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1話『気がついたら他人の体になってた田村さん』



「なんてこった。どういうこったよ。こいつはコトだぜ……」


 オレは自分の顔をペタペタと触りながらそう呟いた。目に映るのは小さくて真っ白い手。記憶とは似ても似つかない、女子供の華奢な手だ。

 手で触れる顔も男らしい輪郭や自慢のたくましい髭の痕跡を感じず、赤ん坊のように柔っこい肌をしていた。

 腰まで垂れてる髪の毛はパツキンで、体はなんていうか女物の修道服っぽいのを着ている。

 ここは岩肌が床から天井まで囲んでいる洞穴で、外はすぐに見える程度の深さだ。焚き火の灯りが俺を照らしていて、敷布やら祭壇っぽいのやらあるちょっとした秘密基地のような場所。

 丁度机にでも使えそうな石の台に手鏡が置いてあった。薄くて長方形のキレイに映るやつで、それを覗き込むとハリウッドの子役になれそうな可愛らしいお嬢様の顔が確認できた。

 手で頬を摘んでみると鏡のお嬢さんも同じく動いて、つまりはオレの顔だってことがわかる。

 そして胸と股間を確認して口笛を吹いた。


「オーマイゴッド……わお。マイ・サンも失くなってやがる。神様仏様、オレが何をしたって云うんだ」


 嘆きながら大きく肩を竦めて首を振った。

 一体全体これはどういうわけなのか。まあ、一つわかることはオレは気がついたら女の子になっていたってわけだ。


 オレの名は田村。お嬢さんになるまでは日本人男性だった。

 直前の記憶は──死んだような寝たような、イマイチ曖昧なんだが少なくとも女の子じゃなかったはずだ。元は色黒でマッチョなハンサムナイスガイだった。ちょっと年の割に落ち着きがない方だと知人には言われていたが、性転換するほど落ち着かなかったわけはない。


 考えられることは、あんまり死ぬ直前のこと思い出せねえけどぽっくりご臨終しちまって輪廻転生。今まさに前世の記憶が戻ったってことかね。

 これでも仏教徒なので死んで生まれ変わる概念は知っているし、割りと信じている方だ。それに日本人で居た頃も、死んで解脱できるほど徳を積んで悟りを得た気は全然しなかった。なら来世もあるだろ多分。

 生まれ変われば人種も性別も変わったり、或いは動物や虫になることだってあるだろうさ。

 そう考えれば次の人生が女の子ってのも考えられる。オーケー受け入れた。こういうこともあり得る話だ。頑張って折り合いをつけよう。


 しかし参ったな。今記憶が戻ったにしても、全然オレってば自分のことわからねえんだけど。これまで何をしてどう暮らしてきたとか。

 見た感じ、洞窟に一人暮らしの少女シスター? そんなのって居るのか? どんな暮らししてやがる。児童相談所に相談するか。

 だけどここに食料っぽい何かの入った素焼きの壺もある。変な匂いの酒っぽいのも壺に入ってた。やっぱり暮らしてる感がある。

 それにしても、文明レベル低そうだ。着ている服や靴はとてもナイキやギャップ製には見えないし、家電製品も置いていない。こんなところに住んでたんじゃドミノ・ピザも配達してくれなさそうだぜ。ひょっとしたら過去にタイムスリップしたのかしらん。


 そんなことを考えていると、先程手に取っていた鏡から小さく鐘を鳴らすような音が響いて僅かに震えた。

 まるで着信だ。

 あれ? ひょっとしてこれ鏡じゃなくてスマホだったの? わお。ひょっとして新しいiPhoneだったりする?

 オレはリンゴのマークを探したが見当たらず、やむを得ず画面に触れて見た。すると音と振動が止まり、恐らく通話モードになった。咳払いをして話しかける。


「もしもしー、こちら電話相談員の田村です。お悩みごとは何でしょうかー」

『……』


 ぷつっと小さい音がして無言になった。どうやら電話を切られちまったようだ。

 リダイヤルしようとするが見たこと無い機種なので使い方がよくわからない。鏡っぽい画面のまま動かない。


「Siriー? オッケーグーグル? 反応しねえな、チクショウ──っと」


 毒づいてると再び着信があった。俺は咳払いをして改めて電話に出る。


「失礼しました。こちら田村です。どうぞ(オーバー)?」

『……こちら、天の声担当。状況を説明しても構わないか?』


 電話先から聞こえてきたのは低い男の声。声質からしてそこまでオッサンって感じじゃ無さそうだ。何処か疲れ気味な印象が声からした。

 勿論当然ながら知り合いの声じゃない。ということは向こうもオレを知らないのが当然なのだが、何かを説明しようとしているようだ。

 

