僕をとりまく山の住人
僕は、渡里 薫。
学校では控え目な小学5年生。
そんな僕の自慢は、モンスターな母。
そして、沢山の山の仲間たち。
母はフワフワと浮きながら大抵は僕の傍にいる。
普通の人間には知覚できないし、幽霊みたいな存在だと思ってくれればいいと思う。
それでも、少しだけ幽霊と違うのは、母の方から物理的干渉が可能だと言う事だろうか?
母は僕が生まれた時にいなくなったと聞かされていたが、
小学校入学の際に、この家に住みだしてから母が現れるようになった。
家に全く帰ってこない父は、僕を心配するけれど、
今日も僕は母とちょっと変わった友達に囲まれて元気です!
明日から連休に入るそんな日の夕刻。
台所で包丁がリズミカルな音を立てている。
今日は、妖狐の奥さんで僕の幼馴染達の妖狐ママさんが、山で採れたタケノコを持ってきてくれたのだ。
今日の晩御飯は、タケノコゴハンに、タケノコの煮もの、タケノコの刺身だ!
ワクワクする僕の宿題をする手は進む。
『……なんだか、肉っ気が足りないと思いません?』
と狐ママさんが不満そうに台所で話している。
『新鮮なタケノコがあるのですし、
タケノコの煮ものの油揚げで十分ではないかしら?
奥さん、つまみ食いは辞めて下さいね』
母の声に、テレビを見ていて子ぎつねの 狐太郎と葉菜狐が、慌てて台所に駆け出して行った。
『ママズルい!!』
声を合わせて叫びと共に、シバラク台所で喧騒が続いたのだが、
静かになると同時に、口元を煮汁で濡らした狐が二匹帰ってきた。
『やっぱり、肉が足りないわ!!
旦那に持ってくるように連絡するわ!』
と言ったかと思うと、窓をガラッと開きコ~~~~ンと一鳴きした。
犬で言うとプードルぐらいのサイズの狐太郎と葉菜狐がテーブルの周りを踊りぴょんぴょんと飛び跳ね走り回る。
ソファーではなく、応接テーブルの前に正座をしながら宿題をしている僕。
そんな僕の頭上を飛び越えたり、肩をジャンプ台により高く跳んだりと、ハシャギ具合が半端ない。
『にくにく~~~!!』
「宿題の邪魔!!」
二匹を捕獲しようとして、ヒョイと避けられる。
空かされた腕は宙を舞い、勢いづけた身体は前のめりになる僕を見て子ぎつね達は止まった。
『薫しょぼ~い』
『薫かっこわる~い』
『薫へたれ~~~』
「一体どこで、そんな言葉を覚えるんだよ」
前のめりになったまま項垂れ、ガックリとしながら言葉にすれば。
『あの箱!』
とテレビを指さす。
なるほど……、そういえばこいつらテレビ好きだよなぁ~。
いや、妖怪全般がテレビ好きだ。
裏山の妖怪達の中で人気になっているドラマの日なんて、映画館かってくらい人が集まる。
それでも希望者全員収容できるほどの広さはないからと、抽選を行っていると聞いた。
抽選に外れた妖怪達は、僕が学校へ行っている間に録画放映されているらしい。
話はそれたが、それくらい妖怪はテレビ好きなのだ。
「?!」
テレビで言葉を覚えているってことは……、
ツンデレ萌えアニメを見せ続ければ…!!
と、想像してみる。
『別に、薫のために蛇ととってきたんじゃないんだからね
ただ私が食べたかっただけなんだから!』
とかって、蛇を加えて振り回している姿を想像した。
うん……蛇は苦手だからありがたいんだけどさぁ~~~。
う~んと複雑な表情で考えこんでいると。
『ねぇ、薫!
宿題終わったならあそぼうよ~~』
想像に入り込んでいるうちに、肉踊りには終わっていたようだった。
「まぁ~だ~~~!
