第一話
あれから10年の月日が流れ、三つ子は大学生になった。
「今日の晩御飯はどうする?」
「ビーフシチューがいいな」
「おお!それはいいな。進の得意な料理の一つだもんな」
いつもと変わらぬ三人だけの空間。
三人は夕飯の話をしながら帰路についていた。
幼いころに事故で両親を亡くしたと聞かされて育てられた三つ子の兄弟は、母方の祖父と祖母のところでお世話になっていた。
だが、十年の間に祖父と祖母は亡くなってしまい、三つ子は数ある親族の元でバラバラに暮らすことを余儀なくされた。
それを聞きつけた母方、父方の親族は母方の祖父、祖母の遺産目当てに彼らを引き取ると言いだしてきたが、三つ子はその醜い争いを「私たちは三人だけの家族なので」の一言だけで強引に片付け、そのまま祖父、祖母の家で三人暮らしを始めた。
会社の社長であった祖父の莫大な遺産を何とか手にしようと企てた親族は、さまざまな嫌がらせを仕組んできたが、三つ子は今の生活を守るために必死に応戦していた。
今の平和な生活が訪れるまでに様々な苦労を重ねてきたが、その親族の嫌がらせは、とあることがきっかけで、終焉を迎えた。
三つ子が三人暮らしをはじめて一年が経とうとしていた時だった。
三つ子は高校二年生。今から二年前のことだった。嫌がらせを続けてくる親族一同はいら立ちを隠せなくなってきていたのか、ストーカー行為や不法侵入など露骨な嫌がらせばかりを繰り返すようになってきた。
警察に助けを求めてもすべて親族の圧力で揉み消され、自分たちの身は自分たちで守るしかなかった三つ子は、世間の荒波にもまれ続け、逆境にもめげずにたくましく成長していた。
それは、一〇月三十一日のことだった。ヒカルと進の二人は親族に対抗すべく、ある計画を実行しようとしていた。
「進、守は?」
「今日も愛ちゃんとデートだってさ」
「羨ましくないの?」
「う、羨ましくなんてないやい!」
「そう?顔は正直だけどね。フフフっ…さあ、ようやくすべてが整ったわ!これから乗り込みましょう!」
「待っていました!」
お化けの格好をしたヒカリと、ゾンビの格好をした進はサンタクロースが持っているような大きな袋を抱え、夕焼けの町へと消えていった。
この町では毎年ハロウィンの日になるとハロウィン期間限定の仮装商店街を闊歩する行事が行われていた。
老若男女が参加する仮装行列は見ているだけでも楽しくなるイベントだが、参加することでさらにハッピーな特典が付いてくる。
なんと、仮想商店街で販売するお菓子を詰め放題にできるエコバッグがもらえるのであるという太っ腹なイベントだ。
犯罪も厳しく取り締まり、犯罪をハロウィン期間中に行った者は普段のどんな刑よりも重い刑に罰せられ、最悪の場合、一生刑務所から出られないほどのものだ。
だからであろう、この期間中の犯罪行為はゼロに等しい結果を毎年出し続けていた。
そんな仮装行列の中にヒカリと進もいた。
「えーっと…ここだ!ここ!進!ここよ!袋貸して!」
「ほい、どうぞ」
ある商店の前に立つと、ヒカリは進の持ってきた袋をごそごそと漁り、大きな水鉄砲を取り出した。
「トリック・オア・トリート!今すぐ私たちにお菓子を全部寄付しないと、お店を水浸しにするわよ!」
「お客さん、それは堪忍してなー!ウチの店が潰れてしまうわー!」
「ええい!問答無用!えいっ!」
ヒカリが水鉄砲の銃口を商品棚に向け、チョロっと水を発射する。
水はお商品棚に行き着く前に地面に
「さあ、あと十秒数えているうちに観念しないと…どうなるか分かっているわね?」
「ふん!お客さんこそ、このあとどうなるか分かっているかね……ぐへへ」
「なんだ、なんだ?」
「もっとやれー!お化けー!」
「お母さん。お化けが水鉄砲持って何かしているよ!」
「あのお化け、マジでやばいんですけど!」
お化けに仮装したヒカリと、ドラキュラに仮装したお店の店長と思わしき人のやり取りを見て、野次馬が集まってきた。
この行為は犯罪行為ではなく「挑戦」というこの町に浸透しつつある独自のルールである。まあ度胸試しと言ってもよいものだ。
貧困を絶やすためだけに作られた下町のこのルールは誰でも受けられるし、受けた側も絶対に断れない。
ただし、五つの条件が揃っていないと、このルールは適用されない。
一つ。大規模なイベントで衆人監視のもと行うこと。
小規模なイベントや、人が百人以下の場合は適用されない。
一つ。そのイベントで使われる言葉を合図にすること。
