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お花畑 - 切離し実験編  作者: イカニスト
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第十話「ニカイー」

論理層での戦闘が抽象的で、分っていただけるかちょっと心配。

題名「お花畑」

第二章「切離し実験編」

第十話「ニカイー」



切り離し実験をめぐる攻防。

世界では都合302体のロボット型化け物「黒羊」が大暴れ。

ツイカウ達が必死に戦っている。

ガーウィスの世界ではヒエレが変化へんげした化け物が暴走中。その防御能力に、鉄拳娘イェトさんでさえ手古摺っている。

ジェジーをコアにした実験装置は、チャケンダの一撃でひどく損傷してしまった。

だが、ジェジーもコンスースも実験を諦めてはいない。

29年にわたる研究の集大成。決して安くはない。意地がある。

ガーウィスが装置を修理しながら、実験は開始された。

移動手段の切り替えを行うために、プライマリはこの実験の成果を必要としている。

彼女も実験のサポートに廻り、今にも壊れそうな実験装置を安定させる。


ガーウィスの工房内。

対峙するニューオンとナイアラ。

「私と互角に渡り合うなんて、小娘のくせに中々やるわね。」

ニューオンは余裕の笑みで、上からものを言う。

「うぇあ。かなりキツイっす。」

ナイアラは紙人形の猛攻に、正直いっぱいいっぱい。

このままでもニューオンが勝ちそうなのだが、彼女の本来の役目はチャケンダのサポート。

早くけりをつけて、マァクを何とかしなければならぬ。

ニューオンはオンライン婚姻届を用いて、奥の手デジタルデータ人形を作り出した。

ナイアラがデジタル人形を見るのはこれが初めて。

幅1024ビット×奥行1024ビット×高さ2048ビットのビットの集合体。

値が0のビットは虚無で、透けて見える。1のビットはグリーン。

直方体の値が1の部分が、もやもやと人の形になって居る。

「なにこれ、ちょーきもい。」

ナイアラは、きもくて鳥肌が立った手でキツツキを飛ばし、探りを入れる。

キツツキがデジタルデータ人形に取りついて、ビットが1の個所をつつき廻そうとすると、その部分のデータが0になり攻撃を受けつけない。

「な、なるほど。」

「頭は切れるようね。ダメージを受けない限り、私の人形は消滅しない。あなたに勝機は無いわ。」

「じゃ、じゃあわたしもとっておき。」

ナイアラは真上に向かって鳥の卵を撃ち出した。

卵は屋根を突き破って上空高くへ。

「どうせ上空から強襲をかけるのでしょう?」

ニューオンの指示で上方を警戒するデジタルデータ人形。

「来るとわかっていれば、容易く避けられるわ。」

しかし。

ズドン!!!!

何が起こったのかすら理解できず、デジタルデータ人形は喉を掻き切られて消滅。

ナイアラの肩に戻ってきたのは、長大な羽を誇らしげに広げるグンカンドリ。

「か、かまえていたってむだ。このこはじそく400きろめーとるでるから。しかもぎゃっこう。」

太陽の光に紛れて、超スピードで襲撃する。

これでは交わしようがない。

デジタル人形は全身を0にする事は出来ない。

何故なら全てのビットを0にした瞬間、存在そのものが消滅してしまうからだ。

鳥は考える頭の無い弾丸ではない。

優れた視力でデジタル人形の1のビットを見つけ、どこを狙えば最も効果的かを考える。

その優秀な狩人が、弾丸並みの速度で襲い掛かる。

奥の手で早々に撃破せんとした、ニューオンの算段が狂う。

「ちっ!」


工房の外、厄介な首だけドラゴンとの戦いは、イェトさんが怒モードになったことで、いよいよ決着がつかんとしていた。

彼女はパンツの後ろ側に挟んでいる札の束を取り替える。

「お、嫌がっていた新しい札を使うのか?」

イェトさんはむすっとしたまま答えない。

仏頂面のままダッシュ!

突進するイェトさんがドラゴンの近くまで行くと、やはり奴目は血のカーテンで頭を覆ってしまう。

「忌々しい。」

イェトさんの額に、ビキっと怒りの血管が浮き上がった。

彼女は新しい札を2枚取り出し、そのうちの1枚を投じた。

札は千切れ千切れになりながらも、血のカーテンの中を前進する。

札のデフォルトの機能で、降り注ぐ血をかき消している。

しかし、ドラゴンの青い血も無尽蔵に沸いてきて、親の仇のように札に降り注ぐ。

その量は札の能力を超えており、札はどうしてもダメージを受ける。

だからイェトさんは、古い札の能力で血のカーテンを超えることができなかったのだ。

札の束を投げつけても、人が通れるほどの穴はあけられなかった。

新しい札は古い札より一回り大きい。この大きさに賭けた。

こいつなら、札だけなら、血のカーテンの向こう側にたどり着けるのではないか?

札が血流を潜り抜けるか、かき消されてしまうのか。血は青いので、実のところ目視は困難なのだが、能力を発動したイェトさんには、視覚の付加情報として、札の位置が目に映っている。

その行く末を、まんじりともせずに凝視するイェトさん。口はへの字に結んでいる。機嫌が悪そうだから声はかけまいよ。

札に前進する勢いは殆んど無い。

イェトさんの目が血走る。

「ふんぬっ!!」

その目力めぢからが札を押したのだろうか?

