるなり、尾っぽの一撃で教会の塔をぶっ壊した音で村人たちが飛び起きて外へ出てこの巨大な──城にすら巻きつけそうな怪物を目にして愕然とした。

 オレだってびっくりした。しかもアホみたいにステータスが強い。更に怒り狂ったように耳をつんざく叫びを上げている。


「オレ、もう蛇食うの止めるよ」

『異常事態だ。今すぐに逃げろ。急げ』


 カイムの言葉もどこか焦っているようで……とにかくヤバイことになったってのは理解できた。





ミッキマー:レズが好き

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