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薄命光線  作者: はしもと
9/9

薄明光線

今日の空も同じような蒼をしていた。似たような雲が浮いて、遠くで鳥の声が優しく響く。

アキが生きていた空と、アキが死んでしまったあとの空は同じようで違っていた。

せっかく晴れたというのに、僕たちはデートが出来ない。

アキが「明日は晴れるかなぁ」と気になっていた日も、それからの日も僕たちはもう二人で歩くことが二度と出来なかった。

同じような空の下で、死ぬまで叶わない願いを祈り続けている。



もう少し早くアキのことを好きになれていたら、何かが変わったのだろうか?

アキの笑った顔をもう少し多く見られたくらいかな。

今はそれが一番見たいものになった。



彼女が死んでしまうなんて、そんなことは映画の中だけだと思っていた。

物語の登場人物は残された世界で、それでも強く生きていく。

そういうラストシーンを映し出せば、だいたいがハッピーエンドで終わる。


しかしそんなものは見せかけの強がりなのだ。

大切な人が亡くなってハッピーエンドを迎えることが出来るなんて僕には到底無理な話だった。どこを探しても幸せになる要素なんて見当たらない。見つけられない。

悲しみの中でふと笑った瞬間の顔を写真に撮られ、その写真を見た人は勘違いをする。

アキが最期にくれた手紙がそうだったように。


本当は怖かったのだろう。寂しかったのだろう。家族が周りで看取ってくれたとしても、死ぬのは怖いだろう。笑って死ねる人はかっこいいと思う。でも、泣きながら死ぬことがダメなことだとは思えない。


アキの文字は後半から殆ど読めないくらい滲んでいて、震えていた。




気付けば雨が降ってきた。こんな日は誰かの泣き声も雨音の中に紛れてなかったことにしてもらえるのだろうか。かっこ悪く泣き喚く僕を見たら、アキは幻滅してしまうだろうか。

そんなことがあるはずもないのに、僕はそんな疑問を無理やり作り出し、安心を得ようとする。

アキが死んでしまったことに理由を付けたかった。そうすればアキが死んでしまったことが正しいことだったのだと考えることが出来る気がした。しかしそんなものはどこにもなかった。例えそれが全て僕のためだったとしても、正当化出来る理由なんてどこにもない。



生きていてほしかった。

一緒に生きたかった。

明日の約束をしたかった。

「またね」とまた言いたかった。

もう一度名前を呼んでほしかった。


もう一度名前を呼びたかった。

キスをしたかった。

手を繋ぎたかった。

抱きしめたかった。


全部したことがあるのに足りないのだ。

僕の脳はアキを求めている。




「入る?風邪ひくよ?」

雨の中、公園のベンチに座っている僕に一本の傘が差し出される。

「いや、いい。ありがとう」

「隣いいかな」

「ああ」

ジュンは傘を折りたたんで、僕の隣に腰掛ける。

「何やってんだ。お前風邪ひいちまうぞ」

「風邪くらい一緒にひいてあげるよ」

霧のように細かい雨が、僕たちの体温を奪っていく。

「忘れられないね……、忘れる理由なんてないんだけど。全然前に進めないや」

「うん」

「でもきっと、アキはこんなこと望んでないんだよね。アキは優しいから、きっとこんな私たちを見たら悲しむんだろうね」

「……うん」

「前に進むのが怖いなら、せーのっ、で一緒に前に進もうよ。私も怖いけど、同じようにアキを大切にしていたあんたとなら、大丈夫な気がするから」

「……うん」

「アキがね……。昔私に言ってたよ。『ヒロ君はたまにしか笑わないけど、その笑った顔が好きなんだ』ってさ。『優しくて大好きなんだ』って。私はほら、もうあんたと長い付き合いだから『うえー、気持ち悪い』って茶化すんだけどね。」

「………」

「あの子普段はそんなこと言わない子なんだけどさ。あんたに笑いかけてもらったことがよっぽど嬉しかったんだろうねぇ……。すごい幸せそうな顔でそんなことを話してた」

「………」

「……泣くなよ」

「……泣いてない」

「あんた変なところで強がりなんだから」

「……うるせー」


いつの間にか雨があがっていた。薄明光線が雲の切れ間からさしこむ。雨が止まってしまったら泣いていることがバレてしまう。


「雨あがったね……」

「ああ」


ジュンは立ち上がり、僕に手をさしのばす。それに応えるように僕もジュンの手をとる。

力強く引っ張りあげられる。


「アキがあんたの笑った顔が好きだってさ」

「……分かったよ」

「ちゃんと生きてほしいってさ」

「……うん、分かってる」

「じゃあ、せーのっ、で前に進むよ」


「せーのっ」


僕たちは一歩を踏み出した。それは普段の歩幅と何も変わらないものだった。それでも、もう戻れないのだと知った。そうして僕らは前に進んでいくのだ。前に進んでいくしかないのだ。

辛いことも悲しいことも、楽しいことも嬉しいことも、幸せだったことも全部集めて。

僕たちはそうして生きていく。



隣で雨に濡れたジュンが微笑む。

それにつられて少しだけ僕も笑った。



「もう大丈夫だね」

「おう、……ありがとう」

「こちらこそ」



雨上がりの空には虹がかかった。

水滴が光をいっぱい吸収してキラキラと輝く。



出来るだけ笑って生きようと思う。

アキが好きだと言ってくれた僕を、大切にして生きていくことが

今の僕がアキに出来る唯一の愛情表現なのだから。



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