14話『狩り(ハンティング)に行こうレッタさん』
中世ヨーロッパの農村ってどんなイメージだったっけ? と、オレは考えてみる。
「確か長閑な村には教会と水車があって畑が広がってる的な感じだと思ってた気がする。まあ、21世紀の田舎風景とそこまで変わらねえみたいなー。ま、その通りに水車も教会も畑もあるんだけど、思ってたより森がめっちゃあるな」
オレは森に続く道の前に立ちながらそう呟いた。
村イン森って感じ。森イン村か? いやどっちでもいいんだけど。
畑の土地は畑がぶわーっと広がってるんだけど、なんかモサモサと森が周囲を取り囲んでいる。
しかもちょっとハイキングに行こうかしらみたいな森じゃなくて、鬱蒼としていて昼間でも薄暗くて不気味だ。まるで陸奥の山奥だぜ。原住民とか襲ってこねえよな。
『古代からヨーロッパは森が茂る土地だった。中世に入っても森は薪などの燃料として、或いは家畜の放牧地として、敵軍の侵攻を阻む砦として様々に利用されていた。他にも、狩りの場としてな』
「狩りねえ」
オレは周囲に居る狩り人たちの姿を眺め回して呟く。
今日森のところまで来たのは、狩りに誘われたからだった。勿論ちゃんとJFKの許可も取ってきたぜ。
案外この時代ってのは聖職者も狩りを楽しんでたらしい。
狩りって言ってもオヤジ狩りとかエイリアン狩りとかそういうのじゃなくて、鹿とか猪とかそういう狩猟動物を狙うやつな。
『ただし、そう言った狩りを基本的に行わない修道院出身の聖職者などは批判をしているがな。聖職者がヒャッハーと弓を持って野山を駆け回り、鹿に矢を射掛けまくってその肉を食うとか印象悪いとして』
カイムがそう解説をしたので、頷く。
「気持ちはわからなくないな。ブッディストのボンズが同じことしてたら総ツッコミ食らいそうだぜ」
袈裟を着た坊さんが武装して動物を追い回す図を想像して思わず笑みを浮かべる。
『いや、それは不殺生の戒律があるからだろうが……とにかく、中世の於いては狩りを行える野山は大抵が貴族か聖職者の持ち物であった上に狩猟動物は貴族の食べ物として庶民が狩ることを禁止されていた。特に厳しかったのがイングランドで、ここでは庶民が鹿を勝手に殺した場合目を潰される罰則がある』
「おっとろしい。オレも前世で鹿とか勝手に山で取ってたら土地の坊さんにメッチャ怒られたことあるからなあ。京都で」
『誰でも怒る。庶民の場合は、兎狩り程度ならば黙認されていたがな』
そんなことを話していると、準備を終えたらしい狩りの主催者が話しかけてきた。
「シスター! 用意ができました。今日は付いてくださってありがとうございます!」
「おーおー。このピエレッタちゃんが居るんだ。熊に襲われても平気だぜ」
オレは手をヒラヒラ揺らして、領主の息子フォードにそう返事をすると少年は張り切って良い所を見せるべく家来に狩りの手順を聞きに行っていた。
前にオレのスーパー祈りパワーでやたら元気になったフォードが、張り切って貴族のスポーツである狩りをしたいというので、そのお目付け役っていうか、なにかしら怪我した際の医者代わりとしてお声が掛けられたのだそうだ。
パパ上であるロン領主も付いてきたかったのに妙にフォードが張り切って『はじめてのかり』をしたがるもんで、オレにも頭を下げて付いていくように頼んできたよ。貴族なのに。聖職者ってのは特権階級だからな。
「しかし聖医術便利なのにあんまり持ってねえよなあ皆」
『まず聖術と祓魔術以外の術系統を覚えるには本人のレベルが20以上の司祭にならねばならない。そして小教区を任されるようになった司祭は義務として教区を襲う魔物と戦う必要があり、その場合に有効的なのは回復の術よりも攻撃の術だからだ』
「医者代わりには使えないんだっけ。宗教的に。だとすると勿体ぶって数を絞った方がいいだろうしなあ」
『下手すれば神の奇跡を軽々しく振る舞ったとして異端行きだ』
「おおこわ」
『まあ……天の声スキル持ちがそうなることは少ないとは思うが』
これが神様の実在が心の中だけで好き勝手に信者と指導者が管理できる宗教なら違うのだろうけれど。
この異世界は神様も天使も実在して、天の声スキルは明確にそれらとホットラインで繋がってる人間だ。チクられたら地獄行きになるとわかっていて理不尽をふっかける者は少ない。よくジーザス・クライスト・スーパースターを処刑まで持っていけたなこの世界。
ああ、そういえばスーパースターの死後に宗教が纏められてステータスとか開示されるようになったんだったか。なるほど。
