第5話 かわいくなんてないですからね
宿屋に戻った頃にはもう空の底が色づきはじめていた。
で――
ベアトリスはちゃんと起きていた。
そして、僕らに質問する。
「あらぁ? ふたりでどこに行っていたんですか?」
「えっと、姫様、散歩です。散歩」
と、アグネスが答えた。
「そ、そうです。散歩です」
と、僕も調子を合わせる。
「女の子ふたりでこんな明け方に。まあ、そういうのもすばらしいと思いますよ。ただ、私も交ぜてほしかったですね」
「次は姫様も一緒に行きましょう」
と、アグネスが言う。
「ええ、もちろん。でも、私に黙ってふたりで出て行ったこと、これに対しては罰を与えなければいけませんね」
「ば、罰ですか……」
僕はおそるおそる言う。
「ええ。そうですね、まずは三回回って『にゃん』です」
「な、何ですか、それは。それに『まず』ってことはほかにも……」
「当然です。アグネス、お手本を見せてあげてください」
アグネスは一瞬悔しそうに顔をゆがめたけれど、すぐにくるくるくると三回転して、
「にゃん」
と、両手を軽く握ってかわいい猫のポーズをする。
恥ずかしいのか、顔を真っ赤にしている。
僕が逃げ出したせいでアグネスにこんなことをさせてしまって申し訳ない。
「とってもかわいらしいですね。次はローザですよ」
「ううっ……。わかりましたよ」
僕はアグネスと同じように、三回回って、
「にゃ、にゃん……」
恥ずかしい。女の子の身体の時点でもう恥ずかしいのにこんなことまでしないといけないなんて。
「いいですねぇ。初々しい感じが出ていてとてもすばらしいですね。じゃあ、次は四つんばいになってくださいね」
「よ、四つんばいですか……」
それはさすがに……。
「嫌ですか? 嫌なら今日一日全裸で過ごしてもらいますけど」
「や、やります。やらせていただきます」
僕とアグネスはふたりで床に這いつくばる。
すごい屈辱感。くそぅ、このご主人様チェンジできないかな。
ベアトリスは僕らの前にしゃがみこむと、両手を僕とアグネスの前に差し出した。
「さ、手のひらをぺろんと舐めてください。ふたりはもう猫さんですですからね」
アグネスは「にゃあ」と言いながら、ベアトリスの左の手のひらを舐めた。
僕も半泣きになりながら、「にゃあ」と言って、彼女の右手の手のひらを舐める。
何このプレイ。どんな性癖だよ。アブノーマルすぎるでしょ。
「本当にかわいい猫さんですね」
ベアトリスは僕とアグネスの頭をよしよしといったふうに撫でた。
その撫でてる手のひら、さっき僕が舐めたよね? ま、まあ、美少女の唾液は汚くないってことで。
アグネスは嬉しそうな顔を無理に作って「にゃあ」とまた鳴いた。僕も彼女に倣って「にゃあ」と鳴く。
「ずっとこうしていたいですけど、そろそろ勘弁してあげましょう。もう朝ごはんの時間ですからね」
そういうわけで、どうにかこうにか懲罰が終わった。
すごく屈辱的だったけれど、「拷問」というほどのものじゃなかったから、ひとまずは安堵した。
この姫様、もっとひどいことやってくれそうだけれどね……。
※ ※ ※
食堂のテーブルの上には、昨日の夕食とだいたい同じようなものが乗っていた。
パンにソーセージに目玉焼きにかぼちゃのスープ、それとコーヒーだった。
「ローザ、まず今日はあなたの下着を買いに行きます。アグネスのもののままだと、ずいぶんときついでしょうから」
「はい。すぐにでもこのブラジャー外したいくらいです」
「外してもいいですけど、乳房が動いて大変だと思いますよ。そんなに大きいと特に」
「まあ、そうでしょうね……」
「それから私たちがこのリープの町に来た理由ですが……」
「姫様、この変態女にそんなこともしゃべってしまうのですか」
「いいではないですか。奴隷とはいえ、パーティの一員ですから」
「僕、変態じゃないんですけど」
「ローザが痴女なのは、ここでは置いておきましょう」
「痴女でもないですよ。好きで裸でいたわけじゃないですから」
ベアトリスは僕の言葉をスルーして、
「要は冒険の旅というやつです。城にいても退屈でしたから。ご存知かもしれませんが、この世界の各地にはギルドというものがあります。そこに登録した冒険者たちは、ギルドから色々な仕事を請け負うことになります。そして、その仕事を達成すれば報酬がもらえるというシステムです。冒険者たちの多くはそうやって各地のギルドを回り、日銭を稼いで生活をしています。私たちもそういうのをやろうと思って、この町に来たんです」
「私は危険だと何度もおっしゃったんですがね」
アグネスはソーセージをもぐもぐと食べながら言う。
「安全な道ばかり選ぶ人生なんてつまらないではないですか」
「そうかもしれませんが……」
僕だって男だし、冒険の旅に憧れたりはしたさ。でも実際は大変なんだろうね。ブラック企業で働くのも安心安全な道とは程遠いかもしれないけれど。
「これがギルドの証明書です」
と、言ってベアトリスが見せてくれた。
それはなんだかコンビニのポイントカードみたいだった。まるでプラスチックでできてるみたい。いや、まさかね。
読めない字で書いてあったけど、どうやらベアトリスの名前が書かれているようだった。そしてその隣に「5」とアラビア数字が書いてある。数字はそのままなんだ。ずいぶんと都合がいいね。まあ、ここスマホゲーの世界だし。
「これは魔法の術式が埋め込まれている特殊なカードです。ここの数字はレベルを表しています。レベルというのは、強さのひとつの目安ですね。戦闘や依頼をこなすことで増えていきます。手のひらから情報を読み取る特殊な魔法がかけられているみたいですけど、詳しくは企業秘密ということらしいです」
「手のひらから情報……」
なんだか指紋認証みたいだ。やっぱり科学と魔法は区別つかないな。
「ちなみに私のレベルは5で、アグネスは8です」
「私のほうが多いのは、私が前衛で戦うことが多いからだ」
「私も前衛でばりばり戦いたいんですけどね」
「姫様、それは危険だと何度も」
「わかっていますよ、アグネス。適材適所というものがありますからね」
「えっと、僕も作ったほうがいいんですか?」
「いえ、ローザは奴隷ですから。戦闘要員じゃありません」
「でも、僕も戦いたいです」
戦ってレベルを上げなければ、これもうただの普通の女の子じゃん。
「戦闘を甘く見るな。お前に何ができる?」
「アグネス、そう強く言わないであげてください。ひとは誰でも冒険したいものですから」
「じゃあ、僕にもそういう機会を……」
「それは無理ですね」
「えー」
「ローザの希望は理解できますけど、それに応えてあげる義務はないですからね」
「そうだぞ、調子に乗るな。お前は奴隷だぞ」
「ちぇっ、わかったよ」
「ふてくされてるのもかわいいですね、ローザ」
「かわいくなんてないですよ」
「あらあら、ますますかわいらしい」
このままかわいいだけのキャラにされてたまるか。
どうせ女の子の身体でも、もっとかっこいい感じで活躍したいよ。
かっこいい男の姿にしてくれれば、それがいちばんいいんだけれど……。