第六話「黒羊」
題名「お花畑」
第二章「切離し実験編」
第六話「黒羊」
また化け物が現れた。
ROM化した化け物を、ヒエレがチャケンダから盗んだ能力でCHMODしたのか?
どうもそうでは無いようだ。
今回現れた化け物は、今迄に相手をしたお花畑の化け物──つまり人間が変化したものとは異なっていた。
有機的で醜く臭く、滑稽な特殊能力。それが俺たちが知っている化け物だ。しかも、奴らは決して好戦的ではなく、むしろ臆病な個体が多かった。
今度現れた奴は、全くその逆だ。
無機質な、金属製のロボットのような姿。機関砲や榴弾砲など戦闘に特化した装備。そして好戦的。
尚且つ、これが重要なのだがこの化け物は人間が変化した姿ではない。
人造の化け物なのだ。
まだ証拠はないが、こんなものを造れる奴はあいつしかいない。
ジェジーがエーテルと呼ぶ、この仮想世界を成す物質。
あいつがそのエーテルで作り出した、鋼鉄のロボット。
やっとの思いでクソロボットを倒したわけだが、それがもう3体現れたらしい。
額の汗を拭う暇もない。
先の戦闘でズタズタになった体を修復している時間もない。
ウンザリだ。
イェトさんとプライマリに、降参の白旗に似てひょろひょろと手を上げた。
「ちょっとマジでキッツイです。」
さすがに泣き言を言わせていただいた。
「だらしないわねぇ。」
イェトさんがげしげしと膝蹴りをかましてくる。
「痛い!痛いから。」
わりぃげどほんと、無理なものは無理だ。
根性なんか屁のツッパリにもならないし、男でござると格好をつけたってしょっぱい結果に至るだけだ。
少年ジャNプの主人公じゃねーんだぞ。
俺たちの時代でそういう云うのは流行らないから。
それに、幸いなるかな我がパン屋には腕自慢の猛者が揃っている。
「俺たちだけじゃ無理だって。あいつらに頼もうぜ。」
「根性なし。」
イェトさんのため息。
俺とイェトはいったんパン屋に戻った。
で、パン屋。
何時ものように何時もの席を陣取っている、何時ものメンツ。
へらへらと鼻の頭を掻きながら事情を話す俺。
「なぁ、お前ら暇なんだろ?ちょっと手伝っとけよ。」
「生憎と切り離し実験の準備が忙しくてね。」
え?うっそ。暇を持て余して片肘ついてコーヒーすすっているように見えるんですけど。ねぇ、コンスースさん。
「ボクもオウフのための曲作りが難航していてね。」
いや。全然完成しているでしょう。確かオウフちゃんの作詞待ちの筈だよね?
嘘つくと山火事の後みたいなむらがある禿げ頭にしちゃうぞこの色男。
「うーん、手持ちの飴玉が千個くらいしかないのよねぇ。ちょっと足りないんじゃないかしら?」
チョリソー姉さんの飴玉千個あれば世界一個丸ごと吹き飛ばせるんじゃないかな?
あと、相変わらず飴舐めながらじゅるじゅる話されるのですね。
「ぐぬ。」
あてにしていた3人は、一様に知らぬ顔をしている。
「ホント。緊急事態なんで、取りあえずうんって言っておけよ。」
3人ともガン無視。
「うぐ。」
情けなくなって、俺の目じりに涙がにじんできた。
引籠り族はメンタルめっちゃ弱いんだよ。
いじめるなよ。
「ぷふふーっ!!」
突然、イェトさん噴出した。
それを契機に、その場にいた全員が大笑い。
ああっ!ちきしょー!!
「てめぇら!また俺で遊びやがったなっ!!」
イェトさんが俺の肩を揉みだした。
「はいはい。時間がないから。早く先に進めなさい。」
納得がいかん!
だが、そんなところで引っかかっている時間もないわけだ、実際。
早速、戦闘向きの能力を持っている者でツーマンセルのペアを組む。
訳だが──
「うーむ。えぇと。そうだな。」
俺はエースだが、リーダーシップが微塵も無い。
げしっ!
イェトさんに尻を蹴り飛ばされた。
「わたしにチェンジ。」
俺がもたついているものだから、イェトさんが仕切り始めた。
「チーム分けは、わたしとコンスース。ツイカウとチョリソー。ん?あれ?アンタだけ一人ね。まぁいいかぁ。」
「まぁいくねぇよ。」
俺だけ一人なんて寂しいじゃねーか。
引籠りは人付き合い苦手だけど、寂しがり屋でもあるんだよ。ハブられているみたいで嫌だ!ダンスの時、一人だけ相手がいないみたいで嫌だ!