「ちなみにこれまで天の声スキル持ってた人って居るの?」
『例えば有名所で話が残っているのは、フランスのアヴランシュ司教オベールという男が天の声スキルを突如得て、天使マルファスからの指示に従い建てた礼拝堂がかの有名なモン・サン・マルファスだ』
「へえ。よくわからんが建物作らせたりしてるんだ」
『天の声で呼びかけても悪魔の囁きだとか鋭い……じゃなかった猜疑心が深かったのでキレたマルファスがオベールの額あたりに骨まで抜ける穴を空けてやったがな』
「悪魔かよ」
……いや? オレの世界のモン・サン・ミッシェルもそんな感じのエピソードがあったような……オタクの友達に聞いたことがあったような……
まあいいか。深く追求すれば神だって天使だってムチャしたことの一つや二つあるもんだ。
『ついでに言えばあまり魔物退治などをしない立場の聖職者ならば、聖術以外の術スキルを取らずに加護を取ることも多い』
「加護?」
『術スキル解放よりもスキルポイントが多く必要なのだがな、天使の加護を受けて何かしら才能などを得たりすることができる。例えば、この前の楽師は天使アムドゥスキアスの加護を持っていた。これは音楽の才能を得るものだ』
「ほー」
『他に有名な加護といえば……薬草学の知識を得る天使ブエルの加護、長寿になる天使フェニクスの加護、未来に関して一つだけ質問に答えてくれる天使ボティスの加護などだな。私の加護は言語と鑑定が使えるようになるもので、お前は既に得ている』
「お勧めとかある?」
『そうだな……天使プルソンの加護などはいいぞ。便利な猫の使い魔をくれる。ただ複数の加護を得るにはスキルポイントがより多く必要だが……それは三つ目の術系統を得る際にも同じだ』
実のところスキルポイント10以上溜まってるんだけど、他の術をまだ取ってないのはそのあたり理由があったのよね。3つめに聖法術か聖武術か祓魔術を得ようとすると、スキルポイント20必要になってた。となれば4つ目は更に増えるんじゃねえかな。
そうなると無理に術の手数増やすよりは加護系とって生活を便利にするのもいいかもな。後でチェックしておこう。
カイムと会話しながら待っていると、フォードが戻ってきた。
「用意ができました! 行きましょうシスター!」
「おっと。セーフティーは外しておくんだな坊や」
「せーふ?」
「言ってみただけさ。さあいざや進め」
オレが大股で森へ向かって歩き出すので、慌ててフォードもオレを守るように前に出て進んでいく。
ちなみに狩り部隊の編成は、
プロの猟師×1
犬の調教師×1
猟犬×3
勢子(サポート要員で領主の兵)×20
といったところだ。武器は弓に槍。狩りってのは軍事演習も兼ねてるから兵士も出てくるわけだな。ついでに荷車も持ってきてある。獲物を運ぶ用に。
本来なら貴族のフォードは騎馬で向かうのだけど、まだ若いしこの前まで病弱だったもんで乗馬も特訓中らしく、今日は徒歩だった。
「しかし猟犬。犬人が犬を飼ってる。なんか良いんだろうか彼ら的に」
『猿回しの猿みたいなものだ。細かいところを気にするな。どの種族であっても、他の動物とは違うヒトだと自負しているのだ』
まあ……猿回しもヒトが猿を使うけどよ。
ミッキーマウスが犬の友人であるグーフィーと、犬のペットのプルートをそれぞれまったく別の扱いにしてるようなもんか。ミッキマーとは関係がない。
とりあえず森を進むが、猟師以外はかなり緊張しているようだ。
「確かに薄暗い森だが、何か居るのか?」
『何か、というと何でも居ると思われているのがこの時代の森だ。森の中は異界のようなものだと考えられ、入ると帰れなくなると多くの人は考えていた。夜になれば玄関先まで森が迫っていて、外に出てはいけないという迷信もあるぐらいだ』
「そんなに怖がられてたのか……まあ実際、魔物は居るんだろうが」
『だが、猟師や木こり、旅芸人に隠者など森に入る人種も居るからな。一概には言えない』
目に見えて緊張しているのはフォード少年だった。まあ、狩りも初めてだろうしな。この前まで虚弱ボーイだったのに、魔物の領域に踏み込んで狩りをするってんだから大した度胸だ。
ある程度進むと、猟師が合図をして勢子のうち十名を連れて森の奥深くへ入り、猟犬も二匹が散らばった。
「か、彼らがこっちに獲物を追い込んでくれるので、待ちましょう」
震える声でフォードがそう云う。手に持った弓が何とも頼りなく、兵士らが覚悟を決めた感じで槍を持っている。
オレは和ませるように少年の両肩に手を当てて後ろから云う。
