10話『農村の一日後半なレッタさん』
昼飯を食い終わった後の教会では何をするかって?
またお祈りさ!
ハンニャハラミタジってな! ごめんオレだけなんか変な祈りだわ。
なんというか適当な上辺だけの気持ちでお祈りしたら真剣に信仰している人に悪いからな。
ここは一つ、ブッダかヤーさんに祈るタイムにしておこう。
さて、お祈りも済んだしJFKに話を通してみる。
「ハァイ司祭サマ」
「どうしましたか、ピエレッタ」
「実はオレっちにも祭儀を手伝わせて欲しいんでさ。具体的には改悛と覚えたら次の婚礼」
「ふむ……」
彼は少し思案して、仕方無さそうに頷いた。
「あなたは充分過ぎるほどに聖医術や祈りを使えますからね。それで聖術だけ位が低いというのも世間体が悪くなります。侍祭待遇としてこれから祭儀の手伝いをお願いしましょう」
「ひゃっほ」
まあ、下っ端が高等な術をぽこぽこ使ってるよりはちゃんとした聖職者としての身分を持たせた方がいいんだろうな。
「ただ、半年ほどであなたは旅に出るので正式な品級は行いません。隠者の巡礼として向かいなさい。いいですね」
「わかりました、司祭サマ」
この村に骨を埋めるつもりなら何かしら身分を正式に与えるのだろうけれど、といった感じだ。
まあオレは聖地に行ってそのままオサラバ、出来なければインドにでも向かってハッパでハッピー生活を送るさ。
「ファーッ! ジェフカ司祭ファー! そんなちょっと天使と交信するまでは死んだ魚の目をしていた小娘に祭儀を手伝わせるなんて神様への冒涜ッファー!! しかも私と同じ侍祭でファー!」
「おっルシ公元気だな。司祭サマー。アタイがお洗濯してたらルシなんとか侍祭が洗濯物にウンコぶちまけて来ましたー」
「ルシなんとか侍祭?」
「ウソッ躊躇いなくチクリっ……ファー!?」
むしろなんでチクられないと思ったか疑問だぜ。ガミガミと説教されてるルシ公を見ながらポップコーンでも食いたい気分だった。
「ルシなんとかさん。あなたが幾らローマの修道会から派遣されてきた聖職者だからといって、この小教区に居る以上は私や助祭の言いつけを守り、共に手助けをしあっていかねばなりません。
同じ女性聖職者が居れば、両親を病で亡くし心を塞いでいたピエレッタもよくなるかと思えば虐めてばかりでとても神の信徒とは思えぬ行為の数々。悔い改めなければいずれ裁きが訪れますよ」
「ファーい……」
ふーん。確かにルシ公以外に蛇の人って見ないと思ったら他所から来た人なわけね。
そんでもってオレのっていうかピエレッタちゃんのご両親はお亡くなりに。そんで孤児から聖職者の修行コースみたいな感じか。
「ところでカイム。侍祭ってなに?」
『侍祭は聖職者の階級で、下位に位置する。大雑把に言えば一番上が教皇や枢機卿・聖堂参事会などの中枢権力。
その下が司教区という教会の土地を管理する大司教と司教。そして彼らの部下で細かな村などの小教区を担当するのが司祭。
司祭の下で手伝いをするのが助祭と副助祭。ここまでが上位聖職者で、その更に下で祭儀を手伝うのが侍祭。祭儀の手伝いもできないが役目を与えられている』
「ごめん。一気に言われてもちょっと」
『……』
だってオレ前世で別に聖職者じゃなかったし。
警察官じゃない人は警察の階級に詳しくないようなもんだろ。警視正と警視長どっちが偉いかなんてわかりにくいみたいな。
微妙な無言の後でスマホの画面に表示された。
俗界教会の階級
Aランク 教皇 聖堂参事会 枢機卿
Bランク 大司教 司教
Cランク 司祭
Dランク 助祭 副助祭
Eランク 侍祭
Fランク 祓魔師 読師 守門
修道院(修道院長・修道士)は世俗から離れたコミュニティなので枠外
ただしそこから司祭などの聖職者を俗界に送ることもある。
オーケイ理解できた。
確かオレのは隠者だっけ。つまりこれもコミュニティ外か。出世街道には乗れないみたいだけどな。別に構わんさ。
それに忍者みたいでカッコイイしな! 忍者の武器って言えばトンファーとヌンチャクだっけ? あれ使えねえかな。棍術ってスキルあったけど。
「……というわけでピエレッタ。今日のところは予定がありませんが、村人が懺悔しに来た機会があれば行いましょう」
「了解」
いつの間にかルシ公への説教は終わっており、オレはあたかもしっかり聞いていたかのような快活な返事を返した。
さてそれから午後は昼寝でもして過ごすかな!
