第八話「ケチェ」
題名「お花畑」
第二章「切離し実験編」
第八話「ケチェ」
オウフちゃんの世界は、小動物が幸せに暮らす、パステルカラーのほわんほわんした有限幻界だった。
有限幻界って単語使うの久しぶりだな。
久々すぎて、今更使うのが恥ずかしいくらいだわ。
第二章もなまら終盤〔全10話〕。
ここいらで今一度、かるく説明しておこうか。
1.人類は絶滅した。
2.だが2310名だけ、人類の理解を超越した文明「保全機能」に保護される。
3.俺たち2310名は人類が居住可能な他の惑星へ運搬されている道程にある。
4.俺たちは質量を持つ特殊かつ不可思議な仮想世界で、人類の今後について検討中。
5.その仮想世界は2310名それぞれが作り出した小さな世界「有限幻界」の集合体である。
6.チャケンダが化け物化して以来、「お花畑の化け物」という恐怖が俺たちの仮想世界に暗い影を落とした。
7.ジェジーの切り離し実験が成功すれば、化け物を人間に戻す目処が立つ。
8.始まりの化け物チャケンダと、楽園派代表のケチェはそれが気に入らない様子。
OK、これで十分だろう。
さぁ、話を進めよう。
今日は、ツイカウとオウフちゃんが作ったセンシェン ガベジの新曲の発表会。
センシェン ガベジと言えばチョリソーとオウフが組んだ、トークも歌も最高の超人気ユニットだ。
誰もが今日を、新曲の発表会を楽しみにしていた。
俺とコンスースとジェジーを除いて。
俺たち3人はイェトさんの後先考えない思い付きで、大センシェン ガベジのバックバンドを務めることになってしまったのだ。
そこに何やら追いかけっこをしている、ヒエレ、トポルコフ、そしてニューオンが乱入。
この3人だけで十分会場はしっちゃかめっちゃかだっていうのに、そこに阿保の娘ッタイクと、御大チャケンダまで現れやがった。
オウフちゃんの世界。
チャケンダは袖搦で太ももを貫かれた苦痛で表情を歪め、堪えきれずに捕まえていたヒエレとトポルコフを放してしまった。
どういう仕組みなのかバカの俺は理解するつもりさえないが、袖搦はお花畑の化け物に耐えがたい苦痛を与える。
チャケンダはうめき声をあげ、槍に変形させた袖搦を引き抜こうともがく。
「てめぇの首から上にサヨナラ。」
俺はチャケンダの頭を吹っ飛ばすつもりで全力の拳を放った。
しかし俺の手首から先は突如爆発し、その反動で腕の軌道もそれて俺の一撃は、チャケンダの頬に血のしずくをまき散らすにとどまった。
俺は「マオカルが来たんだな。」と瞬時に察した。
あの軍人サンがエントリーポイントから俺の拳を狙い撃ったのだ。
軍人サンはツワルジニの世界で拘束されていた。
ッタイクに不覚を取り、ウェットティッシュを編み上げた縄で縛りあげられていた。
そのウェットティッシュはッタイクの能力で除菌を拡大解釈され、除刃性能を発揮する。
ナイフで切ることはできなかった。
同様にハンドガンも無力だった。除弾性能も付加されていたようだ。
マオカルは腹をくくって、自分の胴体2か所を手榴弾で吹き飛ばした。
そして、意識を失う前に、ばらばらになった己の身体を縄から外し、再びくっつくように寄せ集めたのだ。
彼の身体は自動的に修復され、意識は戻り、ニューオンに状況を確認した。
プロ軍人は仕事を成し遂げるために、このもっふもふな世界にやってきた。
ジェジーはバンドのためブラックリストシステムからサインアウトしているので、彼の行動に気付けない。
チャケンダを見つけたイェトが俺の応援に来ようとする。が、ニューオンが許さない。
オンライン婚姻届けを使ったデジタル人形でイェトを足止めする。
この人形はビットの集合体なのだが、ビットが0の箇所は攻撃もできない代わりに、いかなる攻撃も受け付けない。
イェトさんのお札カッターがことごとくスカされてしまう。
「やはり私はあなたにとって相性の悪い敵だったようね。」
イェトさんがムキーっと顔を真っ赤にして地団駄を踏んでいる。
「見てなさい!今、そのもやっとした人形を消し飛ばしてあげるからっ!」
意地は張ったが、俺をチャケンダ相手に孤立させるわけにもいかない。
さしあたってはマオカルを何とかしないと──と彼女は案じた。
ならば彼が間違いなく適任であるとイェトさんは考えた。
イェトはテキストメッセージで小屋に居るコンスースに救援依頼。
そして、俺とコの字の音声回線をつないだ。
コンスースはバックバンドのプレッシャーで、椅子に座ったままうなだれていた。
外の騒ぎも、俺とイェトが派手にやっている程度の認識だった。
イェトからのメッセージを受けてびっくり。
『ニカイー、チャケンダが来ているんだって!?』
「ってゆーか、全員集合って感じだな。」
『判った!すぐに助けに行くよ。こんな状態でバックバンドはできないからね!』
”バックバンドはできないからね!”
俺はコの字が何を言わんとしているのかピンと来たね。
「そうとも、今までのつらい練習が水の泡だが、仕方がないんだ!俺とお前はバックバンドに参加できない!」
サンキュー!チャケンダ。
お前のおかげでバンドをばっくれる理由ができたよ。がはははは!!
礼に、最悪に惨たらしい方法で30回殺してやる!ぎゃはははは!
