13話『ブドウ踏みのお祭りレッタさん』
当然だけど多くの作物ってのは冬以外の季節でよく取れる。大体冬は寒くて仕事したくねえし。このあたりの地方は雪だって真冬になれば降るらしい。
そんなわけで冬を越すために秋のうちに色々作業をしておく。例えば果物の収穫とか、秋蒔きの種を植えるだとか、家畜を屠殺して保存食にするとかそういうのだ。
ワイン造りも冬の前にやる大事な儀式らしい。
オレにとってワインなんてのはシカゴピザの宅配ついでに持ってきてもらうもんだったんで、造るってのがピンと来ねえけど。旨いんだぜ、チーズピザに赤ワイン。ああ、腹減ってきた。
『ワイン造りに適した気候は本来地中海沿岸なのだが、フランス北部では需要が高いこともあって葡萄栽培が発展していた。
この時代のワインはガラス瓶に詰めるなどの保存法が取られていなかったために痛みやすく、寝かした酒よりも熟成させてすぐのワインが上物だとされている』
「ありがとう物知りカイム」
とりあえずルシ公から報告を受けてから数日。うちの教会での、万聖節とかいう祝日の一日前にワイン造りパーティを行うらしい。
場所は領主館マナーハウスの広間。村人が多く集まり、領主も参加してのワイン造りだ。
何せカイムの解説によれば領主は醸造からの一定期間、ワインを独占販売する権利を持っている。そりゃあ出来上がりにも気を使うよな。
領主と農民自治体から、是非にとオレが葡萄踏みガールに選ばれたらしい。
JFKは「教会と関係ない祭りですね。万聖節の準備があるので」と不参加らしい。出発前に司祭館のルシ公の部屋に踏み込んで告げる。
「つーわけでルシ公お前もやれ葡萄踏み」
「ファー? 一向に私がやる意味わかりませんがー?」
「ディビッド!」
「ファーッ!」
白蛇に頭を噛まれてのたうち回る。窓の外の木の枝に止まっている白い鳩が笑うようにバサバサと羽音を出した。
あの鳩も全然逃げねえな。時々村からベーコンとか焼肉とかパクって食ってるのを見かける。ずるいぜ。
「そう意地悪しないで付き合ってくれよルシ公」
「いやファー!」
「ディビッド」
「ファーッ!」
ルシ公はのたうち回った。
「だいたい、葡萄踏みも結構大変だから一人でやるもんじゃないって村人から聞いたぜ。話を持ってきたのはお前なんだからさあ」
「ことファる!」
「ディビッド」
「ファーッ!」
ルシ公はのたうち回った。
「ディビッド」
「ちょっ待つファ! まだ何も言ってない……わかった! やる! やるシファー!」
「ようし」
何せこの性悪女が持ち込んだ仕事だからな。どんな罠が仕掛けられてるかわかんねえ。
そういう時は一緒に突っ込ませればいい。死にゃしないだろ。
なにより、このワイン造り祭りはご馳走持ち込みだってんでオレは是非とも参加したいわけさ。
オレも鳩肉とか持ち込んだ方がいいかな?
*******
領主館、その着替え部屋でオレとルシ公は修道着を脱いで用意された衣装を切る。
亜麻で今年編んだ新しい服だそうだ。ちょっぴり飾りっぽい縫い方もしてて(オレにはさっぱり服飾の知識が無いのでなんとも言えないが)膝上ぐらいの大胆なスカート丈だった。頭には髪の毛がこぼれないようにレースを巻いている。
「うへはー……なあルシ公。このスカートってのは何とも頼りねえな。外気とパンツが直接触れてる感じっつーか。よく女の子ってのはこんな無防備都市宣言みたいな下半身で平気でいられるもんだ」
「やかましいファ! 私まで巻き込みやがって……」
「なんかピエレッタちゃんが着てるとうら可愛いJKみたいだけど、ルシ公が着てるとそういう店の人みたいだな……」
「黙るシファー!」
「お二人ともお似合いですよ」
領主に雇われてる召使の女性がそう言ってくる。ま、ルシ公も似合っていないわけじゃない。元が美人なら何を着ても似合うもんさ。
「おうカイム着替え終わったぜ。今から葡萄踏みしてくるから暫く会話できないわ」
『そうか。何かあったら連絡できるように近くに通鏡を置いておけ』
「了解了解。お前もちゃんとオレ様の勇姿を見とけよ」