そんなに遊びたいなら、狐パパさんの狩りでも手伝ってきなよ~」
『ぇえええ~~、だって面白くないもん!』
『ねんか、熱血って感じがかっこ悪い』
『ねぇ~~~!!』
不憫な狐パパさんが、縁側から切ない顔して覗いていた。
『パパ折角お肉持ってきたのに……』
『おにく~~ おにく~~~』
狐姿だとトラックサイズのパパさんは、省エネモードの人型で現れた。
黒いタンクトップに、皮のジャケットとパンツ、サングラス姿は少し悪い親父風でカッコいい。
僕の父さんは、いつでも作業着だからなぁ~~。
「ちび達の父さん、ワイルドでかっこよくて、
いいなぁ~」
って僕が言えば、嬉しそうにパパさんが見えないしっぽを振りつつ満面の笑みとなる。
『そうだろそうだろ~~、どうだ我が子よ!』
『えぇ~~~!薫の父さんのが知的でカッコいいよ~~』
『ねぇ~~~』
「いつでも作業着だよ?」
『外見にしか目がいかないって、薫ってお子ちゃまね』
ふふ~んと鼻を鳴らす葉菜狐。
む~~~と唸る僕。
そして、そんな僕をヌイグルミよろしく抱きしめ凹むパパさん。
『何しているのアンタ! 肉早くもってきなさいよ!』
ママさんのきつめの声に、ちびっこ達が肉の入った袋をパパさんから奪って台所へと去っていく。
しばらくしてパチパチと油の音が聞こえ始めた。
今日の夕飯に、唐揚げが追加されたようだ。
食卓にタケノコ料理の数々と、鶏肉が並ぶころ、
手土産を持った妖怪達が現れる。
山に住むダチョウの卵を持ってきた鎌鼬兄さん。
山で実った野イチゴを使ったババロアを持ってきた牛頭おばさん。
原材料の牛乳が気になるが気にしては負けだ。
お酒を持ってきたカラスは、実はカラス天狗だったりする。
他にも食材や、食品が集まった。
気が向けば集まり宴会を始める妖怪達。
今日も今日とて人数が多く、居間で食事をするには狭すぎて、妖怪達が大好きな神木の下で、宴会が始まった。
賑やかな宴会の元、僕は電話の音を聞き逃していた。
それが原因で、ややこしい自体となった。
家の前に車の止まる音がする。
庭先で、宴会をしている妖怪の喧騒は普通の人間では気づかない。
それでも、何か?を感じさせてしまう程度に妖怪が集まり過ぎていた。
「渡里! そんなところにいたんだ。
玄関のチャイムを何度押しても出てこないし、
でも、家の明かりはついているからどうしたのかと思った」
身長140㎝の僕より10㎝ほど高く、ハキハキと切れの良い話かたをするコイツは桃井 陸郎
僕のクラスメイトだ。
「どうしたの?
こんな時間に、わざわざ家まで来るなんて」
桃井は、薫の背後に位置する神木が気になるようでチラチラと視線を向けていた。
「どうかしたの?」
薫が再度問えば、慌てたように首をブンブンふり。
「あぁ、ゴメン。
明日なんだけどさ、サッカークラブで合宿あるんだ。
コテージを借りてキャンプ合宿!
急に欠席者が出たんで、良かったら参加しないかなぁ?って、誘いに来た」
「明日?急だね」
僕は首を傾げる。
運動神経が良い僕をサッカーチームに引き入れようと、日頃から画策している桃井父。
余り良い予感はしない。
むしろ悪い予感しかしない!
「うん、急なんだ。
保護者含めた20人の予定だったんだけどさ。
半数が今日になって欠席するって言ってきて」
「ふ~ん、それって何処?」
背後から顔を出したのは、狐パパ。
狐パパは、ポンと僕の両肩に手を置き親しみアピールをしつつ尋ねた。
ワイルド系狐パパに、ビックリしながらも頬を赤く染める陸郎
陸郎って言う今時余りない男らしい名前を持つ美少年。
実は女なのだ。
学校でも女子にモテモテで皆忘れがちになる。
まぁ、僕も普段は忘れていると言うか気にしたことない。
パパさんに頬染めるなんて!!
女男さえ、たらしこむ妖狐の力半端ないなぁ~。
なんて妙な関心をする。
陸郎は赤面したままモジモジしていた。
「ぁ、えっと……」
頬を染めてから、急に小声になりうつむき話が出来なくなる陸郎。
「何よ~~~!
ちゃんと話をしなさいよ!」
貶すような声は、狐ママに似ているがやや高い。
ドスが足りない等と言ったら狐ママに怒られるのかな?
と思いつつも声の方を向けば……、セーラー服を着た中学生女子がそこにいた。
キツイ目線の美少女だ。
「だれ??」
その横に良く似た顔立ちの学ラン男子。
尻尾が隠れてませんから!!