「じゃあ、マァクに頼んでイマルスかナイアラに来てもらう?」
「ああ、ナイアラなら遠距離支援型の能力だから、ガチ近接の俺にピッタリだ。」
「わ!」…と、エリヒュちゃんが手を上げてアピールしている。
「わ?…で、どうしたのかなっ!?」
イェトさんが、エリヒュちゃんの頭を撫で回す。
「わたしがニカイーとペア組む!」
「化け物と戦うのよ?解ってる?」イェトさんは頭を撫でる手を止めない。
少女はがさごそとポケットから飴玉を取り出して見せる。
「わたしも飴玉爆弾持ってるから!」
正直、実年齢は100歳超えていても、見た目がこんな幼い少女が戦闘で頼りになるなんて思えない。
とは言っても彼女のプライドをへし折りに行くのもいかがなものかと考える。
幼女を泣かせて喜ぶ趣味はないものでな。
俺はうーむと唸ってしまった。
「ちょっと。」
イェトさんが肘で突っつく。
「時間がないのだから、早く決めなさいよ。」
え?決めろって…エリヒュちゃんを連れていく選択肢もありなの?戦力的にマイナスなんだけど。
それよりもさぁ。お前とコの字のペアって、単なる最強ペアだよね?ずるくない?おかしくない?
「わたしも行くからっ!」
エリヒュちゃんは俺の上着のだぶついた辺りを握りしめて離さない。
「じゃ、私たちは先に行ってるから。」
薄情かな、イェトさんたちは俺を残して先に出動してしまった。
「わたしも戦うのっ!」
「う、うん。そうか、じゃあ、一緒にボコられてこようか。」
もう面倒になったので、そのままチャンネルを切り替えて現地に向かうことにした。
どうせ支援攻撃無しに勝てる見込みないし。
どうにでもなれよ、コンチクショー。
「やっぱり、わたしも行く!」
俺たちがパン屋から消える直前に、オウフが抱きついてきた。
彼女は性格が可愛いので、きっとエリヒュちゃんが心配で辛抱ならなかったに違いない。
かわゆい、かわゆい。
抱き付かれて幸せでござる。
じゃ、なくて。
戦力的には悪いけど、オウフちゃんもマイナス要素だよ。
「おい。早く方ついた方、絶対に助けに来いよ。まじでめっちゃ泣いてるから。」
俺はイェトたち4人にテキストデータを送った。
二人を安全な場所に避難させておいて、誰かが助けに来てくれるまで、ひたすら俺がボコられて耐えるしかない。
最初に敵と接触したのはイェト&コンスースの二人。
「ちょっと、ボクのスーツの性能試験をさせてくれ。」
コンスースはいつものように、単分子線維製の特殊スーツを着込んでいる。
「それ、また改造したの?」
今やその改造は彼の趣味の一つだ。
「ああ。複合装甲の表層に特殊なエラストマーを使ってみたんだ。こいつの何が特殊って、衝撃を与えると硬化するんだよ。元になった素材はせいぜい100Jで破断したんだけど、いいアイディアが浮かんでね。イェト。ボクの改良で、限界値は何Jに引き上げられたと思う?」
コンスースの目はキラキラと輝き、イェトさんはジト目。
「きっと驚くような値なのね。」冷ややかな声色。
「もちろんさ。考え付く一番大きな数値を言ってみてくれよ。さぁ。」
「もう十分よ。早く行ってきて。」
あきれ顔のイェトが退き、どうぞと手でコンスースを促す。
「そ、そうかい?うん、わかった。」
コンスースが前に出る。
先ずは敵ロボットからガトリング砲の掃射。
20mm×6砲身ごとき、コンスースにはお通しかウェルカムドリンクと言ったところか。
装甲車を鉄屑にしそうな大粒の劣化ウラン弾が激突するたびに、コンスースの体が空中に浮き上がる。
しかし、彼が前進する、その歩みを止めるには至らない。
採取できたデータを確認するコンスース。
彼のスーツに着弾した弾は、進入角度が概ね30度より浅いものは表面を滑ってゆき、垂直に近いものは激しく回転をしながらエラストマー表面をランダムに滑走し、しばらくとどまっている。
「ははは、興味深いな。次はもう少し破壊力がある攻撃をお願いしたいね。」
次の攻撃は前菜の位置づけとなろう155mm榴弾砲。
コンスースはこれも避けずにまともに食らった。
流石に爆風に吹き飛ばされ、数メートル後退した。
データを確認するコンスース。
着弾後、爆圧でほぼ全身が硬化。しかし、応力を相殺する機構がなく、そのまま吹き飛ばされた。
「鉄片などは防いでいるんだけどな。地面にアンカーを打ち込む機能でもつけようか。」
そしてエラストマーが硬化したままだったため着地に失敗。丁度イェトさんの横辺りで地面に横倒し。
「エラストマーの反応速度も改善の余地があるな。」
「もう、気が済んだ?」
むくりと起き上がり「あはははは、課題はまだ多い。楽しくなってきたよ。」と、軽く笑っている。
「さてイェト、早いところ倒してしまおうか。ニカイー達も助けないとね。」
「ニカイーなんていいのよ。わたし飲みかけの紅茶を置いてきたの。あれが冷めたら最悪。」
「おっと、そいつぁ急ぐ必要があるな。」
イェトさんが再び前衛に出て、敵を攪乱する。
流れ弾が相方に当たってしまわないか、気にする必要はない。
何故なら、コンスースの特殊スーツは対戦車榴弾にも耐える。