オウフちゃんの小屋。
バンドに参加しなくていい解放感から、急速に元気を取り戻したコンスースが、単分子繊維製の特殊スーツを身にまとった。
オウフちゃんが寄ってきて心配そうにコの字の顔を見上げる。
「オウフ。非常に残念だし、遺憾でもあるし、全く申し訳ないのだが…」
「解ってるわ。お願いコンスース。観客を、私たちのために集まってくれたみんなを守って!」
「任せておけ。だがバックバンドのドタキャンは迷惑をかける。やはり申し訳ないと言わせてくれ。」
「残念だけど、緊急事態ですもの。気を付けてね。」
そこに、ブリキのバケツをかぶり、モップを手にしたジェジーがやってきた。
「ボ、ボクも戦おうじゃないか。」
彼も、俺とコの字に便乗してバンドをばっくれるつもりのようだ。
すまないがジェジー、それはならぬよ。
非戦闘員のお前まで連れて行ったら、『主目的=ばっくれる』って見え見えじゃん。
俺とコの字はね、『主目的=観客の安全確保』を大義名分に、極めて自然にばっくれたいのです。
お前を生贄にするようで心苦しいが、すまぬ。すまぬとしか言えぬ。すまぬジェジー。
モップを構えるジェジーの肩に手を置いてなだめるコンスース。
「君の能力は戦闘向きじゃあない。ボクとニカイーの分まで、キーボード、頑張ってくれ。」
ジェジー涙目。
「そ、そんなぁ~。」
生き生きとしてサムアップを決めるコンスース。
今にも死にそうな表情で、がっくりと肩を落とすジェジー。
「ボクの左手指先のタコを無駄にしやがって!許さん!」
言葉とは裏腹にうれしそうな声色で、コンスースはカウンターファイヤをOFFにした状態で後方にレールガンを発射。
マオカルのいる場所まで一気に跳躍した。
改造に改造を重ねたコンスースの特殊スーツ。
マオカルはその見た目から、戦闘力の高さを察した。
確実に勝てる手段で敵を圧倒する。それが常識の世界に居たマオカルはコの字の迫力に圧倒されていた。
「やぁマオカル。久しぶりだね。」
苦笑するマオカル。
「お前にはオプションがある。」
「近接格闘か銃撃戦かい?」
「キッスかハグだ。」
マオカルはハイブリッドハンドガンの引き金を引いた。
銃弾は正確にコンスースの心臓に命中したが、特殊スーツの表面を震えながら滑り、背中の後ろへ飛んで行ってしまった。
「君にとってその拳銃は共に死線を潜り抜けてきた相棒なのだろうが、悲しいかな、ボクに言わせればNerfトイガンだ。」
マオカルは愛銃にキスをした。
「お前はこの銃のことを何もわかってはいない。この銃の精度を。」
「すまない。きっと、ボクはそれを知らないまま君を倒す。」
コンスースがマオカルに向かってレールガンを撃つ。
このジュラルミンブロックが当たったらひとたまりもない。
マオカルはなりふり構わず必死に逃げ回る。
「残念だが、この世界にはお前が大好きなマンホールはない。」
コンスースのジュラルミンブロックがマオカルの左腕を吹き飛ばした。
ついにコの字のレールガンがマオカルを捕らえた。
「マオカル。君はよく訓練された軍人だ。考える暇さえ与えなければ、身体は訓練通りに動く。」
敗北のすえた匂いにマオカルの口元は思わず緩んだ。
負け戦なんか幾度となく経験をした。
自国民にこぞってこき下ろされた、栄光なき勝利も経験した。
軍人は平和を守るヒーローではない。
政治的なカードの内の一枚だ。
実のところ「イエス、サー or マァム。」と言うのが仕事だ。
そういう仕事を自ら好んで選んだ。
さて、ここで観客の動きを見てみよう。
観客たちはチャケンダが現れて、やっと異変に気付いた。
彼らはチャケンダと膝を突き合わせてぶっ倒れるまで飲んだこともなければ、切り離し実験の詳細も知らない。
だから、単純にチャケンダを恐怖の化け物と認識している。
チャケンダを見れば恐ろしい。
みな、こぞって逃げ出そうとしたさ。
逃げちまってくれればよかったのだが、俺が速攻でチャケンダに一撃を食らわせ、奴が苦しむ姿を見た。
観客は逃げるのを止め、野次馬を決め込んだ。
噂を聞いた者もオウフの世界に戻ってきた。
彼らは俺たちに声援を送り始めた。
悪名高いチャケンダ一味を追いつめる俺達に観客の喝采。
その喝采を浴びて、コンスースはレールガンの引き金を引く。
「チャケンダ様!これが最後です!!」
マオカルがコンスースの銃口に身をさらして引き金を引く。
彼自身はコンスースによって胸に大穴を開けられてしまったが、銃弾は遠く離れた俺の両眼を正確にかすめて行った。
200mは離れているというのに、器用なことだ。
マオカルは知っている。
正真正銘のプロだからこそ知っている。
自分の敗北と作戦の成功には何の因果関係もないことを。
自分一人が勝利しても、作戦は失敗することもある。
逆に自分が敗北しても、作戦は失敗に終わることもある。
彼はどうすれば作戦が成功するか心得ているし、それを実行に移す心構えもできている。
だから、己と引き換えに俺の目をつぶした。
視界を失った俺の前にチャケンダの奴が立っている。
袖搦を引き抜いて、落ち着きを取り戻している。
奴はヒエレの姿を探すがどこにも見当たらない。
