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薄命光線  作者: はしもと
8/9

そういえば明日は晴れるのかなぁ。


「あんた大丈夫?」

「何が」

「大丈夫ならいいの」



アキが亡くなって三日経った。僕の様子を心配してジュンが声を掛けてくれた。でも僕にはとぼけることしか出来なくて、本当は今にも胸が張り裂けそうだった。

アキの机の上には花が添えられている。

机の中には何もない。ただ椅子と机には「山本亜希」と書かれた名札が張りっぱなしで、僕はそうしておけばアキが何事もなかったかのように戻ってくるのではないかと期待してしまう。そんなことはないと分かっていたのに、僕の脳はそれを認めようとはしない。


アキの死因は病死らしい。流行中の致死性の新型ウィルスだろうと生徒の間で噂されている。ニュースで何人亡くなろうが他人事だったのに、たった一人身近な人がなくなるだけで随分とウィルスの脅威が現実味を帯びてくる。

彼氏でもない僕がアキのことを想う資格はない。泣く権利もない。それがアキの狙いだったのだと思う。泣けないようにして、想う権利も取り上げたのだ。それがきっとアキの望んだことなのだ。ところがアキは一つ計算違いをしていた。人間は……、少なくとも僕はそんなことは関係なく泣いた。そんなことは関係なくアキのことを想った。




アキがいなくなってからの帰り道は、出会う前よりも寂しく感じた。

アキがいなくなってからの学校は、出会う前よりもつまらなくなった。

アキがいなくなってからの毎日は、出会う前よりもくすんで見えた。




「ヒロ、あんたに手紙来てるよ」

自宅に戻ると母親が僕宛の手紙を渡した。僕は差出人が誰かは名前を見なくても分かった。

アキからの手紙だった。消印は亡くなった日だった。死ぬ前に出したのだろうか。それとも家族が代わりに出したのだろうか。そんなことは考えても分からなかった。

アキの丸っこくて優しい文字が並ぶ。確かに生きていたことを実感する。

この三日間、無意識にアキのことを探した。アキが生きていた証が欲しかった。

僕の脳はきっと、少しずつアキとの思い出を忘れていくだろうから。たった三ヶ月。

付き合ったと言えるのかさえ分からないほどの短さ。





それでも僕の彼女。

そんな風に考える僕を誰かは笑うだろうか。






『ヒロくんへ。こんにちは。

突然のお手紙ごめんなさい。今はちょうど日付が変わったくらいです。お母さんの話によると私の命はあと四時間とちょっとみたいです。そういえば体が段々だるくなってきたような気がします。新型のウィルスかなぁ。』




よく見るとアキの文字は震えている気がした。




『未だに自分が死ぬってことがよく分かりません。テレビの電源が切れるみたいにブツって終わるのかな。それとも眠るみたいに意識がなくなってそのままなのかな。幽霊になって自分の姿を見たりするのかな。幽霊になっちゃったらヒロくん私のこと分からなくなっちゃうよね。だから幽霊になるのはちょっと嫌です。』





………。





『ヒロくんのこと好きでした。私は結局十七年くらいしか生きれなかったんだけど、十七年間生きてきた中で一番好きでした。

初めて付き合えた人が、一番好きな人で、本当に私は幸せ者なのだと思います。

ヒロくんとたくさんの初めてを経験しました。

遊園地に遊びに行ったり、カラオケに行ったり、映画を見に行ったり、ピクニックに行ったり、家族や友達とは行ったことあったけど、男の子と二人で行くのは初めてでした。

どれも行ったことあるはずだったのに、どれもすごく違って見えて

バレたら恥ずかしいから頑張って隠していたけど、本当は私すごくドキドキしてたんだよ……。気付いてなかったでしょ?』





手紙の文字が滲んでいた。





『いつも会うたび緊張してドキドキしてたんだよ。でもそれが嫌だったわけじゃないの。

心臓の音が聞こえちゃいそうなほど、鼓動が早くて苦しいのに、切ないのに


私幸せだった。だからこれが恋なんだって思った。

ごめんね……』




気付けば僕の涙が手紙に落ちていた。




『私ちゃんとヒロくんの彼女だったかなぁ……。

会いたいのに会ったら何したらいいのか分からなくて

色んなことしたいのに、何もできなくて

でもヒロくんはそれでも一緒にいてくれて笑ってくれるんだ……。

ヒロくんは優しいね。きっとその優しさはこれからもたくさんの人を救うのだと思うよ。』




……そんなことないよ。バカだなぁ。




『ヒロくんが最期に会いに来てくれて嬉しかったです。

キスしてるとき、すごく温かくて胸がいっぱいになった。

今も思い出しただけで、死にそうなくらいドキドキしてるよ。

私もうすぐ死んじゃうんだけど

死んだらもうドキドキすることも出来なくなるのかなぁ……。』





『死にたくないです……。本当はもっと生きていたいです……。

死ぬのが怖いです。でもそれ以上にもうヒロくんに会えなくなるのがたまらなく寂しいんです。


ヒロくんともっと生きたかったなぁ……。

「先に死んでしまってごめんなさい」って私が言ってもいいのかな……。

ごめんね。

ありがとう。』





『話したいことがまだまだあるのに、何を話したらいいのかやっぱり分かりません。

ただ気持ちだけがずっと先を歩いていて、私の言葉が追いついてくれません。


そういえば明日は晴れるのかなぁ。明日晴れてほしいなぁ。

晴れだったらね、お出かけしたいな。行き先なんて決めずに、近所をブラブラして、一時間くらい歩いたらさ、ヒロくんがいつもみたいに心配してくれて「疲れたろ?どっかで休むか?」って言ってくれてさ。私体力ないから、それに甘えちゃって「じゃあ、次にカフェ見つけたらそこに入りたい」だなんてワガママ言って……。私ワガママなのにヒロくんはいつも「あぁ、いいよ」って笑って言ってくれるんだ。ヒロくんは優しいから。

明日晴れてお出かけしたら、きっとそんな会話もするのかな。そんな会話が好きだったの。

だから明日晴れだったらいいなぁ。そうしたら私は明日の予定を考えながら、幸せの中で眠ることが出来るのに』





『好きです。

最期に好きって言ってくれてありがとう。

もう終わるね。

長い文章書いちゃってごめんなさい。

もうさよならします。

さようならってなんだか悲しくなるから、違う言葉を使います。

おやすみなさい。

幸せになってね。

ちゃんと幸せになるんだよ?

大丈夫、ヒロくんなら出来るから。




ヒロくんとの毎日が私の宝物だったよ。

ヒロくんの笑った顔が好きでした』






読み終わると、思わず手紙を胸に抱きしめた。

アキを抱きしめたときと同じように、なくさないように。


もう僕の前からいなくなることがないように。



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