勿論そんなわけには行かなかった。農作業オブザデッドである。デッドじゃないけど。
「よさぁーくぁー木をーへいへいほー」
『木を切って無いだろ』
しんどい。午前中にやった種まきの作業は楽勝だったんだけど、午後はカッチカチの畑を耕す仕事だった。
鉄製の鍬を振り上げては地面に叩きつけ、土を起こして行く。腰に来そうだぜ。
秋に収穫した麦の根っこを掘り起こして土に混ぜることで肥料にしているわけだ。
「しかし細腕のシスターにやらせる仕事じゃねえぞこれ。おお見てご覧。お手ての皮が剥けてきたわ。治癒」
『むしろ適任だと思うが……』
ポワワと回復させつつ作業を続行。やらねえと終わらねえからな。
「っていうか牛か馬にやらせて欲しいぜ」
「馬用の犂はうちの教会持ってないからなあ」
「そうなのかい? チャーリー」
「ジョンだ。誰と間違えてるんだよ」
返事をしたのは祓魔師のチャー──ジョンさんだ。人間族で20代の男である。
あだ名はJ.J。もしくはジャージャービンクス。おお、それはあんまりか。
ちらっとステータス見たらレベルは10。聖術持って無くて祓魔術LV3まで持ってた。
よくわからんスキルの覚え方だな? 普通、術系スキルって必要ポイントが10だから20までレベル上げないと習得できないんじゃなかったっけ。
ぶつぶつと文句を言いながら鍬を振っているJに聞いてみることにした。
「教会の畑は村の農民に比べて狭くても生活できるからそこまで必要ではない……にしても大変だよな。あーあ。もっと悪魔憑きが出てこねーかな」
「なあお兄ちゃんよ」
呼びかけると動きを止めてオレの方を見て目を見開いた。
「お、お兄ちゃん!? 今ちょっと自分ドキっとした……もっと呼んでも構わないぞ」
なんでやねん。だがオレはサービスとして猫なで声を作ってやる。
「お兄ちゃん☆ ピエレッタお腹空いたの☆ おやつ食べたい☆」
おえっ。オレが前世でこんなこと言ったら職場の人間が卒倒しちゃうね。
「よしよし、この前に見回りしてて貰った干しブドウをやろう」
「わーい☆」
言ってみるもんだな。干しブドウって言っても現代のお店で売ってるようなやつじゃなくて、明らかにブドウの搾りかすがもったいないから干して保存してるみたいなやつだ。でも口に放り込むと酸っぱくて旨い。
「ってそうじゃなくてだな。祓魔師ってどういう経緯でなるんだ? 司祭サマもオタクも3まで使えるんだろ?」
「なんだ、そんなことか。自分みたいな教会にコネも伝手もないやつが聖職者になろうとすると、守門から初めて何十年も掛けて侍祭にあがるか、司教様のところで祓魔術を習得させてもらって悪魔払いの実績次第で早めに侍祭以上になるかの選択肢があるんだよ。祓魔師の方が早いんだが……その分聖術を覚えるのがずっと後になる」
「ふぅん?」
「やれやれ。もっと頑張らないとな。転勤があってアミアンにでも行くことができれば、悪魔の数も増えるんだけど……」
「アミアン?」
「ここから一番近い都市だよ。人口が二万人は居る。シスターは確かそこ出身だろ? その近くのサントメールでもいいんだが……っと、司祭様が呼んでるから行ってくる」
Jはそう断って、畑仕事を放り出して向こうへ行ってしまった。オレが残り耕すの?