ハロウィンなら「トリック・オア・トリート」。クリスマスなら「メリークリスマス」など。
一つ。挑戦者は武器を一つだけ持ってもよい
勝負事だと言っても、九対一で挑戦を受けた側に分があるため。
一つ。同行者の有無に関わらず、必ず一人で行うこと。
挑戦者と保有者の一対一のバトルに手出しは無用。
一つ。挑戦に負けたものは、必ず同等の対価を払うこと。
勝負事に対価は欠かせない物。
……と、いった条件が組み合わさって初めて実行され、どのイベントのパンフレットにも小さく記載されているれっきとした掟だ。
掟を破った物は、即刑務所行きだという。
バトルの方法は、挑戦を受けた側が、上から定められている数項目の中から一つだけ選ぶことができる。
バトルの内容は、じゃんけん、ババ抜き、ブラックジャック等々と、どれもカジノで行われそうな単純で簡単なものだ。
「(進、そろそろいいんじゃないかな)」
「(分かったよ、姉ちゃん。ちょっと行ってくるね!)」
二人は何かを耳打ちして、進は野次馬でごった返している群衆に紛れていった。
「どの勝負にしようかな……やっぱり、じゃんけんかな」
ここの商店の店主はじゃんけん世界大会でベスト四まで進んだ経歴を持つ。
この商店街には歴戦の勇士たちがお店を構えており、そうそう「挑戦」に勝てる人はいない。一年に一人出るか出ないくらいだ。
「えーっ!わたしにかてるかしら!」
「お嬢ちゃん、ルールは分かっているよな?」
「分かっているわよ!いくわよ……」
「じゃん……」
「けん……」
「「ぽん!」」
ヒカリ……パー。
店主……グー。
ヒカリの勝ち。
「い、一勝くらいあげてやるよ。次行くぞ……じゃん、けん……」
じゃんけんのルールは先に五回勝った方が勝ち、というルールだ。
ぽん!
ぽん!
ぽん!
ぽん!
……
勝負の結果、ヒカリがストレートで勝ち。
「うおおおおおお!」
会場が大きくどよめく。
「と、トリックだ!お嬢ちゃん、トリックで勝っても嬉しくないだろ!」
店主がヒカリの勝ちにいちゃもんをつける。
「なにもしていないわよ!」
「いいや!何かしたはずだ!」
店主ともめ合っていると、
「ヒカリ姉ちゃん?何をしているの?」
「あ、あれ?もしかして、守?愛ちゃんとデートだったんじゃないの?」
「ヒカリちゃん!私、ここにいるわよー!」
「ごめん、小さくて気付かなかったわ!」
そこへ、黒いネコ耳としっぽをつけた守と、魔女の格好をしてデッキブラシを持っている愛がやってきた。
魔女とその使い魔という設定なのだろうが、異様に目立つ黒猫の守と百五十センチに満たない小さい魔女の愛は
「(反対の方がしっくり合っているのでは?)」
と、思ったヒカリであった。
「ねえ、聞いてよー!ここのお店の人がね……(守に見つかるなんて思わなかったけれど……進は大丈夫かしら)」
そのころ進は、商店街から少し離れたところにあるお家の前に立っていた。
「ここだよね。ヒカリ姉ちゃんが探し当てたところは」
「ココ」と書かれた小さなメモを握りしめ、家の中へと入って行く。
バンッ!
勢いよくドアを蹴飛ばして家に入り、
「トリック!オア!トリート!」
と、大きな声で叫ぶ。
だが、誰も返事もしないし出迎えもない。
明かりはついていることは黙視で確認済みであり、ある人がいることも調査済み……なはずであるのだが……。
「誰もいないか……ならば」
そう言うと、進は両手の親指と人差し指で丸を作り、そのまま両丸を両目に持ってきた。
「スコープ!っと、どれどれ……一階にはいないようだな。それなら、二階はどうだ?」
スコープと呼ばれる進の特殊な能力の一つ。
スコープは、生物の体温を目に埋め込まれた特殊なレンズを通して最大半径30メートル先の生物を読み取ることができる。また、体温だけを読み取るので、無機質の物はすべて透明に見えるという。進が特殊な能力を使えることを知っているのはまだごく一部の人しかいない。
スコープは目を凝らせば使えるのだが、手で丸を作るのは何となくカッコいいかららしい。
「二階にもいないとすると……地下か?」
足元に向けてスコープを使ってみる……ビンゴ!
「熱反応4、5人ぐらいってところかな。えーっと、地下へと続く階段は……あった、あった。よし、乗り込むぞ!」
進は拳を大きく振り上げると……
「さあ、パーティーの始まりだ」
と、かっこよさげに言い、振り上げた拳を床に力強く叩きつけた。
ドーーーーン!!
