第3話 ご主人様がドS過ぎてつらいんだけど
「そうそう、私たちの自己紹介がまだでしたね。ローザ、あなたは私たちのことを知っているふうだったから、言いそびれてしまいました」
と、ベアトリスはベッドに腰掛けながら言った。
「たしかに知ってますよ。僕はこの物語を読んでいたんですから。姫様のお名前はベアトリスで、イェナン王国の第七王女。そっちはアグネス、姫様に仕えている剣士」
「あらあら、お詳しいのですね」
「私の名前は何度も姫様に呼ばれていたし、イェナンの住民なら、姫様の情報を知っていてもおかしくない」
と、アグネスが言う。
「たしかにそうかもしれないけど」
「ここが物語の世界だというのなら、あなたは私たちの運命を知っているのですか」
「いえ、知りません。ストーリーが完結する前に終わってしまったから」
「作者が死んでしまったとか、そういうことでしょうか」
「いえ、作者が途中で投げ出してしまったんです」
「本当のこととは思えんな」
「ほんとだって」
「私はこの子が嘘をついているように思えません。それに、異界から来た男の子が女の子になってしまったという話のほうが面白いではないですか」
「姫様、面白いとかそういうので判断しては危険です。この女、他国のスパイかもしれません」
「私にスパイ活動を行っても、何も出てきやしませんよ。だから父上と母上もこうやって私が旅に出ることを簡単に許可したのです。今度からは雑用や荷物持ちなどすべてローザにやらせましょう。アグネスに全部やらせるのはずっと気が引けましたから」
「やっぱり僕、そういうことやらないといけないんですか」
「当然だろうが」
「はぁ……」
どうせ異世界に来たなら、俺TUEEEさせてくれよ。どうして奴隷なんかに。
「さあ、このメイド服を着てくださいね」
「ううっ、わかりました」
そして、僕はメイド服を着る。
けっこうきつかった。特に胸の辺りが。
しかも、コルセットまで無理やりつけられてちょっと苦しい。
ただ、久しぶりに靴を履いたので、それについてはひとまず安心した。
「あら、とてもかわいらしいですね。くるんと一回転してみてください」
「こうですか」
僕はベアトリスの言葉に従って、くるんと一回転する。
スカートがきれいな弧を描いた。
「いいですねえ。今度は両手の指を組んで、首を傾げて、何か懇願してください。ちゃんと目を潤ませてください」
「何でそんなことをやらせるんですか!」
「かわいい女の子は、かわいいポーズをするべきですよねえ、アグネス?」
「私に聞かないでください」
「とにかくやってみてください」
「わ、わかりましたよ」
どうして僕がこんなことをしないといけないんだ。恥ずかしいし、情けない。でも、ここも従っておかないと。全裸で放り出されるわけにはいかない。
僕は指を組んで、首をかしげ、
「姫様、こんなことやらせるの、やめてくだあさい」
「無理でーす」
「ううっ、やっぱり」
「まあ、今日はこの辺で勘弁してあげましょう。まだまだ自分の身体に慣れていないようですし。今後は乳房を揺らしたり、女豹のポーズ、M字開脚それから……」
「そんなことしないといけないんですか!?」
「はい。ローザが羞恥で顔を赤らめているところなんて最高ですから」
と、ベアトリスが最高の笑顔で言った。
「ううっ、そんな」
このドS女め……。レベルが上がったら今に見てろ。
そのとき、僕のおなかがぐうううと鳴った。
「あらあら、おなかが空いているのですね、そろそろ夕食にしましょう」
※ ※ ※
僕らは宿屋にある食堂で夕飯の席に着いた。
並べられた食事は、ジャガイモを煮たもの、キャベツを煮たもの、ソーセージを焼いたやつ、トマトのスープ、ライ麦のパン、それとビールだった。
おなかが空いてるし、食べたいんだけど、どうにも食欲が削がれる。
