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一方その頃、屋敷の最深部では御簾越しに対話する二つの影があった。
御簾の前に正座をし両手を太ももの上できつく握っているのは先ほどまでシャオと行動をしていたカルディオだった。日頃に比べより一層、眉間の皺を深く刻みながら先ほどの報告を口にしていた。
報告を言い終え軽く息をつくと御簾の向こう側で絹が擦れる音がした。
『全く、困ったものだねぇ。彼奴らには』
厳かな雰囲気にそぐわない間延びした口調が響く。その声に隊長はピクリと眉尻を上げ怪訝そうに御簾を見つめる。じりりと傍の燈台の火が揺れ暗闇を怪しく照らしていた。大広間は四方を高い壁が覆っていた。しかし、壁は暗闇の中へ姿を消し、延々と続く闇を立てられた燭台だけが照らしていた。天井も見えず大きな朱で塗られた柱が闇の中へ溶けていった。
カルディオの目の前には壁をくり抜いてくられた空間を御簾で覆い、そこに人が鎮座していた。
大抵、宮と対談する際はここを利用する。
『まぁ致し方無いか、時が満ちつつあるということ』
意味深な言葉に、喉まで出かかった先を促す言葉を飲み込む。それを承知したうえで宮は何も言わないに違いなかった。
『カリオ、彼女を頼むよ。大事に大事に取っておかなくては』
彼女という言葉に真っ先に浮かんだのは頬に花の痣がある少女だ。
どうしてそうまでして彼女を守る必要があるのだろう。
不快そうに御簾から視線を逸らし、頭を床に付ける。
「御意」
これは服従の証、自由な彼の羽をもぎ取り空を飛べなくなってしまった彼は、もう宮にしか縋ることしかできないのだ。呪に縛られ言葉を縛られ、彼にはもう服従以外為す術はなかった。
シャオはファンと別れ修練場に向かった。東端に佇む道場に入ろうとすると後ろから肩を掴まれた。
足を止め振り返るとそこには嫌悪の表情を露わにした大男とそれを取り巻く複数の青年がシャオを見下ろしている。
「何か用か」
「いやいやこれは、デイアーズのご息女ではありませんか。かのようなお方が、この下賤な道場に何用でしょうか」
「ほんと恥知らずの貴族ほど困ったものはない」
「俺だったらあんなことが起きたあと、のこのここの地を踏めやしない」
大男が言い終わると口々に取り巻きが嫌味を言った。皆同様にシャオをよく思っていない人ばかり、否、ここでは自分を受け入れてくれる方が異端なのだ。
「身を鍛える以外ここの使い道はないように思えるが」
無表情にそう言い返すと、大男は顔を怒りで真赤にした。そしてシャオの顔に唾を飛ばしながら怒声を浴びせる。
「おめぇなんかここを使う資格なんざ無いんだよ、てめぇの一族は兄の代で全て終わったんだ!!!!」
兄、その言葉に今まで表情人使えなかったシャオの眉尻がピクリと反応した。
それに気を良くしたのか、大男は顔に意地の悪い笑みを浮かべ言葉をつづけた。
「てめぇは話しか聞かなかっただろうが、てめぇの兄はな、大事な場面で宮様を見捨てたんだ、それどころが宮様の御身に剣を突き立て、逃亡した。実に不名誉なことだなぁ。あの事件でデイアーズ家は地に落ちたかと思ったがまだ世襲制を続け故凌守になるためこの地を踏むとは、てめぇの神経を疑うな」
その言葉はシャオに家族を思い出させた。
シャオにとっては物語のような温かい家族ではなかったが、自分を拾い育ててくれた家族。その家族をいま卑下されているのだと認識すると、激しい怒りが身を焦がした。
「私を侮辱するのは一向に構わない。しかし、家族を侮辱するのは万死に値する」
怒りで震えた声音で言葉を紡ぎ、目の前の大男を睨む。その殺気立った視線を受け一瞬大男はたじろいだ。
しかし、すぐに挑発するかのような笑みを浮かべた。
「で、どうするんだ?」
シャオは大男の太い手首を掴んだ。あまりの力に大男はすぐにシャオの手を振り払おうと手を動かす。
シャオはタイミングよく手を離し、顎で外へ誘った。
「表へ出な、お前の言葉を後悔させてやる」
おこなシャオちゃんは怖いんだぞ