彼は鼻歌交じりにレールガンの引き金を引く。
前衛の味方に当たる心配は無用だ。
イェトさんは味方の誤射も含めて、超人的な身体能力で全部かわす。
先にも言ったが二人は最強の組み合わせ。ぶっちゃけ対ロボット戦はこの二人が真っ先に白星をあげるに相違ない。
突然、敵のロボットが二脚歩行形態から姿勢の低い八脚歩行形態に変形をした。
俺とイェトが倒したやつも、姿勢が低い4脚歩行タイプだった。
重い大口径の砲塔は切り離し、地面にズガンと落下した。
見た目はまるっきりゴキブリのようだ。
これがまさにゴキブリのように素早くて、信じられようか?イェトさんの動きについてゆく。
コンスースもその素早さに狙いが定まらず難儀している。
倒すのに、時間がかかりそうだ。
「あーぁ、まいったわね。これでは紅茶が冷めてしまうわ。」
次に敵と接触したのはツイカウとチョリソーの二人組。
ツイカウは武器である火炎放射器の形状を変えることで遠距離も近距離もいける。
チョリソーが中距離遊撃型なので、ツイカウは火炎放射器を爆炎剣に変形させ、敵にべったり張り付くことにした。
ツイカウが敵の膝に一撃を与え、敵の体制が崩れたなら、チョリソーが敵ロボットの頭部に飴玉爆弾を食らわせる。
機関砲の砲身がツイカウにピタリと狙いを定め、彼がピンチなら、彼の前で数発の飴玉爆弾を爆発させ、劣化ウラン弾を散らす。
こちらも中々の連携だ。
イェトさんとコンスースの二人は個々の能力が高いので力押しのパワー派って感じだが、ツイカウとチョリソーはお互いに協力強調し合って、まるで音楽が聞こえてくるようなリズムがある。
チョリソーの歌に合わせてツイカウが躍っているよう。
ツイカウは敵ロボットの前で踊るように、絶えず挑発して注意を引き付ける。
チョリソーは安全な位置から飴玉を投じる。
その爆発音は明らかにメロディーを奏でている。
チョリソー姉さんは遊んでおいでなのだろうか?
業火をまとい踊るツイカウと、破壊音で歌うチョリソー。
それほど二人の連携はかみ合っているのだが、それだけでは敵を倒すに足らないことにツイカウもチョリソーも気付いていた。
ロボットの装甲の硬さに。
そりゃあそうだ。
俺だって、小さな車くらいの重さがある大剣振り回しても、胴体を一撃で真っ二つには出来なかった。
ツイカウの爆炎剣も決して小さな剣ではないが、いかんせん相手が悪い。
このまま長期戦になればツイカウたちの分が悪い。
相手は疲れを知らぬロボット。
弾丸の在庫も潤沢の様子だ。
ロボットが4本の細長い腕を伸ばしてメイスの様な棍棒を振り回す。
ツイカウはそれを剣で受け流しながら、ある作戦を考え、チョリソーにそのデータを送った。
確認を求める紅蓮のダンサーに、同意のサインを送る爆裂の歌姫。
ツイカウが敵の細い腕を一本切り飛ばした。
最後に敵と接触したのは俺たち3人。
「とあー!」
なんの考えもなしに突撃を選択するエリヒュちゃんをオウフちゃんが「あぶない!あぶない!」と制止する。
おいおいお前ら、サファリパークに遊びに来ているのではないのだぞ。
のっけから先が思いやられるわけだ。
それはさておき、敵ロボットを見て改めて思う。
イェトと一緒に倒したやつよりでかいじゃん。
あのロボットを俺一人でっていうのはちとつらいな。
やっぱ、俺がボコられておくしかないのかな?コの字が助けに来るまで。
…はっきり言っておくが、俺は痛いことされるのが好きなタイプの人間ではない。
何とかならぬかな?
オウフちゃんがチョリソー姉さんみたいな能力を持っていたりすると嬉しいわけだが──
「なあオウフさん。何か得意技はないんですか?」
「歌!」
「うん、そうだねぇ~」俺の締まりのない笑顔。
可愛いな。
えっと、可愛いはちょっとよっこしといてだな。
「戦闘に役立ちそうなタイプで、」
「ない!」
即答か。
だよね、オウフちゃんが物騒な能力を持っている筈が無いもの。
失望に顔を曇らす俺に、オウフちゃんがしゅんとしてしまう。
「あっ!違うのオウフちゃんは悪くないの。悪いのはなんつーか、そう!イェトの横暴だから。」
そんな言葉で取り繕えるわけがなく、オウフちゃんは自分が戦闘で役に立てないことを恥じているようだった。
「と、取り敢えず二人はさがっていてくれるかな?」
「うん。わかった。」
オウフは逃がさぬようエリヒュちゃんを抱きしめて、後方にさがった。
俺は袖搦を担いで前進する。
やはり時間稼ぎで単にボコられているというのは面白くない。
可能ならば倒してやりたいものだ。
それには兎に角近付かないと話にならない。近付けばなんとかなる。つか、なんとかする。
が、敵に気付かれるやいなや、ガトリング砲でぼっろぼろにされる。
例によって、ぼろ雑巾のようにその場に崩れ落ちる俺。
まっずいな。
これじゃあ思うように近付けない。
イェト…そうでなくてもチョリソーかナイアラが居てくれればやりようがあったのに。
絶対このチーム失敗だろう。
「とわーっ!」
