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お花畑 - 切離し実験編  作者: イカニスト
9/10

第9話「チャケンダ」

題名「お花畑」

第二章「切離し実験編」

第9話「チャケンダ」



エリヒュちゃんがトボトボとニカイーのパン屋にやってきた。

「あ!エリヒュちゃん久しぶり~。」

窓際の席には、ツイカウ、チョリソー、オウフが座っていて、チョリソーは入り口に背を向けている。

パン屋に居たのはその3人だけ。

チョリソーは、オウフがエリヒュの名を呼んだので後ろへ振り返った。

と、同時に彼女に抱き付かれた。

「どうしたの?エリヒュちゃん。」

「ヒエレが見つからないの。」

ヒエレとエリヒュの関係を問いただすことは、みな控えていた。

みな、エリヒュちゃんが良い子だと信じていた。彼女が自発的に語るのを待っていた。

「彼のことが、心配なのね。」

「いやな予感がするの。」

残念ながら、少女の予想は当たっていた。


ガーウィスの世界に化け物が現れた。

黒羊ではない。人間が変化した化け物。ヒエレが変化した化け物だ。

その姿は頭がやたらとデカく体が小ぶりなドラゴン。

小ぶりっていうかだな、ちんまりと申し訳程度についているだけだな、身体は。

4本の角とここのつ目を持ち、舌は108匹の毒蛇。

巨大な頭をズルズルと引きずりながら、ガーウィスの工房に向かう。

これを迎え撃ったのはコンスースとイマルス、そしてナイアラ。

お花畑の化け物出現の情報はセカンダリが検知し、当然俺とプライマリにも伝わっている。

「クッソ!こっちの黒羊は囮だったか?」

俺は思わず舌打ちをし、イェトに状況を伝える。

「お花畑の化け物ならROM化せねばならぬ。俺たちが行かなきゃぁよぉ。」

「そうね、こっちの黒羊は、一旦ツイカウ達に任せましょう。」

早速、イェトがツイカウに連絡をし、物理アドレスを送る。

俺はコンスースに連絡をして「すぐに行くから無理はするな。」と伝えた。

俺とイェトは、プライマリに相乗りして、ガーウィスの世界に速攻でチャンネルを切り替えた。

エントリーポイントに到着するとコンスース達が不格好なドラゴンを、遠間から抑え込んでいるのが見えた。

よかった。無茶はしていない。

「コの字!お前は実験を控えた大事な体だ!引っ込んでいろ!」

俺は袖搦そでがらみを投じた。

肛門に命中!!ドラゴンは身をよじって悲鳴を上げた。

「臭そうなところに刺さったな。ウンコとか付いてないといいが。」

イェトさんは空高く跳躍。

ドラゴンの鼻っ面を踏んづけて、蹴飛ばした。

ドラゴンはぎゃあぎゃあと悲鳴を上げる。

「やっぱ、黒羊よりこいつらの方が楽だな。」

ドラゴンのけつから袖搦を引っこ抜く。

ウンコ付いていないか心配になって、念のため袖搦の先端をドラゴンの横っ腹でゴシゴシした。

どおぉん!!