親指の先ほどの切れ端が、血のカーテンの向こう側にたどり着いた。

「よしっ!」

イェトさんは自分の胸に札を貼る。

「スワップ!」

彼女がその様に叫ぶと、札の切れ端とイェトさんが入れ替わり、身を丸めた彼女がドラゴンの首の前に出現。

無論、血のカーテンの向こう側だ。

札同様、彼女は俺からは見えないのだが、地獄の鬼のような殺気がビリビリとものすごくてね。

そのプレッシャーに、俺は金縛りになってしまいそうだよ。

だからあそこら辺にイェトさんが居るんだなって、見当がつく。

「鬼!パンチ!」

怒モード時のみ発動する、敵のHPをマイナスの値まで鬼削る、ウルトラすごいパンチ。

イェトさんの腕が肘までドラゴンの顔面に突き刺さり、衝撃で顔面の腕が刺さっているあたりが爆裂する。

その衝撃で更に血のカーテンは破れ、青い血は首の下にダラダラと落ち流れていく。

面長だったドラゴンの顔面は、ぼこぼこに崩れて、たこ焼きみたいな形になっている。

鬼パンチの破壊力はまだまだ、こんなものでは無い。

ドラゴンの頭部にくすぶっていたエネルギーが、後頭部からボンという破裂音を伴って抜け出ていった。

そして、意識が朦朧として上下の感覚すらはっきりとしないドラゴンの首は、灼熱の血だまりの中央にぼしゃんと落ちた。

「おいおい、一発かよ。」

生身であの破壊力って、おかしいだろ。

まぁいい。兎に角、ドラゴンのダメージが回復せぬように措置をしなければ。

俺は袖搦そでがらみをつきたてに行きたいのだが、血の池が邪魔で近寄れない。

あにょね、血がにぇ、煮えたぎっていてにぇ、踏み込みたくないにょ。

「これくらいの幅、さっさと飛び越えなさいよ!こう!」

イェトはドラゴンの頭と俺の隣とをぴょんぴょんと行ったり来たり。

助走無しで15mは跳んでいる。

「お前と同じことをできる人間がいると思うな。」

そんな泣き言をあの強烈な姐御が聞いてくれる訳が無い。

「早くなさい。嫌々新しい札を使ったのに。ってゆーか、今だって札が勿体ない事になってるから。」

彼女は首だけドラゴンが回復せぬよう、ドラゴンの傷口に札を投げ続けているのだ。

とは言え、血の池を歩くのは嫌だな。

「この距離、微妙だな~。」

俺は気合いを入れて袖搦を伸ばした。

10m位までは快調に伸びたのだが、そこから先伸び悩む。

まるで、俺の才能みたいだ。何をやっても凡人の域を出ない。必ず壁にぶつかり、伸び悩む。

「ちょっと!本当に早くしなさいよ!パンツ引きずりおろすわよ!!」

「すいません。もうちょい時間を下さい。あと、わけわかんない脅し方やめて。」

もうダメか、届かないかと思ったが、灼熱の血の池を歩く嫌さを想像して「ふんぬ!」と頑張ったら、先っちょがぷすっと刺さった。

よ、よかったぁ~~。涙が出てきた。

「むーん!」

最後の気合いで袖搦の先端をいばらのつるの様な形状で下に伸ばし、頭だけドラゴンを地面に固定した。

イェトさんがぴょーんと跳んで来て、俺の手を取り引っ張っていく。

「さぁ、チャケンダをぶっ飛ばしに行くわよ。」

プライマリが居なくてROM化出来ないので、袖搦はドラゴンを動けないようにするため置いて行くしかない。

「俺、素手だぞ!素手でチャケンダと戦えってか!?」

イェトさんは不思議そうに首をかしげている。

「普通、素手で戦わない?」

「おかしい!お前化け物化してから、そのあたりの感覚おかしい!」

だが、例によって俺の言い分に対しては、全く聞く耳持たずなイェトさんなのであり、俺はただ、腕を引かれて化け物の親玉のところに連れていかれるのであった。


俺とイェトさん。ガーウィスの工房に入る。

俺たちを見つけたニューオンが早速デジタルデータ人形を仕掛けてきたが、ナイアラがグンカンドリで防いでくれた。

ナイアラがニューオンの前で両腕を広げて通せんぼの姿勢。

「は、はぁやくいって。ふたりがたより。」

うん。全然活躍してないから俺自身忘れていたけど、俺、エースだしな。

エースでなくても、あの何でも知ってますよみたいなイラつくにやけ面は、この俺がヒィヒィ言わすがな。まってろチャケンダ!

