5・悪化する状況
ヤケドの火傷を治す事はできた。
触った瞬間に火傷など無かったかのように消えた。
一瞬で治せるとは凄いな。
完治に何ヶ月、何年もかかり後遺症が残りそうなほど重度だと思えたヤケドの身体も外見は綺麗に治せたようだ。
爛れていた顔も黒くなっていた腕も綺麗に治せた。
私の奇跡の力は火傷にも対応できるらしい。
しかし、暗めの肌色をした蝙蝠の羽のような物が背中から生えた時は驚いた。
ヤケドの許可なく触ってしまったが、面白い触感だった。
人の皮より、動物園で触った爬虫類の皮に似ていた。
腕はあるから、ヤケドも4本2対の奇形と考えられる。
ヤケドも奇形だったようだ。
羽のような奇形とは聞いたことも見たこともないが、広い世の中にはそんな人も居るのだろう。
ウデナシの腕のように無かった部分が生えたのは元々あった部分なのだろう。
移植でもされたかもしれないが、元々無かったものなら、私の奇跡の力でも生えないだろうと思うが。
そう考えると生まれつき、身体の一部が欠損している者は治せないのか?
機会があれば、確かめたいな。
生まれつきの欠損部分も治せるならば、それで食べていけるだろう。
奇跡の力を使っても何も変わらない。
元手なしにお金を得られそうだな。
ここを出れればの話だが。
ヤケドは火傷を治しても動かないので手首を触り脈を測った。
脈はあるから生きているのだろう。
脈が遅い気がするが、心臓の病気だろうか。
私の奇跡の力は内臓には届かないのか?
呼吸は安定している。
治る前は呼吸音も聞こえなかったが、どうやら、間に合ったらしい。
死んだ者は治せないだろうからな。
………ヤケドが死んでいたならば、私はまた1つ、奇跡を起こした事になるな。
もし、それが本当ならば、ここを出ても私は狙われそうだ。
それにしても、違和感を感じるな。
ヤケドだけではない。
この部屋全てに何か足りない気がする。
部屋を見渡しても違和感を覚えるが、それが何か分からない。
うん?
階段から誰かが降りてきているのか?
腕が4本2対の大男が体当たりで開けた扉の先にある階段から足が見えた。
段々と降りて来て、腰、胴体、首と見えて来た。
金属が当たって音が聞こえそうな鎧を着た者が降りて着た。
全身が鎧に包まれ、顔も兜を被って顔は見えない。
手には松明と包丁か?
いや、包丁にしては形が違うな。
まさか、警察があんな格好をする訳がない。
ここの警備員か?
重装備と言えばいいのか、前時代的だと言えばいいのか。
しかし、奇跡を使えるようになった者を警戒するにはあれぐらいがいいのか?
もっと、スマートな物が準備できただろうに。
それに、明るい部屋に松明とは。
せめて懐中電灯は無かったのだろうか?
松明の方が準備に手間取る気がする。
松明?
………あぁ、そうか。
先ほど感じていた違和感が分かった。
影だ。
影が見えないのだ。
薬の効果で影が無くなるか?
………あり得ない。
光と物体が有ってこそ、できる影だ。
明るい部屋に影ができないはずがない。
ならば、おかしいのは私か。
影がないのではなく、影が見えなくなったのか?
………目の前にあるのに特定の物がが見えなくなるという症状は聞いた事があるな。
それに近いものか。
これも奇跡の薬の副作用だろうか。
思考に沈みかけていた私の身体に衝撃が伝わる。
周りを見ると背後にはウデナシとクッションが回り込んで。
目の前には鎧を着た者がいた。
………自分よりも幼い者を盾にするとは性根が腐っていると思われるぞ。
何を警戒しているのかジリジリと松明をこちらに向けて慎重に近付いてくる鎧。
十中八九、奇跡の力を警戒しているな。
私は傷を治せるだけだが、他の者ならば攻撃的な力を得ているかもしれない。
相手はどんな力を持っているのか分からないため、鎧の者が警戒するのは当たり前か。
刃物と火を持った相手には下手に出た方が良いだろう。
逃げるにしても、扉は鎧の方が近い。
逃げる途中で刺すか焼かれるかだろう。
私自身には奇跡の力を使えないと予測している。
下手に動かない方が良いだろう。
助けに来た者かもしれない。
まずは、こちらが名乗るべきか。
「初めまして。
私はペニー。
ここに誘拐された被害者だ。
私は耳が聞こえない。
敵意が無ければ手を上にあげてほしい」
………ふむ。
手を上げないか。
敵意があるのか、言葉が通じていないのか。
私の背後にはウデナシとクッション、近くにはヤケドが横たわり、その奥の隅に1人座り込んでいる。
………1人足りない。
私を凝視して固まっていた者が見当たらない。
「お?」
そして、私は顔に、頬を何かで押されている感覚があった。
そして、押されるままに、床へと倒れてしまった。
痛くはないが、現状が分からない。
すぐ近くに金属の塊が見える。
鎧の足だろうか。
おそらく、鎧の者から目を離した時に、鎧が私に接近し、軽く押して倒れたのだろう。
松明や刃物を持っていながら、私に傷を負わせずに、怪我をさせないように優しく押し倒すとは中々器用な事をする。
そんな器用な事をするならば、最初から押し倒さないでほしい。
そんな事を思っていたら状況は急変した。
鎧がいきなり、浮かび上がったのだ。
それも後方に、天井近くまで浮かび上がった。
鎧が持っていたであろう松明が床に落ち、火の粉が舞う。
包丁のような刃物は私の目の前に落ちて床に刺さった。
鎧を着た者は天井に打ち付けられ、そのまま重力に従い落下。
床に叩きつけられた。
その光景は無音な為か、酷く現実味が薄く感じれた。
何か、テレビの向こう側、撮影されたシーンのように感じた。
無声映画の一コマのようだ。
音が聞こえないのは、やはり、私の耳がダメになってしまったからだろう。
それがどう起きたかは分からない。
しかし、横たわっていたヤケドが顔を上げている。
憎々しげに鎧を着た者を見て何か言っている。
生憎、耳がダメになってしまったため、内容は分からないが、表情から悪態でもついているのだと判断する。
起きたヤケドが何か能力を使ったのかもしれない。
しかし、鎧がたてた音に呼び寄せられたのか階段からゾロゾロと同じ鎧を着た者が複数、降りて来た。
倒れている鎧を他の鎧の者が見つけて警戒しているようだ。
手に持った刃物をこちらに向けている。
状況は悪くなったようだ。