ドラゴンが俺の目の前から、左の方向へ瞬間的に消えた。

イェトさんがドラゴンの顔面にマジパンチくれたようだ。

イェトさんもたいがい人間やめてるよな。化け物を吹っ飛ばすとか、なんすかこのパワー。

彼女もお花畑の化け物で、浸食される心配がない。だから素手でガンガン行く。

彼女はいつもは札を投じて攻撃をするのだが、見たところ、拳の方が破壊力があるなぁ。

こいつはマッハでけりがつきそうだ。

早いとこやっつけて、ツイカウ達と交代してやろう。

あいつらは腕っぷしが立ち、頼もしい連中だが、俺とイェトが戦えるなら、それで十分なら、彼らが危険な目に合う必要は無いんだ。

俺は頭ばっかりでかいドラゴンの小ぶりな背中に乗り、袖搦を釜の形に変えた。

不格好なドラゴンの細い首をぶった切ってやるつもりだ。

ってゆーか、ぶった切った。

すると、首から吹き出した大量の青い血がドラゴンの体を形作っていく。

今度は巨大な顎に相応しい、巨大な尾と立派な胴体と鯨すら握りつぶしそうな爪を有している。

「へぇ、随分と格好良くなったじゃあないか。」

胴体の方は首が生え、単眼の龍人となってドラゴンに飛び乗った。

ドラゴンの皮膚から何匹もの蛇が生え、龍人の下半身を食い、蛇は複雑に絡み合って龍人と一体化してしまった。

龍人の口、鼻、耳、そして目を突き破って蛇がのたうつ。

気持悪っ。

黒羊と違って、本物の化け物はきしょいんだよな。忘れておったわい。

だが、強そうだな。

前言撤回。たぶん速攻では倒せないな。

俺はコンスースにテキストデータを送った。

『ちょっと外が騒がしくなるが、気にせずに実験を始めろ。』

コンスースはガーウィスの工房の中、切り離し実験の装置を覗き込んでいる。

「やあ、ジェジー。」

配線と配管の奥に、改造手術を受け、装置の部品と化したジェジーが居る。

「その姿は辛かろう。早いところ実験を成功させてしまおうぜ。」

コンスースは上着を脱ぎ捨て、装置の上に横になった。

「さあ、お前と合体だ。」

その時、コンスースとジェジー宛に差出人不明のライブストリーミング動画が送られてきた。

動画のタイトルは「300」。

あちこちの世界で暴れまわる、タイトル通り300の黒羊の姿を配信している。

「クソっ!ここまでするのか?」

コンスースは犯人の顔を思い浮かべて舌打ちをし、拳を装置のフレームに叩き付ける。

コの字は自分が戦力になることを知っている。

そしてそれ以上に、300体の黒羊が、切り離し実験を妨害する罠だと理解している。

犯人があの男だということも、無論分っている。

「…って…くれ。」

ジェジーのかすれ声。

「行って…くれ。」

コンスースはぎょっと目を丸くする。

「バカを言うなよ。君だって苦しいはずだ。無茶な改造手術を受けて、限界に近いはずだ。」

「き…m……」

ジェジーの声はかすれきってしまった。

「ジェエエエエジィッッ!!」

コンスースの呼び声は悲鳴に似て哀れ。

ジェジーはコンスースにテキストデータを送った。

『今、多くの罪なき人々が苦しんでいる。コンスース、君は強い。だから行け。誰かの犠牲の上にボク達の実験はあってはならない。君は、君らしく在れ。』

「ジェジー…。君を誇りに思う。」

コンスースは涙を払って立ち上がった。

単分子繊維製の特殊スーツを身にまとう。

「どこに行く気かは知らぬが、ジェジーは長くはもたぬぞ。」とガーウィスがくぎを刺す。

「ジェジーを甘く見ないでくれ。わが友はやわな男ではない。タフなカウボーイだ。」

「何処へ行く?私たちもついていくぞ。」イマルスがコンスースの前に立ち、自らの役目を主張する。

イマルスとナイアラはマァクにコンスースの警護を任されている。

「300体の黒羊が現れた。それを殲滅しにゆく。二人はジェジーを頼む。」

「いや、私もお前についてゆく……ナイアラ!」

「ほへ?」

「お前はここに残ってジェジーを守れ。私がコンスースを守る。」

「ほい~~っす。」

念を押しておくが、ナイアラは年中気だるげに見えるだけで、やる気も正義感も人並み以上にある。

「コンスース、私は詳しい事情は知らぬ。だが、恐らくお前の選択はあの始まりの化け物の思惑通りだ。それは分っているのだろうな?」

「無論だ。承知でジェジーとボクで決めた。」

「ならば、これ以上は言うまい。」

二人はチャンネルを切り替えて黒羊討伐に向かった。


コンスースとイマルスが最初に到着した世界では、5体の黒羊が発電所で破壊の限りを尽くしていた。

ゴーレムの様な体躯に重装甲。

頭は無く、うろうろと徘徊し、何かにぶつかるとそれをスパイク付の足で破壊する。

腕も無く、上半身は動力とバッテリーだけの様だ。

ぶつかったものを破壊し終わると、その黒羊は向きを変え、また歩き出す。

「随分と単純なオートマトンだな。」

右腕のレールガンを撃つ。

当然のように装甲に弾かれるジュラルミンブロック。

「ははは、ビクともしないな。」

眉をひそめるイマルスとは対照的に、コンスースはその立ち姿に自信を覗かせていた。

彼はアタッシュケースを取り出し右肩に担ぎ上げた。それはガシャンガシャンと組み木細工のように形を変え、彼の背丈の3倍はありそうな巨大な大砲になった。

「ジュラルミンブロックが跳弾した角度と音から、黒羊の装甲を計算した。この多段式ガスガンなら、易々と破砕できるはずだ。」

「そんなバケモノを用意していたのか…それ、細かい計算をしなくても、あの黒羊を破壊できるだろう?」

イマルスは目を見開いたまま、視線をその長砲身に這わせた。

うすら長い!

「ボクの前と後ろには立たないでくれ。」

コンスースの背中にロケットブースターが現れた。ブオオオオと高音の排熱が吹き出している。これでガスガンの反動を相殺しようと云う訳だ。

何という物々しさ。

「そこまでのバケモノが、本当に必要なのか?」

「大は小を兼ねる。そう考えちゃダメかい?」

狙いを定めて、発射。

ダダダダダン!!!!

通常、一発の砲弾を打つ時、爆発音は一回だけ聞こえる。だが、多段式の場合は複数回聞こえるのだ。

うすら長い砲身を5回の爆発で加速する。

それが多段式ガスガン。

少々距離が離れていたって、仰角なんて一切なし。鬼のゼロ距離射撃を可能とする。

砲弾がどれほどの運動エネルギーを有しているか想像できよう。

砲弾はレーザービームのように真っ直ぐ敵に突き刺さり、積み木を突き崩すがごとく易々とその巨大な鉄塊を木端微塵にしてしまった。

しかも砲弾はなおも勢い衰えず、その先にある発電施設をも破壊していった。

ドガババババン!!!!