さして威力のない飴玉爆弾を弾きながら、スレッジハンマーを背負ったエリヒュちゃんが突撃してゆく。
それを、きゃーきゃーと取り乱しながらオウフちゃんが追う。
俺は体の大部分を失ったから、暫く動けないぞ。
可愛い二人に痛い思いをさせるが、この世界にいる限り死にはしない。
悪いがこらえてくれ。
この3人。本当にダメだな。
最早、漫才レベルだわ。
だがもう、しゃーねーんじゃぁー。
イェトかチョリソーが救援に来てくれるまで、この漫才をやっていよう。
いざとなったら、マァクに泣き付いて、ナイアラよこしてもらおう。
「あ!」
今からでも遅くないじゃん。ナイアラ呼ぼう、ナイアラ。
肉体の回復を急ぎながら、マァクに送るメッセージと今いる世界の物理アドレスをラップする。
そのとき、俺の目は二人を追っていた。
二人をガトリング砲が狙う。
アレ、あのガトリング砲の大きさ。
明らかに回復が早い俺を想定して、俺を止めるためにあの野郎があんな滅多なものを装備したんだよな。
エリヒュちゃんにオウフが追いついた。
ガトリング砲が火を噴いた。
あーあ、二人そろってひき肉か…かわいそうだ。
流石に見てられねぇ。
ところが…
オウフちゃんが両手を伸ばして何やら念じると、ぽよんぽよんと音がして、彼女の手の付近に飛来した劣化ウラン弾がマシュマロみたいに柔らかくなってしまった。
んで、彼女の胸やほほに当たり、ぽよよんと跳ね返る。
えええええっっ!俺は驚いた。
「オウフ!その能力は何だ!!」
「え?えーと、、名前はないけど。」
「名前はいい。戦闘に役立ちそうな能力はないって言ったじゃないか!」
「ええ、無いわよ。」
「だからそれっ!」
俺はマシュマロになった劣化ウラン弾を指さす。
「なんでも柔らかくするだけの能力よ。日にちが経ったフランスパンにしか使わないわ。」
「くっそww」
オウフちゃん。可愛いよ、オウフちゃん。
そう言えばうちのバゲットを好んで買ってくれていたね。
俺はマァクに送るつもりだったメッセージを破棄した。
「それならいける!俺があの厄介なくず鉄に近付くまで、その能力で援護してくれ。ん?ってゆーかむしろあのロボットを柔らかくは出来ぬのか?」
「大きすぎるから…何処か一部なら…」
「分った。じゃあそれは俺が何とかする。援護を頼む。」
戦闘に参加したことがないオウフは、やはり戸惑っていたが、最終的には「分かったわ。援護する。」と首を縦に振った。
「わたしも援護する!」
「いや、エリヒュちゃんは後ろで大人しくしていてくれ。」
エリヒュちゃんが戦闘において無力なのはバカの俺にもよくわかった。
超邪魔っけなんで、むしろ帰ってくれ。
後は、俺とオウフちゃんで敵をたたく。
が、、
「とりゃーっ!援護ーっ!」
スレッジハンマーを振り回しながら突撃する。小さな少女が、長い髪をなびかせて。
それ、援護ですらないじゃん!ただの無謀な突貫じゃん!!
「エリヒュちゃーーーんっ!」
オウフちゃんが追って行く。
ねぇ、二人ともおれの作戦聞いてた?
完全に破たんしているじゃん。
無茶苦茶だよ。このチーム無茶苦茶だよ。
「くっそ!」
俺はまだ血を噴いている身体をおしてオウフを追った。彼女と俺が隣り合って行動しなければ、勝機はない。
「ん?なんじゃ、あれわ??」
何やら光線銃っぽいのが二人を狙っている。
まずいな。いくらなんでも「光」じゃあ、オウフちゃんも柔らかくできないだろう。
しかし、オウフはそれを光線銃と知って、迷わず左手を差し出した。
光線銃はあらゆるモノを爆発的に焼き尽くしてしまうが、光線自体は硬いものでは無い筈だ。
「え?できるの!?柔らかく?」
俺は驚きのあまり、まだオウフの能力の発動前だというのに、目の玉が飛び出しそうになっていた。
そしてその瞬間。
彼女の手に触れた殺人光線は、綺麗な虹になっていた。
「ああ、そうか。やわらかいって、そっちの解釈もありなのか。」
何にせよ、オウフちゃんらしいかわゆい能力だ。
「とあー!」
エリヒュは突撃の姿勢を崩さない。お前は何だ!一人一殺系か!
オウフが劣化ウラン弾をマシュマロに、榴弾をふかふかのクッションに、光線を虹にふにゃけさせ、二人は前進を続ける。
「止まれ!俺の言うことを聞け!!」
心配そうに眉をしかめて二人の後ろに続く俺。まだ足が穴だらけで走るのが容易ではない。
とうとうロボットに近接し、エリヒュがスレッジハンマーを振り下ろす。
ガイン!!
ハンマーが激突した衝撃は、ロボットには一切のダメージを与えず、その100%が柄を伝ってエリヒュちゃんの手に戻ってきた。
「いたたたた。」
そうだろう、そいつ、硬いだろう。俺も先の戦いで難儀したよ。
エリヒュちゃんは手が痺れたようで、涙目で手をプラプラ振っている。
オウフちゃんがやってきてロボットの腹部をチョイと突っつき、エリヒュちゃんにココだよと教える。
エリヒュちゃんは彼女の飴玉爆弾10個をその位置に投じ、爆発するタイミングに合わせてハンマーを振り下ろす。
あの固い装甲に穴が空いた。
「マジか!!」
彼女の威力に欠ける飴玉爆弾と、幼女の細腕で振ったハンマーでか?
