最期にもう少しだけ一緒にいたい人
アキの自宅前までたどり着いた。電話を鳴らす。もう出てもらえないかもしれないという不安との戦いだった。しかし意外のも三コール目で彼女は出てくれた。
「もしもし……」
「あ…、あのさ」
言葉が詰まる。何を話せば正解なのか分からない。たぶん何を選んでもきっと僕は彼女を傷つけてしまう。遠くでトラックが走る音だけが沈黙の中に響いた。
「あれ?もしかしてヒロくん今私の家の前にいるの?」
「あ……ああ、実はそうなんだ」
「分かった、待ってて」
数秒後に玄関の扉が開いた。
どんな顔したらいいのか分からず、きっと僕は無愛想な顔をしてしまっていたと思う。
「よぉ……」
とぶっきらぼうな挨拶をしてしまう。
アキもきっとどんな表情をしたらいいのか分からなかったのだろう。驚き、悲しみ、困惑、そして喜びの表情をかき混ぜたなんとも言えない顔をしていた。
「ちょっと散歩しないか?」
「……うん、分かった」
アキがそのまま靴を履こうとすると、後ろからアキの父親らしき人が出てきた。
「アキ!こんな時間から何処へ行くんだ」
「大丈夫、すぐ帰ってくるから」
「何もこんな日に出歩かなくてもいいだろう」
「……ごめんなさい。最期にもう少しだけ一緒にいたい人なの……」
父親は納得いかない表情で僕の方を見た。上から下まで品定めされた気がした。
「ちゃんと返すと約束するか?」
「はい。必ず」
「あまり心配をかけさせないでくれよ。大切な娘なんだ」
「分かっています。遅くはなりません」
きっとアキの父親も、僕も、アキも誰も正しい行動も発言も出来なかっただろう。
出来るだけみんなが幸せになる方向をみんなで探った。そしてそれはアキの意思を尊重することだと、みんななんとなく悟った。
「じゃあ、行ってきます」
僕たちは歩き始める。
「ごめんな、僕もう彼氏でもなんでもないのに……。こんな大事な時間をもらってしまって」
「ううん、いいんだよ。彼氏じゃなくなったからといって、ヒロくんが大切な人じゃなくなったわけじゃないから……。それにね」
「それに?」
「ヒロくんが来てくれたとき、嬉しいと思ってしまったんだ……。ごめんね……。こんなの自分勝手だよね。だからね、喜んじゃダメだって必死に取り繕ったの……。ごめんね。本当はすごく嬉しかったんだ……」
僕はそんなアキの手を何も言わずに繋いだ。恋人でもないのに繋いでしまった。
それでもアキは握り返してくれた。離れないように。私はここにいるよ、と主張するように。
誰もいない夜の公園にたどり着いた。
「ここね、小さい頃よく家族で遊びにきたの。小学校のとき私がブランコから落ちちゃって顔から鼻血出ちゃってさ、お父さんとお母さんがすごく慌てて、でもそんな光景を妹のフユミが笑ってさ。私も普段ならびっくりして泣いていたと思うんだけど、つられて笑っちゃってさ」
「家族と仲いいんだな」
「仲良しだよ。休みの日はよく四人で色んなところ行ったんだ。楽しかったなぁ……」
「そっか」
「………」
「アキ……?」
「ううん……、ごめん……、私もういなくなっちゃうんだって思ったらさ。もう家族で何処かへ行ったり、ご飯を一緒に食べたり、テレビを一緒に見たり、そんな当たり前だったことも出来なくなっちゃうって考えたらさ……」
鼻をすする音がした。アキの呼吸は次第に大きくなって、ボロボロと大粒の涙を流した。
僕はアキを抱き寄せる。小さな体を震わせてアキは声をあげて泣いた。子供のように取り繕うこともなく泣いた。
「私がいなくなったら……、誰がフユミに勉強教えるの……、誰がお父さんの肩揉んであげるのさ……、誰がお母さんの家事を手伝うの……。嫌だよ……、私まだみんなと一緒にいたいよぉ……、なんで死ななきゃいけないんだよぉ」
「アキ……」
僕を掴む力が強くなる。
「ヒロくんとも……、もっと一緒にいたかった……、ごめんね……、本当は毎日嬉しかったんだ……、ごめんね。私一人で浮かれていたのに……、ヒロくん困っていたの知ってたのに……、それでも一緒にいたかったの……、喜んでしまってごめんね……」
「アキ」
「なのにどうしてまた来てくれるんだよぉ……っ。ようやくヒロくんに迷惑かけないように出来たのに……、また私……ヒロくんに会えて喜んでしまった……。ひどいよぉ……、なんで私こんなに汚い人間なんだよぉ……」
「アキ」
「え……」
僕は泣いているアキにキスをした。それは一瞬で、これをキスと呼んだら笑われてしまうくらいの下手くそなものだった。