「あんまり緊張すんなよ。それより今日は何を狙ってるんだ?」
「猪です! 森を荒らして、放牧している豚を追い散らしていると村人から報告にもあったので……」
「豚が居るのか?」
「は、はい。豚の飼育は、森に放っておくんです。そうするとドングリを勝手に食べて大きくなりますから、もうそろそろ豚を肉にして冬に備えないといけないのに……」
『ちなみに森林の面積を表すグランデという単位は、豚一頭あたりの放牧必要面積から取られているぐらい農村ではメジャーな家畜だった』
「へぇー」
しっかし、この少年じゃあ追い立てられた猪がこっちに来た際に心配だな。
いざとなれば聖壁とか使って対処できるけど、オレってば回復役として連れてこられたわけで、メンツってもんがあるだろう向こうにも。
「っていうかフォード坊っちゃんよ、弓で動物射ったことあんの?」
「い、家で離された兎を的にしたぐらいには……」
「うーん……おっ、丁度向こうの木の根本に雉がいるな。あれを練習で狙ってみようぜ。大丈夫。雉って結構狙っても逃げないやつだから」
オレが指を向けた方には、ボサーっとしてこっちを警戒もしていない雉がひょこひょこゆっくりと歩いていた。
すると坊っちゃんは見るからに慌てて弓を構えて矢を番える。
アーチャーっていうかアチャーって感じだな。これじゃあ射る前から当たらないのが目に見えている。
「タイムタイム」
「いひゃっ!?」
オレが背後からフォードの両手をそれぞれ掴んで中断させる。
ちょいとやり方の指導が必要だな。
「こうやって弓をまっすぐ上下に向けるようにして、矢を番えたら利き目で矢のケツと獲物が半々になるように狙うわけだ。見えてる?」
「シシシシシシスター!? むむ、胸が……!」
「そう。胸を張って姿勢良くして打たねえとな。顔も変に向けると自分の耳を打っちまうぞ。ほれほれ」
「やわ……やわやわ……!」
緊張からか耳まで血が登って興奮しているようで、動悸も激しい。子供ってのは狩りにドキドキするもんだから仕方ねえよな。
オレは安心させるように耳元で囁く。
「大丈夫。雉は外しても襲ってこねえから」
「はふはぁー!」
「よくわからんが照準が合ったならファイアだ!」
オレの合図でフォードは矢を放ち、それは放物線を描いて雉の顎下へ突き刺さり、瞬時に絶命足らしめた。
「どうだい? やり方は覚えたかな、少年」
「はははは、はひ……凄くいい匂いしました……」
「モノホンの狩りの匂い的なやつ?」
『……お前はそういうのなんというか……』
「どしたのカイム」
『凄まじく助言が面倒になっただけだ』
仕事放棄かよ。とにかく、雉を荷車に放り込んでおく。なんだったらオレがバンバン鳩を出して練習させてもいいんだけど。
何やら熱を出したようにふらついているフォードは放置して森を眺める。
「しかし中々偵察班から連絡来ねえなー」
『野生動物を鬱蒼な森林から探し出すからな。専門家でも難しいときもある』
「おっ、そうだ。それならオレも偵察班出してみるか──[蛇召喚]」
そう言ってオレは蛇を召喚した。兵士らが少しぎょっとするが、フォードは既に食料庫の番蛇として売りつけたので慣れているようだった。
さてこの召喚した蛇、ステータスがある。だが魔物でも聖獣でもない存在で、要するにランダムでどっからか蛇を呼びつけるのだが同時にステータスを持たせているみたいだ。
カイムの言葉によれば、オレが成長すれば召喚した蛇も強くなるとか。ただ法力値も関係してるけど、大きく強化されていくのは召喚術のレベルによってなので今はまだイビルスネークをちょっと強くしたレベルだ。毒牙も使える。これもそのうち強くなるらしい。
それより何より、この蛇は耳も無いのに意思疎通ができる。
オレは五匹ぐらい生み出して司令を出した。
「いけい蛇よ! 何かデカイ動物とか居たら知らせ……あと食べれそうな木の実とかあれば持ってくるのだ!」
蛇達はあちこちにしゅるしゅると移動する。蛇も言葉は喋れないけど、何となく意志っぽいのをやり取りすることはできる。便利だな。
暫く待っていると蛇の一匹が戻ってきた。尻尾の先端に黒っぽいなにかを巻きつけている。
「ん? なんだこりゃキノコか? むー……変な匂いがするけど食えるのか?」
『鑑定してみたらどうだ』
「そうだった。オレってば毒キノコ鑑定士になれるかもしれん」
早速鑑定スキルを発動。
《黒トリュフ。キノコの一種。無毒。食用》
「トリューフ! これってばトリュフ様じゃないの!」
世界三大珍味だ! 食ったことないけど! 前世でも!