ヒエレ、トポルコフ、ッタイクの3人は既に別の世界に逃げてしまったようだ。
<サブタイはケチェですがイラストはッタイクです。>
青髪のハッカーは俺の太ももに袖搦を突き立てた。
「ぐああっ!!」
「君のだろう?返すよ。」
チャケンダはニューオンに座標位置を送る。
ニューオンは腕力が自慢の紙人形を作り、自分をその座標位置に放り投げさせた。
空中から差し出した彼女の手をとったのはチャケンダ。
彼はニューオンを連れてこのオウフの世界を去ってしまった。
マオカルは置き去りにされた、彼はブラックリストに登録されているので、連れて行った場合チャケンダがどこに逃げたのか、俺達に知れてしまう恐れがある。
マオカルはコンスースがオウフの小屋に運んできた。
マオカルから銃を取り上げ、取り敢えずピアノ線で手足を縫って拘束した。
上半身のほとんどを破損し、未だ復旧の途中にあるので、ロープで縛るような拘束はできない。
オウフちゃんのもふもふした世界には、可愛い小動物の他、楽器とその補修用材料くらいしかなかった。
あとは料理用の道具。七面鳥の丸焼きを作るときに使うニードルがあった。
他にやりようがなかったので、身体の残っている部分にニードルを刺し、ピアノ線で縫ってしまったと云う訳。
マァクに連絡をしたので、間もなくイマルスが彼を引き取りに来るだろう。
マオカルは出血多量のショックで、つか、心臓が無いけど…意識はない。
悲惨な姿だ。しかしコンスースはその姿に気高だを見出していた。
今やコの字が強くなりすぎて、マオカルでは歯が立たない。
しかしそれでも、やはりこの男が宿敵だと感じる。
「わが身を顧みず、チャケンダに尽くすとは…敵ながら天晴。」
コンスースは軍人がそうするように、まっすぐに立ち、敬礼をした。
さて、
俺とコンスースは肩を組んで「よし!チャケンダを追撃だ!!」と拳を振り上げた。
無論、バックバンドの任をばっくれるためだ。
「追撃って、あいつが今何処に居るのか判っているの?」
イェトさんが振り上げたこぶしを引きずり下ろした。
「それはだなぁ。えーと、ジェジー!そうだジェジーが予測してくれる!なぁジェジー?」
「見当もつかないね。」
彼はそっぽを向いてしまった。
しまっつ…
全然適当でよろしいので、「この世界が怪しい!」と言い放っていただければいいのだが、ジェジーを生贄にして二人だけばっくれようとしたのが、超しまっつ。
奸計をめぐらせたつもりは毛頭なかったのだが、俺ごとき猿の浅知恵が裏目に出た次第。
信じてくれ。ジェジーがキーボードを弾く姿は猿に絵馬で絵になると思ったんだよ。
その様な意馬心猿の情から出た後付けの言い訳では彼の怒りを買うだけだろうか。
「こうなっては、一曲演奏してからでも同じでしょう?」
イェトさん。アンタは気楽ですよ。
戦いのときもマシラのごとく動き続ける、底なしのスタミナを持つ君よ。
練習の時もなんちゃらを覚えた猿のように、一日中ウキャウキャとドラム叩いていてさ。
もう、そこそこ上手くなってるもの。
男衆3人は違うよ。
ダメダメだからね。
大センシェン ガベジのバックバンドをしようなんて無茶っす。大失敗確定。観客には猿猴月を取るなんて言われちゃうんだろうね。
楽器をもってポーズだけ決めても猿に烏帽子だからね。
そういうのが嫌だから、俺とコンスースは、このように結託して抵抗を試みておるわけです。
「ねぇ。もうすぐ本番だよ。」
オウフちゃんの笑顔。
俺とコンスースはがっくりと膝をついた。orz
「がんばろ。」
オウフちゃんの笑顔には勝てない。
「ちいいっ。こんなことならジェジー先生もお誘いしておくのだった。自分だけコスく逃げようとしたのが運の尽き。」
「逃げる?」
オウフちゃんは首をかしげている。まだ俺たちの真意に気付かないのか。純粋すぎるぜ!
「いやあぁ~!なぁんでもないよ、オウフちゃん。」
ツイカウがくすくすと笑っている。
そして、俺のベースを投げてよこした。
今日のベースは10t位に感じるな。精神的な重さで。
「さぁ行こう。みんな待ちかねている。」
まじかー。
みんなはチョリソーとオウフのことは待ちかねていると思うが、俺のことは待ちかねてはいないよね?行かなくてよくない?
俺は両腕をだらんとしたに下げてしまって、ベースをずりずりと引きずりながらツイカウの背中についていく。
「はよ行きなさい。」
イェトさんに後ろ頭をはたかれた。
よっとっと、と、つんのめりながら花道を行く。
俺がステージに上がるなり「あ、あいつさっき下手打った間抜けだ。」と、俺をディスる声が聞こえた。
「みすみすチャケンダ逃がした奴だ。」
「キレキャラのくせに。」
「キレるくせにふがいない。」
「流れ弾に目をやられるなんて、馬鹿だろう。」
「うん、やつは馬鹿に違いない。」
「愛称は馬鹿でいいんじゃないか?」
あのな、馬鹿っていうのは蔑称であってだな、けっして愛称にはなりえぬのだぞ。
あちらこちらから俺に対して「馬鹿~」と声援が飛ぶ…声援って言うのかな。
「よっ、人気者っ。」
何言ってるの?ツイカウめが。地面に首まで埋めて、小便をひっかけてやろうか?