大惨事だ。

「ダメだああああぁぁっっ!!何が大は小を兼ねるだ!やはり、破壊力有り過ぎではないか!」

コンスースの後方に、既に黒羊が施設を破壊した跡が、瓦礫の山になっている。その瓦礫にロケットブースターの排炎が引火、炎は勢いを増して、燃え広がらんとしている。

「お前の武器は迷惑にも程があるぞ!」

イマルスは大慌て。雑草をどっさりと炎の上に被せ、火を窒息させて鎮火。

コンスースは次の黒羊に狙いを定めている。

「おい!まだ、そのバケモノを運用するつもりなのか!?」

「子供の頃に見たヒーローを思い出せ。古来より、巨悪を懲らしめるヒーローは、もろとも街も破壊していたじゃあないか。」

「動画もゲームもフィクションだ!」

「この仮想世界だって、似たようなものだ!」

オデコを突き合わせて睨み合う二人。

コンスースの強情にイマルスが折れた。

「ええい、負けたよ。ならば徹底的にやれ。避難誘導と後始末は私が受け持とう。」

「すまないね。ボク達には時間がないんだ。」

誰よりも心優しいその青年は、恐ろしい威力を見せつける彼の新兵器を敵に向ける。

その長砲身が火を吹くと、たったの一発で3体の黒羊がバラバラになって消えた。

そして砲弾はやはり余力十分で施設も破壊する。

その様子を、コンスースの凄まじさを、物陰からチャケンダとニューオンが見ていた。

「流石にコンスースの破壊力は別格ですね。」

「彼が強いことは良く判っている。だからこそ300体用意したのだ。性能ではなく、数をね。」

「はい。彼を足止めしておくには十分な数です。全ては計画通り、順調に進んでおります。」

「それでも彼らは侮れないよ。ジェジーがああだから、ブラックリストシステムは機能していないはずだ。マオカルを使え。」

二人はその発電所の世界を去った。


さて、7本足の大型黒羊を倒しに向かったツイカウ達。

「「でっかぁ~~」」

オウフちゃんとエリヒュちゃんが仲良く手をつなぎ、あんぐりと口を開けて、高さ20メートルのロボットに目を丸くしている。

「エリヒュちゃんは来なくて良かったのに。イェトの情報だと危険な化学兵器を使うらしいわよ。」

保護者チョリソーがエリヒュちゃんの頭を撫でる。

少女は「ちっ、ちっ、ちっ」と不敵な笑みを浮かべる。

そして…

「我ら無敵のゴールデンコンビ!」

彼女はオウフちゃんとつないだ手を高々と上げた。

この前、オウフちゃんの能力に乗っかって黒羊一体を撃破したのが、たいそうな自信になったようだ。

オウフちゃんはオウフちゃんで、まんざらでもないのか?もう片方の手も元気に振り上げている。

ツイカウとチョリソーは顔を見合わせてため息。

黒羊が化学弾頭を発射。

「あ、あの筒じゃないかな。」

ツイカウが飛来する円筒形上の弾頭を火炎放射器であぶると、バンと音を立てて破裂し、液体が四散した。

「「「「やっぱり」」」」

4人ハモった。

ツイカウは火炎放射器のノズルの形状を変えて広範囲に火炎を広げ、皮膚に付着すると血肉が壊死するその薬品を焼き尽くした。

「まいったな。オウフが近付けないと、あんなバカでかい鉄の塊、やっつけようがないよ。」

流石に20mあると二人がかりでも丸焼きにはし難い様だ。

チョリソーがツイカウに尋ねる。

「ねぇ、その火炎放射器でトンネルは作れないの?」

「あーっ…出来るけど、その中をオウフに走らせる気かい?トンネルの中は灼熱地獄だ。ボクでもない限り足を踏み入れることはできないさ。」

「攻撃力が高いわたしとツイカウが敵の攻撃を相殺して、オウフの道を作る。つまるところこれしかないのだけれど。」

こんな打ち合わせをしている間にも、科学弾頭やエレクトリックキャノンの攻撃が半端ない。

敵は打ち合わせの間、攻撃を待ってはくれない。

ツイカウの火炎放射器とチョリソーの飴玉爆弾で、敵の攻撃を迎撃する。

オウフちゃんは可愛く拳を構えながら、自分は何をすればいいのかと悩んでいる。

「とあーっ!」

突撃したくってうずうずしていたエリヒュちゃんがビュンと駆け出した。

「キャーッ!エリヒュちゃん!危ない!危ない!」

オウフが小さい背中を追いかける。

「「二人とも危ない!!」」

ツイカウとチョリソーも慌てて追いかける。

前を行く二人めがけて円筒形の化学弾頭が飛来する。

「二人とも!逃げて!」

非情。化学弾頭は二人の真上で爆裂する。

人体を壊死させる液体が降り注ぐ。

ツイカウとチョリソーの絶望の表情。

二人の体が、グズグズに崩れていくところなんか、見たくはない。

だが残念なことに、それを防ぐ手段を、ツイカウもチョリソーも、持ってはいない。

化学弾頭で悲惨な目に合わせるくらいなら、飴玉爆弾の余波を食らう方がましか?

そう考えて、チョリソーが飴玉爆弾を毒液目がけて投じようとした、その時──

オウフはエリヒュを抱き留めて、右手を天にかざした。

ぱよん。

ぽよん。

ぷゆん。

非人道的な化学兵器は、オウフの右手に触れた瞬間、ぽよぽよとしたシャボン玉になってしまった。

シャボン玉は風に吹かれて飛んでゆく。

ツイカウとチョリソーはあっけに取られて、それを見ていた。

「ツイカウ。」

「なんだい?」

「ひょっとしてだけど、わたし達の中で、オウフがいっちゃん強いんじゃない?」

何でも有りじゃないか。

彼女の能力は、硬い物を柔らかくするだけの筈だ。

でも、実際には解釈次第なのであって、彼女に都合が悪いものは、殺人光線だろうが、化学兵器だろうが、無害にできてしまう。

ツイカウは火炎放射器を担いで高笑い。

「そうだな。オウフの彼氏を名乗るなら、ボクも負けてはいられないね。」

火炎放射器をガントレット型に変形させて両手に装着すると、炎が勢いよく吹き出してツイカウの全身を覆った。

「えええっ!ツイカウ!燃えてない!?大丈夫なの!?」

「ああ、極めて快適さ。」

ツイカウは炎の塊となってオウフの所までひとっ飛び。

チョリソーは「おおおおう!」と景気のいい歓声をあげて見送る。

「オウフ。さぁ行こう。君の不思議な手とボクの炎の鎧があれば、黒羊の攻撃なんて恐れる必要がない。」

「うん!」

かっこよく決めた二人の横をエリヒュちゃんが「とりゃーっ!」っと走り抜けてゆく。

「ちょっと!保護者さんっ!」

オウフが後ろを振り返りチョリソーに抗議。

完全に置いてけぼり食らっているチョリソーは「ひえーん」と嘆きつつも「分かったー。なんとかするー。」と飴玉を取り出した。

エリヒュちゃんの足元めがけて遠投。

飴玉は地面に潜り込んで爆発。

落とし穴ができた。

「ぬわーーっ!」

少女は落とし穴に落ちて、一旦きょとんとしてから悲鳴を上げた。

落とし穴から這い上がろうとすると、チョリソーが穴の上で威力を抑えた飴玉爆弾を爆発させ続ける。

小さな少女は爆風で穴の底に抑え付けられ、不愉快。むっとほほを膨らませている。

ツイカウとオウフの夫婦コンビが、敵の攻撃を跳ね除けながら突き進み、その後ろにできた道をチョリソーがなぞってゆく。

「まってーーっ!」

やっと落とし穴から這い出てきたエリヒュちゃんが、煤だらけのほっぺたも拭かずに3人を必死で追う。

ぼん!