彼女に任せて先を急ぐ。

マァクがチャケンダに襲われそうになっているのが見えた。

体の右半身を化け物化したチャケンダが、マァクの背後をとり、線虫の群れを彼女に放った。

イェトが札を一枚、マァクの真前まんまえに投げる。

そしてもう一枚を胸に貼り「スワップ」と唱えた。

彼女はマァクの前に瞬時に移動。

イェトが元いた位置、俺の斜め前には、札が一枚宙に浮いている。

イェトさんがマァクの胸に札を貼り、再び「スワップワン」と叫ぶ。

マァクは俺の斜め前に現れた。

よろけそうだったので、俺が彼女の肩を支えた。

イェトはマァクの代わりに現れた札を手にし、線虫の群れに向けて、かなり照れながら「刀刃とうじん烈風れっぷう…」と小声で呟いた。

札は千切れながら突風となって線虫を吹き飛ばす。

「おお、やったじゃないかイェト!」

しかし彼女は、プルプルと小刻みに肩を震わしている。

そして火山が噴火するような勢いで、うがーっと、顔を真っ赤にして頭を掻き毟る。

「なんで!新しい札は!技名を!口にする!必要が!あるのよっ!!!!」

「やむないだろう。今度の札は多機能なんだ。」

「頭で考えて選択すればいいでしょう!?技名宣言とか、中二病こじらせてるみたいで最悪よっ!」

「うーん、そう云う仕様だしなぁ。文句は接点に言って呉い。」

「きゃぁーーーっ。だから新しい札は使いたくなかったのっ!恥ずか死ぬ!」

「あ、ダウンさせる機能なら何も言わなくていいぞ。デフォルトの機能だから。」

「それじゃあ前の札と同じじゃないっ!むしろ小ぶりで投げやすいぶん前の札選ぶわっ!この、前の札にちょろく新機能をポン付けしたようなやっつけ感が嫌!」

そんな俺らの漫才の隙をついて、チャケンダは装置の方へと走る。

切り離し実験は次の16の手順から成る。

0:マウントオール

1:シンク

2:データ定義

3:ハッシュ値算出

4:ログアウト

5:ログインアズルート

6:スピンダウン

7:アンマウント

8:ホルト

9:アンプラグ

A:クリーン

B:コールドインスペクション

C:プラグ

D:ブート

E:ベリファイ

F:ログイン

「もう、データ定義まで手順が進んでしまったか。」

チャケンダが太ももを化け物化して装置を蹴飛ばそうとしたところにガーウィスが割って入り、身を呈して装置を守った。

ガーウィスは装置の代わりに蹴り飛ばされ、自ら作った発明品の山にぶつかり、崩れた山に埋もれてしまった。

プライマリは保全機能に、チャケンダに対する攻撃の許可を再申請。

だが再び却下され、目の前で行われている蛮行を黙ってみているしかない。

この時俺は「接点!何してんだ!案山子かかしか!?」と言ってしまった。

事情を知らなかったとはいえ、かわいそうなことをした。

プライマリは己の無力さに忸怩たる思いであったろう。

チャケンダは両腕を化け物化し、装置をへし折ろうとしている。

装置はミシミシと音を立てている。

「せ、背負投十字剣?」

本当に技名言うの、嫌なんだな。

イェトさんは顔を真っ赤にしてな、何やら卑猥な放送禁止用語でもしゃべらされているみたいだ。

俺は、迷わず彼女の照れた表情の動画を記憶から切り取り、お気に入りフォルダに保存した。

イェトさんが投じた札は巨大な十字手裏剣となって、チャケンダの腕をなす線虫の束を切断。

実験装置はどしゃんと床に落ちて斜めに滑ってゆく。

手順はハッシュ値算出まで終了。

ログアウトが実行された。

「くっ。論理層に行かれてしまったか。」

チャケンダが毒づく。

俺はプライマリに手で催促して、彼女の袖搦を受けとった。

挿絵(By みてみん)

<※悪の組織の下級幹部的なイメージ>

こいつさえあれば、チャケンダの五体をバラバラにしてやれる。

俺は袖搦を振りかぶった。

だが、チャケンダの奴はクスクスと笑っている。

「いいよ。ボクの体は好きにしてくれて。君のその凶暴な棒を、何処にでも突き立てるといい。」

青髪の青年はそう言って、バタンと倒れてしまった。

プライマリが俺を標準出力にしてきた。

多分この後の対応についてなので、イェトさんにもフィルタ&パイプした。

プライマリは言う。

『まずい。チャケンダは論理層で妨害する気だ。』

「論理層?」

『お前たちの本体と直接繋がっているレイヤーだ。彼にその気があれば、特定の個人、例えばコンスースを殺すことができる。』

「奴がそこまでするかな?」

『この実験は人類の手で成功させたい。お前も論理層に行き、チャケンダを止めるのだ。』

論理層が何であるのか、実は全く理解できていないが、あのクソハッカーをぶちのめすという手段は変えぬでよいようだ。

ならばいいさ。

「だってよ。イェト、行くぞ。」

『言っておくが論理層では袖搦も札も使えないぞ。あれは物理層専用の武器だ。』

うっそ。袖搦が無けりゃ、俺なんかちょっと頑丈な馬鹿だぞ。

「じゃあ、なんか他に武器をくれよ。」

『残念だが何もない。個人の能力頼りだ。精神的な能力が有効で、ニカイーは十分だが、物理系のイェトは役に立たないだろう。』

精神的な能力?しかもプライマリの口ぶりだと、チャケンダに立ち向かいうる?

俺は頭の中の引き出しを開けまくって、そんな物有ったかと探すのだが、やはりこれっぽっちも身に覚えがない。俺の精神的な能力って、何?

「マァク!」

イェトさんがマァクを呼ぶ。

「精神系の能力が必要なの!悪いけどニカイーとチャケンダを止めに行ってきて!」

ナイアラの応援に向かおうとしていたマァクが、軽く首を傾げた後、静々と俺たちの方へやってきた。

イェトが「一生のお願い。」などと拝みだしたので、マァクも「あらあら」とびっくりしている。

マァクが急いでくれないので、イェトは焦れてダッシュで迎えに行き、マァクの背中を押しながら戻ってきた。

「じゃぁ、チャケンダは頼んだわよ。」

「あ?ああ。まぁ、普通にぬっ殺して来るけど。」

「私はニカイーのサポートをすればいいのね?それで、さしあたってはどうすればいいのかしら?」

彼女の視線は、ぶっ倒れているチャケンダの上に落とされる。

パッと見、死んでいるようだ。

これ以上、どうぬっ殺せばいいのか?

奴と戦うには論理層に行かなければいけないのだが、論理層に通じているドアや、論理層行きの電車でもあるのか?

「接点。論理層とやらに行くには、どうしたらいい?」

『私がroot権限で二人を論理層に送る。その肉体が倒れてもいいなら、私の前に立て。倒れて困るなら、私の前に座れ。』

俺とマァクはプライマリの前、装置を背もたれにして座る。

イェトは「黒羊共は任せておいて。」と言い残し、ツイカウ達が戦っている世界にチャンネルを切り替えた。

相変わらず言いたいことだけ言って、俺の言葉は聞く気無し。

プライマリが俺とマァクを標準出力にした。

彼女が俺以外と直接コミュニケーションをとるのは、これが初めてだ。

『論理層にお前たちを送る為には、二人に私が口にするコマンドを聞かせなければならない。マァク。本来、私はニカイー以外の人類と会話することを禁じられている。今回は特例として許可を得た。聡明な君に言う必要も無かろうが、私の声は早期に忘れて呉れたまえ。』