センシェン ガベジの二人がステージに上がると、観客のボルテージは一気に測定限界を超えた。
チョリソーとオウフのトークの間、俺は指の運びを今一度イメトレしていた。
「ベース!ニカイーっ!!」
「えっ?な、ななな、何?」突然名を呼ばれてびっくり。
「メンバー紹介よ。」
イェトさんが背後から囁く。
ドラムスティックで突き廻すの止めてくれないかしらん。先端のチップが地味に痛い。
俺がしどろもどろになっていると、観客から声がかかる。
「あの馬鹿だ。」「ベース、馬鹿か?」「馬鹿―っ!」「馬鹿しっかりやれ!」
馬鹿、馬鹿、言いやがって腹が立つ。
俺は「じゃかましいわ!!!!」と観客を怒鳴りつけた。けっこうマジで怒っていたのだが、皆ケラケラと笑っている。なにこれ?俺、遊ばれてるの?
:
新曲発表会も無事終了。
俺は演奏が始まって以降の記憶がないぞ?
あ、コの字とジェジーも俺と同じく燃えカスになって、口から魂がはみ出しているな。
あの二人もきっと記憶がないぜ。
きっと覚えていても忘れてしまいたい事しか起きていないから、いっそ忘れていた方がいい。
ステージから退場するとき…
「馬鹿~!」
「なんか面白いことやれ、馬鹿~。」
と、限りなくやじに近い声援を頂いだ。
俺は「黙れクソ共!」と応えてオウフちゃんの小屋に戻った。
観客達が帰っていく。
小屋ではイマルスとナイアラが待っていた。
二人にマオカルと彼のハイブリッドハンドガンを引き渡す。
「ヒエレとトポルコフが逃走し、それをッタイクが助けていた。それは注目すべき情報ですね。」
「なんか、えらい勘違いをしていたぞ。」首をかしげているイマルスに、俺とッタイクの会話の内容を伝えた。
「ッタイクはトポルコフもツワルジニの命で働いて居る筈だと断言したのですね?本当に勘違いでしょうか?」
「俺の第六感によればな。」
「そうですか。馬鹿の第六感ですか。」
だから、腹立つな。
イマルスとナイアラはマァクの世界へと去って行った。
マァクに一切を報告するイマルス。
かしこまって指示を仰ぐ。
「マオカルはいかがなさいますか?」
「彼はブラックリストの管理下にありますので、放してもかまわないのですが…そうですね、暫く投獄しておいてください。」
「尋問は?」
「彼は何一つ話さないでしょう。必要ならば私の銃を使います。チャケンダのカードを一枚減らす意味での投獄です。」
イマルスが視線をくれると、ナイアラがワニを使ってマオカルと彼のハンドガンを運んでいく。
「ヒエレとトポルコフはどういたしますか?」
「考えがあります。私に任せてください。二人は引き続きコンスースの護衛を。」
マァクはツワルジニの世界に単身向かう。
館のセキュリティーシステムはマァクが来たことを感知するが、危険のレベルは上げない。
館の正門に到着。
何時もなら自動的に門が開き、ッタイクが出迎えるのだが、今回はそれが無い。
ツワルジニもッタイクも不在のようだ。
マァクはデリンジャー拳銃を取り出し正門に打ち込んだ。
「開け。」
彼女の呪いによって、いとも簡単に正門は開いた。
こんなチート能力が許されてよいものか?
マァク自身使いたがらないのも頷ける。
こういった特殊能力に対する、保全機能の管理ポリシーはどうなっているのか?
きっと問いただしてやりたい処である。
マァクは事もなくツワルジニの部屋にたどり着いた。
先ずは監視カメラを銃で破壊。
次にツワルジニのテーブルに向かって引き金を引いた。
「テーブルに残留している、ツワルジニの情報を開示せよ。」
彼女のストレージに数十TBのデータが積み上がった。
「オーダーバイクリエイトデート、DESC。」
データがタイムスタンプの降順に並ぶ。
そして、今、皆がツワルジニと呼んでいる人物が、実はトポルコフが化けた姿であることを知った。
あの、トポルコフの反逆の夜の一部始終をマァクは見た。
金庫に視線を送る。
あの中に本物のツワルジニが居るはずだ。
「もう少し、そのままでいて頂戴な。」
マァクは、それ以上何もせずに、ツワルジニの世界を後にした。
「これ以上、私がこの銃を使う必要がないことを祈ります。エイメン。」
「これでいいのか?」
トポルコフがヒエレにプッシュボタンが一つだけついたレゴブロックのパーツを差し出す。
二人は今、トポルコフの世界のレゴブロックの家に隠れている。
ッタイクはこの家まで護衛をさせた後、適当なことを言ってツワルジニの世界に返してしまった。
ッタイクはマァクと入れ替わりでツワルジニの館に戻った。
そして、マァクが来ていたことを知り、ツワルジニの部屋へと走る。
「ああ、十分だ。」
ヒエレはトポルコフが差し出したパーツを受け取った。
「コーディングは徹夜で終わらせる。」
「奴がどこに居るのかわかっているのか?」
「奴の隠れ家は何箇所もない。作戦の決行は明日だ。」
翌日。
どこへ行くつもりだったのかは知らないが、チャンネルを切り替える手続きを始めたチャケンダ。
