「ヒロくんへたくそ……」
「あえ……?今私たちキスしたの……?」
「……おう」
「……そっかぁ」
びっくりしたアキの涙はいつの間にか止まっていた。少しボーッとして、人差し指を唇に当てる。
「いいの……?私なんかとキスしても……」
「……おう」
「ごめんね……、嬉しい」
「……オレも嬉しい」
「え……?」
「好きだ」
「うそつき……」
「嘘じゃねぇ」
「じゃあ、もう一回して……、よく分からなかったから……もう一回だけ」
僕たちは自然と目を閉じる。何かを照らし合わせたわけじゃないのに、キスをする。僕たちはキスの仕方も分からず、鼻と鼻をぶつける。
「ヒロくんへたくそ……」
とアキが微笑む。
「悪かったな」
今度は顔の角度を少しずらしてキスをした。ちゃんと唇に当たった。
一瞬だけ柔らかい感触がした。
「分かった……?」
「ううん…、分からない。全然……、だからもう一回……」
「うん……」
今度はさっきよりも上手く出来た気がする。今度はさっきよりも長くキスが出来た気がする。
「もう一回だけ……、今度はもっと……してほしい……。分かんないよ……」
お互いを自分の中に受け入れる。普段触れることのない場所に、傷つきやすい場所を優しく、お互いを絡ませる。なにが嬉しいのか、なにが気持ちいいのかさえ分からず、僕らは必死に求めあう。それでもただ、幸せだと思った。
「……ぷはっ、息が出来なかった」
「僕も……」
「キスってこんなに……、幸せなことなんだね……、私もっと……、エッチなことだとばっかり……」
少し照れてアキがそう言った。アキがそういうことを口にするのは初めてだったから、僕は笑った。アキは「笑わないでよ」と微笑んだ。
アキの知らない部分を今日も知ってしまった。まだ明日があればもっと沢山のことを知ることが出来たのに。僕はアキのことをまだ殆ど知ってはいない。
「泣かないで」
アキはそう言うと今度は僕の顔に手を伸ばし、キスをする。
「これズルいよね……。こんなことされたら涙止まっちゃうよね……」
「そうだな……、アキが泣きそうになったら今度からそうするよ」
「今度はもうないから……、今日もっとしたいなぁ……」
「うん……」
「こんなとこお父さんに見られたらヒロくん殴られちゃうかもね」
「本当にありそうだからやめてくれ」
僕たちは手を繋いでキスをした。
抱きしめてキスをした。
気が済むまでしたかったけど、気が済むことはなかった。
「ヒロくんから好きだって言ってもらえて嬉しかったなぁ」
帰り道、アキは僕の手を握ってそう言った。
「ヒロくん絶対、そんなこと聞いても好きだよって言うに決まっているから……。優しい嘘つきだもん」
「褒められているのか貶されているのか分からねぇな」
「どっちもだよ」
「そうか」
家の前まで送ると父親が玄関の前で待っていた。ずっと待っていたのだろうか。僕たちの姿を見ると安心した表情を見せた。
「ありがとう」
「いえ、約束ですし。こちらこそありがとうございました」
「いや、そっちじゃないんだ」
アキの父親は少し恥ずかしそうに視線を逸らして言う。
「アキと仲良くしてくれてありがとう」
二人は僕を家の前から見送ってくれた。曲がり角を曲がるまで、ずっと家の前で見送ってくれた。これが最期なのだとみんな分かっていた。
これが姿を見ることが出来る最期の瞬間なのだと。そう思うと足が止まりそうになる。でもそういうわけにもいかない。だから僕は進み続ける。
曲がり角に入る直前、僕は後ろを振り返った。アキはそれに気付いて手を大きく振ってくれた。僕も大きく振り返した。
僕たちはきっと泣きながら手を振っていたのだろう。