慌ててパパさんの腕を振りほどき、
陸郎からしっぽを隠すような立ち位置にじりじりと移動する。
「うちのパパに色目使おうなんて、千年早いのよ!」
ばしっと威嚇する葉菜狐は仁王立ち。
「ぁ、ごめんなさい」
と去っていこうとする陸郎の腕を、パパさんが掴んだ。
顔から火を噴くように、真っ赤になった陸郎にパパさんが再度問う。
「大辻山のキャンプ場……ですけど…」
手を掴んだまま、狐パパは唸るように声を出した。
「明日出発なんだよね?
早いの?」
「はい、朝の6時発です……」
消え入るような声で、視線を反らしつつも陸郎は答えた。
「そう、ありがとう
薫はいけないけど、気を付けていくんだよ」
パッと手を放して、笑顔で手を肩あたりまで上げフリフリと振る。
それを真似るように、パパさんから一歩下がった場所で双子も早くされとばかりに笑顔で手を振る。
「どうしたの?」
僕の顔を見ながら、ニヤリと勝ち誇ったように尋ねる葉菜狐。
「どうしたのさ!! その恰好!
なんで僕より大きいの?!」
「ぇ、だって俺ら薫より年上だし?
人間で言えば、これくらいの年齢よ?
薫、自分が成長早いからってバカにしちゃダメだよ」
「うるさい!狐太郎。
しっぽ丸見えな癖に生意気!」
自分より小さいと思っていた子ぎつねが、自分より大人だった事にショックを感じる。
なんだか急に負けた気になり、どうしようもない焦りを覚えた。
「へへ~~ん、悔しかったら薫も変身してみるといいよ~」
「ちょっと、太郎! 薫をイジメないの!」
葉菜狐が二人の間に割って入る。
いつもより大人に見える二人、一気に成長したように見えた二人に嫉妬してそっぽを向く。
それを察したような、狐パパが苦笑いをしつつ薫を抱き上げ肩に乗せる。
「こいつら150年生きていてこれだからな。
薫は立派さ。
オジサンは、子供にはユックリ成長してほしいほうだからな!
だから薫も慌てて成長しなくてもいいぞ?」
仕事に忙しい父の前では、理解ある顔を見せる。
心配症な母の前では、どんなことも他愛のないことと笑みでやり過ごす。
そんな癖がついてしまった。
「パパさん」
「なんだ?」
肩に乗せた薫に呼ばれ、狐は仰ぎ見る。
「パパさんは、孫を甘やかすおじいちゃんのようだね!!」
恥ずかしさと感謝の混じった甘えた声で薫は言う。
「いつも、ありがとう」
薫は狐パパの頭に抱き着いた。
齢1000年を超える妖狐は、ぼむっと白煙と共に本来の姿に戻った。
「ちと、散歩にいってくるぜ!」
庭先で宴会を続けていた妖怪仲間に一声かけて、子ぎつねに戻った子供達と薫を背に乗せて大空を駆けだした。
『さっきの子供だが、大辻山って言ってたよな』
「うん」
『どんなところか知っているか?』
「知っているよ。
最近、キャンプ場、スキー場、ハイキングルートとして人気になっている観光スポットでしょう?
ゴルフ場に遊園地の予定もあって、大きなホテルも建築するって聞いているよ。
クラスの子の父親が、あそこの開発に関わっているって自慢していたのを耳にしたよ」
『なるほどね……
その開発で、大辻山の神木が明後日伐採される事になっているんだよ。
で、大辻山の妖怪達が大移動を始める
あの山には、齢1000年を超える大きな大蛇がいるんだが、
そいつも移動予定だ。
どうなると思う?』
大きいってどのくらいだろう?