チョリソーが地面に埋めておいた飴玉を踏んづけ爆発。

また出来ていた落とし穴に、一旦宙を舞ってから落っこちる。

エリヒュは穴の底で丸くなり、ふてくされてしまった。


さて、俺とイェトは化け物と交戦中。

最初はいつも通りの珍妙な頭でっかちのドラゴンで「あーこれこれ。この世界の化け物はこう、だっさくなきゃ。」などと余裕すら見せていたのだが、首をぶった切ったらどうだ?なまら強そうな、本格的なドラゴンに大変身。

爪も牙も尾も厄介そうだ。

そう身構えていたところ。

「熱ッ!!!!」

俺の右腕の一部が焼け落ちた。

どうやら奴の血。

あれが溶岩の様に熱い。

全身をダラダラと滴っている血が、奴の武器なのか?

巨大な体躯に、クジラでも踊り食いする気かっていう牙と、爪と、尾を持ちながら、そのどれでもなく、血しぶきが武器なのか?

事実、やっこさんは、血の雫を飛ばしてくる以外、何の攻撃もしてこない。

牙も爪も尾も、飾りか?

首から下は、よもやはりぼてではあるまいな?

「だ、だせぇ。」

「ほんっと、ダサいわねっ!」

イェトさんが歯ぎしりをして悔しがっている。

「もぅっ!ちょっとは歯応え有りそうかなって!期待したのにっ!」

俺はイェトさんの肩に手を置き「所詮、この世界の化け物ってあんなもんなんだよ。」と慰めた。

ふと、コンスースの口裂け馬はかっこよくて強かったなぁと、まだ一ヶ月もたっていないのに、十年も前の事のように思い出した。

それ程、目の前のドラゴンさんにはがっかりした。

「ちゃっちゃと倒してしまいましょう。」

期待が大きかった分、その怒りは計り知れない。

イェトさんの殺気が膨大すぎて、陽炎のように、メラメラと景色が揺らめく。

彼女めがけて飛来する青い血液の雫。

これを斜めにジャンプしたり、低くスライディングしたりして避ける。

急に半身になってこけそうになっても、側転して体制を立て直し避ける。

ジャンプして逃げた空中で狙い撃ちされても、更に身をひねって避ける。

避ける!避ける!避ける!避ける!

「また、俺の出番が無いパターンか?」

もう、胡坐をかいて座り込んでしまうのが、癖になってしまったではないか。

俺、エース…の筈だよなぁ。活躍、しないなぁ。

黒羊が更に300体出たらしいし、そっちで頑張るか。今は力を温z…

「あ、」

俺は敵の攻撃をよけないので、あの青い血が当たる。

「あち、あちぃ。肉が焼け落ちる。地味に嫌だこれ。」

もう一寸、後ろに下がっていよう。

そう考えて、立ち上がろうとした瞬間である。

ごっすううううぅぅううん!!

俺の顔面に岩石が当たった。

小石じゃないよ、岩だよ。

投げたのはもちろんイェトさん。

「なぁーーーにサボってるのよっっ!!」

カンカンに怒っている。

「回避アクロバットしながら、器用なこって。」

俺は鼻血をダラダラ流して服を汚しながら、その様な感想を述べた。

花の右側を親指で押して、鼻息でビッと鼻の穴に溜まった血糊を飛ばす。

袖搦を担いで、やれやれと立ち上がり尻についた泥を叩き落とす。

「早く来なさい!」

イェトさんがお怒りだ、

「分かった、分かった。」

走った。

げごちーーん。

イェトさんに岩石を投げつけられ、後ろ向きにひっくり返った。

「遅い!!」

「俺はこれでも精一杯走っているんだ!」

俺がひぃひぃと脇腹を抑えながら走っていると、後ろから「今だ!」と掛け声が聞こえて、7人の人影がガーウィスの工房目指して走っていくのが見えた。

先頭を走るのは、ジェジーを逆恨みしているあのヒイッチ。

悪い奴らだなぁ。

でも、あの程度なら、イマルスとナイアラが軽くひねって呉れるだろう。

俺はそう考えて、あえて7人を見送った。

7人の中に一人、フードで顔を隠しているやつがいるな。これからなさる蛮行が後ろめたいのか?

ん?マオカルが居るな。

彼は、一人進路をそれて俺達と工房の中間で足を止めた。

工房には入らないのか。

むしろ都合がいい。

工房の中にいる筈のイマルスに音声通話で連絡。

「ヒイッチを先頭に6人が向かった。たぶん、ぶちのめして構わない連中だ。」

『向かったというのは、工房のことか?』

「他にどこかあるのか?ってゆーか、雷が落ちたような爆音が聞こえてくるぞ。」

『気にするな。6人ならナイアラ一人で十二分。彼女に話してくれ。』

「お前、何してんの?」

『忙しいのだ。ナイアラと話してくれ。』

通話切られた。

首を傾げつつナイアラに連絡。

『りょ~かい。』

気が抜ける返事が返ってきた。

「なぁ、イマルスはなにやってんの?」

『コンスースとでかけた。』

「え?うっそ。実験やってないの?」

『くろひつじ300をたいじしにいった。』

「まじで!?コの字ぃ、みんな誰のために体はってるとぉ~!」

6人が工房に入ったのが見えたので、そこで終話とした。ナイアラの戦闘の邪魔はできない。

あれ?何でコの字が300体の黒羊の件を知っているのだ?

