3・奇跡は重荷か
私はどうやら、特殊な力が備わったらしい。
ウデナシやトカゲと呼び方がコロコロ変えたがいきなり腕が新しく生えた子が言葉が伝わらないなら行動で意思を伝えようとしたのか色々と動いた。
近くのクッションを指差してたり、私の腕を掴んで引っ張ったりしていた。
最初はそのクッションが生きているとは思わなかった。
ただ、歪なクッションがあるなと思っていたからな。
どうやら、ウデナシは私にこのクッションに触れてほしいようだと気付いて触った時にかすかに動いている事が分かった。
そして、触ったとたんに動き出したので、驚いて思わず後ずさった。
私がクッションだと思っていたのはその動物が身体を丸めていたから、そう見えていたようだ。
その動物はゆっくりと上体を起こし、大きなあくびをすると前脚を上に上げ伸びをするかのような動作をしていた。
いや、伸びをしていたのだろう。
動き出した動物にウデナシは飛びつくように抱き着き、泣いていた。
相変わらず、口パクだったが、目から涙を流しながら抱きついていた。
抱き着かれた動物も最初は固まっていたが、ウデナシをあやすように抱き返していた。
その人間のような動作で動物だと思っていた者は薬で姿が変わった人間なのかと思った。
顔や身体は動物みたいだと思ったが。
しかし、その思いを確信する前に部屋に居た者が私に殺到した。
その時の記憶はあやふやだ。
突然、部屋に居た者達が私に群がり始めたのだから私だって理解が追いつかずに混乱する。
次から次へと私に触ろうとする手。
幼児化した私ではその手から逃れる事はできなかった。
部屋が狭いため、逃れる場所もなかったが。
中には私の身体の一部を口に入れた者も居た。
甘噛みされても私は嬉しくないぞ。
目が血走り、私の意思を無視して触ろうとする者達。
その暴動の中、私の見た目が幼児だったからか、全力で触ろうとすれば物理的に壊れてしまうだろうと理性が働いたのか、触る直前に力を絶妙に抜かれていた。
理性が残っているのならば、絶妙に力を抜くのではなく、触らないでほしかったぞ。
しかし、幼児化した私では抵抗も満足にできず、触られるしかなかった。
たまに甘噛みやら、舐められたり、吸われたりされたか。
ここは数名の変態犯罪者が実験台に選ばれていたようだ。
抵抗ができない幼児の身体を舐めたり吸ったりすれば、犯罪だぞ。
複数人に囲まれて数分後、私が他の者から解放された時には周囲の様子は変わっていた。
ほとんどの者が傷を負っていたのに、傷付いた者は見当たらなくなった。
興奮気味に騒いでいる者も居る。
口パクだったが動きで興奮していると分かった。
飛んだり跳ねたりすれば、興奮しているとしか思えないさ。
他には泣いて自身の身体を抱き締める者。
夢中で自身の身体の一部を触っている者。
首に付いている黒い首輪を腕力だけで外そうとしている者も居た。
それにしても、なぜ、傷があったのに、今は跡形もなく消えているのか。
いや、治っているのか。
それも、軽い怪我ではなく、ウデナシのように、身体の欠損まで回復しているのか?
私に触れたから治った。
結果を見ればそう考えられる。
しかし、あり得るのか?
人に触れるだけで傷を癒す力。
まるで、聖人や救世主と呼ばれたキリストやブッダのようだ。
私はクリスチャンではない、仏教徒でもない。
しかし、少しだけ、聖人の話は知っている。
そして、それがどれだけ、一般の人には過ぎた力なのかも、今では分かりそうだ。
その中でも、目が見えぬ者を触れただけで目が見えるようにしたり、疫病を完治したりと神の奇跡を代行したという話がある。
確かに触れるだけで癒す力があるなら奇跡だ。
私は幼児化以外にそんな奇跡の力を薬で得たのか?
まるで突然変異体だな。
そう思うと、奇跡の力とやらも有難味が薄れるというものだ。
しかし、医学としては素晴らしい効果だ。
触るだけで治すなんて、薬や医者の存在を全否定しているにも等しい。
人は寿命や事故、事件以外では死ななくなるかもしれない。
それだけの力がこの奇跡にあるだろう。
それに若返りも一種の奇跡だ。
考えようによっては不老不死だからな。
なんだ、私は奇跡が使える薬でも打たれたのか?
この言葉だけならば、薬は薬でも麻薬の類と思われそうだ。
そんな薬を作った者は天才だと思う。
いや、人の歴史を変えるほどの異才と言っても過言じゃない。
それほど、高い才能があるならば、国が放っておくだろうか?
もしかしたら、この誘拐事件は私が考えていたものよりも大きいのかもしれない。
奇跡の力が宿る薬を安価で作れるとは考えにくい。
膨大な資金と時間が必要だと思うべきだ。
それだけに偉大とも思える研究に国が関与していないのか?
そうは考えられない。
第一、その薬の実験台になぜ私が選ばれた。
………効果が出るのか確かめるためにランダムに選ばれた者の1人。
もし、そうなら、嫌なものに選ばれてしまったものだ。
別の場所では私と同じような変化があった実験台も居るのだろうか。
それに、これだけの効果だ。
副作用が全くないとは言えないだろう。
さらに、触るだけで人を癒す奇跡は原理が分からない。
しかし、何かしらのモノが必要になる事は確かだろう。
生き物はエネルギーを消費して、活動する。
機会も燃料を消費して動く。
この奇跡は何かを消費して働いているはず。
その何かを消費して、この奇跡の力が使えたに違いない。
今のところ疲労感や倦怠感はない。
身体が冷えた様子もなく、逆に汗をかいた訳でもない。
身体に異常は感じられない。
まさか、寿命か?
悪魔の取引みたいだな。
奇跡のような力で悪魔の取引のような代償があるとは皮肉が効いている。
少なくとも、今は、私は無事なようだ。
副作用も分からなければ消費されているモノも何かは分からないが、異常は感じられない。
ならば、無事だと考えた方が精神的に楽だ。
では、傷を癒された者は?
………言葉が通じない以上、観察をするしかないが、興奮が冷めぬ様子だ。
何名か、私を凝視しているぐらいか。
………洗脳効果はないよな?
使い方次第では教祖にでもなって洗脳の道具には成りそうだが、私には必要ない。
この騒ぎようでは、すぐに上の男に気が付かれるだろう。
騒ぎに乗じてここから逃げれるかもしれないな。
しかし、実験台が騒げばどうするだろうか。
手に負えなければ処分するしかないか?
この部屋に毒ガスでも出ないだろうな。
誘拐後、病気の家畜のように殺処分という流れは嫌だぞ。
しかし、この騒ぎを鎮める方法は思い付かない。
言葉が通じればまだ、やりようがあったかもしれないが、意思疎通が困難な以上、私にできることはない。
ならば、状況が動くまで大人しくするしかないか。