と考えるが、何も問題が無いならわざわざ話す事は無いだろう。
モフモフ~~と父親の毛の中を移動して楽しんでいる狐を一匹捕まえて抱き枕の如くだきしめ、撫でる。
これが結構落ち着くんだ。
『むふん……』
特に意識せず捕まえたが、この大人しさは葉菜狐だなぁ~等と思いつつ、自分の出した答えを述べる。
「土砂崩れ?」
『そう、山の一部となっていた大蛇が移動するからかなりの規模の災害が起きるだろう。
薫はどうしたい?』
「どうって?」
『妖の血が少しでも混ざっていれば、
シバラク大辻山に近寄ろうとは思わないだろう。
山の主が、ご機嫌斜めだからな
でも、ただの人間は危険だ。
薫はどうしたい? 助けたいかい?』
薫の家の裏山の頂から、大辻山を眺める。
立派な山だ。
でも、立派だからこそ妖の住めない山にされるのかもしれない。
家の裏山は、狐パパが昔むか~~しに購入した個人名義らしい。
ここ近隣の田畑も、人に変身できる妖、人と一緒に生きる事を選んだ妖等が買い取ったらしい。
うつむき考える。
僕は僕をイジメる人は嫌いだ。
人間よりも、妖は優しい。
それでも……、
「僕は、助けたいと思う!」
『そうか、カワイイ孫の願いかなえてやらんとな!』
大きな狐の口をニヤリと笑みさせ、金色の瞳も細く笑う。
狐パパは、大きく一声大空にとどろかせた。
妖にしか聞こえない声を。
翌日、サッカークラブからキャンプに向かう小型バス。
町のスポーツ関係に全てに関わる桃井父が、自費で購入したものだ。
桃井父の営むスポーツ店の横に駐車してある。
「あれ?こんな所に停めたかな?」
バスは、駐車場の奥。
レンガで10㎝ほどの高さで囲まれた花壇の中にタイヤが落ちている。
子供達を迎えに行くために、エンジンをふかす。
ぱぁ~~ん!!
大きな音と共にしゅ~~~~っとタイヤの空気が抜けた。
花壇に落ちた後部車輪だけでなく、前輪までもが。
「なぜだぁ!!
タイヤ交換するから、遅れると電話しておいてくれ!」
桃井妻は、桃井父に言われ電話で謝罪と連絡をする。
「申し訳ございません。
直り次第お迎えにあがりますので
いえ、時間は少々見通しがつかづ……」
この連絡で10人の参加者のうち2人が怒り不参加を申し出た。
『次々』
屋根の上では、姿が見えない事を良い事に桃井父の慌てる様を見守る会が妖たちで作られてきた。
ニヤニヤする妖たちの中、薫の母が手を挙げた。
『よし、任せた!』
薫の母は、楽し気に車の傍に舞い降りる。
一緒について行った子ぎつね達。
僕、薫はと言うと姿を消すことができないため、パパさんの毛に埋まって見学している。
薫母は、運転席に入ってシバラク。
バタンと言う音と共にバスの後部にある扉が開いた。
ビックリして顔を上げる桃井だが、すぐにタイヤ交換に取かかった。
子ぎつね達は、バスのエンジン部分の機械を眺める。
『どれ触る?』
『どれ外す?』
小さな肉球で何が出来ると思いきや……、小さな狐の手でエンジンベルトを外してしまった。
『ごくろうさま、戻るわよ!』
子ぎつね二匹を抱えて、薫母は戻ってきた。
タイヤ1本取り換えるのに1時間の時間がかかり、少しばかりの休憩を取ろうとした桃井父。
ついでに、後部のエンジン部分の扉を閉めようとしたなら。
薫父の目に飛び込むのが、だらりと落ちたエンジンベルト。
「うがぁああああああ!!!」
桃井の父は、苛立ちと不安と様々な気持ちに押し倒されて、
頭をかきながら奇声を上げた。
大笑いする妖達。
妖達は総じて悪戯好きなのだ。
普段は、近隣を統べる山の主、妖狐の鳥羽の命により、
『人に溶け込み、迷惑をかけないように』と言われている。
しかし、昨晩は大辻山に近づく町の者にのみ、悪戯は解禁された。
「もういい、今日のキャンプは延期しよう……」
桃井父がつぶやく。
散々暴れ回ってすっきりしたのか?
それでも肩を落としたまま、桃井父は謝罪の電話を参加者にし、延期を伝えた。
キャンプ参加者の親子は、手際の悪さに不満を述べていた。
人の口に戸はたてられぬと言う言葉がある。
世間の噂話は防ぎようがないと言う意味通り、翌日には尾ひれ背びれだけでなく胸びれまでついて桃井さんは甲斐性なし等と噂が広まるだろう。
スポーツマンだが、メンタル弱い桃井父は布団をかぶって寝込んでしまったらしい。
しかし、キャンプ場が土砂崩れを起こした事で、桃井父の悪評は広まる事は無かった。
『久々に楽しかったなぁ~』
妖たちは酒を酌み交わし、笑い合った。
『ケガ人が出なくて良かった』
そういいながら喜びあった。
だが、本当にケガ人もいるし死者も出た。
妖達にとって他所の町の人間は関係ない。
偽善的でなく自分の感情を大切にする少し変わった知人達が、僕は大好きなのだ。