その背後にヒエレが現れ、チャケンダに抱き付き、レゴブロックをチャケンダに貼り付けてプッシュボタンを押した。
青髪のハッカーとボタンは消え、オレンジの三つ編みだけがその場に残った。
「成功、したのか?」
チャケンダは彼が行くつもりはなかった、トポルコフの世界に到着した。
行き先の世界を不正に操作する機能。
それは本来はヒエレのリモコンに組み込んであった機能だ。
リモコンをチョリソーに破壊されてしまったので、そのプログラムだけ、レゴブロックのボタン用に急いで書き直したのだ。
エントリーポイントの前でトポルコフが待ち構えている。
チャケンダは、あっという間に腕を引っ張られ、レゴブロック製の檻に閉じ込められてしまった。
トポルコフは等身大のヒーローフィギュア2体に檻を運ばせる。
背後、エントリーポイントに誰かが来た気配。
チャケンダは振り返ったが、トポルコフは振り返らない。
きっとヒエレだと、女装の少年は確信していた。
案の定、彼が後ろから駆け寄ってきた。
ヒエレは、檻の中のチャケンダを見て大いにはしゃいでいる。
レゴブロックの家に到着。
ヒエレがカエルに噛みつく前の蛇のような目で檻の中を覗く。
チャケンダはクスクスと笑っている。
「君もなかなかやるものだね。」
「なにい?」
「この間だって…君が化け物の姿になりそうだった時さ。君、自力で堪え切っただろう?」
「クソが。何故、俺を化け物の姿にしようとした?」
「言いがかりは止してくれ。君が特別な力を望んだから、それを与えただけさ。」
「子供だましの嘘をほざきやがる!!」
激昂して檻を蹴飛ばす。
「嘘ではないよ。ボクが公開を控えている能力は、そう云ったリスクを伴っているんだ。その後、体に異変はないかい?」
「おかげさまで…なっ!」
再び檻を蹴飛ばす。
進化派代表のケチェが、何の予告もなしに、演説のブロードキャストを始めた。
彼は博学で語彙は膨大。
従って気を使って話さないと、難解な単語や熟語を並べてしまい、何を言っているのか理解してもらえない。
今回の演説は、特にゆっくりと言葉を選んで話した。
演説を聞く全ての者に等しく意味が伝わるように。
小学五年生でも理解できる言葉を選んだ。
「──
諸君、人類の生き残り、2310名の諸君。
いや、生き残りと言うべきか?
皆、心に秘めて隠している筈だ、自分が死人だったという事を。
私も敵兵の熾烈な拷問で命を失った。
最後に聞いた音は、”クソ、死んじまいやがった”という敵兵の罵りだったよ。
人類は長い時間をかけ、戦争をなくすことに成功した。
紛争に相当する武力衝突も無くなった。
だが、依然人類は強力な兵器を手放すことはなく、事変に分類される非人道的行為が散発した。
何故か?これは何故か?
人類の本質だからだ。
競い合い、勝ち取る。
その本質に、誰も抗うことはできない。
ここで考えてくれたまえ。
果たしてこれは悲しむべき事だろうか?
悲観し、人類の業に絶望するか?
被害者の痛みに関しては、YESだろう。
失ったものは戻らない。
それもまた真理だ。
だが、答えを出すのは今暫く待ってくれたまえ。
さて諸君、保全機能の目的を今一度思いだそう。
そうだ、我々2310名を新しい惑星に移住させることだ。
我々はこの不老不死が約束された仮想世界を追い出され、どのような危険が待っているかしれない、恐らくは未開の惑星に置き去りにされるのだ。
皆はそれを良しとするのか?
皆は、この仮想世界での生活に幸せを感じてはいないのか?
未開の荒野に置き去りにされた方がマシなほど、嫌っているのか?
新天地に希望を見出している者も、さあ、考えたまえ。
死者であった我々が、どのような姿、どのような状態で新しい惑星に降り立つか。
自分が、どのように死んだのかを思い出せ。
ゾッとするではないか。
保全機能は何の保証もしてはいないぞ。そうら、例えようもなく恐ろしいではないか。
諸君には見えるか?
今、眼前にのうのうと横たわる恐怖が。
この恐怖は、ジェジーの切り離し実験が成功することによっていよいよ立ち上がり、我々の平和を食らいに来る。
実は保全機能は深刻な問題を抱えていて、我々をこの仮想世界から切り離せないでいる。
ジェジーの実験はその問題を完全に解決する。
諸君!
もし、今の仮想世界のの幸福を手放したくないなら。
そうでなくても、新しい惑星で暮らす決心をするために、今しばらくの時間が必要なら。
そう、戦うのだ。
勝ち取るのだ。
それが人間のやり方だ。
一度死んだ我々ならば、それを理解できるはずだ。
──」
ケチェの演説はここで終わった。
俺は全く興味がなかったが、多くのものがこの演説に心を動かされた。
皆、死骸であるはずの自分の本体が、今どういう状態にあるのか?程度の違いこそあれ不安に感じていたと云う訳だ。
かく言う俺だって心配だ。
俺はロボットアームに握りつぶされて、単なる肉片の筈だからな。
俺の本体、どうなってんだろ?