いや、オウフの能力でやわっこくなっていたわけだが。
「とりゃーっ!」
そして、少女のハンマーがその内部のメカを粉砕した。
偶然にもそこがロボットの急所だったらしく、完全に動きを止め、地面に長く伸びてしまった。
「やったーっ!!」
二人とも大喜び。
なんてこった。俺たちポンコツチームがロボットを撃破してしまった。
しかもたぶん、3チームの中で一番だぜ。
いやー、俺、結果的に全く活躍しなかったな。
どうなんだろ?
エースとしてどうなんだろ?
まぁ、いいか。勝てば官軍、負ければ賊軍。
勝ったのだから全てよろしかったのだよ。そう!実は計画通りだったのだ!!
わはははは!
取り敢えずイェトさんが全力で悔しがりそうなので、俺の記憶からオウフちゃんとエリヒュちゃんが倒れたロボを前にはしゃぐ姿を動画で切り取り、「ひょっとして、まだ戦ってる?俺ら余裕。」というタイトルをつけて送信した。
折角ツイカウ無しで、オウフちゃんと一緒なわけである。
急ぐ理由もないので、寄り道しながら楽しくのんびりと帰ったわけだが、パン屋では黒焦げぎみのイェトさんが苛立った面持ちで俺たちを待っていた。
コンスースはテーブルに突っ伏している。
この負けず嫌いめ。
俺からの動画を受け取った後、ごり押しで敵を倒して、大急ぎで帰ってきたな。
俺の大事なコンスースに無理をさせやがって。
「あーあ。紅茶が冷めてしまったわ。」
「なんだって?」
イェトさんが飲みかけの紅茶に塩と胡椒とマスタードとタバスコを投入し、鬼神じみてよく混ぜて、俺の口をこじ開けて、その人体が受け付けがたい液体を流し込んだ。
「ぶおふぉおおおっっ!!」
全くイェトさんは自分の思い通りにならないことがあるとすぐこれだ。
彼女は自分専用のすみれ色のティーカップをごっしごしと洗い、新しい紅茶を注いだ。
5分もするとツイカウとチョリソーも戻ってきた。
「お帰り。大事なかったか?」
クールガイは俺の天敵だが、厄介な仕事を引き受けてくれたことに対して礼を欠く訳にはいかない。
俺はツイカウをねぎらった。
「ああ。硬い装甲に手古摺ったけどね。何とか倒したよ。」
窓際のテーブルにツイカウ、イェト、チョリソー、オウフ、そしてエリヒュちゃんが集まった。
早速イェトさんが先の戦闘の苦労話をし始めた。
「わたし達が相手にしたやつは、ゴキブリみたいな形に変形してさー。でかいのにすばしっこくてさー。コンスースのレールガンが当たらなくて最低よ。出力下げると装甲貫けないから全力で撃つしかないし。」
そうか、コンスースは多分、最大出力のレールガンをマシンガンみたいに連射させられたんだな。
イェトさんに脅されて。
それでこんなに疲れ切ってぐったりとしている訳か。
すまぬ。俺があんな動画を送ったばっかりに。
だが友よ。出来たら後で、お前の記憶からイェトさんが悔しがっているところを動画で切り取って、俺に送ってくれないだろうか?
ウェヒヒヒ。
イェトさんがひとしきり話し終わった後、続けてチョリソー姉さんが口を開く。
「こっちはツイカウの火炎とわたしの爆炎で焼きまくって、内部の配線焼ききったの。遠間でも炎の照り返しが熱いし。休めないから疲れたわ~。」
成程考えたな。鉄は熱を通すものな…え?あのデカブツを丸焼きにしたの?どんだけの火力なのおまいら。存外、お前らも力押しだったんだな。
トンデモ情報をさらっと聞き流すところだったわ。
プライマリが俺に抱きついてきて、ジェジーに情報を集約するようテキストデータを送ってきた。
うん。別にべったりと抱きつかなくても、テキストだけ送ってくれれば良いんよ。
テキストデータ送るだけならば別な世界からでもできるじゃん。
<サブタイトルは”黒羊”ですがイラストはプライマリです>
俺は、プライマリとの下半身の攻防に舌打ちしながら、皆にテキストデータを送った。
早速、戦闘に参加した全員が、ジェジーにデータを送信した。
「これはまた、歓迎しえない敵が現れたものだね。」
全データを分析したジェジーのため息。
彼は言葉を続ける。
「君たちは今後、今日戦った敵と同等以下の敵を相手にすることは無いだろう。次の敵は必ず十分な改良を加えられた状態で現れる。」
そして、ジェジーはさらに深いため息をついてメガネを拭いた。
「今日は勝ったと考えるのではなく、データを採取されたと考えるべきだ。」
俺はこのあたりでやっとジェジーが導き出した結論を理解し、ぎくりとした。
「え?まじ??もっと強いのが来るの?」
俺なんか筋繊維ブチブチ切りまくって骨折までして大剣振ってやっと倒したのに。
より強いロボットに来られたって、俺はもうこれ以上はなんも出ねぇぞ。
非情にもジェジーの話は続く。
「ああ、そして今度はきっと数も多い。」