マァクは神妙に頷いて、記憶の自動記録の対象からプライマリを除外した。

プライマリが俺とマァクの頭を手で押して近付ける。

お互いの耳が触れた。

なにしろマァクは浮世離れした神世の美人なので、その気がなくても心拍数が上がる。

プライマリは絶対に俺ら二人以外には声を聞かせないつもりだ。

寄せ合った耳に、ひそひそと呪文を唱える。

「W、PS、キル2875、キル4377。」

すると、俺たち二人の意識は、深い闇に飲み込まれていった。

この感覚、覚えがある。

地球で死んだとき。あの、肉体のスイッチが切れる感覚だ。

気がついた先で、俺とマァクは何かに追われるように走る。

理由はわからない。漠然とした景色が、飛ぶように流れていく。

隣に居る者は実のところ、俺と仲がいい誰にも見えるのだが、マァクで間違いない。

俺たちは走っていて、前に進んでいる実感があった。

その実感を失ったのは、あのもやもやを見てからだ。

近くに居たり遠くに居たり、前方にいるのに後方から声がしたり。

声といっても、実際に音が聞こえてくる訳ではなく、そいつが話しているという事実を認識できる感じなのだ。

そのもやもやがチャケンダに違いない。

そう確信して追うのだが、今度は全く前に進んでいる気がしない。

景色だけは飛ぶように流れていく。

ならばと、いっそう腕を振り、足に力を込めるのだが、前進していないという感覚に抗おうとするほど、腕や足は重くなり、まるでタールの海を泳いでいるようだ。

いよいよ全力を出そうと踏ん張った時、遂に手足は1ミリも動かなくなった。

ふと手が届くところにもやもやがやってきた。

俺は千載一遇のチャンスだと、迷わずそのもやもやに抱きついた。

その時は無我夢中で、なぜ自分の体が突然素早く動いたのか、疑問に思わなかった。

抱き着くともやもやの形が明確になり、チャケンダの姿を成して行く。

「やった!やったぞ!」

歓喜の雄叫びを上げた瞬間、俺は物理層に逆戻りし、目を覚ました。

背中には装置、左隣にはマァク。彼女はまるで死んでいるようだ。

そして、前にはプライマリ。怒っているようだ。

「早く戻れ。コンスースがやられてしまうぞ。」

「俺はチャケンダを掴まえたぞ!」

「奴はわざと捕まえさせたのだ。間抜けめ、お前は物理層と再リンクされてしまった。」

「人類の言葉で言ってくれ。」

「強制的に眠りから叩き起こされたってことだ。チャケンダめ、どうやってrootに昇格したのか…」

「体が重くてまともに動けなかったぞ。」

「当たり前だ、論理層にあるものは、言わば運命。お前だから運命に逆らって、強引に動けたのだ。」

「マァクは!?」

「彼女は物理層に干渉する能力を持っている。お前と同程度には問題ない。」

「そうか。」

「コンスースは頭がいい男だ。論理層の原理も理解している。だから運命に逆らわない行動を選びながら、致命傷はさけている。だが、いつまで持つやら。」

「OK、理解した。すぐに戻る。」

「論理層で計算された運命を打ち破れ。」

俺はプライマリの呪文で再び論理層に沈んだ。

この穏やかに死ぬ感覚は、慣れると心地いい。

論理層で目を覚ます。

遠くに色彩豊かな糸くずのような、一つまみの綿の様な物が、ちかっ、ちかっと明滅している。

「あそこで3人が戦っているんだな。」

そう感じることに疑いは無い。

論理層で俺たちは、物理層とは全く異なる状態で存在していて、それを視覚や聴覚で無理矢理認識しているのだ。

直感に逆らったら、むしろ見誤る。

さて、早く3人の所にたどり着きたいのだが、相変わらず手足が重い。

どうにもならないのだろうか?

