1・誘拐された
ここはどこだろうか?
身体が思うように動かせない。
首に違和感を感じる。
狭い空間に丸まったような格好。
そして、私の意思とは関係無く、上下左右にに揺れているような………
朦朧とした意識がだんだんとはっきりとしてきた。
意識は、はっきりとしてきたが、この状況が分からない事には変わらない。
まず、私は誰かに運ばれているようだ。
長身な私を身体を丸めた状態とは言え、持ち上げて運べるとは怪力なものだ。
機械で運ばれていると言われた方がまだ納得ができるというもの。
動こうにも、手は背後で何かに縛られているようだし、足も同様に縛られて自由に動けない。
首の違和感は何か付けられているらしく、首を動かすと確認する事ができた。
ヒヤリと冷たい何かが首に付けられているようだ。
異変と言えば、それなりに有った胸の膨らみがない。
見下ろせば脂肪の塊が見えていたはずだが、今ではヘソの方まで見える。
有ったら邪魔だが、無ければ寂しいものだ。
友達の恨み言がようやく分かった気がする。
この狭い空間、予想だが袋の中で見える事もおかしい。
光が外から漏れている様子もないが、昼間の外のようにしっかりと細部まで見える。
髪が異常に伸びている気がする。
元々、長髪では有ったが、それは肩甲骨辺りまでだったはず。
身体を丸めた状態とは言え、足元の方にも私の黒髪が見えるとはあり得ない気がする。
「!?」
モゾモゾと動いていると何かに頭を叩かれた。
さらに、追い打ちをかけるように何度も頭を叩かれる。
しかし、痛くはない。
叩くというよりも押すという方が表現の仕方としては合っているかもしれない。
さて、誰が私の手足を縛り、頭を押しているのか?
今の私の状況を考えると、十中八九、私は誘拐されているのだろう。
私は自室で寝ていたはずだが、誘拐されるとは、この誘拐犯はわざわざ家に入ってまで私を誘拐したらしい。
誘拐犯の目的はなんだ?
身代金が目的にしては選ぶ家を間違えているとしか言いようがない。
共働きをしている両親の蓄えなど多少はあるだろうが、わざわざ家に侵入する危険を冒してまで誘拐するほど、私の両親は稼いではいないはずだ。
第一、誘拐よりも強盗として侵入した方がまだ理解ができるというものだ。
私の身体目的か?
家に侵入してまで誘拐するほど私は魅力的ではないと思うのだがな。
しかし、物騒な世の中である。
誘拐犯に一目惚れされて今に至る可能性も否定しきれない。
嫌な可能性ではある。
私の身体の異変を考えるに、どこかの研究者の実験台として選ばれてしまったのだろうか?
なぜか、その考えがこの状況に一番納得してしまう。
身体を変形させる薬でも打たれたか?
日本も物騒な国になったものだ。
最悪、両親は殺され、私は誘拐されたのかもしれない。
明日は家族そろって二泊三日の旅行に出かける予定だったから、この事件が発覚して警察が動き出すのは早くとも4日後になる訳か。
偶然が起こればそれよりも早く動いてくれるだろうが、その頃には私は無事ではないだろう。
助けを呼ぶために叫んだ方が良いのか?
周囲に人が居なければ誘拐犯を刺激するだけか。
家に侵入してまで私を誘拐する奴だ。
まともな思考はしていないだろうよ。
暴れたり叫んだりすれば最悪、殺されかねない。
私は、今は大人しくしておくべきだと判断して逃げ出す機会を待つ事にした。
それにても、執拗に頭を押す行為はあまり良い気分ではないな。
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日差しが余り差さない暗い部屋で男は黒い首輪をじっと見つめては机の上にある袋に入れて床に置いてある袋から次の首輪を取り出しては同じ作業を繰り返していた。
ギィィィ。
建てつけが悪いのか、不気味な音を鳴らしながら扉が開かれた。
暗かった部屋は開かれた扉から光が差し、少しは明るくなった。
そこから屈強な大男が麻袋を担いで部屋に身を屈めて入って来た。
「なんのようだい?」
首輪を見ていた男は眩しそうに目を細めながら無愛想に聞いた。
「おいおい、ジョナサン。
少しは愛想良くしたらどうだ?
俺は大事なテメーの客なんだぜ?」
大男はニヤニヤと嗤いながら、首輪を持っている男に言った。
「ハッ!