つまり、ケチェは2310名が、恐らくあのマァクさえも含めて、共通で抱えているとびっきりの不安を火箸で突きまわしたのだ。
全員が死者であるという情報はチャケンダから得たに違いない。
このむき出しになった不安をヒイッチが扇動した。
ヒイッチはお花畑対策委員を解任され、人類の王にもなれる法外な特権を得るチャンスを逃し、復讐の機会をうかがっていた。
彼は自分を拒絶したジェジーを逆恨みし、彼の命より大切なものであろう切り離し実験をめちゃくちゃにしてやろうとたくらんでいた。
彼は、切り離し実験には膨大なデータと特別な装置が必要なことを知っている。
「切り離し実験を潰せ!」
「この仮想世界を失っても良いのか!」
ヒイッチはケチェの演説を引用し、ある事ない事吹聴し、人々の恐怖心をあおった。
結果、恐怖に駆られた十三人がヒイッチの元に集まった。
「ジェジーの世界にあるデータと装置を破壊すれば、この仮想世界での生活を守れる。」
彼らはヒイッチを先頭に暴徒と化し、ジェジーの世界になだれ込んだ。
彼の世界は膨大な情報を保持する巨大なデータセンター。
ヒイッチが奇声をあげる。
「このストレージの何処かに、切り離し実験のデータが在る筈だ!」
「面倒だ、全部壊しちまえ!」
斧やスレッジハンマー、ショットガンを手にした暴徒がジェジーのサーバーを破壊してゆく。
「おい、これ、そうなんじゃないか?」
一人が真新しい、見たこともない装置を指さす。
「きっとそうだ!それが切り離し実験で使う装置なんだ!」
「なんでもいいからこの世界にあるものは全部壊しとけ!」
ヒイッチは笑いが止まらない様子で、実に楽しそうに斧を振る。
その時、ジェジーは俺のパン屋でコーヒーをすすっていた。
ジェジーのサーバーからアラートが次々に跳んでくる。
「コンスース!ニカイー!!」
ジェジーが自分の世界の異変に気づき、俺とコンスースを連れて戻った時には、既に暴徒は立ち去った後。
サーバーの残骸で足の踏み場もない。
「おおお、酷い。何てことだ。」
ジェジーがおろおろと粉砕された装置に駆け寄る。
「もう少しで完成だったのに。」
コンスースも肩を落としている。
「この世界の警備を怠ったのはボクたちの迂闊だったな。ボクがイマルスとナイアラを連れて、この世界に常駐していればよかったんだ。」
共同研究者として、ジェジーの友人として、彼もいたたまれない気持ちなのだろう。
「ヒイッチだ。」
ジェジーが声を震わせてつぶやく。
「実験には膨大なデータと特別な装置が必要で、それがここにあると知っている人間。その中でこのような悪意を持ちえるのは彼だけだ。」
「証拠もなしに結論に達するなんて、君らしくないよ。」
「己のポリシーに殉ぜ得ぬほど悔しいということさ。装置がボクの世界にあることは、各派閥代表への説明会の時でさえ話していない。ヒイッチさ。」
「やけっぱちに八つ当たりする相手を探してもしまらないよ。前向きに手を考えよう。」
「また、一からデータを積み上げて、装置を組み立てる。どれだけの時間がかかることか。」
「ジェジー、絶望したら負けだよ。意地でも何とかして見せようよ。」
コンスースは強気な発言を繰り返したが、それによってジェジーを、そして自分さえも励ませてはいないことを理解していた。
俺は、無力にもぼさっと立っていただけ。
肩を落とした二人の背中は見るに忍びなく、俺はかける言葉を見出せなかった。
プライマリから黒羊出現の連絡。
コンスースを追ってイマルスとナイアラもジェジーの世界に来ていた。
後ろに控えていたイマルスとナイアラに傷心のふたりをまかせ、俺は即時に現場に向かった。
トポルコフの世界。
レゴブロックの檻にとらわれているチャケンダ。
トポルコフは檻の周りをぐるぐると歩きチャケンダの隅々まで舐め廻す様に見ている。
ふいに頷いて膝をたたく。
「いけそうだ。」
トポルコフはヒエレの体にブロックを積み上げ始めた。
そしてヒエレはチャケンダに化けてしまった。
チャケンダはそれを見て、つまらなそうに尋ねる。
「ボクに化けてどうするつもりだい?」
「お前のものは全て俺が頂く。」
「ボクの頭の中にしかないものもかい?」
「無論だ。俺のリモコンを作り直して、お前の頭の中身もすべて頂く。」
チャケンダは更につまらなそうな表情で尋ねる。
「ヒエレ。君はボクから全てを奪って、いったい何がしたいんだい?」
「そんな理由はあとから勝手についてくる。欲しいものを手に入れる。それだけの話だ。」
青髪のハッカーは呆れて、ヒエレをからかうように質問を続ける。
「普通この手の悪役は、例えば…死した恋人を生き返らせたいとか、切ない目的を持っているものだが、君には何もないと言い切るんだね。」
これを聞いてオレンジ色の三つ編みはキレてしまった。
「誰が悪役だ!悪役は貴様だろうが!正義は俺だ!そして、正義の味方に悪を打つ以外の理由は要らなかった筈だ。」
チャケンダの質問は続く。
「本当に正義は悪を滅ぼすだけでいいのかい?」
「そうだ!!」
「では、ボクも君の流儀に従ってみようか?」
チャケンダはバラバラとレゴブロック製の檻を破壊しながら立ち上がり、自らに化けたヒエレの首に人差し指を深々と突き立てた。
トポルコフの世界で彼の檻の束縛を、これ程容易に打破できるのは、root権限を持つ者のみ。
ヒエレとトポルコフは驚きに全身を引き攣らせたまま、ただ固まっていた。
同刻、ニューオンはマオカル奪還のため、マァクの世界に黒羊2体を送り込んでいた。
俺とイェト、そしてプライマリが現場に到着。
プライマリは『切り離し実験の段取りで忙しいのに。』等とテキストデータで愚痴をこぼしながら、ここぞとばかりに俺の脇の下を堪能している。
「2体はキツイな。」
俺がイェトさんに意見を求める。
「そうね。コンスースを呼んだ方がいいかしら?」
「コの字はそっとしておいてやってくれ。オウフを呼ぶといい。彼女の能力はこのロボット野郎に極めて効果的だ。」
イェトにオウフへの連絡を任せて、時間稼ぎのため、タフな俺が黒羊を追ったのだが、これが失敗だった。
黒羊は俺に向かって突撃してくるだろうと思っていたのだが、教会の方へと逃げ去っていく。
そして速い!
