第1話 ガチャを回したら美少女キャラになった
これが最後のクリスタルだ。
僕はスマホゲーム「ヴィヴァ・ラ・ソシアル」のガチャ画面を見つめる。
このゲームは今日でサービスを終了する。
今まで僕はこのゲームに散々課金してきた。もう車一台は買えるんじゃないかってくらい。プレイヤーランキングの上位にも入っていた。人生の大半をこのヴィヴァ・ラ・ソシアルに捧げてきたってわけだ。フォロワーと協力バトルをやったり、延々と農作物を採取したりと、色々と思い出もある。
ああ、寂寞の思いがあふれてくる。男なのにちょっと涙も出てきちゃったかな。
でも、真人間になるのにちょうどいい機会かもしれない。
ただ、「ローザ・キール」のカードが手に入らなかったことだけが残念だ。金髪碧眼の美少女が描かれた美麗なカードで、このゲームの最高レア度であるウルトラ・スーパー・スーパー・レアのカードだ。もちろん、美しくかわいいだけでなく、めちゃくちゃ強い。ゲーム内で最強のカードだ。
僕は「ガチャる」と書かれた項目をタップした。
赤いクリスタルがぱっと光りはじめる。
どうせ当たらないんだろうな。いつもの雑魚カードなんだろうな、と半ば諦めていた。
が、クリスタルがぱりんと割れた瞬間――
まさか!
画面にはローザのカードが出現した!
僕は心臓が止まりそうになった。念願のカードが最後の最後に!
そのとき、部屋の窓の外がぱっと光り、僕の視界すべてが真っ白になった。
※ ※ ※
ここはどこだろう。
森の中のようだ。けど、何かがおかしい。どうにもリアリティを感じられない。
木の枝も葉っぱも、青い空も白い雲も、すべてが作り物っぽい。まるでイラストで描かれているみたいだ。
かといって、平面じゃなくて、ちゃんと立体感がある。
それに、僕の身体もなんだかおかしい気がする。
どうやら服を着てないみたいだ。全身がすーすーする。特に、お股の辺りがなんか変だ。
僕は自分の身体を見てみる。
ふたつの大きな白いふくらみがあった。
おっぱい?
僕、男だしおっぱいなんてあるわけないんだけど。
それに、股間にアレがついてない!
ちょっと待って。何これ。意味わかんない。
ちょうど近くに泉があった。
僕はそこに歩いていく。
おっぱいが揺れるし、視界にちらちらと入ってくる。
気にしないようにしよう。とにかく状況を見極めないと。大事なことは「ドント・パニック」だ。
どうにか僕は泉のへりまで行き、その水面に自分を映してみた。
そこにあったのは――
ローザ・キールの顔だった。
金髪のロングヘアに、碧い瞳。その目は顔の3分の1を占めるほど大きく、中にハイライトがいくつか浮かんでいる。鼻はちょこんと小さな点で、口はうっすらとした線で描かれている。そして胸はけっこう大きく、肌は白い色で塗られている。すっごくかわいくてきれいだ。
えっと、これが僕?
ローザになっちゃってるの? 二次元の美少女ってこと?
で、もしかしてここはヴィヴァ・ラ・ソシアルの世界?
まさか。こんなことがあるはずがない。これは夢だ。現実であるわけがない。
でも、僕の五感はみんなリアルだった。見えている風景も、肌にそっと感じる風も、聞こえてくる鳥の鳴き声もみんな作り物とは思えなかった。僕の思考もいたってクリアだ。
夢であってもどうやって覚めたらいいかわからない。
そうだ、夢かどうか確かめる方法として、どこかをつねるっていうのがある。
そこで僕はせっかくだからこの豊満な乳房を触ってみることにした。
「ひゃっ!」
すっごく柔らかい。それにエロい声まで出てしまった。
僕の声とはまるで違う声だ。その声はローザの声を当てている声優の声そのものだった。
「あ、あ、あ、本日は晴天なり」
たしかにすっごくかわいい声だ。
ああ、僕は本当にローザになっちゃったんだ。
これからどうしよう。
今の僕は女の子で全裸だ。
もし男とかがここを通りかかったらやばくね? 人間でなくても熊とか狼とかが出たらやばくね?