「とりあえず、天の声って最近ホットラインから通話してくるわけ?」

『……そうだ』

「あ、今説明面倒くさいからそれでいいか……って思った間があった?」

『そんなことを気にするな。それよりも、いきなりの状況にもっと戸惑っているものと思っていたが……』

「わかったよ。ゴメン。もう口挟まないから。良いって言うまではさ」


 今度は小さくため息が聞こえてきた。


『まずはお前の状況からだ。地球世界出身のお前の魂は、地球とは異なるこの世界を創造した神によって召喚された。ここはお前が生まれ育った星ではない、ということを理解してくれ』

「そんなこと言って、そこら辺を旅してたら自由の女神の頭が出て来るってオチじゃないだろうな」

『……』

「お口にチャック、手を上げて(ホールドアップ)であぐらを組むぜ」

『……連れてきた理由は恐らく神の気まぐれだ。お前でなくてはならない理由はなかったが、そうでない理由もまた神にはない。理不尽を嘆くかもしれないが、どうしようもないことだ』


 わお。何とも雑な理由で選ばれたもんだ。

 これでもオレってば信心深い仏教徒にして敬虔な唯一神教の信者なんだがな。そう名乗ると知り合いからはその時点で信心も敬虔さもねえって言われるんだけどよ。オレを勝手に攫ってブッダとかヤーさんから苦情とか来ないんだろうか。


「質問よろしゅうございます? その話振りからすると、この天の声は神様本人じゃないのか?」

『そうだ。使いっ走りの部下が、コールセンター業務に突如回されたと思ってくれ』


 道理で声が疲れているというか、ため息混じりに聞こえるわけだぜ。天の使いっ走り。略して天使ね。

 この天使か誰かさんは神様の気まぐれでオレを連れてきたサポート要員としてこう説明しているわけだ。普通は神様本人がやるもんじゃねえの? 死後に気さくな神様がひょっこり出てきてよ。

 責任者自らが説明しないで部下に投げっぱなしという。まあ、理不尽ってのはそういうものか。


「っていうか気まぐれで連れてこられたなら、オレがやらないといけない目的とか無いのか? ほら、音痴の聖歌隊を鍛えてブロードウェイに出るとか、ヘプバーンになって尼僧を辞めてナチスと戦うとか。オーマァーリィーアッ♪」

『……なんだその例えは。歌いだすな。いや、まあ確かにどう生きても構わんのだが……神はお前に、聖地に来て祈りを捧げる事を望んでいるようだ』

「そりゃまたどうして」

『元々その体は、この洞窟に住んでいた若い尼僧のものだ。彼女は本来この後に聖地に巡礼し祈りを捧げるはずが……』

「はずが?」

『聖餅を喉に詰まらせてうっかり死んでしまった。その遺志を神が受け、だが単純な蘇生は行えないとして彼女の肉体を回復させて別の魂を入れた。それがお前だ』

「モチをねえ。危ないのよねあれ。うちでも婆ちゃんが食う度にハラハラしてた」


 ま、聖餅っていうとモチっていうかパンなんだろうけどさ。でもパンだって喉に詰まらせて死ぬやつは結構いるんだぜ。


『……とにかく、聖地にて祈りを捧げる行いをすれば神は奇跡を一つ与えるという。元の世界に戻ることもできるし、この世界で聖女と崇められることもできるだろう』


 ふーむ。

 聖地とやらで神様を拝めば元の世界に戻れる……ってわけね。

 いや、別に前世に未練があるわけでもないんだが、来世に希望ぐらい持ちたいタイプなんだオレは。この世界に定住すると延々異世界の輪廻に乗っちまうんじゃねえの? そりゃちょっと嫌だな。

 それにこの体の前の持ち主さんはおっ死んじまったようだが、敬虔なシスターだったんだろうよ。その遺言みたいなもんでもあるわけだ。

 

「いいぜ。どうせやること無いし、ひとまずその聖地でアーメン目指してみるか」

『……軽い。もっとこう……おのれ神!的な……』


 何処か呆れたような天の声にオレは大げさに肩を竦めた。


「おいおい。オタクがそんなこと言ってどうすんだ。大体神様なんて逆らっても碌なことねえだろ。勝てるわけもないんだし」


 これでも信心深い方で、寺や教会だけじゃなくて神社やモスクにもお賽銭投げてきたんだ。この世界の神様がどんなのかしらねえが、多少なりは敬意を持って接しないと祟られるぜ。