ちょうど人ひとりが通れるくらいのスペースを器用に作り、進は改めて侵入した。
「なんだ?」
「地震か?」
「いや、違いますよ。おじさん方。僕です。片岡進です」
「おお、進くんか!」
「(誰ですか?)」
「(あの片岡さんの家の進くんだ)」
「(ああ、あの進くんですか。大きくなりましたね)」
「その片岡進くんがなぜここへ?」
異様な光景にも関わらず、冷静な対応をしているおじさんと呼ばれる人とその他の人たちは、何かを悟ったかのように手を広げ、ゆっくりと進の元へと歩みを進める。
「もうちょっと近づいてもいいかい?」
その行為に下心を感じた進は、
「あなた方と話をつけに来ました。これから一歩でも動いたら、僕の手のひらから出るロケット弾があなたがたを殺します。お覚悟を」
と、右手を広げておじさんたちに向けながら言った。
「冗談いうな!手のひらからロケット弾が出るなんて……」
そう言いながらじりじりと進に近付く。と……
ドッカーーーーーン!
「今のは威嚇です。次は、あなたの身体を吹き飛ばします」
「な、なっ…」
「驚いたでしょ。僕の身体はあの日から僕、サイボーグになりました」
あの日とは、守が交通事故にあった日のことだ。
「最終警告です。僕の言うことを聞かないと、一瞬であなた方を殺しますよ」
手のひらからロケット弾を発射した後にニコリと不敵にほほ笑んだ進の目には光がなかった。普段の温厚な彼には想像もつかない表情だ。
「わ、分かった。は、話を聞こうではないか。」
観念したかのように両手を下げ、手の甲をみせるおじさん。
「ありがとうございます。では、本題に移ります」
「君たちへの嫌がらせのことなら、私は関わって―」
「知っていますよおじさん。そんなことを言っても、あなたが一番の加害者だってことは。もう、調べはついているんです」
そう言いながら、進は一枚の写真をおじさんと呼ばれる人に見せつけた。
「三月二日水曜日、朝の散歩がてらに愛犬の糞を片岡家の前に放置。次の写真は、三月十日木曜日、今度は夕方の散歩がてらに愛犬の糞を片岡家の前に放置。その次の写真は――」
「もういい!それがどうしたっていうんだ!お前が…お前らが早く立ち退きして、遺産をすべて俺たちに渡せばよかったんだよ!」
本性を現してきたおじさん。一歩も動けない鬱憤を声を荒げることで発散させているようだ。
「――知っていますか、おじさん。あなたの奥様が浮気をしていることを」
いくつかの写真の中にはおじさん個人に関わるものも含まれていた。
「な、なんだって!」
「今では簡単に浮気調査なんてできる時代ですからね。ほら、この写真を見てください。そちらのあなた方の奥様もです。ほらっ、これが証拠ですよ」
進は、証拠の写真をばらまいた。
その写真を拾い集めるおじさんたち。
「それに、まだまだとっておきの情報もあります。姉が苦労をして探してくれましたよ。これに見覚えありますか?」
今度は、一枚の紙を出して、おじさんたちに広げてみせる。
「言わないでも分かりますよね。これがとっておきです。これを警察に受け渡したら、刑務所で一生を終えてしまうかもしれませんね」
「か、返してくれないか?いえ、返してください」
強気だったおじさんたちの顔は、みるみる青ざめていった。
「今から、僕らに嫌がらせをしていた連中に電話を片っ端から電話をかけてください。「もう、遺産はあきらめよう。嫌がらせをやめよう。あの兄弟にはもう関わらないでおこう」って伝えるだけでいいですから。あ、あと、嫌がらせをしていたメンバーの名前と家の場所をしえてください」
「わ、分かりました。二十分で――」
「五分です。五分だけ時間を差し上げます。今から数えますね。いち、に、さん…」
おじさんたちは片っ端に電話を掛けては切り、掛けては切り、メンバーリストを作りと、人生の崩壊と命の危険を悟っていたおじさんたちは一心不乱に動いていた。
「二百九十九、三百っと。あれ、もう時間になっているはずなんだけどな。まだ終わっていないのですか?」
「いいえ、今終わりました。どうぞ」
メンバーリストを進に手渡し、ホッと一息つくおじさん。だが、この場所に旋律が走る。
「どうも、ありがとうございます。でも……三秒オーバーです」
ドン!!
「えっ?話が違うじゃないか!これじゃあただの――」
ドン!!!!
「ひ、ひいい。おたす――」
ドン!!!!!!
「なぜだ――」
ドン!!!!!!!!
「キミはもしかして――」
ドン!