とりあえず人里に行かなければ。でも、全裸でどうやって?
異世界に飛ばされる系の話はネット小説とかでよくあるけどさ、いきなり全裸。しかも女の子で、森の中って詰んでない? ここは誰か助けてくれるような人が通りかかるまで身を隠したほうがいいのかな。
でも、とりあえず――
もうちょっとおっぱい揉んでみようかな。
「あ、ああ、あふぅ」
き、気持ちいい……。
「姫様、あそこに痴女がいます」
背後から声が聞こえてきた。
「魔物が男を誘惑しようとしているのかもしれませんね」
「しかし、姫様、私たちは女です」
「そうですね、だとしたらその目論見は外れたようですね」
え? まさか。見られてた? おっぱい揉んでるところを。
僕は後ろを振り返る。
そこには、ふたりの女の子がいた。
ひとりは、真っ白なドレスをまとった銀髪ツインテールの少女で、もうひとりは白いマントと青い鎧を身につけ、腰に剣を佩いた赤髪のショートカットの少女だった。
僕はふたりの名前を知っている。銀髪のほうは、ベアトリス。イェナン王国の王女で、魔法使い。赤髪のほうは、アグネス。ベアトリスに仕える剣士。ふたりともヴィヴァ・ラ・ソシアルのウルトラ・レアのカードに描かれているキャラクターだ。
「貴様は何者だ」
と、アグネスが僕に言って、剣を抜く。
「ひえっ! あ、怪しいものじゃありません」
僕はうずくまって、胸とお股を隠しながら言った。
おっぱいが膝に当たって変な感じだけど、今は気にしている場合じゃない。変なこと言ったら斬られるかも。
「全裸で森の中にいるなんてずいぶんと怪しい。魔物か?」
「ま、魔物なんかじゃないです。たしかに怪しいかもしれないですけど、僕はいつの間にかここにいたんです。自分でもわけがわからないんです」
「いつの間にかここにいた?」
「ええ、そうです」
「アグネス、少しこの子の話を聞いてみようじゃありませんか」
と、ベアトリスが言った。
「姫様がそう言っている。さあ、事情を話してもらおうか」
僕は下手に嘘をついても、どうせ隠し通せないと思ってすべてを言うことにした。
「ええと、僕はここの世界じゃなくて、別の世界から来て、姿が変わっちゃったんです。僕は佐藤律っていう男なんですけど、今はローザ・キールって女の子になっちゃったんです」
「は? 別の世界? 男? 意味がわからない」
「でも、本当なんです。この世界はヴィヴァ・ラ・ソシアルってスマホゲームの世界で、僕はそのキャラクターになっちゃったんです」
「スマホゲーム? 何だ、それは?」
「ええと、その……物語みたいなものです。物語の世界に入っちゃって、その登場人物になったってわけです」
「そんな話、信じるとでも?」
「本当なんです。もし、服を持っていたら、恵んでくれませんか。こんな裸で女の子の身体でどうしたらいいかわかんないんです」
「アグネス、とりあえず、あなたのマントを貸してやりなさい。どうやら魔物ではないようです」
「姫様の優しさに感謝するんだな」
アグネスが僕のところに来て、マントを貸してくれた。
僕はそれを羽織って、前を留める。マントの下は全裸ですごく変態チックだけど、ないよりはマシだ。
「アグネス、この子を宿屋に連れていきましょう」
「姫様、こんなわけのわからないことを言っている怪しい女を連れて行くなんて、危険です」
「しかし、ここに放置するわけにもいかないでしょう。こんなに若くてかわいくて美しい子が裸で森の中にいたら、すぐに陵辱されてしまうでしょう」
「ひ、ひえぇ! 助けてください。お願いです……」
「姫様、陵辱なんて言葉を使わないでください」
「失礼。それに、異界から来て、元は男だって言ってるなんて、とても興味をそそられます。いいおもちゃになるかもしれません」
「僕、おもちゃですか……」
僕は思い出した。ベアトリスはちょっと性格に難があるキャラクターだってことを。