追いつけない!
この黒羊はその姿が豹に似て、弾丸のような猛スピードで走り去っていく。
俺と黒羊の相対速度の大きさよ。
まるで、俺の時間が止まってしまったように感じる。
黒羊共が入り口をぶち破って教会の中に入っていく。
やべぇじゃん。
ま、まーいっかー。中にはマァクが居るしな。大事にはなるまいよ。
兎に角あの速度で逃げられてはたまらぬ。イェトさんとチェンジだな。
「イェトぉ~。」
俺が情けない顔で振り返ると「オウフを待って追ってきて。」と言い残し、彼女は教会の入り口の大穴に飛び込んでいった。
プライマリは俺の脇の下にしがみ付き、いつもより激しく体をくねらせて俺の体側に、胸や股間を擦り付けている。
「切り離し実験に掛かりっきりでな。臭い脇の下毒が欠乏しているのだ。」
毒!?『~成分』とか『~ニウム』で無くて『~毒』なの?お前、俺に何を求めているのだ?
プライマリの変態レベルの高さにめまいがする。
エントリーポイントに人影。
オウフちゃんか?
いや、マァクだった。
え?マァク不在だったの?
まずいじゃん。俺は教会の入り口を見やった。黒羊の奴ら、やりたい放題じゃん。
「何があったのですか?」
「え…っとぉ。すまねぇ。」
「何かあったのですね。」
「黒羊2体見送っちまった。イェトが追ったけど、どうかな。」
オウフちゃんが到着。
「お待たせ!」
待ってたぜ!
「オウフ、行くぞ。」
俺とオウフは走るが、マァクはこのような非常事態でも決して心を乱すことなくしずしずと歩く。
オウフちゃんはいわゆる女の子走りなのだが、遅くないんだよね。何故その走法で普通に走れるのだ?
「黒羊はどこなの?」
「あー、そうだな。瓦礫と大穴の先さ。」
「了解。」オウフちゃんが嘆息をもらす音が聞こえた。
教会の中。
黒羊が通った後が一直線に残っている。
椅子などの残骸が続き、その先の壁に大穴が開いている。
穴の向こうからガキンゴキンと派手な音が聞こえてくる。
「100%あの穴の向こうに居る。」
「その様ね。」
俺とオウフは瓦礫を迂回しながら走った。
教会の裏手、右の棟のあたりで2体の黒羊とイェトさんが戦っている。
素手で殴り、素足で蹴り飛ばしている。
「素手喧嘩かよ!!」
おかしいな?黒羊対策にプライマリから新しい札を受け取っている筈なのだが、何故使わない?
オウフちゃんはイェトさんの雄姿を見て「すごーい」と小さく手をたたいている。
ああ、なまらすごいよ。鋼鉄製の装甲を素手で殴っているのだから。
「アンタらおっそい!早く加勢しなさいよ!」イェトさんから苦情を頂いた。
「あ、ああ。ぱっと見、お前一人で大丈夫そうだが。」
「早くして!」
って言われても、今回もまた俺の出番はなさそうだぞ。
「オウフちゃんちょっと行って、あのメカレオパルド、柔っこくしくれる?たぶんイェトさんの普通パンチでけりつくわ。」
俺はあぐらをかいて座ってしまった。
そして考える。
あんな中途半端に足が速いだけの黒羊。なんであんなのをよこしたのだ?
どう見ても、俺たちに打ち勝とうという意図が感じられない。
オウフちゃんは黒羊のスピードについていけず、はじめは目をバッテンにしてまごついていたが、イェトが殴る蹴るで足を止めてくれたので、メカレオパルドの頭を撫でることができた。
彼女がなでると、ただ柔らかくなるだけではなく、頭のデザインもポヨンとSD化してしまった。
何気にニャンキャットみたいなわけだが。
殴るには忍びない愛らしい頭部。
だがイェトさん。無表情で迷いも歪みもなくマジパンチ!