「もともと誰一人生き残らせる必要なんてありませんでしたからね。僕らの復讐はもうすぐ終わるよ……姉さん……守……」
進以外に誰もいなくなった煙が充満する部屋で、そうポツリとつぶやいた。
「けっこうボロボロにしてくれたじゃないか。これは改造のやりがいがあるぞ!」
白衣を着た人が死体を目にして奇妙なことを口にしている。
「サイボーグは僕一人で十分ですよ、先生」
進から連絡を受けて、先生と呼ばれる人がやってきた。
「博士と呼べと言っているだろ。ああ、あとはうまく揉み消しておくから、もういきなさい。……今度からはあまり証拠を残さないでいてくれるかな」
「はい。では、あとはよろしくお願いします」
光の戻ってきた笑顔でそう言い残すと、進は部屋を後にした。
「進くん……」
先生改め、博士と呼ばれる人は、守が交通事故にあった時の主治医の先生のことだった。
この博士に進と守は救われ、今の生活を送れている。
豪邸を後にした進は、メンバーリストに書いてある人の家に訪問するたびに、一人ずつ殺していった。
計画が終わってからのことを考えていなかった一軒目のように、ド派手にではなく今度は、一人ずつ丁寧に息の根を止めて行った。そして、博士のおかげでもあるが、血など一滴も残さないクリーンな殺害現場であった。
一人目は進たちの住んでいる家のすぐ隣の家のおばさん。お祖父さんとお祖母さんが生きている時は、進たちのことを心配して様子を見に来てくれたり、晩御飯のおすそ分けをくれたり、とても面倒見のいい人だった。
おばさんの最後の一言は、
「あんたらなんか早く死んでしまえばよかったのに」
だった。
まさか隣のおばさんが親族の人だったなんて進は思いもしなかった。
――サイボーグの進だったら、どんな人でも殺すことができる。
二人目、三人目は、昔から可愛がってくれていた父方のおじさん、おばさん夫婦だ。小さい頃は親を亡くした進たちを不憫に思ってか、育ての親として立候補したこともあったが、お祖父さん、お祖母さんが亡くなってからは、金の亡者になり下がり、僕らからお金をどうやってだまし取れるのかを日夜考えていたらしい。最後の一言は、
「お前たちを引き取ればこんなことにはならなかったのにな」
と、おじさんの本音とも言えるものと、
「私は、あなたたちのことが大好きだったのよ」
と、最後まで僕らの身を案じていてくれた夫婦だった。
「僕も好きだったよ」
彼らに最後に言いたいことが言え、涙を流す進であった。
――サイボーグの進だったら、どんな方法でも人を殺すことができる。
人数にして三十人。親族から遠い親族、果ては地元の議員までもが進たちを標的にしていた。
世の中金だけがすべてなんて言ったもんだが、金に目がくらむとどんな人でも変われるのだなと進は思った。
進の悲しい殺戮劇は、進の感情を鈍らせる原因の一つとなった。
そのころヒカリはというと、
「姉さんの勝ちや!持ってけ泥棒!」
「ありがとう!今度からごひいきさせていただきますね!」
進が一仕事を終えたときに、ヒカリの一仕事も終わった。ヒカリは実力者だらけの店主たちをバッタバッタと倒し、勇者とあがめられていた。
「よっしゃー!これで商店街すべて制覇だー!」
「姉さん。さすがだね」
「ヒカリさん――かっこいい!」
「「うおおおおおー!」」
守が愛と手を取り合って喜ぶ傍らに、途中で合流した進も加わり、野次馬たちと一緒に勝利を喜んでいた。
ヒカリは、涙を流しながら大きくガッツポーズを作った。
ヒカリのほほを伝う涙は何を意味するのだろうか。
「どうだった進?」
「最悪な気分だよ」
少し肩の荷が下りたようで、安堵の表情を浮かべる進。
これまでこんなにも多くの人を殺してきたことはなかった進には少々つらい仕事だったのかもしれない。
「……ありがとう。これで私たちは救われるよ」
涙を流して喜んでいるヒカル。
「お礼の言葉なんていらないよ。だって僕ら家族の問題だったんだから」
「そうね。そうよね。なら、さっきのお礼は取り消し」
「その言葉はしっかり僕の胸の中で生き続けているよ」
「こ、このっ!」
「はいはい、ビーフシチューが出来上がりましたよー!」
「「わーい」」
ひろい宇宙の小さな地球で私たちは生まれ、死んでいく。
どんなにつらくたって
どんなにしあわせだって
時間の流れは歩みを止めずに進んでいく
どんなにつまらくたって
どんなに楽しくたって
地球は回っている
知らない誰かが死んだって
知らない誰かが生まれたって
自分の時間に変わりはない
だから、こんなちっぽけな命を大切に思う
それが人ってものだから