色々と引っ掛かる。

チャケンダの罠にはめられていく、ギスギスとした締付感。

ちょっと、張り切るろうか。やばい状態に陥る前に、あっちもこっちも何とかしねぇと。

マオカルに一瞥をくれる。

お前もドラゴンを倒した後、三枚におろすからな。

突如、脇で戦いを傍観していたプライマリが、ガーウィスの工房へと走った。

マオカルは一度、彼女に銃口を向けたが、すぐに銃を下してその小さな背中を見送った。


ガーウィスの工房内。

これは俺の誤算であり失態でもあるのだが、押し入った6人のうちフードをかぶった男はチャケンダだった。

マオカルが俺の足止めに回った時に気付くべきだった。

みすみすジェジーの所に行かせてしまった。

さて、

工房に入るまでは先頭を走っていたヒイッチが、中に入った途端素早く後ろに下がり、他の5人の背中を押して「いけーっ!叩きのめせーっ!」と、奇声だけ喧しくあげている。

ジェジーを逆恨みする根性といい、ヒイッチはしょっぱい小者だ。

ナイアラはアシグロフキヤガエルの卵を取り出してスリングショットでヒイッチを狙った。

2匹の毒蛙が口の中に入り、逆恨み野郎はその場にぶっ倒れてしまった。

「わ、たあ~しわ、遠距離…だから…遠ぉいほーがきけん。」

ナイアラさんからの注意喚起。

言われなくても、これはヤバイ女だと皆が認識した。

4人がナイアラとの距離を詰める。

真っ先に近付いてきた男が、ナイアラの胸ぐらを掴んで、拳を振り上げた。

彼女は、その男の頭の上に、ちょこんとアナコンダの卵を乗せる。

男の頭の上に体長10mにならんという大蛇が出現し、男を一息に飲み込んでしまった。

この寝ぼけ眼でぼっさりと立っているやる気なさげな女、やることがえげつない。

相手がぼんやりした女性ということで、武器なんか必要ないと、男どもはたかをくくっていた。

そんな、生易しい相手でないことは、嫌と言うほど分かった。

フードをかぶった男以外の3人が、武器を手に取った。

しかし、相手はアナコンダさえ召喚するナイアラ。

手にした斧やトンファーにどれだけの期待ができようや?

実際、ナイアラはイリエワニの卵を4つスリングショットで投じた。

武器を手にした3人は、ワニが牙を剥いたのを見て、せっかく手にしていたそれを放り出して逃げてしまった。

その内の一人が逃げる途中、フードをかぶった男、つまりチャケンダに肩をぶち当てていった。

彼はそのような無礼に腹を立てたりなんかはしない。

腹を立てる代わりに彼は「やっと一人になれた。」と言ってフードを背中の方へとめくった。

現れたチャケンダの顔を見てガーウィスとナイアラは戦慄する。

「この顔は、効果覿面のようだね。」

挿絵(By みてみん)

<※しつこいですが、頭大きめに描いてます。>

チャケンダがワニに触れると、ワニ達は元の卵に戻ってしまった。

「二人に時間をあげよう。遠くか、いっそ別な世界へ逃げるといい。ボクは切り離し実験を失敗させることができれば、それでいい。」

ガーウィスは背を向けて、あっという間に発明品と彼が主張するガラクタの山に走って行ってしまった。

そして、なにやらガチャガチャとやっている。

ナイアラはその場に残りスリングショットを構えた。

様々な危険生物の卵を打ち出すのだが、全てチャケンダの手で卵に戻されてしまう。

「無駄だよ。君の術式は可逆だ。手順さえ心得ていれば、容易く元の値…つまり卵に戻せる。」

「ありゃま~~。」

例によって力の抜ける声と、おっとりとした仕草だが、これでも絶望的に困り果てている。

そこにギラリと輝く人影が、回転しながら飛んできて、着地した。

クロームモリブデン鋼の骨格。

チタニウム合金とカーボンハニカムの皮膚。

1200馬力の心臓。

8ビット16MHzの電子頭脳。

ガーウィスが生み出した人造人間、マイクロ10(テン)だ。

マイクロ10のフロントカメラがチャケンダを捉える。

8ビット演算気が画像を解析する。

「識別、チャケンダ。警戒レベル、最大。対応、排除。期日、今。」

マイクロ10が短いビープ音を連続的に発する。

「CPU温度、85℃を超過、ペルチェ冷却器に通電します。」

マイクロ10のボディーの模様の色が青から赤に変わる。

「システムクロックを24MHzまで上げます。警告、レッドゾーン。警告、レッドゾーン。」

床のタイルを踏み割りながら爆走するマイクロ10を案じて、ガーウィスが叫ぶ。

「お前の電子頭脳は8ビットだ!無理はするな!」

マイクロ10はチャケンダの眼前で停止。フロントカメラの画像を確認する。

「──

ダブルチェック正常終了。

対象はチャケンダです。

乱数の初期化終了。

戦略はタンゴが選ばれました。

パターンはブラボーが選ばれました。

バンク1のROMカートリッジから、データをロードしました。

──」

マイクロ10は6つのカメラの画像を解析する。

「安全確認完了。ステータスは攻撃可です。承認不要。最大10回の攻撃を実施します。1回目、岩石割り。出力最大。衝撃にご注意ください。」

ビイィィーーーーーーー!!!!

警告のビープ音がけたたましく鳴り響く。

マイクロ10が拳を突き出す。

実測1217馬力。

こぶしの先端は音速を超え、バンという衝撃音が遅れて聞こえてきた。

「8ビットとは趣味がいい。聞き入ってしまったよ。」

チャケンダは右腕だけを化け物──数百匹の線虫を束ねた姿に変化させた。

鋼鉄の拳に線虫はブチブチと千切り潰されていく。

「ぬああっ!!」

チャケンダが気合を入れて、線虫の密度を増す。

これでマイクロ10の拳を、何とかいなすことに成功。

鋼鉄の拳は右耳をかすめていく。

「1回目の結果を解析。結果、失敗。パラメータを補正します。出力が足りませんでした。バックアップ動力を並行運用します。」

「無茶はするな!お前の8ビットCPUでは制御できん!フレームが壊れてしまうぞ!」

ガーウィスの胸は心配で張り裂けてしまいそうだ。

後部カメラで自分を心配する親の姿を確認するマイクロ10。

「父さん。」

「なに?マイクロ10。お前、わしを父さんと呼んだのか?」

「父さん、私を信じてください。」

マイクロ10はバックアップ動力を起動した。

ガタガタとひどい音がして、マイクロ10の体も不安定に振動している。

「だから無茶だといったのじゃ!マイクロ10!バックアップ動力を止めろ!」

マイクロ10のボディーの各所から、警告のビープ音が鳴り止まない。

彼の鋼鉄のボディーは悲鳴をあげ、振動をしていたが、8ビットの魂が揺らぐことはない。

「攻撃を続行します。2回目は隕石落としです。出力120%。危険です。繰り返します、危険です。」

実測1511馬力。

天井に向かって跳躍する。

20m上方にある梁に座し、6つのカメラの映像を解析する。

「安全確認完了。ステータスは攻撃可です。攻撃を開始します。」

ビイィィーーーーーーー!!!!