ゴロツキ相手に礼儀は不要だ。
それよりも、商品を高く買った方が嬉しいだろ」
首輪の男は肝が据わっているのか、大男の言葉を鼻で笑いながら大男が持ってきたモノを見せろと催促する。
「ダッハッハ!
そりゃそうだな!
今日はこいつを売りに来たぜ!」
大男は首輪の男の物言いが気に入ったのか大笑いをしながら担いでいた麻袋を降ろし、口を縛っていた縄を懐から出したナイフで切った。
麻袋から現れたのは幼い黒髪の少女だった。
首には黒い首輪が付けられて手は背後に回されている。
どうやら、縄で固定されているらしい。
少女は周囲が気になるのかキョロキョロと見回している。
「ほぉ…黒髪か。
まだ小さいが綺麗な顔付きだな。
目が鋭いのも需要はある。
しかし、魔力は…感じないな。
魔力無しで捨てられたか。
………金貨30枚ってところだな。
色を付けて、金貨35枚で買い取…おい、グランドン、テメー顔の傷はどうした?
2級ポーションでも使ったか?」
男は少女の顔をじっと見つめた後、少女の全身を弄り、少女の値段を大男に伝えた。
そのとき、ようやく、大男の顔をまともに見たのだろう。
そこには、あるはずの傷が1つも無い綺麗な顔があったのだから男も気になって聞いたようだ。
「おいおい、冗談はよせよ。
1つ白銀貨10枚する高価な買い物するぐらいなら、酒と女を買うぜ!」
「傷がなくなっているから言ってるんだぞ。
テメーでも触ってみろよ」
「はぁ?
そんな訳ねぇだろ。
熊公にやられた三本傷がしっかりと…マジかよ。
おいおい、『三本傷のグランドン』って呼ばれてる俺のトレードマークが消えてるぞ!?
どうなってやがる!?」
大男は首輪の男に言われて初めて自分の頬を触ってみたが、慣れていたゴツゴツとしたモノではなく、ツルリとした感触で驚きの声をあげる。
「クッフフ…
間抜けだった顔が更に間抜けになったな。
いや、綺麗に戻ったな。
タダで傷が治ったんだ、強欲な教会やバカ高いポーションの世話にならずに得しただろ」
首輪の男は大男の様子がおかしくて声を押し殺して笑うと大男がギョロリと首輪の男を睨む。
「笑いごとじゃねぇんだよ!!
これじゃ、迫力ってもんがなくなっちまうだろうが!
くそ、誰が治しやがったんだ!」
大男は唾を飛ばしながら首輪の男に噛み付く。
傷痕が気に入っていた大男は余計なお世話をした奴に腹を立てていた。
「ガタイが良いテメーは傷がなくとも迫力はある。
それにしても、傷がないテメーの顔は初めてだ。
良いもん見せてもらったよ。
クッフフ…」
首輪の男はその場から立つと奥の引き出しの方へと歩いていった。
「笑うんじゃねぇよ!!!」
「いやはや、久しぶりに笑えた。
ほら、金貨40枚と首輪だ。
持ってけ」
首輪の男は金貨の入った麻袋と黒い首輪を大男の方に投げた。
「あー、くそ!
他の奴にバレたら笑われちまう。
絶対にこのことは話すなよ!?」
「話さねーから、さっさと行きな」
大男の念押しも首輪の男は軽く流しながら見送った。
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誘拐犯は背後の大男合っているだろう。
あの筋肉ならば、私を運ぶ事も容易い事だろう。
服装が獣の皮を簡単に加工したようなモノだったが、よく警察に職務質問されなかったなと感心するな。
私が見かけたら、通報すると思うのだがな。
人目に隠れてここまで運んだのだろうか?
もう1人の男も高いな。
背後の男の方と比べると低いが座り込んでいる私では見上げ無ければ顔が見えない。
触られた時は思ったが、どうやら、私の身体は小さな頃に戻っているらしい。
座り込んでいるとはいえ、ここまで視点が違う事は元の身長ではあり得ないからな。
男子から『巨人』と呼ばれているのは伊達ではない。
若返りの薬の実験台にされたという考えで間違いないかもしれないな。
身体を幼くされて手足を縛られている。
ふむ、まだ逃げ出すには難しい状況だな。
しかし、何故、2人とも口パクだったのだろうか?
読唇術で会話でもしていたのだろうか。
ここは怪しい組織みたいだな。
ー状況ー
誘拐→奴隷
ー特徴ー
黒い長髪
鋭い目
黒い首輪