そう言ってスマホを使用人の人に渡し、オレとルシ公は広間へ向かった。
恐らく村人を避難させたり、あるいはこういった行事で使うためなのだろう。ちょっとした体育館みたいな広さだな。ついでに、ワインを醸造する場でもある。
燦々と降り注ぐ太陽の下でレッツ葡萄踏み!って感じかと思ったけど屋内でやるのが無難らしい。通り雨でも降ったら台無しだからな貴重な収入が。
広間に入ると敷布が葡萄桶まで続いていて、松明が室内を明るく照らしている。既に集まっていた老若男女の村人が登場したオレらを注目した。
「聖女様だ!」
「いらっしゃったぞ!」
「やはり可愛い……!」
「それとルシなんとかさんだ!」
「ルシなんとかさんも居る!」
「ちょっとキツイ」
「だがそれがいい」
村人たちの囁きが聞こえる。ルシ公がなんか怒りをこらえるように顔を赤くしてプルプル震えてた。
「へいへい。ステイステイ。深呼吸しなよルシ子ちゃん。アンタサイコーにイケてるわ。今日のゴールデンラズベリー女優賞はアンタのものよ。ワオ」
「なんで私がこんなことを……ピエレッタだけにやらせて至高ネタにさせてやろうと思ったのに……」
こいつ……。
まあいい。意味はわからんが葡萄踏んでるだけで男から人気が出るわけねーだろ。まったくイミフ。至高ネタってのはボインでパツキンのチャンネーが星条旗ビキニでも身につけてポールダンスでもしないとな。
二人が中央に置かれた葡萄桶に近づくと、なんか竪琴っぽい楽器を持った男が前に進み出てきた。頭に羽根付き帽子を被っていて長いマフラーを首に巻き、真っ黒い服に赤いズボンという奇抜な格好をしている。
そんでもって頭に丸っこい耳が、帽子を破り飛び出ていた。
確かあの耳はネズミっぽいような……鼠人って種族が居たな。それか?
「ハハッ、こぉんにちは。ボクの名前はミッキマー!」
「スタァップ」
「えっ」
「……色々ヤバくねえか? ほら、名前とかシルエットとか」
「何がだい!? ボクはただの鼠人で名前がミッキマーなだけの一個人だよ!! 誰にはばかる必要があるって云うんだい!! 何か違法しているとでも!?」
「わかった! わかったよ! もうその点に触れないことにしようぜ、メーン。何かあったら改名すればいいだけなんだから」
「しないよ!」
ミッキマーは特に何ら法的な問題のない鼠人だ。間違いない。そう信じよう。
ともあれミッキマーは竪琴をかき鳴らしてオレらに帽子を取って改めて挨拶をする。
「ともあれ初めまして、葡萄踏みの敬虔なレディたち。今日の楽師代表としてお祭りを盛り上げていくからどうぞ宜しく」
「ああ。ノリの良い曲を頼むぜ……ってなんか周りの楽師らが微妙に苦々しい顔をしてるんだけど」
「ハハッ! ほら、ボクは流れ者の楽師だからね! 領主に雇われている専属の楽師からすれば気に食わないさ! まあ勿論、実力で黙らせたからこそ代表になったんだけどね!」
自信満々そうに胸を叩いて、竪琴を鳴らした。
ええと、確かカイムから各種族の解説を聞いたところによると、鼠人は手先が器用で細工物と音楽の才能に優れるんだっけ。
多くが根無し草で旅をして楽師や吟遊詩人、旅商人になったり、常識がズレてて盗みに忌避感を覚えないので窃盗をして暮らしているとか。
割りと嫌われ者の種族だけれど、本当に細工物と音楽だけは有用なもんで渋々他の種族は付き合っているらしい。元の世界で云うとジプシーみたいなもんか?
ミッキマーは手をパンパンと叩いて笑顔を振りまいた。
「さあ、主役が居なけりゃ始まらない! 葡萄踏まないと娘さんらは料理にもありつけないんだから! 歌って踊って楽しもう(甲高い声)!」
竪琴を合図のようにかき鳴らすと、他の楽団がええっと詳しくねえけどヴァイオリンっぽい弦楽器やら、ラッパみたいな管楽器やらで演奏を始めた。
ミッキマーの竪琴からも音が鳴り響く。わお。ポロロン系のアレかと思ったら、ジャカジャカいい感じの音を出してやがる。
流れ者の楽師が団長の即興チームなのに、多分ミッキマーの腕前で他の音と見事に調和してるみたいだ。さすがボクらのクラブのリーダーだ!