工房の天井に反響するビープ音。

マイクロ10は梁のH型鋼を蹴り、チャケンダに向かって急降下。

「危険です。決して近付かないでください。」

マイクロ10は空中で反転。つま先を槍のようにチャケンダに向けた。

彼の全身はぎしぎしと悲鳴を上げる。

「マイクロ10!止めるんじゃ!お前のフレームが持たん!!」

チャケンダは両腕を数百匹の線虫に変化させて、攻撃に備える。

「8ビットの底力、見せてもらおうじゃないか。」

空気との摩擦熱で、マイクロ10のつま先が真っ赤に焼ける。

チャケンダは両腕の線虫を伸ばして、これを迎撃。

ドウンッ!!!!!!!!!!

マイクロ10のつま先とチャケンダの腕が激突!

衝撃波が走り、ガーウィスとナイアラ、そしてプライマリが吹き飛ばされた。

切り離し実験の装置も、ぶわっと浮き上がり、がしゃんと地面に激突した。いくつかのパーツが外れて落ちた。

線虫が焼ける、嫌な臭い。

マイクロ10のつま先は、チャケンダの鼻先5mm程の所で停止していた。

もう少しだった。

たったの5mm足りなかった。

彼の全身に線虫が絡みついている。

「2回目の結果を解析。結果、失敗。複数の回路が警告を発しています。状態を確認中。」

チャケンダはマイクロ10を脇に打ち捨てた。

床に長く伸びた人造人間は、オイルと配線が焼ける、あの独特の異臭を放っている。

警告のビープ音が止まらない。

青髪のハッカーは両腕を人間の腕に戻して、切り離し実験の装置へと歩を進める。

プライマリはいよいよ自分が戦うしかないと袖搦を取り出したが、保全機能からの許可が下りない。

彼女は切り離し実験を成功させたい。

だが、目の前を悠然と歩みゆくチャケンダを止めることはできない。

なぜ彼を攻撃してはならぬのか?問いただすことも許されてはいない。

切り離し実験の成果なしで、どうやってきたる移動手段の切り替えを行えばよいのか?

彼女は現場の担当者として憤懣遣る方無い気持ちで、袖搦を床にたたきつけた。

「状態確認完了。状態、作戦不能。修理が必要です。」

自身が動ける状態にはないことを、マイクロ10はアナウンスしている。

しかし、彼は立ち上がった。

「立ち上がるな!後でわしが修理してやる!」

悲痛なる生みの親の忠告を無視して、満身創痍の人造人間は、始まりの化け物の背中に向かい、ファイティングポーズをとった。

「キャッチした警告を破棄しました。」

警告のビープ音が止まった。

「マイクロ10!本当に壊れてしまうぞ!!」

「攻撃を続行します。3回目の攻撃は八切断です。」

右腕全体から、やいばがせり出した。

チャケンダに向かって一歩踏み出すたびに、体のどこかが爆発し、煙が立ち上る。

人造人間の体は次第に斜めに傾いていく。

それでもフロントカメラはチャケンダをまっすぐに捉え続ける。

「致命的なエラーが発生しました。作戦続行不可能。」

ギ、ギ、ギ。

マイクロ10の体がまたまっすぐに持ち直していく。

「作戦のNCデータを修正しました。稼働可能な機能のみで攻撃を行います。」

左足を引きずるようにチャケンダめがけて進む。

「マイクロ10…お前というやつは…」

ガーウィスは発明品の山の中から巨大なブレードを取り出して、人造人間へ投じた。

「これを使え!64bitSoC制御の火薬圧断かやくあつだんブレード!お前の右腕のコネクタ互換じゃ!!」

「3回目の攻撃を中断します。中断しました。攻撃を続行します。4回目の攻撃は火薬圧断です。」

マイクロ10は右腕のやいばをパージして、飛来するブレードに手を伸ばした。

ボゴン!!

無理が過ぎた。彼の右腕は爆発四散してしまった。

「作戦続行不能。修理が必要です。」

火薬圧断ブレードはチャケンダの線虫の腕が受け取り、人造人間の腹部を火薬圧断した。

「バン」という火薬の音とともに、ブレードが鋼鉄の胴体に食い込み、圧断。

あわれ真っ二つ。

下半身は後方に倒れ、上半身は前のめりに床に落ちた。

「君ほどの敵はそうは居ない。」

マイクロ10の上半身を見下ろしていたチャケンダは、ブレードを捨て、切り離し実験の装置へ向きを変えた。

がしっ!

マイクロ10の…今や上半身だけとなった人造人間の左手が、チャケンダの右足を掴んだ。

「致命的な損壊です。30秒以内にシステムが停止します。作戦続行不能。行動の97%が行えません。現在可能な攻撃手段はありません。新しい攻撃手段を構築中。」

人造人間は、まだ、戦いをあきらめてはいない。

「本当に、君ほどの敵は居ないよ。」

「システムが停止します。」

ぐしゃっ!

マイクロ10はチャケンダの右足首を握りつぶして、その機能を停止した。

赤い光を放っていた彼のボディーの模様は、静かに光を失っていく。

彼は自分を父さんと呼んだ。泣き崩れるガーウィス。


ガーウィスの工房の外。

俺とイェトがドラゴンと闘っている最中。

ナイアラとプライマリから別々に「チャケンダが現れた。」というテキストデータが届いた。

ごっすううううぅぅううん!!

イェトさんが投げた岩石が、俺の顔面にめり込む。

「殺される!敵ではなくてイェトさんに殺される!」

「アンタみすみすチャケンダを見送ったでしょう!」

そうかナイアラのテキストデータはイェトさんにも送られていたか。

「えーっ、居たかな?…あ!フード被ってた!奴か!!」

「アンタが何とかして来なさい!ここはわたしが踏ん張るから!」

俺はため息を一つついて、袖搦引きずって、工房の方へ足を向けた。

「チャケンダは私が引き受けましょう。」

聞き覚えのある声の主はマァク。

いつの間にこの世界に来たのか?