「なぁ、これ、絶対あいつの仕業なんだろう?あいつとっ捕まえちまおうぜ。」
もっと強いロボットが多数とか、そんなもん相手にしてらんねーよ。
臭い匂いは元から断つ理論で行こうや。
「確かに、今回の事件の犯人は君が予想している通りかもしれない。だが、証拠がない。だから、めったなことは言うものではないよ。彼も残された2310名の一人だ。」
ホント、頭がいい奴は面倒くさい。
バカの俺ならば今頃はあいつのところに押しかけて、あいつをアイゼルネ・ユングフラウ(アイアン・メイデン)の中に放り込んでいる。邪悪に高笑いしながらな。
「それよりも準備だ。」
「準備?」
「犯人は捕まえるさ。だが、その場合でも、最低一回は敵のロボットと戦うことになる。そのロボットが犯人を特定する証拠だからだ。そのとき、確実に勝利できるよう、準備が必要ということだ。」
「それぞれ能力を強化しろってこと?漫画みたいに?」イェトさんが首をかしげている。
「それでも良いし、効果的な作戦でもいい。お互いにアイディアを出し合って連携しよう。本件の打ち合わせは以降辞書変換した暗号化テキストで行う。辞書はボクが早急に作るが、さしあたってロボットは黒羊と呼称することにする。」
マァクの教会の左側の塔。
その密室にマァク、ツワルジニ<トポルコフが化けた偽物>、ケチェ、そしてジェジーが集まっている。
ああ、あと、俺とプライマリも。
この説明会の目的は無論、切り離し実験の説明。
俺たちはオンラインでつながっているので、実のところこうやって集まる必要なんてないのだが、前章でも述べさせていただいた通り、マァクがそのあたり神経質で、ネットワークのセキュリティーを完全には信頼していない。
ジェジーは敬愛するマァクの御前ということもあって、推敲を重ねた原稿を片手に、時折軽いジョークを交えつつ、朗々と彼の計画と理論を語るのである。
ジェジーは切り離し実験の具体的な手順も説明した。
楽園派代表のケチェはこの音声データをテキスト変換して記録する。
トポルコフはジェジーの説明すべてを音声データで記録している。
俺は不謹慎にも欠伸をしていた。
全然興味ないし。聞いてもわからないし。
そうそう、この説明会が始まる前。霧のような小雨が降り続けるこの世界で、マァクが俺たちを出迎えた時の話をしておこう。
彼女はツワルジニ<トポルコフが化けた偽物>に「ッタイクではないのね?」と問うたのだ。
ツワルジニは面倒事のほとんどを副代表に任せて己は何もしない。
自室でふんぞり返っているのが仕事だと思っているような奴だ。
ッタイクだって、ツワルジニが、この、彼がみじんも興味を示さないであろう集会に自ら出向くと聞いたときは、さぞかし驚いたことだろう。
それ以上に、マァクは不審に思ったのだ。
「おかしいか?」
ツワルジニは、あえて質問に答えず、質問を返した。
マァクの透明度の高い湖のような瞳が、ツワルジニを推し量る。
彼に化けているトポルコフは正体がばれたのではないかと案じて脂汗を掻いている。
「ごめんなさい。不要な詮索だったわ。」
トポルコフは緊張感と一緒に魂まで抜けてしまう勢いで安堵した。
さて、ジェジーの説明もそろそろ一段落つきそうだ。
「なにかご質問は?」
区切りのよろしいところで、ジェジーがお決まりの気遣い。
「無いようでしたら…」
「…接点に確認したいことがある。」
先を進めようとしたジェジーをケチェが遮る。
変人め。
言いたいことがあるなら、ジェジーが訪ねた時にすぐに申せばいいものを、妙な間を作りやがる。
加えて、ジェジーではなくプライマリに話とはどういう了見だ?
「接点。お前が保全機能の耳であり口であるなら心せよ。」
なんだコノヤロー。
質問を受け付けるとも言っていないのに、上からものを言いやがって。
俺はそのとき、ケチェが相応の覚悟を以て質問をしてきたなんて、知らなかったんだ。
「接点に問う。お前たちは我々2310名を新しい惑星に移住させる。そのプランは確定事項で、些細な変更もないか?」
俺は何を今更と思っていた。
案の定、プライマリから俺に、彼が言い終える前に返事が来た。
そして、そのまま伝える。
「YESだ。」
ケチェは毒キノコでも食ったような笑い声をあげ、周囲を驚かせた。
「何がそんなにおかしい?」
聞くに堪えないので俺が問うた。
「つまらなさも極まると笑えるということだ。」
「は!?」
「理想を知り、実施できるということは誠に素晴らしい。千年先まで道が見える。そう、ニカイー、お前にもだ。愚者はまさに五里霧中よ。さて、幸福を知っているのはどちらか?これは議論の余地がある。幸福は必要か無用か?これも同様に議論の余地がある。正義と悪は議論の余地がなく無用だ。」
はぁ?