「それに俺が神様のご意向に従わなかったら、延々ホットラインで催促されるんじゃないの?」

『……あり得るが、その場合やるのが私だから困る』

「じゃあサクッとやる気を見せて神様満足させてみようぜ。元の世界に帰れるなら魂だけでも帰りたいしな」

『わかった。とりあえず、聖地に行くための説明をしよう』


 天の声は話を進めた。


『その鏡は[通鏡(スルーグラス)]という道具だ。この世界では神官や騎士が所持していて、ステータスを表示する機能がある』

「すていたす?」


 オレは首を傾げる。健康のステータスってやつか? これでもレタスとかは食ってたほうだけど前世では。

 少しだけ固まったようになった天の声から恐る恐る声が聞こえた。


『……テレビゲームとかやったことは?』

「アタリとファミコンなら持ってたけど基本昔っからお外で遊んでたな。友達がゲーム・オタクで少しは聞いたことがあるけど、バスケの方が得意だぜ」

『……使用者の職業、能力、技能などを表示する機能だ』

「年収とかスリーサイズとかも? いやね、オレっちこの体のサイズ知らないからブラジャーとか買う時にあると便利だなって」

『……』

「めんご」


 凄く面倒くさそうな雰囲気を出して黙り込んだのでひとまず謝っておいた。


『それに触れながら[世界地図(マッパ・ムンディ)]と唱えてみろ』

真裸(まっぱ)でムーディー?」

『マッパ・ムンディだ』


 やっぱりこのスマホは音声認識システムがついてるのか。

 オレは鏡を目の前に持っていき触れて、


「グーグル・マッパ・ムンディ!」

『グーグルは要らん』


 と唱えた。すると地図らしいのが出てきた。

 大雑把に言うと◯の中にTの文字を書き込んで三分割にしたような感じだった。三つの大陸を分かつ海ってことか。それ以外は外洋らしい。

 

『その地形がこの世界全土を表すものだ』

「へぇー便利。近くのサブウェイの場所とか出てこない?」

『こない』

「……怒ってる? 敬語使おっか? オレってお偉いさんの前で喋るの苦手で、これまでも怒られてきたのよね」

『いい。そのうち慣れる……私も偉くないしな……』


 大変ね。コールセンター業務って。

 オレも昔知人がコールセンターに就職したことあったけど、暫くして会ったそいつはファックとシットとサノバビッチを連呼するお下品な言葉使いになっていた。それぐらい大変な仕事なのだろう。

 

『とにかくその世界地図上で、世界の中心にあるのが聖地だ。そこにある城塞都市の教会が目的地になる』


 天の声が言うと地図上で中央が点滅して光った。


「へえー現在地は?」

『北西部の端……フランスの北部だ』

「なるほど。おフランスのね……ってあれ!? フランスなの!? ここって」


 異世界とか言ってなかった? 俺はじろじろと、現在地として光っている地図を眺めた。よく見たら鏡の上下左右にEWNSと方角らしいものが書かれている。

 地図の上が東なんでよくわからなかったが、角度を九十度変えて見るとそこはかとなく簡略化されているけどヨーロッパ風に見えなくもない。


『混乱するのも仕方がないが、この異世界はお前の住んでいた地球世界を参考にこっちの神が作った世界だ。多少形を変えたヨーロッパとアジアとアフリカが、繋がっている地中海・マルマラ海・黒海・紅海によって分断されている。それが世界のすべてで、アメリカ大陸などは存在しない』


 なんてこった。アメリカが無いってことはハリウッドも存在しないとか、この世界の未来は暗いな。

 軽くショックだぜ。確かにオレは前世で日本人だったが、アメリカ育ちの奈良県民だったからな。ステイツも故郷と言えるのに。


「なんでまた似たような世界を?」

『積み木遊びでオリジナル性のある積み方をする者も居れば、お手本通りか或いはアレンジして作る者も居るだろう。ここの神は後者だ。歴史もある程度同じよう進ませていて、この世界は現在お前の住んでいた世界の11世紀ヨーロッパに似た状態にある』


 それにしちゃ半端なサイズの再現だけど。まあ地球には色々な宗教の創造神が居るからアレって共同作品だったりするのかな。


「しかしあんた、妙にオレの世界に詳しいね?」

『説明する為に知識を埋め込まれたのだ。あくまで説明するのに必要な程度だが』

 

 なるほど。しかし11世紀ヨーロッパか。どんな状況だっけ?

 知り合いにオタクが居たから聞いたことがあるような。ダメだ。ノルマンコとか変な単語しか浮かんでこない。

 

「っていうかすると聖地ってアレかよ! エで始まってムで終わるやつ! エロイムエッサイムじゃなくて! 最近話題っていうかいつの時代でも話題の!」

『あくまで異世界で名前が同じというだけであって一切お前の世界の宗教・歴史・民族問題とは関係がない』

「なるほど、それなら何も問題は無いな」

『ああ』


 ふう。危ない危ない。


「とにかく。フランス北部から中東辺りまで行くのか。結構遠いな……治安はどうなんだ?」

『良くはない。一人旅をしていたら物盗りに襲われるだろうし、奴隷商に売られるかもしれない。凶暴な魔物も存在している』


 わお。そいつはコトだ。

 確かに11世紀というとモロ中世だしな。ポリスメンも居ないだろうし。警棒を持った刺青の警官が道中護衛してくれれば、ショットガンを持った物盗りでもイチコロなんだが。

 ま、だからといって現代でもガイドも付けずに聖地巡礼するのは止めといたほうがいいみたいだけどな。

 中々前途多難が予想されながら、天使サマのミーティングは続く。 





夕方頃に2話目を投稿します

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