「引き受けるって、お前、戦えるのか?」

「いいえ、私の能力は戦闘には向いていません。」

「なら…」

「でも、足止めには最適です。」

彼女はデリンジャーを取り出した。

「そうか。」

「もっと早く来るつもりだったのですが、頼れそうな男に声をかけていたので、到着が遅れました。」

「じゃあ、時間稼ぎを頼むわ。だが相手はチャケンダ。無理はするな。」

マァクの前にマオカルが立ちはだかる。

「この先に道はない。」

「あなたを倒せば道はできるわ。」

マァクはデリンジャーの引き金を引いた。

「この銃の精度を思い知れ。」

マオカルも発砲。

彼は自分とハンドガンの実力の、軽いデモンストレーションとして、マァクの銃弾を撃ち落として見せるつもりだ。

「弾丸よ、お前の主を殺せ。」

マオカルの銃弾はたしかにマァクの銃弾に命中した。

しかしこの場合。マァクの呪いが発動した場合は、マァクの銃弾がマオカルの銃弾に当たったと考えるほうがより正しい。

マオカルの銃弾は、180度向きを変えた。

あり得ない。

推進力も羽も持たない合金の塊が、自力で方向を変えるなんて。

「マァク様ぁの、のうりょくはのろいぃ…」

ナイアラが外の様子を察して呟いた。

呪いを受けた銃弾はマオカル目指して飛ぶ。

マオカルが身を交わせば、呪われた銃弾も方向を変える。

マオカルが呪われた銃弾を撃ち落とそうとすると、呪われた銃弾はひらりと身を交わす。

「クソっ!」

どうにもならない。

どうにもできない。

呪いは確実にマァクの願いを叶える。

こんな卑怯な能力が許されるのか?

戦う前に既に勝っている。そんな能力だ。

彼は眉間を撃ち抜かれた。

「この能力…卑怯に…すぎる。」

「そう、だから、出来るだけ使いたくないの。」

マオカルは頭から大量の血を流して倒れてしまった。

もう一発、デリンジャーの銃弾を傷口に打ち込む。

「お前の傷は私の能力が及ぶ限り、治癒しない。」

「ぐっ、ぐううっ。」

不老不死の俺達もこんな呪いをかけられたらたまらない。

「いやだわ、私の能力、思ったより戦闘向きかも。」

悠々と去ってゆくマァク。


工房内で、無駄と知りつつ、チャケンダに卵を撃ち続けるナイアラ。

彼女がスリングショットを引く手を止めた。

彼女が深々と頭を垂れ忠誠を示す相手、マァクが工房内に来た。

実のところ彼女は、マァクがこの工房に入ってくるまでの時間稼ぎができればよかったのだ。

ナイアラに背を向け、マァクの方へ向きなおるチャケンダ。

「マァク、相変わらずお美しい。」

「あら、嬉しいわ。」

チャケンダにデリンジャーを向ける。

「君は自身の呪いの真実を知っているかい?」

「いいえ。あなたは知っているの?」

マァクが引き金を引く。

ここで、彼女自身驚くべきことが起こる。

呪いが故100発100中の彼女の弾丸が初めて外れた。

マァクの呪いの完璧さ、恐ろしさを知るナイアラも目を丸くする。

「ああ、知っているとも。この世界に存在する全ての物は、その振る舞いを論理層の演算で決定する。」

次の弾丸もチャケンダは避けた。

「つまり、論理演算が完了するまでボクたちは動けない。君の呪いは論理層と物理層の狭間、その論理層側にある。つまり行動の先読みと改ざんだ。」

「あら、私の能力は本当のずるだったのね。」

マァクとの距離を詰めるチャケンダ。

彼はマァクの銃弾は自分には当たらないと考えている。

ところが…

3発目の弾丸がチャケンダの頬をかすめる。

「次は当たりそうね、その眉間に。」

マァクがほほ笑む。

チャケンダの足が止まる。

「今度はどんなチートをしたのかな?」

「あら、解らないの?ハッカーさん。」

「残念ながら、サッパリさ。」

天才ハッカーが頭をひねるのも無理はない。

なにしろ、マァクのはったりだからな。

次の弾丸が命中する保証なんて何処にも無い。

彼女はチートが効かなくなったから、それに頼らず自力で狙いを定めることにしただけだ。

発射してから対象に命中するまで、銃弾から自分の呪いの能力を解除したのだ。

そして、もし彼の近傍をかすめていったら…『次は当たりそう』…と、はったりを言う事に決めていただけだ。

マァクは狙いを定める。

まぐれだろうが何だろうが、弾丸を当ててしまえば、能力を再発動してその物理層を支配下における。

チャケンダに勝てる。

悪い賭けでは無い筈だ。

翻って、どの可能性を計算しても、自分の分が悪いことに気付かないチャケンダではない。

「どうやら、君の出番のようだ。」これを言ったのはチャケンダ。

「はい。」これを言ったのもチャケンダ。

チャケンダの指示にチャケンダ自身が応えた。どういう事だ?