「なんかわかんねーけど、追加の質問はないんだよな?ジェジー、とっとと先を進めてくれ。めんどくせぇ。」
説明会が終了した後、ケチェは自分の世界に帰った。
そこで待っていた人物、それはあのチャケンダだった。
「お前の言った通りだった。」
なぜか寂しげな表情を浮かべ、彼は青髪のハッカーにテキストデータを渡した。
ジェジーの説明を記録したものだ。
「ふむ…”手順3:データ定義”。ここだな。これが終了するまでに阻止できないと厄介だ。」
「阻止…妨害か。蜂の一刺しには程遠い、単なる蟷螂の斧だ。」
「何もしないよりはいい。」
「良しにつけ悪しきにつけ、何かをすることで出来ることは増える。」
「あてにしているよ。ケチェ。」
「仲間のふりは止せ。我々はお互いに利用しあっているだけだ。」
「お互いに利用しあっているうちは仲間さ。ところで、君は仲間を選ぶ方かい?」
「他人からは、そう見えるかもしれない。」
「ボクは極めて厳格に仲間を選ぶ。」
「ほう。」
「だから30年前。ボクがROM化された後、ニカイーと言う化け物にROM化される恐怖の中、ボクが管理せぬ状態で不要に”仲間”が増えてしまったことは、遺憾であるとしか言いようがない。」
「始まりの化け物が持てあますいたずら者がいると見える。」
「我々は個である部分と共有する部分を持ち、コミュニケーション上の不完全性はない。その様な完全性を持ちながら、意思を共有できない個体が居る。さて、この個体は仲間と言えようか?」
「そこに何の契約も存在しないなら、恐らく仲間だ。人の社会では犯罪者であっても社会の一員だ。例えそれが死刑という手段でも、何らかの方法でそのものを許す。」
「成程、その一言で気持ちの整理がついたよ。君とは仲良くやっていけそうだ。」
その時のチャケンダの笑顔にケチェは悪意を感じ取っていた。
しかし、ケチェは知っている。チャケンダの知性は人の及ぶところではないと。
彼の人間の部分が悪意ある笑顔を浮かべたとしても、彼の化け物の部分はそれを御して、より深く考えを巡らせる。
ジェジーはブラックリストシステムでマオカルの動きを追っていた。
傍らにはマァクとおつきのイマルス、ナイアラも居る。
ジェジーからの報告を受けて、早速やってきたわけだ。
マオカルが移動を始めて、その最初の一時間ほどは目も耳もふさいでいたので、彼が何をやっているのか特定するのは困難だった。
その慎重な男が目隠しを外した。
驚くなかれ、マオカルがわきに抱えていたのはチャケンダが処遇を任せてくれと頭を下げて来たあのヒエレ。
マァクがトポルコフを捕えるのを阻止した、あのヒエレ。
オレンジ色の三つ編みだけで奴と分かる、あのヒエレ。
ヒエレの行く先にトポルコフが居る可能性が高い。
そう考えて、マァク自ら確認をしに来たのだ。
「やはり向かう先はジャングルね。」
「この世界はすでに我々に知られていますので、目を開けているときに用いるのに丁度よいのでしょう。」
その一部始終をエリヒュちゃんが聞いていた。
だって、俺のパン屋でやってるんだもん。
俺のパン屋の位置づけってどうなのよん。
なんか秘密基地的なものなのかよ。
マァクがマオカルの動きを見ながらジャングルへとチャンネルを切り替える機会をうかがっていると、それに先んじてエリヒュちゃんがチャンネルを切り替え始めた。
「ちょっと!どこに行く気!?」
彼女の保護者を買って出たチョリソーがエリヒュに抱き付いた。
行き先はジャングルに決まっている。マァク達に察しはついていた。
「マァク様。我々もジャングルに移動しましょう。」イマルスが進言する。
「いえ、このまま様子を見ましょう。」
「よろしいのですか?」
「私たちの標的はトポルコフです。今はまだ急ぐに値しません。それに、あの少女のことを知る、いい機会だとは思いませんか?」
マァクは例によってわざとエリヒュちゃんにヒエレの居場所を聞かせたのだ。
ジェジーがチョリソーに「きっと罠だ。あのジャングルは最近改装された。」と注意喚起。そしてマオカルのGPS情報モニタリングオブジェクトをコピーし彼女に送った。
ジャングルに到着したチョリソーとエリヒュ。
GPS情報を頼りにジャングルを走る。
「きゃ!」
落ち葉で隠れていた木の根に躓き、転びそうになるエリヒュちゃん。
これを威力を抑えた飴玉爆弾の爆風でチョリソーが助ける。
「気をつけなきゃだめよ。」
「ありがとう。」
GPS情報がおかしな値を示す。一瞬消えて、次に全く異なる座標を示したのだ。
ジェジーから通信。
「マオカルは自分の世界に戻った。座標は彼がチャンネルを切り替える前のこの値を使ってくれ。」
ジェジーから3次元ベクターリテラルが送られてくる。
「分かったわ。」
チョリソーはGPS情報モニタリングオブジェクトを破棄した。
そして3次元ベクターが示す場所に到着。
ヒエレが力なく倒れて、うめき声をあげている。
彼はリモコンを自分に向けて、上下左右の矢印ボタンを連続的に押している。
チョリソーとエリヒュちゃんが彼の手元を覗き込んだとき脳内にポップアップが現れたので、許可して開くと「今、化け物化を抑止している。触るな。」というテキストデータが表示された。