木端微塵に粉砕してしまった。
「流石イェトさん。拳に慈悲も迷いもないもの。普通パンチでええやん。」
2体目も同様に破壊されたころマァクがやってきた。
右の棟の小部屋を確認している。
「やはり、マオカルの奪還が目的でしたか。」
「え?あの軍人、逃がしちまったのか?すまねぇ。」
「いいえ、構いません。彼にさしたる用はありませんから。」
黒羊はまた、煙のように消えてしまった。
「ああ、完全に破壊してしまったのですか。エーテルに返る前ならば、私の銃で犯人が彼だと特定できたのですが。」
「あ!」イェトさんの間抜け面。
どうやらマァクに指摘されて、猛烈に後悔しているようですな。
うぷぷ。
面白いのでイェトさんの表情は、最高画質無圧縮フォーマットで保存した。
むしろ脳内のワークスペースの壁紙にしてしまえ。
うぷぷぷぷ。
心の内が表情に出てしまい、ソッコーでイェトさんに殴り飛ばされてしまった。
マオカルは彼の世界でニューオンにピアノ線を切ってもらっていた。
彼女が助けてくれたことが知れるといけないので、目を開けることはもちろん、彼女に礼を言う事も出来ない。
彼女が去った後も暫く、彼は礼を欠かざるを得なかった事を恥じ入っていた。
切り離し実験のデータも装置も破壊されて意気消しているジェジーとコンスースは、ガーウィスの工房に足を運んだ。
彼はジェジーの正式な相方。お花畑問題の対策委員。彼には全てを話さなければいけないし、彼抜きに話を進めるのは間違っている。
数々の怪しげな発明品の向こうに、その発明品より更に怪しげな老人が居て、二人を見ている。
「そうか、そいつは難儀だったな。」
老人は、口で言っているほど大変ではなさそうに、鼻の下をポリポリと掻いている。
「ガーウィス。何か妙案は無いかな?正直、藁にもすがる思いなんだよ。」
「妙案は…無いなぁ。」
「そうか。そうだよね。」
「妙案はないが奇策ならあるぞ。」
「奇策、かい?」
思い当たるところがないジェジーとコンスースは顔を見合わせている。
「そう奇策だ。データさえ残っていれば可能な奇策だ。」
「データはサーバーもろとも破壊されてしまった。」
「本当にそうか?」
「何が言いたい?」
「お前たちの頭の中には何も残っていないのか?」
ジェジーとコンスースは再び顔を見合わせる。今度は二人とも思い当たるところがあるからだ。
「二人の記憶をUNIONすれば確かに十分そうだが。」
「ならばジェジーをコアにすれば、比較的簡単に装置が組める。」
「そうか!」飛び上がりそうな勢いで歓喜するジェジーとは対照的に表情を曇らせるコンスース。
「ジェジー。バカなことは考えるな。装置の部品になるなんて危険すぎる。焦らず一から作り直そう。」
「皆、自分が死者だと思い出してしまった。自分の本体に戻ることを恐れ始めている。」
「それがどうかしたか?」
「その恐怖が巨大な怪物になった時、ボク達の実験はきっと封印される。永遠にね。」
「楽観できる未来もあるだろう?」
「ボクの直感が、今しかないと叫ぶんだよ。頼むやらせてくれ。」
彼の必死の訴えに、心優しいコンスースが折れた。
ジェジーは装置の部品になるため、その改造手術を受けるため、ガーウィスの工房に残った。
「切り離し実験の予定は三日後だったな。何とか間に合わせてやる。」
「頼むよガーウィス。この工房の警護はボクが請け負う。作業に集中してくれ。」
去り際、コンスースはジェジーを抱きしめて「俺たちは仲間だ。みな、お前とお前の信念を愛している。」と励ました。
来たる切り離し実験当日。
やはり2体の黒羊が現れた。
例によって俺とイェトとプライマリが急行。切り札のオウフちゃんは呼ばなかった。
先ずはどのような敵か見極めるのが肝要だ。
今度の黒羊はデカい。
20mに及ぶ巨大なボディーを7本の足で支えている。
腕はぶっといのが一本だけで、直径2m余ある3枚の回転ノコギリを振り回す。
あとパッと見目視できるのは、30ミリ6砲身のエレクトリックキャノンと発煙筒か何かの発射筒。
その筒から円筒形状の物が発射された。
シューシューと音がして、何かを噴出しているようだ。
「毒ガス!」
イェトは素早く距離を取った。
「うん。そうみたいだわ。」
逃げ遅れた俺の皮膚がぶしゅぶしゅと発泡し、壊死していっている。
「毒ってゆーかね…なんかめっちゃやばいやつだわ。化学兵器的な。」
腕がぐすぐすと崩れて、ぼとんと地面に落っこちてしまった。
「いやー、厄介な敵だわ。今回はオウフちゃん連れてこなくてよかったな。」
イェトさんが必死に手招きしている。
「アンタも早くこっちに!頭とか崩れかかってるから!」
「いや、これくらいならなんとかなる。お前が弾丸より速いように、俺の復旧速度も常人の3倍だ。」
俺は意識を集中して損傷した肉体を復旧する。
その速度は、ガスが俺の体を損傷させる速度を上回った。
「そうら見ろ。ロボット野郎、今ぶん殴りに行くから待ってろ。」
ズダララララララ!!!!
エレクトリックキャノン掃射。
「あ、あれ?」
俺は瞬く間に蜂の巣…ってゆーかさすがに30ミリだと肉塊になっていた。
「やっぱりアンタは馬鹿ね。期待して損したわ。」
さて、どうやって倒したものか。
先ずは、身体なおさねーとな。
一方、ガーウィスの世界。
エントリーポイントに現れたのは、ヒエレを背負った軍人マオカル。
彼はブラックリストに登録されているので、不審な行動はすぐさま感知されるのだが、ブラックリストシステムの管理者であるジェジーが、切り離し実験装置の部品になっている。
今回もまた、マオカルを監視する者は今はいないのだ。
彼はチャケンダに渡された特殊な弾丸をかれのハンドガンに装填し、ヒエレに打ち込んだ。
弾丸にPUSHされていたヒエレのコアを彼の肉体がPOP、死んだように動かないでいた彼の体が動き出す。
彼は、ひどい低血圧で寝ぼけているようにうめき声を上げている。
恐らく無意識にであろう、右手でポケットの中にリモコンを探す。
リモコンはチョリソーに壊されてしまって、もう無いと云うのに。
マオカルはヒエレにもう抗う手がないことを確認し、コンスースの世界を去った。
みるみる化け物に変化していくヒエレ。
チャケンダはマオカルの世界に潜んでいた。
俺たちの時代の3Dプリンターは金属パーツもプリント出来る。
その3Dプリンターが次々に、十得ナイフの様な形状をした拳大の金属塊を出力している。
これに配線プリンターでフレキシブル基盤にプリントした回路を貼り付けていく。
一つ一つ、床に並べていく。
その数…5つ…10…50…100…300。
300ある。
「コンスース。確か、君は優しい男だったね。」
チャケンダは怪しく微笑んでいた。