チャケンダの表面がペリペリと剥がれ、薄皮だけでペラッペラの2Dチャケンダが現れた。

「君というカードを使うのは、もっと先のはずだった。」

2Dチャケンダは風船のように膨らんで、一瞬、彼が二人いるように見えた。

その後、片側が瞬時にニューオンになった。

圧縮技術の応用だ。二人のスーパークラスを用意し、そのスーパークラス×2と云う演算式で存在していたのだ。

「マァク。あなたの相手はこの私よ。」

ニューオンが婚姻届けを構える。

「無理をなさらない方が、よろしくてよ。」

「マァクさまぁ~ぁ。」

二人の間にナイアラが降ってきた。

ニューオンに向かってスリングショットを構える。

マァクはニューオンの相手をナイアラに任せてチャケンダの方へと向かった。

チャケンダは両足を線虫に変化させて走り、既にジェジーをコアにして作った装置の前。

右腕だけを化け物化。

線虫の塊に変えて、装置を吹き飛ばした。

装置は一度浮かび上がり、ガシャンとえらい音を立てて着々。更に2回3回と勢いよく転がっていった。

パーツがいくつか外れて地面に転がっている。

装置の表面に実装されていた部品も、かなり壊れてしまったようだ。


コンスースはクリスタルの山で黒羊と戦っていた。

コンスースが多段式ガスガンで周囲の物を巻き添えにしながら敵を吹っ飛ばし、イマルスが雑草の能力で消火や修復、一般人の保護を行っている。

「コンスース。交代だ。」

藪から棒な申し出。

声の主を見て、イマルスは片膝をついて頭を垂れた。

声の主は、回帰派代表のホトプテン。

コンスースはきょとんとしてしまって、挨拶も忘れている。

「ホトプテンさん。交代って、あなたが直々に戦われるのですか?」

「ああ。昼行灯を決め込んでいたら、マァクに尻をたたかれてね。君は早く戻って切り離し実験を。」

なるほど、マァクの手配か。

合点がいったコンスースは肩の多段式ガスガンを取り外し、グリップとアンカー式バイポッドを付けてホトプテンに渡した。

ホトプテンはグリップを握り、スコープを覗いて感触を確かめ、そのやけくそな長砲身をしげしげと眺めた。

「このおもちゃは、何処で買えるんだい?」

「KICKSTARTERで見つけたんです。ちょっといいでしょう?」

ホトプテンはケラケラと笑って、コンスースのジョークに乗せられている。

「ああ。これは見っけもんだな。」

早速、地面にアンカーを打ち込んで引き金を引き、鋼鉄の黒羊を吹っ飛ばす。

眼前で起こる大参事。

「おいおい、コンスース。この世界事破壊するつもりだったのかい?」

すさまじい威力に驚く。

「狙いを外さなければ、世界は壊さずに済みますよ。」

チャンネルを切り替えてガーウィスの世界に戻るコンスース。


ガーウィスの世界。工房の外。

イェトさんがご立腹。

「なぁーーーに!あの腐れドラゴン!!」

「どうにかして、あの頭を潰さないとな。」

勇ましいドラゴンは、実は頭と首の辺りまでが本体で、そこから下は延々と滴り落ちる血液で作った張りぼてだった。

忌々しいことに、奴の無尽蔵の血液が攻撃にも防御にも使える優れもの。

攻撃は地味なのだが、防御で威力を発揮し、頭を完全に血のカーテンで覆い隠されたさぁたいへん。

俺らの攻撃はダメージ覚悟になる。

血のカーテンを潜り抜けなきゃいかぬからな。

その時にどうしてもダメージを受けるのだ。

俺はともかくイェトにダメージ覚悟ってえのは辛い。

攻めあぐねているイェトの機嫌も悪くなろう。

「なぁ、新しい札を使えよ。」

「嫌よ!」

決定的な一撃を与えられないでいるところ、俺たちの後ろをコンスースが工房に向かって走っていく。

「ん?まだそんなドラゴンに時間とられているのかい?」

おう、コンスース。そのセリフは地雷だ。

案の定、イェトさんが「うっさいわね!!」とマジ切れした。

「え?ああ、じゃあ頑張ってくれ。」

コンスースはイェトさんの機嫌を最悪に損ねて、そのまま何食わぬ顔で、てってけと去っていった。

俺はイェトの様子を伺ったが、合わせた目が怖くって、すぐに目をそらしてしまった。

やべーよ、コンスース。何してくれてんだよ。


コンスースが工房内に入ると戦闘中のニューオンとナイアラと出くわした。

二人の間をすり抜けながら、ニューオンの紙人形をレールガンで撃ち抜いてゆく。

「ナイアラ。もうちょっとだ、頑張ってくれ。」

次は睨み合うマァクとチャケンダ。

マァクの背後を通りつつ、チャケンダにジュラルミンブロックを2つぶち込む。

チャケンダは軽く吹き飛んで壁に激突した。

「マァク。ホトプテンを呼んでくれてありがとう。」

ふと入り口の方を見ると、ナイアラにやられたヒイッチと暴徒一人が動ける程度に復旧しかかっている。

それぞれ一発ずつジュラルミンブロックをぶち込み、再び動けなくした。

コンスースは工房の奥へと進む。

装置の所へ進む。

ジェジーが待つ約束の場所に進む。

床には見覚えがある、あの装置の部品がいくつも転がっている。

その先に、切り離し実験の装置が無残な姿で斜めに倒れており、ガーウィスが取りついて必死に修理をしている。

「ジェジー、待たせたな。」

心優しい男は装置の奥に見える親友の顔に語りかけた。

コンスースは単分子線維製特殊スーツを脱ぎ捨てて、装置の上に横になった。

「無理じゃ!こんなに壊れているのに!」

コンスースはガーウィスの制止を振り切った。

「ジェジーとボクがやるんだ!この実験に無理なんてあってたまるか!」

二人にジェジーからのテキストデータが届く。

『チャケンダに論理スキャナをやられた。今にも停止しそうだ。早く!』

「くそっ!やるしか無いってことか。」ガーウィスが床を蹴っ飛ばす。

「腹をくくってくれ、ガーウィス。」

プライマリがやってきて、装置に手をかざした。

論理スキャナが安定していく。

「手を貸して…くれるのか?」

コンスースが声をかけるが、無論、プライマリからの返事はない。


俺に『これから切り離し実験の相番をする。そちらの対応はできない。』とプライマリから連絡が来た。

そのままイェトさんに伝える。

「え!?接点ちゃん!?初めから何もしてなかったじゃない!」

「うん、そうだね。」

俺は、怒れるイェトさんに逆らわないようにしていた。


チャケンダは体の破損した個所を化け物化し、装置に向かって走る!

次回、第2章最終話。

やっと主人公が活躍します。

でも論理層でのかなり抽象的な戦いになるので、分ってもらえるか心配です。

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