2・静寂の中に
ここも明るい。
証明も無しにここまで明るくできるとは、仮にも若返りの薬を発明するほどの天才が居るのかもしれないな。
麻袋から出された私は手と足を縛る縄を切られ地下へと連れてこられた。
男は口パクしかせず、言葉は分からなかったが、意図は分かる。
地下には私と同じように黒い首輪を付けた者達が暗い表情で座り込んでいたからだ。
実験台を一箇所にまとめて管理しているのだろう。
手足を縛っていた縄が切られた時に逃げれば良かったのかもしれないが、この身体では逃げられる距離も少ない。
大体、小学校低学年ぐらいまで若返っている。
いや、幼児化と言った方がいいのか?
その頃の私は身長が誰よりも低かった。
身長が著しく伸び始めたのは中学に入ってからだ。
あの時は常に成長痛を感じていたな。
そのおかげで200センチを超えてしまったが。
友達からはモデル体型で羨ましいと言われたが、生活に不便な面が多いと言わざるを得ない。
頭上を警戒する日々はきつい。
今は100センチあるかないかだ。
そんなちびっ子が大人から逃げ切れると思うだろうか?
私は無理だと断言しよう。
更に言えば連れ去られた私はここの土地勘がない。
すぐに捕まるのは見えている。
近くに助けてくれそうな人が居れば話は違うだろうがそんな希望的観測で動けるほど、私は楽観的ではない。
つまり、今は逃げる時ではないという事だ。
それよりも、私のように幼児化された者はここに居るのだろうか?
一番、目に付くのは何人か獣のような特徴がある者か。
そういう病気なのか、私と同じように変な薬を打たれて姿が変わったのか。
薬ではなく、遺伝子操作という言葉が思い浮かぶ。
病気ならば、こんな狭苦しい所に置いておくのはおかしい。
姿が変わったのならば、やはり天才が変な薬か研究の実験台にされたのか。
皆、布一枚を身体に巻きつけたような感じだ。
トイレも見当たらないため、下の液体や固形物はアレだろう。
不衛生極まりないな。
それに、先ほどの男。
あれは日本人ではない気がする。
瞳が明るい黄、顔の彫りが深く、肌は褐色。
日本人とは断定しにくい。
カラーコンタクト、整形、日焼けなど、外見を変えられる為、日本人の可能性はあるのだが。
さて、私に必要なのは情報だ。
手始めに私から一番近い子に声をかけるか。
「初めまして、私は…ペニー。
偽名だが、よろしく頼む」
………本名はまずいだろう。
中学の頃の友達から呼ばれていたアダ名。
あの頃は成長痛が酷かったからな。
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ここに居たくない。
逃げたい。
なんで捕まったのか。
村が襲われたからだ。
ニンゲンに。
ここは暗い。
ここは嫌だ。
この先、希望はない。
どこかに売られるか、ここで死ぬか。
隣の子が死にそう。
でも、何もできない。
最初はお互い励まし合った。
名前は知らない。
言葉が違うから。
でも、抱き締め合ったりしたから、言いたい事は分かる。
生きて帰ろうねってこっちは言った。
伝わったどうかは分からない。
でも、帰る場所はもう…
隣の子は声も出さなくなった。
息が虫の声だ。
それに、首の黒い物がある限り、自由は無い。
今日は新しい子が入って来た。
耳はとんがってない。
仲間じゃ、ない。
尻尾は無い。
獣人じゃ、ない。
羽は無い。
妖精じゃ、ない。
魔力を感じない。
魔人じゃ、ない。
見た目はニンゲン。
村を襲ったニンゲンの子供。
でも、同じ黒い物を首に付けてた。
あの子も捕まった。
同じ種族でも捕まえるニンゲンは嫌いだ。
他の子は新しく入った子を恨めしそうに見てた。
でも、その子はもう、こっちと同じ。
自由の無い、ニンゲン。
「初めまして、私は…ペニー。
偽名だが、よろしく頼む」
新しく入った子がこっちに向かって話してる。
ペニーちゃんか、可愛い名前だね。
それに暗いのに、よくこっちに居るって分かったね。
来る時に光が少し入ったから見えたのかな?
ニンゲンは暗い所は見えないのにね。
それにしても、ギメーってなんだろう?
「君、そこの片腕がない君だ。
名前は?」
あぁ、やっぱり見えたんだ。
村が襲われた時に切り落とされたから。
そう言えば、ニンゲンとエルフの言葉は違うって聞いた事があるのに。
ペニーちゃんの言葉はこっちも分かる。
ペニーちゃんはエルフの言葉を知っているみたい。
スラスラ話してる。
ニンゲンには話しにくい言葉だって聞いてたけど不思議だなぁ。
名前だけでも教えてあげようかな。
「君も口パクか?
もしかして声帯も駄目になっているのか?
いや、言葉が通じていないのか?
|What is your name《貴女の名前は》? 」
どうしよう。
こっちの名前を伝えたのにまた聞かれた。
声が聞こえないのかな。
セータイってなに?
ニンゲンにしかないものかな?
「まず、言葉が通じないか。
仕方がない、ウデナシと呼ばせてもらうぞ。
呼び名は必要だからな。
悪いが特徴で呼ばせてもらおう」
どうしよう。
ペニーちゃんは人の話を聞かないみたい。
耳が悪いのかな。
村の人で、耳を怪我して聞こえなくなった人はすごく困ってた気がする。
ペニーちゃんも困ってたのかな?
「私と違ってウデナシは見た目通りの歳なのか?
その姿を見るに腕以外にも色々されたらしいな。
実験台とするならば、どうしようもない犯罪者を使えば良いのにな」
ペニーちゃんが近寄って手を上げた。
こっちは、ビクッとした。
………こんな小さな子にも怖がるようになっちゃった。
でも、ペニーちゃんからあのニンゲンみたいな嫌な感じはしない。
ペニーちゃんも大きくなったら、ああなるのかな?
村を襲ったニンゲンみたいに。
ペニーちゃんは頭を優しく撫でる。
「うん?
ウデナシ、君はトカゲの遺伝子でも組み込まれたのか?
腕が生えてるじゃないか」
なにを言ってるの?
片腕は村が襲われた時に切り落とされたんだよ?
ほら…あ、うそ…
腕が生えてる!?
「腕は本物か。
ふむ、他の切り傷やアザも消えてるか。
治癒が早い。
早過ぎる。
とんだ奇跡だな。
ウデナシはこんな身体になる薬でも打たれたのか?
いや、ウデナシとはもう呼べないか?
今からトカゲだ。
医学に革命が起きそうな効果だな」
腕が生えてる。
その腕をペニーちゃんは触ったり握ったりしてる。
こっちはペニーちゃんにされるがままだ。
なんで?
切り落とされたはず。
でも、動かせる。
ペニーちゃんの握っている感覚も分かる。
懐かしい感覚。
他の子も驚いてこっちを見てる。
回復系スキル?
でもペニーちゃんからは魔力を感じない。
首に黒い物が付いているから同じようにスキルは使えないはずなのに。
………ウソ。
魔力が、スキルが使えそう。
黒い物を付けられて使えなくなってたのに。
でも、今はそんな事よりも。
もしかしたら、ペニーちゃんに隣の子を治してもらえるかもしれない。
こっちはペニーちゃんに必死になって隣の子を治してもらえるように頼んだ。
指を指して、治してって頼んだ。
隣の子が助かるかもしれない。
切り落とされた腕を新しく生やせるペニーちゃんならできるはずだもん!