俺は現状をなんとかしたくって、3人の方へ足を進めながら吠えた。

こなくそ!と、全力を超えた力を絞り出す意気込みだ。

するとキーンという耳鳴りがして世界が、俺達が居るその論理層全体が揺れた。

視界がうねり破裂音がする。

プライマリから音声データが飛んでくる。

『論理層を破壊する気か!!!!』

へー。あいつ、こんなでかい声出せたんだ。

「お前こそ、馬鹿でかい声を出しやがって!俺の脳の一次聴覚野を破壊するつもりか?」

『お前はこの世界では怪獣に等しいのだ。慎重に行動せよ。』

俺みたいな人畜無害をつかまえて怪獣とか、何を言っているのか解らぬ。

「俺はチャケンダをぶん殴ってコンスースを助ける。それだけだ。」

手足に1つずつのおもりを括り付けられたような不自由に悶えて、俺は咆哮を繰り返しながら進む。

論理層がガラガラと音を立てて揺れる。

まだまだ先に見える糸屑の様な物から、暖かい物が別れて俺の方に来た。

それがマァクであることは理解できた。

この抗い難い魅力を持った暖かさは彼女だ。

音は無いが「世界が壊れてしまう。」と云う訴えが100人の輪唱の様に聞こえてくる。

マァクの必死さがうかがえた。

「解った。だが、俺が行くまでコンスースの側を離れるな。お前の能力が頼りなんだ。」

マァクの姿と声がかなりはっきりと認識できる。

俺と彼女の処理が同調しているらしい。

「安心して。私はコンスースの側にも居るわ。」

「どういうことだ?」

「デシジョンツリーに干渉して、2つの場所に同時に存在するという結果を作り出したの。段々、論理層のコツが掴めてきたわ。」

「人類の言葉で言ってくれ。」

「論理層なら、ブラジルとグアテマラの両方で、同一の人間が同時に別々のコーヒーを楽しめるの。」

「俺の店でも両方のコーヒーを同時に出せるぞ。」

「あら、私の拡張エージェントが認識エラーを出しているわ。そろそろ消えるわね。」

すると、暖かいものは消えてしまい、マァクが糸屑の中にだけ居る事が理解できた。

入れ替わりに、3mはありそうなチャケンダの顔が目の前に現れた。

「化け物め!!」

青髪ハッカーのトーキングヘッドは、一言だけ毒づくと、パンと弾けて消えた。

「ん?」

いつの間にか、俺の傍らにねじれているものが寄り添っている。

これは何であろうか?ねじれた何か…すぐに直感できない。

「あ、」

気がつくと、俺はねじれているものに腹を刺されていた。

ねじれているものの正体はニューオン。チャケンダが呼んだのだろう。

俺を何で刺したのかは分からない。

頭や胸や足を次々に刺される。

刺されても何の感覚もないのだが、意識は薄れていき、そのうちに死んでしまうだろうと予感した。

プライマリの話では、この論理層で物理的な能力は意味をなさないはずなのだが、これはどういう事だ?めっちゃ物理攻撃ではないか。

「なぁ、何で刺しているんだ。」

そのうち死ぬであろう状況で、俺が一番気になったのがそれだ。

「私の理想。」

水中でぶくぶくと喋っているような声が聞こえ、彼女の手が鮮明に見えた。

彼女が理想とする妄想上の男性の腕や尻や目玉が掌から生えては消える。

「ああ、それで刺されていたのか。」

彼女の理想、つまり精神的な妄想力は、人を刺殺せるほど強いわけだ。

俺は自分の傷口がどんな状態になっているのか理解でき、鮮明に痛みを感じ、そして、どうイメージすれば傷を修復できるのか想像できた。

俺が受けた傷は即時にまるで刺された事実なんて無かったように消えてゆく。

その修復速度は、ニューオンの攻撃の速度を上回った。

「化け物め!」

彼女の苛立ちがブクブクと聞こえてくる。

この瞬間だ。

俺がこの論理層でどうふるまえばいいのかを理解したのは。

あれほど重かった手足を、普通に動かせる。

それどころか、次第にニューオンの動作がゆっくりに見えてきて、最終的には遅すぎて、彼女が止まっているように見えた。

もう俺は早く動かなければいけないなんて焦る必要はない。

他のすべてのものが止まっていて、自分だけが動いている。

この時、まさに今、自分は論理層を支配できるのだと実感する。

他は虫けらに等しいという、恐ろしい感情が、隙だらけの俺の心に染み入って来る。

自分が恐ろしい。

俺はニューオンの右手をもぎ取り、彼女の心臓に刺した。

それが、自分が論理層を支配出来るという、確かな証拠になった。

目の前に3m程度の線虫の塊が現れた。

「化け物め!化け物め!」と云う意味の、言葉にならない敵意を伝え、パチンとはじけて消えた。

ああ、本当だな。

俺は、この仮想空間の化け物だったよ。チャケンダ。お前は正しかった。

俺が暴れたなら、この論理層は修復が不可能なほど破壊されてしまうのだ。

プライマリとセカンダリはそれを知っていた。

俺の精神的な能力って、このことだったのか。

化け物化したコンスースとイェトも、おおよそ俺の正体に勘付いていた。

俺本人にその自覚がなかっただなんて。

ほとんど停止した時間の中で、俺は糸屑を眺めながら呆然としていた。

あの糸屑がチャケンダとマァクとコンスース。

コンスースは相当なダメージを受けている筈だ。

俺は化け物だったが、それ以前に友達思いの馬鹿だ。

手遅れになる前に、なんとかせねばならぬ。


ツイカウ、チョリソー、オウフ、エリヒュの4人は302体出た黒羊の中でも出鱈目に厄介な2体と交戦中。

20mの巨体を7本の足で支え、3枚の回転ノコギリを振り回し、化学弾頭と30mmエレクトリックキャノンを有する。

ツイカウとチョリソーは、オウフの何でも柔らかくしてしまう能力に賭けた。

柔らかくした後の攻撃力はチョリソーの飴玉で十分。

ツイカウは火炎放射器をガントレットに変えて両手に装着。

全身炎の塊となって、二人の盾に徹する。

エリヒュちゃんは…勇んで飛び出したところをチョリソーに落とし穴に落とされてふて腐れていた。

メイン盾ツイカウを先頭に進む3人。

近付けはするのだが、長い腕で振り回す回転ノコギリとエレクトリックキャノンの弾幕に押し戻され、オウフとチョリソーを懐深くに送り込めない。

「厄介だな。ボク達にイェト並の機動力があれば話は違ったのだが。」

振り下ろされた回転ノコギリの歯をガントレットで受け止めながら、流石の伊達男も泣き言を言った。

「呼んだ!?」

エントリーポイントの方からお祭り女の声。

3段跳びでイェトさんがすっ飛んできた。

彼女は自分と3人の胸に一枚ずつ札を貼った。

「ツイカウとわたしで突っ込むわ。二人は下がっていて。」

「この札の意味は?」

チョリソーが指さした札。

彼女の札は、胸のラインに合わせて湾曲している。

イェトさんの札は、上から下まで真っ直ぐ、見事に一直線。

札は二人とも同じ位置に貼った筈だ。

イェトさんは背中に貼っている訳ではない、間違いなく胸に貼った。

スットン共和国国王に敬礼!

「すぐに判るわ。」

彼女の声色は何故か低く籠もって居る。

イェトは別な2枚の札を手の甲に貼り、「し、深闇の釜戸。」と、3人に聞こえないよう、こそっと呟いた。

どうしても、技名を口にするのが恥ずかしいらしい。

ツイカウの赤い炎とは対照的な漆黒の炎がイェトさんの手から立ち昇った。

「さあ、行くわよ。」

イェトさんとツイカウ、闇の炎と紅の炎、突撃開始。

敵のエレクトリックキャノンが火を吹く。

ツイカウは炎の熱で弾丸を蒸発させる。

イェトさんは黒い炎で、弾丸をかき消してしまった。

「この黒い炎からは、光だって逃げられないわ。」

「凄いな、それでやっつけられるのでは?」

「この炎は短時間で消えてしまうの。さあ、急ぐわよ。」

炎の盾と鎧で敵の攻撃を寄せ付けない二人。

まんまと20mある巨体の足元にたどり着いた。

黒羊の足元なら、科学弾頭もエレクトリックキャノンも、勿論ノコギリだって手が出せない。死角だ。

イェトは頃合いかと考えたのだが、まだまだ7本の足が襲ってくる。

イェトさんの黒い炎はここで時間切れ。

次の札を用意すべきかと思ったが、チョリソーとオウフを呼び寄せるタイミングを逃してはならない。

アイコンタクトで、防御はツイカウに任せる旨伝える。

仲間うちきってのクールガイは、業火を身にまとい、象の体当たりのような蹴りを受け止め続ける。

これをしのぎきれば、チャンスが巡って来る筈だ。

ところがどっこい。

敵の胴体の上下が裏返った。

「「げ!!」」

ツイカウとイェトの表情が引き攣る。

3枚の回転ノコギリも、2門あるエレクトリックキャノンも、勿論一番厄介な化学弾頭の射出口も、敵の武器全てが目と鼻の先にある。

この距離で、この火力で、一斉に攻撃されたらかなわない。

はっきり言おう!「やばい!!!!」

「とりゃーっ!!」

スレッジハンマーを担いだエリヒュちゃんが突撃してきた。

敵黒羊はその大した力もない少女を警戒して、再び胴体を回転させて上下を元に戻した。

今だ!

足の攻撃も止まった。

この一瞬。エリヒュちゃんに注意が行って居る。

今しかない!

「スワップゼロ!スワップワン!」

イェトさんがそう唱えると、オウフがイェトと、チョリソーがツイカウと入れ替わった。

チョリソーとオウフ、二人の頭上に無防備な敵の腹部。

オウフはチョリソーの飴玉の爆風を利用してジャンプ。

黒羊の腹をなでた。

落ちてくるオウフと入れ替わりに、飴玉が20個飛んでいく。

オウフの能力で豆腐のようになった装甲を、飴玉爆弾が吹き飛ばす。

黒羊は大きく体制を崩し、放った30ミリ弾は、的であるエリヒュを外した。

「とあーっ!」

突貫少女がやってきた。

チョリソーは飴玉の欠片を指ではじき、エリヒュちゃんを爆風で追っ払った。

「ゴメンね。わたしの飴玉の巻き添えになっちゃうから。」

チョリソーは敵の腹にできた穴に、大きめの飴玉を一つ投げ入れた。

「勝負飴!!」

ドカン!!!!