そもそもここ暫く、教会の合唱会みたいな音楽しか聞いてなくて楽しげなミュージックが既に嬉しい。無理だってあの空気で合唱隊をブロードウェイに連れていくのは。メッチャ押しの強い黒人の尼さん呼んでこい。
村の女たちが体を揺らしながら、左右からオレとルシ公の手を取って葡萄桶の方へ軽やかな足取りで連れていく。
すげえ。なんかこの音楽聞いてると勝手に足取りがリズム取ってるみたいになる。まるで[サタデーナイトフィーバー]を映画館で見た後みてえだ。
オレらは葡萄桶の前まで来ると、桶の周りを村の女らが輪になって踊っている。中には葡萄染みのついた亜麻の服を着ているやつも居て、多分去年の葡萄踏み娘だったんじゃねえかなって思う。
格式張ったダンスじゃなくて素朴な感じの踊りだ。男たちは手を叩いて囃し立てている。皆が笑顔で、祭りとワイン造りに楽しんでいるようだった。
「あはは」
思わずオレも顔が綻んで笑いがこぼれた。
いや、だってこっちに来てからさ。
こんなに周りが楽しんでる場なんてそう無かったからさ。
洞窟に目覚めて、カイムとミーティングして、蛇を倒して、村で腹ペコになりながら畑仕事して、聖務手伝ったらなんか異様に感謝されて。
こういう皆で笑うことなんて久しぶりだ!
「あはっ! よっし踊るぞルシ公!」
「ファー……アムドゥスキアスの加護持ちの楽師にすっかり乗せられて……」
「[アダムアンドジアンツ]? オレっち結構好きだぜあのバンド」
「全然合ってないファー!」
「まあ良いから踊れ! 祭りなんだからな!」
適当に周りに合わせてルシ公の手を取って踊りだす。ダンスダンスだぜ!
オレに振り回されるようにルシ公も動くが、歌と音楽の効果で転ばずに足を運ばせた。
「ファッ!? この私とダンス勝負するつもりファ!?」
「おうショーブショーブ!」
「転ばして恥掻かせてやるシファ!」
オレとルシ公は手をお互いに引き合い、体勢を変えつつ周りのダンスに合わせて葡萄桶を一周回る。
そうすると足元に水桶が用意されてた。そうだった。ダンスっつーか葡萄踏み祭りだった。
勝負は葡萄桶の中に延長だ。両手を握りあったまま水桶に入って一旦止まり、周りの娘がオレらの足を洗う。
そんでもって葡萄桶を跨いで中に入る。ちょっとした風呂をかなり深くした感じのものだ。何故か跨いで入るときどよめきが聞こえたが、はしたなかったか?
「うおおお、なんか食べ物踏み潰すって奇妙な感覚……」
うどんぐらいだったら練る際に踏んだことあるけど、なんかこー水っぽい物を踏み潰すとやっちまった感あるな。
「足の裏ベチャベチャするシファー……」
ルシ公も踏みながら微妙な表情だった。
多分綺麗に足洗ったから大丈夫だよな? しかし結構な量の葡萄だ。大きな桶の中、膝近くまで埋まってるんじゃないか?
「あらよっと!」
「ファうんっ!? 転びそうだから引っ張るな!」
「ボサッと突っ立ってたら仕事が終わらないぜ。何せどうやら、まだ葡萄桶あるしふぁー。あっ口調が移った」
「パクリファー!」
「あっははは」
お互い転ばないように片手を掴んだまま、桶の中でぐるぐると追いかけ合うようにして葡萄を踏みしめ混ぜ込める。
ぐちゃぐちゃと葡萄が潰され、時々大きく足を上げて表面のやつも沈み込ませてかき回し、葡萄を潰していく。
「このっ、踏んでやるシファー!」
「どっこい!」
ルシ公は何やらオレの足ごと踏みつけてやろうとこちらに足を伸ばしてきた。両足の間にいれるようにしてそれを躱して、体勢を入れ替え、手を掴む位置を変えて引っ張り合い移動する。
「ファー!?」
「転ぶなよ!」
ルシ公を振り回しては引きつけて、転ばないように腰にも手を回して支えてやる。そうすると怒ったルシ公がまた足を踏もうとしてきて、動きが続けられる。
音楽がそれに合わせてくれているようで変調していた。周りから見たら踊っているようだ。
赤い葡萄汁が飛び散って真新しい亜麻の服を染めていくけれど気にせずに、ルシ公と踊り続けた。いやあこいつおちょくると面白い。キスでもしてやりたいぐらいだぜ。
「キマシテルね! ハハッ」
ミッキマーもなんか大喜びで音楽をかき鳴らしてる。何がキテルんだ? よくわかんねえけどいいか!
場も盛り上がって踊りまくり、途中で領主の息子のフォードがオレらにワインを差し入れしてくれた。
「そ、その! シスター! これを!」
「おうサンキュー! 喉乾いてたんだ。頑張ってるから旨いワインができそうだろ?」
妙に顔を赤くしたフォードは頭をぶんぶんと縦に振る。こいつも酒の飲み過ぎかな?