オレが騒ぎ立てるが、兵士もフォードも首を傾げて犬に至ってはくしゃみをした。
「トリュ……なんですか? 食べられるんですか?」
「オーマイガ。このあたり食う習慣が……あれ? おフランス名産だったような?」
『この時代は食べられていなかった。だが、当然ながら生育環境にはあるので野生には存在している』
「ふーん。まあいいや。晩飯に食おうぜ。蛇隊員! もっとあったら持ってくるのだ!」
蛇は再び森の中に探しに行った。
「しっかしトリュフって、豚で探すとか聞いたことあるけど」
『独特の匂いを探させるんだな。恐らくこのあたりは猪の影響で豚の数が減っていたので生えだしたんだろう。それに蛇も嗅覚は非常に優れている。空気中に漂う匂いを舌で舐めて判別できるほどだ』
「へー。あの時々舌をチロチロ出してるのそういう意味あったんだ」
そうこう言っていると、蛇部隊が次々にトリュフ様を運んで来た。
匂いってのはこう形容し難い……むわっと来て敢えて云うならばフェロモン的なものを感じる、トリュフの匂いとしか言いようのない特殊なあれだがとにかく高級食材だ。まあ、この時代じゃ高級でもなんでもないんだけど。
両手にトリュフを抱えてオレはニンマリと笑った。
「今夜はトリュフ炊き込みご飯──は、ご飯がねえな。トリュフのお吸い物……お吸い物なんて作ったことねえわ。トリュフの串焼きだな。ヒャッホイ」
「まあ、よくわからんキノコだけどシスターが幸せそうなら……」
と、なんか妙に生暖かい目線で周りに見られている気がするけどよ。
いいだろ。こちとら毎日清貧に暮らしてるんだ。お食事で出てくるウナギがなんかマッズイ茹で焼きで絶望してんだ。いや、まあオレに任せても蒲焼きなんて作れねえんだけど。
そうこうして蛇にトリュフを集めさせていると、遠くで犬の遠吠えが聞こえた。
「! 合図だ! こっちに呼び寄せます」
どうやら獲物を見つけた合図らしく、フォードが角笛を持って吹き鳴らす。
さてはて猟師と犬に追いかけられた獲物がやってくるぜ。
ガサガサと大きな音がこちらに近づいてくるのを、固唾を呑んでフォードと兵士が武器を構えていると……
そいつは森の奥から現れた。
アラスカのグリズリーみてえにでっけえ熊だ。手と口にはべっとりと赤い液体を付着させている。
が、とか云うドデカイ叫び声が熊から上げられた。
その目はサメ映画のサメみたいな感情を伴わない殺戮者の色をしている。確実にやべえやつだ。
『魔物だ。構えろ』
カイムの声が出るまでもなく、オレは真っ先に襲いかかられた一番近いフォードをかばう為に駆け出した。
完全に混乱して硬直してやがる。魔物の熊は既に腕を目の前で振り上げてるってのに!
「危ねえ!!」
オレはフォードの服を引っ張り自分の後ろに引き倒し──熊の爪が肌に食い込んだ。
おねショタもいける!(無自覚)
レッタさんは普乳です