なぜって? だって全部絵だったから。まあ、キャベツの作画はしっかりしているけれど。
「ローザ、この世界の食事は初めてですから、警戒しているのですか?」
「え、いや、そうじゃないんです。ここにあるもの、全部僕の世界にもあります」
「嫌なら、食わんでもいいぞ」
アグネスはがつがつと料理を食べている。
「た、食べるよ」
僕はままよとソーセージを口に入れる。
あ、おいしい。
見た目は絵だけど、ちゃんとソーセージだ。ぱりっとした食感もあるし、肉汁も出てくる。口の中に肉の旨みが広がる。
アグネスがビールをごくごくと一気に飲み干し、
「ぷはぁ、生き返る」
と、闊達に言った。
「僕の今の身体、未成年っぽいけど、ビール飲んでいいのかな」
「未成年というのは、子供ということですか?」
「ええと、20歳以下のことです」
「あなたのいた世界は厳しいのですね。特にイェナン王国では決まりはありません。まあ、あまり小さい子供が飲むのは関心しませんが」
「そうだ、お前は、元々はいったい何歳だったんだ? 歳もその身体と同じくらいか? もしかして、とんでもないジジイだったりしてな」
と、アグネスが言ってくる。
「ジジイじゃないけどさ、けっこう若返ってると思う。元々は27だし」
僕はただのしがない会社員ですよ。しかもブラック。奴隷とどっちがブラックだろう。ううん、どっちもどっちなのかな。
「微妙につまらない答えだな」
「ええ、そうですね」
「つまんなくて悪かったね」
僕はビールをごくごくと飲む。
ぷはぁ、生き返る、といいたいところだけど、なんか妙に生ぬるかった。それなりにはおいしいんだけれど。
「あなたのいた世界はどういうところだったのですか?」
「ええと、この世界は、僕のいた世界のずっと昔の時代に似ています」
「昔の時代?」
「はい、そっから人類は色々な道具や機械を発明して、車で高速で移動したり、飛行機ってやつで空を飛んだり、小さな山くらいの高さがある巨大な建物を建てたりして、便利になっていきます。僕はその便利な時代の人間です」
まあ、便利になって時間が空いたはずなのに、その空いた時間に仕事詰め込まれるけどね。
「それは魔法とは違うのですか?」
「はい違います。科学ってやつです。僕のいた世界には魔法はありません」
「科学?」
「えっと、例えば、この世界には風車とか水車とかはありますよね?」
「たしかにあります」
「風とか、水の力でくるくる回るじゃないですか。それを他の方法でくるくる回すんです。水蒸気をばーっと吹き上げたり、電気の力を使ったりして」
「電気とは何でしょうか」
「プラスとマイナスがあって……ええと、ごめんなさい。僕も詳しくはわかないんです」
僕、文系だからあんまりうまく説明できない。もうちょっとちゃんと勉強すべきだったかな。
「魔法を別の言い方で呼んでるだけだろ」
と、アグネスが言う。
「まあ、そうかも」
違うんだけれども、きちんと説明できない。「高度に発達した科学は魔法と区別がつかない」って言葉があったような気がする。うん、魔法ってことでもういいや。
「いまいち便利なのか不便なのかよくわかりませんね」
「たしかにそうかもしれません」
元の世界か。いい思い出はあんまりなかったけど。ていうか、最近はこのヴィヴァ・ラ・ソシアルのことばっかり考えてたな。
普通に考えると、好きなゲームの世界に入れて万々歳のはずなんだけど、女の子の身体で、しかもこんな状況にすることないじゃないか。神様が仕組んだことだとしたら、そいつを恨むよ。
「お食事が済んだら、みんなでお風呂に入りましょう」
「姫様、こいつは元は男です。そんなのを一緒に風呂に入れるなんて……」
「大丈夫ですよ。いちばん恥ずかしい思いをするのはローザですから。考えただけでもわくわくしますね。覚悟してください、ローザ」
「はぁ……」
もうやだ。おうち帰りたい。