爆発の衝撃に大地は揺れ空気は震える。

爆発音は大きすぎて、瞬間無音に感じる。

敵黒羊の胴体は5つに分かれた。

下方に吹き下ろした爆風はオウフの不思議な手で桜吹雪になった。

バラバラになった鋼の部品が落ちてくる。

チョリソーはオウフの手を引いて走った。

ガランガランと崩壊する音に追われ、飛来する破片に追われ、もうもうと立ち昇る粉塵に追われて、二人の歌姫は走る。

オウフが後方に手をかざすが、大きな塊が来るからと、チョリソーが手を引いて走らせる。

「立って!」

チョリソーの飴玉の破壊力に目を丸くしていたエリヒュちゃん。

彼女の手も引き、チョリソーの姐御は走った。

駆け寄ってきたツイカウの後ろに隠れる。

彼はガントレットから吹き出す炎の温度を上げた。

ガントレットが青色に輝く。

彼は破片も粉塵も降り注ぐものはすべて蒸発させてしまった。

鉄屑と化した黒羊は、例によって塵状になり、掻き消えてしまった。

エーテルに返ったのだ。

「大事は無いかい?」

伊達男が女性3人を気遣う。

「もう一体もこの調子で行くわよ。」

ご機嫌のイェトさんが、こぶしを握りしめた。


300体の黒羊の相手は事実上ホトプテン一人。

コンスースから預かった多段式ガスガンで地道に仕留める。

「ふーい。」

長砲身のグリップから手を離す。

「数が多いな。」

「大丈夫ですか?」

特殊スーツを着込んでいるコンスースとは違い、ホトプテンは生身だ。

一発打つたびに、反動で手に痛みが走る。

アンカーで固定したバイポッドがあっても、体を吹き飛ばされそうになる。

多段式ガスガンは生身で運用するにはきつい重火器だ。

ホトプテンだから、何とか振り回せているのだ。

「後何体だ?」

「やっと17体倒したところです。」

たったのそれだけか。

どっと、疲れが襲ってくる。

「やれやれ、厳しいな。」

人間ができたホトプテンも、後悔の色が隠せないようだ。骨のある仕事を引き受けてしまった。

そこにナイアラがやって来た。

イマルスが「ジェジーの警護はどうした。」と問いただす。

「あの、ええと、」

口下手で言葉が出てこない。

チャケンダやニカイーが論理層に行き、ガーウィスが「ここは任せろ」とナイアラを送り出すまでの動画を、記憶から切り出して二人に送った。

「なるほど。あちらはマァク様と馬鹿ニカイー頼みと云う訳か。」

「なにしろよく来てくれた。しかし、この多段式ガスガンが一つしかない以上、数の不利は覆せないな。」

「その問題は私が解決してやろう。」

進化派代表ツワルジニと副代表のッタイクが登場。

ツワルジニは勿論、トポルコフが化けた姿だ。本物は金庫の中。

「ツワルジニ。君も戦ってくれるのか?」

「私が?馬鹿をいうな。」

ホトプテンはイマルスとナイアラに視線をくれて、肩をすくめる。

ツワルジニが面倒そうに手招きをする。

「ちょっとその大砲を貸してみたまえ。」

ホトプテンは言われた通りに多段式ガスガンを差し出した。

ツワルジニの袖口からレゴブロックがジャラジャラと出てきて、ものの数秒でガスガンの副製品を作り出した。

それをイマルスに渡す。

「使えるのか?」

「本物ほどの威力があるかは保証できないが、撃てるよ。」

「威力がないのか?」

「不満なら返せ。ブロックが勿体ない。」

「いや、逆だ。調度いい。この大砲は威力がありすぎて、困っていたんだ。」

ツワルジニはもう一つ副製品を作ってッタイクに渡し、去っていった。

ホトプテンはツワルジニの背中に礼を言いながらも、ッタイクに「ツワルジニって、あんなに気が利いた男だったっけ?」と耳打ちをする。

「確かに、ツワルジニ様はこの数日、人が変わられたようです。」

ッタイクはうれしそうに微笑んだ。

イマルスが黒羊に向かって、模造銃の試し撃ち。

確かにオリジナルほどの破壊力はなく、一体倒すのに、弾を3発当てる必要があった。

しかし、町への被害はない。

「そう、そう。これくらいの威力でいいのだ。」イマルスはおお喜び。

模造ガスガンをナイアラに渡す。

「私はオリジナルガスガンの馬鹿火力の後始末がある。この複製銃はお前が使え。」

4人はホトプテンとイマルス、ナイアラとッタイクの二手に分かれた。

これで、300と云う物量に対抗する目処が立った。

4人は奮戦し、黒羊の数は順調に減っていく。

黒羊の大軍をやっとこさ150迄、つまり半分まで減らしたところで、やつらの動きに変化が現れた。

一斉に、何処かへ向かって移動を始めたのだ。

黒羊の殲滅が目的の4人は、当然その後を追う。

追撃の末たどり着いたのは、化け物の世界。お花畑。

虚無の地平線がウツボカズラで埋め尽くされた、不気味な世界。

ここで二手に分かれた筈の4人が再び合流。

このような状況で顔を合わせた場合、再会の喜びは無い。

「してやられたな。」

ホトプテンの舌打ち。

追い詰めていたつもりが、4人一つところに集められて、囲まれてしまった。

それまでは一度に相手にする黒羊の数は、多くても5体だった。

今は、4対141。

圧倒的な劣勢に戦意を削られる。

「こういう作戦ならば、もっと早くにやればいいのに。」

愚痴をこぼすッタイクに、ホトプテンがかぶりを振る。

「それでは私達を釣り出せなかったろう。始めから半数は囮だったってわけさ。敵対する者をすべからく釣り出して、一網打尽にする。それが300の黒羊さ。」

「小癪な!」

イマルスの激昂を合図に、黒羊共が一斉に襲いかかってきた。


論理層。

論理層を破壊できる怪物として覚醒した俺は、3人がいる糸屑の様なものの所に向かった。

そして、コンスースが論理的に絶命していることを知った。

親友の死。

俺は悲しみ、怒り。その影響で、論理層に幾つもの亀裂が走った。

「静まって、ニカイー。」

マァクが俺を抱きしめる。

「俺の親友が死んだ。許しがたい不条理だ。荒れ狂う気持ちを静めることができない。」