激しく運動した後にワインを飲んでまた踊るもんだから酔いも回ってわけがわからなくなった。
「あーははは!」
「目が回ってきたファー……疲れたファー……」
「[回復]! これで延々と出来るしふぁー?」
「パクんなー!」
スキルで体力回復をしつつも時々休憩で桶の縁に腰掛けて、酒と食い物を持ってきて貰った。
柔らかい白パンにたっぷりチーズと玉ねぎとニンニクを乗っけて窯で炙ったチーズパンを齧ってワインを飲むと、ドミノピザを頼んだみたいだった。
皆で踊って服の胸元まで葡萄染みができながら、オレとルシ公は葡萄踏みをし続けたのであった。なんか祈りを発動させて葡萄を祝福したような気もする。酒と祭りの騒ぎに飲み込まれてよくわからなかったけど。
そうして暫くし──
「あー楽しかった」
やがて全部終わったと宣言をすると、周囲から拍手喝采が浴びせられた。ヒュウ! とんだダンスショーだったぜ。
かなりの重作業だった。何杯も葡萄桶をおかわりしてやったし、普通の女の子だったら体力持たねえだろうな。オレを呼んだのも、体力回復の術が使えるからだろうと推測される。
オレは葡萄桶から降りて水桶でどろどろになった足を太もも辺りまで洗う。なんかルシ公が念入りにオレのスカートを絞って葡萄汁を落としていた。
「しっかしベトベトだ。あーちょっと風呂入りてーな」
「おお、それでしたらうちの館にある浴室をご利用くだされ」
「えっ風呂あるの? じゃあ借りるか。おいルシ公。行こうぜ」
「先に行ってるシファー」
「わかった」
オレは酒の酔いと疲れから軽くアクビをしつつ、使用人の子に付いていって風呂場へ向かうことにした。
背後から何かルシ公の声が聞こえる。
「えーそれじゃあ、聖乙女の足と衣服についた葡萄汁を拭って絞った水。幾らで買うファー?」
何やってんだあいつ……
「10ドゥニエ銀貨」
「鶏5羽と卵10」
「子豚2匹雄雌」
「20ドゥニエ」
「ハハッ、ミッキマー特製の銀細工エメラルド付きだよォー」
「ぐああああズルいぞこの鼠野郎!!」
「ふざけんなブルジョワ!」
「父上! うちの馬! うちの馬出していいですか!?」
「あの馬150ドゥニエぐらいするんだぞ!?」
「一括じゃなくてコップ一杯ごとに売ってくれ!」
そして何やってんだあの連中……通貨と物々交換を出し合って何かを買おうとしてやがる。
うん。
まあ気にすまいか。酔ってるしどーでもいいわ。あいつらも酔っ払ってるんだろ。
使用人の子からスマホを返してもらってカイムに連絡をする。
「おーいカイム。終わったぜ。見てたかー?」
『……』
「ん? カイム。どした? あーさては見てなかったなオレサマのダーティ・ダンシングを」
『いや、見ていた』
「そんだけ?」
『楽しそうにしていたな。何よりだ』
「そんだけ?」
『……あれだけ踊れるのも一種の才能だろう。誇るが良い』
「そーんーだーけー?」
『面倒臭い絡み方をして……こいつ酔ってるな……ごほん。中々良かった。それではな。風呂に入って今晩はさっさと寝ることだ』
カイムはそう言葉を掛けて通信を切った。
ふふん。天使サマからも評価されるダンスってのはいい仕事した感あるぜ。
「うわお。湯船もあるじゃん。領主サマ豪華ー」
オレは使用人の子に髪の毛まで洗ってもらって、温かい湯に浸かって満喫したのであった。極楽極楽。
********
「シスターの葡萄踏み凄い良かった……」
「メチャ至高すぎる……」
「パンツ見えたわマジ……」
「無邪気に白い太ももまで見せて葡萄を足で潰して笑顔を振りまくとかスケベ悪魔かよ……」
「ルシなんとかさんもスタイル良くてエロかった……」
「と言うか二人が手を繋いで踊ってるのがエッチすぎた……」
「喧嘩っぽいやり取りしてるのも凄いキテルわ……」
「喧嘩ップル尊い……」
「おいはあれで一年は至高れっど!!」
「おいは一晩掛けてじっくり至高り申す!!」
「全員有罪。[呪法]」
「あばばばばば」
******
なんか風呂から帰ってきたら死にかけた奴らとJFKが居たけどなんだったんだ?
ハハッ何も問題は無いよォ!