未署名のテキストデータだが、目の前で苦しんでいるヒエレが送ってきたもので相違ない。
「うっ、ぐうっ。」
ヒエレの姿が、電波状態が悪い時のテレビの画像の様に乱れて、また、元に戻った。
彼は全身汗でぐっしょり。
うめき声をあげながら、目の焦点は定まっておらず、最終的に脱力。
どうやら化け物化の抑止は成功したようだ。
手から転げ落ちたリモコンをチョリソーが蹴飛ばし、飴玉爆弾を弾いて破壊した。
彼女はそのリモコンが厄介なアイテムだと知っていた。
「ヒエレ!ヒエレ!しっかりして!」
彼を抱き起こそうとするエリヒュちゃんの顔に、一枚のウェットティッシュが張り付いた。
「むぐーっ。」
これが引っ張っても端っこをひっかいても顔から剥がれない。
エリヒュの代りにヒエレを抱き起こしたのは進化派副代表、ツワルジニの右腕、大人しそうな美少女、ッタイクだ。
彼女はツワルジニ<トポルコフが化けた偽物>に「本当によろしいのですか?」と念を押し、ウェットティッシュ100枚入りプラボトルを取り出した。
「ああ。後は頼む。」
ツワルジニはヒエレを受け取り、チャンネルを切り替える手続きを始めた。
チョリソーがじゃらじゃらと飴玉を取り出し、ツワルジニに向かって投じた。
しかしそれらは全て、ッタイクが投じたウェットティッシュにくるまれて、空中で安全に爆破処理されてしまった。
更に飴玉を投げるチョリソー。
またもやウェットティッシュにくるまれてしまう訳だが、一つだけすばやく軌道を変え、木の枝に跳弾させてツワルジニの頭部に命中させた。
「ツワルジニ様!」
ッタイクが振り向くと彼は既にチャンネルを切り替える手続きの最終段階にあり、今まさにこの世界から消える処であった。
「大事ない。」ツワルジニから飛んできたメッセージにッタイクは胸をぷるるんとなでおろす。
その、これ見よがしの巨乳アピールにイラつくチョリソー。
「まぁ、重そうだこと。そんな醜く垂れ下がった錘をつけて、わたしに勝てるのかしら?」
「はい、勝てると思います。胸部についてのご指摘ですが、これがなれるといい塩梅にタイミングが取れて、動きにメリハリが出るのです。ああ、これは申し訳ない。あなたにはわかりようがない情報でした。」
ピキ!
チョリソーの表情が引き攣る。
「いいえ、理解できるわ。身体能力は胸の大きさに反比例するってね。実際、とある胸の大きさが私の半分ほどの女の子はライフルの弾よりも早く動くわ!」
「へくち!」
俺の横でカウンターに肘をついて紅茶をすすっていたイェトさんがくしゃみをした。
「胸の大きさがあなたの半分というと、小学生くらいのお子様でしょうか?」
「肉体年齢17歳よ。」
「え?17歳で?いや、失礼。他人事ながら、男性と間違われるのではないかと、心配になったもので。」
「へぶしっ!」
イェトさんが盛大にくしゃみをした。
「あんた絶対わざとでしょう。煽ってるでしょう?」
「その様なことはありません。本当にその方の胸事情を案じての発言です。」
「取り敢えずアンタをふんじばって、ヒエレのところまで案内してもらうわ。」
遠くに地響きが聞こえる。ッタイクはこの音が何に由来するものか知っている。
「ご意向に沿えず申し訳ありませんが、その時間はなさそうです。」
地響きが近づいてくる。
「え?なに?なにっ!?」
アンギャアアアアアアッッ!!
大型肉食恐竜アロサウルスが現れた。
ジェジーが言っていた改装ってジュラシック化か。
「きゃああああああああっっ!!」
絹を引き裂くようなチョリソーの悲鳴。
「え!エリヒュちゃん!早く逃げないと!!」
彼女は顔をウェットティッシュに覆われているので気付いていない。
剥がそうとするが取れない。
「ちょっとアンタ!これ剥がれないわよ。」
「お任せを。ちょっと失礼。」
ッタイクが指でなでると簡単にはがせた。
アロサウルスを見て悲鳴すら出ないエリヒュ。
「恐らくですが、早々に避難した方がよろしいかと。」
「恐らくじゃなくて確実にそうよ!逃げるに決まっているじゃない!なんで冷静なのよ!アンタ実はバカでしょう!!!!」
俺のパン屋ではツイカウとオウフちゃんが動画を作成していた。
オウフちゃん作詞、ツイカウ作曲で作っていた二人の曲がついに完成したのだ。
そのライブをオウフちゃんの世界で行うことになり、告知のための動画を作っていたというわけ。
見ていると、動画を編集して居る時間より、編集前の動画を見ながらイチャコラじゃれあっている時間の方が長い気がする。ツイカウはやっぱ死んどけ。
おもしろそうだと感じたのか、イェトさんが紅茶を3つ入れて、二人のテーブルに運んで行った。
そして会話に参加。
なんか盛り上がっている。
何を話しているのだろうか?
イェトさんの目の色が”ラン”と輝く。嫌な予感。
くるりんと俺の方を向く。
「バックバンド。私たちに決定。」
ずだん!どばん!
コンスースとジェジーがテーブルに突っ伏してしまった。
何言ってるのかなイェトさんわ。また、勢いだけで。
ツイカウ意外、楽器に触ったことすらないわい。
どないせいちゅーんじゃ。