マァクは俺を抑え込むために、更に強く抱きしめる。

「私の能力なら、論理層の結果を歪められる。チャケンダはあなたの巨大な能力のハッキングに手古摺っている。今がチャンスなの。私に任せて。」

「いいだろう。10秒だけ堪えてやる。」

切り離し実験は手順B「コールドインスペクション」の進捗22%で止まったまま。

ジェジーは死したコンスースに、何度もサービスリスタートのコマンドを発行している。

「友よ甦れ。」

彼の悲痛な叫びが聞こえてくるようだ。

チャケンダは、俺の優位を覆すためハッキングを試みている。

「止まっているように見えるぜ。」

俺はチャケンダを蹴り飛ばした。

猫の毛玉の様な物が糸屑から別れて飛んでいく。

あれが論理層で認識されるチャケンダだ。

毛玉が進む方に向かって、世界がガラガラと崩れていく。

「ニカイー!10秒くれる約束よ!」

「俺と俺以外の時計は進み方が異なるようだ。」

地鳴りがする。

論理層の崩壊が本格的に始まったようだ。

論理層の崩壊は残された2310名が暮らす仮想世界、物理層のフリーズを意味する。

仮想世界の終焉だ。

マァクは彼女の呪いの弾丸の一発をコンスースに、もう一発を俺に向かって撃った。

「よけてはダメよニカイー。」

スローモーションで進み来る弾丸を俺は手のひらで受け止めた。

「コンスースはひとつ前のチェックポイントでリブート。ニカイーはスタートエックスします。」

俺は論理層から強制的に追い出された。

物理層で目覚めると、ガーウィスがもうもうと煙を上げ、火花を散らしている装置を分解している。

「ガーウィス!何をしている?どうしたんだ!?」

「装置がもう持たん!爆発する前にジェジーを助けるのじゃ!」

「ジェジーに組み付けられている部品を外せばいいんだな!?」

「コンスースに繋がっているケーブルは切るな。ばらす順序も間違えるなよ。コンスースが戻ってこれなくなる!」

「分かった。え、えーと。な、何をやればいい。」

「このラジエーターをひっぺがす。装置を斜めに支えていてくれ。」

「よし。こんな感じでいいか?」

装置の下の隙間に足を入れて、斜めに起こす。

「うむ。手順はDのブートまで進んでいる。だましだまし乗り切るぞ。」

それまで、死んだように眠っていたチャケンダがむくりと起き上がった。

俺は忍び足で近づくやつの気配に気付いていない。

俺もガーウィスも装置の手元のあたりに集中していて、他が見えていない。

チャケンダが右半身を化け物に変化させ、線虫の塊で俺を殴り飛ばした。

俺という支えを失い、バタンと倒れて、装置は床を滑る。

コンスースと装置をつなぐケーブルがぴんと張って切れそう。

ガーウィスが飛びつき、コンスースを装置の方へ押した。

チャケンダは化け物に変化していく。

憤怒のあまり赤く変色してのた打ち回る線虫。

沸騰する体液で線虫を暴発させながら、鬼気迫る形相で俺に迫ってくる。

俺の手には相棒の袖搦はない。

頭だけドラゴンに刺したままだ。あれはROM化がすむまで抜くわけにはいかない。

その代わりにプライマリの袖搦を借りていたはずなのだが、ガーウィスの手伝いに行くときに何処かへ投げてしまったか?

プライマリが手をかざすと、瓦礫の陰から彼女の袖搦がふわっと浮き上がり、ひゅっと飛んで彼女の手に収まった。

彼女はそれを俺に投げてよこした。

しかし、それを受け取る前に、怒れる線虫の塊に体当たりをされた。

壁と線虫の塊の板挟みにされ、俺の骨がバキボキ折れる。

「ぐあっ!」

線虫の体液が沸騰しているせいで、俺の皮膚がジュウジュウと焼き剥がれていく。

そのまま壁をぶち抜いて、工房の外に吹き飛ばされた。

「痛ぇ。」

左腕が千切れ飛んでいる。

新しい腕を生やすより、くっつけた方が早い。

しかし、俺は骨が折れていて動けない。

千切れた左手の手首から先の骨は無事のようだったので、意識を集中させて、左手の方から近付いてきて頂く事にした。

指を動かして地面を這ってくる俺の左腕。

チャケンダは装置の方へ向かったようだ。

早いところ骨折を修復して、やつを止めなければ。

床に転がっていた袖搦はプライマリの手に戻った。

いよいよ彼女が助けてくれるようだ。

コンスースやチョリソーが戦ってくれるようになってから、プライマリの出番は全くと言っていい程無くなった。

彼女が戦うのを見るのは久しぶりだ。

あれ?逃げた。

逃げ回っている。

そうか、いつも俺を盾にして戦っていたからな。

身を隠す所が無いとダメなんだなあいつ。

俺は勝手にそう解釈していたのだが、実は彼女はこの期に及んでもまだ保全機能から、チャケンダへの攻撃の許可をもらえていないのだ。

彼女自身はチャケンダから装置を、実験の成功を守りたくて必死なのだが、可愛そうに、チャケンダへの手出しを禁止されている。

チャケンダは線虫を束ねた鞭で装置を叩き壊している。

「もう最後の手順を残すだけなんじゃ!ニカイー!なんとかしてくれ!!」

ガーウィスがおろおろと泣きながら俺に懇願する。

そしてこれはプライマリの願いでもある。

ああ、分っている。何とかするさ。俺はエースで、この仮想空間の化け物だからな。

『141体の黒羊に囲まれた。支援を乞う。』

ホトプテンからのSOS。

泣きっ面に蜂とはちょっと違うが、トラブルがトラブルを呼ぶのか、絶妙なタイミングで被ってきやがる。

分かったよ。そっちも何とかしてやる。

左腕もつながり、やっと体が治った。

反撃開始だ。

「おい接点!袖搦をよこせ!!」

チャケンダが装置を破壊するのを、なすすべもなく眺めていたプライマリが、すがるような気持ちで袖搦を投げてよこした。

袖搦を受け取ると目の前にマァクが立っていた。

俺にデリンジャーを向け、呪いの弾丸を打ち込んだ。

「その弾丸にはイェトの回避パターンを記録してあるわ。敵の攻撃をかわしなさい。」

え?ヤダ。そんな呪いかけるの?