「それにしても、祓魔術ってスキルポイント以外で習得できるの?」
『司教から聖職者の叙任を受ける際に特典として、術系統を一つ解放できるのだ。普通は聖術を解放されるのだが、祓魔師の場合は祓魔術を解放される。以降は悪魔祓いでレベルが20になり自力で聖術を覚えれば、侍祭資格を得ることができる仕組みだ』
カイムの解説補足を聞いて頷く。なるほど、だから低レベルでも術スキルを習得しているのね。
だとすればオレっていうかピエレッタは何かコネがあったのかもな。いきなり聖術を開放してもらってるっぽいしな。
『教会は聖職者数に制限を付けている。それ故に、新たな聖職者に叙任するのは同じ聖職者の身内や、金持ちからの寄進を受けてそこの子などを取るだろう。聖職者に憧れる農民などは、全財産を捧げてなお下位聖職者で一生を終える』
「世知辛いねえ」
皆が皆、こういう便利な術を使えればハッピーなんだろうけどな。ただし教会の権力はガタ落ちかもな。
エンヤコラと鍬を振りながら話を続ける。
「ところで悪魔祓いって言うと、悪魔が居るわけ?」
『正確には悪魔ではないが、人に悪戯をするように創造された妖精や供養されなかった悪人の幽霊などが現れるようになっている。また、不信心者や戒律違反者などの元には、災いを司る天使によって呪われる。それを払うことで被害者をより深く信仰させる役目が祓魔師だ』
「天使も呪ってくるのかよ……」
『耐え難い恐怖を継続的に与えて弱らせてくる天使バラムや、失明させたり白痴にしたりする天使シャックスなど……私もちょっと関わりたくない奴らが張り切っている』
「天使の皮被った悪魔だろそいつら」
おっと! あんまり不信心なセリフ吐いてると本当にそんなヤバイ系天使が来ちまうかもしれない。
せっせと働くぜ。まあ、治癒と回復の回数を稼いでレベル上げしてると思おう。
******
頑張って畑仕事を終えたオレは腹ペコ状態だ。
晩飯の時間は午後六時。教会の鐘を鳴らしてお祈りしてからご飯だ。
待望のご飯だ。もうなんか腹減って頭痛してきたもん。早急にバレない間食の確保が必要だと確信するね。
メニューは!
小麦のパン(昼と同量)
野菜とそら豆のスープ(煮崩れ状態)
鯉のキャベツ包み蒸し
蜂蜜入りワイン
味は全体的に塩って感じだ。スープには風味付としてニンニクとかカラシが入ってるのが胃を温めてくれてありがたい。
鯉のキャベツ包みは素直に旨い。何せシンプルだ。世の中の家畜ってのは、相当に品種改良しないとあんまり旨くねえのが多いんだが魚ってのは野生にいるやつを焼いたりしただけで普通に旨いから大したもんだよな。ただやっぱり手づかみだった。どうやらフォークとかスプーンとかいう物体は存在しないようだ。
蜂蜜入りワインっていうと豪華に聞こえるかもしれねえが、これは古いワインの味を誤魔化すために甘味を添加してるな。しかし貴重なカロリーだ。
食事を終えてお祈りして、部屋に戻ってカイムに愚痴る。
「問題はパンですよ。パンさん。昼と夜合わせて一日に食べる主食が、四枚切りの食パン3枚分ってどういうことやねん」
『恐らく聖ベネディクトの戒律を適応しているのだろうな』
「なんだい、それ」
『修道院のベネディクト会が提唱した聖職者の清貧的な食事要項だ。パンは一日1リブラ、飲み物は1ヘミナだけ取るようにと……パン300gと飲み物750mlになる』
「労働すること考慮してねえだろそれ。ごくごく」
洗礼水を飲んで腹を膨らませながら言う。
なんやねんその少なめの食事は。
『実際、守っていないところも多い。司教あたりになると君主貴族と同じような生活ができるからな。だがまあ、田舎の司祭ならむしろ守る方が豪華なぐらいだ。農民と同じような雑穀パンばかりな食生活を送る司祭も居る』
「わかったよ。メシに関しては誰も恨みはしないさ。そのうち自分でどうにかする」
やれやれ、この世界のイエスはどのスキルでパンと魚を増やしやがったんだ?
兎にも角にも、まずは召喚術で火を出せるようにしておきたいぜ。
そんなことを思いながら農作業で疲れたオレはベッドに入り込んで寝ることにした。
「お休み、カイムお兄ちゃん☆」
『気味が悪い』
「ひでえ」
まあ大体、農村での一日ってのはこんな感じだ。お祈りばっかりしてた気がするぜ。
異世界スローライフ作品のような農村生活
天使シャックスはクソ(重要)