ノーガードのブルファイターが俺の戦闘スタイルなのに。

マァクの呪いには逆らえない。

俺はイェトの様に走った。

だが、心臓が破裂しそうになるほど自分を追い込んでも、イェトさんほどは、速く走れなかった。

「基本スペックが違うっつーの!!」

イェトさんならば余裕でかわしたであろう、チャケンダの攻撃も頬に引っ掻き傷を頂いて、なんとか致命傷を避けるのが精一杯。

「ひぃ!ひぃ!キツイ!乳酸は貯まりっ放し。心臓が特にヤバイ!!」

彼女はこんなウルトラハードな運動を平気な顔でこなしていたのか。

今更ながらイェトさんには畏れ入る。

「くっ!」

イェトさんの技の知識は頂いたが、あの超人的な身体能力までは頂いていない。

ウルトラCの回避技を決めようとしたところで、足をもつれさせてすっ転んでしまった。

「だから無理だっつーのに!」

線虫20匹くらいに四肢を貫かれ、床に固定されてしまった。

今一度、マァクの呪いの世話になるか?

いや、その必要は無いだろう。

コンスースの姿が見える。

単分子線維性の特殊スーツを着、両腕にレールガンを装備した、俺の親友が立っている。

頼れる親友が。

俺は昆虫の標本のような姿で、親友に微笑む。

「お帰り。そして、実験成功おめでとう。」

「チャケンダ。お前の負けだな。」

ジェジーもガーウィスに助け起こされている。

俺たちが体を張って守った実験装置は、キッチリ役目を果たした後ゴスンとふるえ、煙を上げて沈黙した。

ガーウィスの工房も4分の1が崩壊。

俺は四肢に線虫が刺さったまま、強引に立ち上がる。

袖搦も拾って、手の中にある。

「てめぇが袖搦の届く距離にいる。楽しいな。え?チャケンダ。」

チャケンダは人間の姿に戻った。

そして、怒りで体を震わせながら、床に倒れているニューオンの所に向かった。

未だ目を覚まさない彼女を抱き上げ、俺を睨み付ける。

「化け物め!!」

「ああ、俺は論理層の怪物だった。」

「移動手段の切り替えは絶対に阻止してやる。」

「そいつぁ好都合がいい。お前をぶちのめす理由になる。」

「人類には保全機能が有する英知が必要なのだ。それが人類の正しい進化なのだ。」

「理想を語るなら相手を選べ。俺は天下の馬鹿野郎だぞ。一割も理解できん。」

「嗚呼。天よ。何故、無知なる者に破滅の権利を与えたのか?」

「面白いからじゃねーの?」

「ならば良いさ。ボクは神を恨むことができる。」

「葬式でOh my GODと言え。」

「ボクは君に何の怨みもない。でも、ボクは君を打ち滅ぼさなければいけない。」

「俺もお前に何の怨みもない。だが、お前を打ち滅ぼすよ。趣味で。」

「君を倒すのは容易ではない。君は人類の進化の最大最悪の障害だ。」

そう言い残して、チャケンダは去った。

プライマリは論理層へ行き、セカンダリと合流。

論理層のダメージが深刻で、大至急手当をする必要があるそうだ。

俺とコンスースはホトプテン達の救援に向かう。

「なぁコの字。俺たち二人、何分で黒羊を全滅出来るか賭けようぜ。」

「はは。お断りだね。」親友はいたずらっぽく笑う。

「賭け事は嫌いか?」

「いや、嫌いではないよ。何分ではなく何秒で…ならば賭けにのっても良い。」

「大変結構。」

ホトプテン達が居る世界に到着すると、イェト達もやってきていた。

既に彼らは防戦一方から攻勢に転じている。

「おい、コの字。折角来たのに、出番がなくなっちまうぞ。」

「それは問題だ。チャケンダに頼んで、もう300体よこしてもらわないと。」


後日。イマルスとナイアラがマァクにトポルコフ捜索の件で指示を仰ぎに来た。

マァクから意外な返答が返ってくる。

「トポルコフは、もう探さなくても結構です。」

あれほど躍起になってトポルコフを探していたのに。イマルスは戸惑いを隠せない。

「ひょっとして、居場所が判明したのですか?」

「ええ。」

「では、早速確保に…」

「いえ、その必要もありません。」

「よろしいのですか?」

「そうですね、二人には時間がある時にちゃんと話しましょう。事態はより良い方向に進んでいます。」

「分りました。」

マァクの教会を後にしたイマルスは、一握の雑草を見つめる。

「マァク様の右腕として恥ずかしくない存在にならなければ。」

以前、コンスースにたしなめられた言葉を思い出す。

安易にニカイーに頼ろうとしてしまった。

300の黒羊との決戦では、結局俺ニカイーに頼ってしまった。

「私は何のとりえもない雑草。だが、もっと意地を張れるはずだ。」

その様子を見てナイアラは、そう遠くはない将来、チャケンダとの決戦で、いよいよ自分の秘密兵器を使わざるを得なくなるのではないかと、恐怖する。


進化派代表ツワルジニを演じ続けるトポルコフと、金庫の中に閉じ込められている、本物のツワルジニ。

ツワルジニは手足を縛られ、なおかつ袋の中に入れられている。

だから彼は、自分がどこに閉じ込められているのかすらわからない。

叫んでも、誰からの返事もないし、暴れようにもなにやらクッションのようなもので周囲を固められており、身動きが取れない。


ROM化されてしまった頭だけドラゴンのヒエレ。

その前に立つチョリソーとエリヒュ。

少女エリヒュが物憂げに語りだす。

「この子は…ヒエレは地球を知らないの。」

「え?」

「この子が母親から生まれる前に、人類は滅んでしまったから。」

ヒエレは胎児のまま死んでいたのだ。


久しぶりに自分の世界を訪れ、物憂げにたたずむチャケンダ。

「ボクはニカイーと闘うと決めた。君も、自分が何をなすべきか、決めたらどうだい?」

遠間からチャケンダを観察していた気配は、驚く様子もなく静かに消えた。

チャケンダの世界に、チャケンダ一人。

彼は、しばし考えを巡らせた後、論理層に沈んだ。


第二章「切り離し実験編」はここまで。

最終章「移動手段切り替え編」に続く。

先ずは読んでくださった方、どうもありがとうございました。

最終章「移動手段切り替え編」は来年2月には投稿したいです。

執筆に使える時間が通勤電車の中だけなので、もっと時間かかるかも。

因みにWindows PhoneのWORDモバイルで書いてます。

たまに駅を乗り過ごします。

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